働きながら本を読める社会へ 三宅香帆さんが問う「ノイズ」の豊かさ

有料記事Re:Ron発

聞き手・佐藤美鈴
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そんなに急いでどこへゆく~スロー再考⑥

 「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」。そんなタイトルを冠した本に反響が広がっている。著者は、本が読めなかったから会社を辞めたという文芸評論家の三宅香帆さん。読書と労働をめぐる歴史について、社会構造の変化や教養、自己啓発との関係性も交えながら解き明かし、現代にこそ読書がもたらす「ノイズ」=自分から遠く離れた文脈に触れることの重要性を説く。三宅さんが考える「スロー」の価値、「働きながら本を読める社会」とは。

なにかとタイパが求められるファスト社会で、「スロー」を重視する動きが相次いでいます。ときには立ち止まって、じっくり、深く……スローをめぐる価値、思考の意味を問い直すインタビューシリーズです。

 ――4月に発売されて1週間で10万部を突破したとのことですが、反響をどう受け止めていますか。

 本で提示した「半身」(=全身ではなく半身で働き、半身を仕事以外に残しておくこと)という働き方に対して、想像以上にたくさんの方が賛否両論を唱えてくれていることがうれしいです。今の働き方を続けていていいのか、という問いに対して、どこか「本も読めないくらい疲れている状態を続けているのは良くない」という危機感はあるのにやり過ごしている……そんな方が意外と多いのではないか、と感じるようになりました。私自身は、本を読めないくらい疲れている、余裕がなくなっている、ということを認識するだけでも全然違う、それは働き方を変える一歩になり得るのではないかと思っているのですが。

 ――今回の本への反響も含め、「ファスト社会」と言われるなかで「スロー」の価値を見直す動きが目立ち始めているのではないかと思います。三宅さんはスローを意識することはありますか。

 「本」というメディア自体がスローなものだと思います。インターネットの情報にも日々触れるけど、本に求めているものは違う役割です。本を読むこと自体が今の価値観だと「スローな知識の取得方法」であり、本には本の良さがある。

 ――インターネットと本に求めるものはどう違うのですか。

 自分の欲しい情報だけを素早く得られる、それがインターネットの一番良いところです。逆に本は、自分の欲しい情報の周辺にある知識や背景、文脈を一緒に教えてくれる。その分、読むのに時間はかかるんですよ。でも、自分が知ろうとしていた情報じゃない「ノイズ」も含めた知識を得られるところが、本の豊かさだと思っています。

 たとえば、「今世界で戦争が起こっているのはなぜだろう」と考えたとき、「何日に爆撃が起こって、今どんな状況になっているか」という情報はインターネットですぐ得られますよね。けれど、本は一つのメディアとしてまとまっているので、たとえばその戦争の背景には歴史的に宗教戦争があったとか、実は他の国が関わっているといった話など、背景や周辺の知識を得やすい。本を通して、自分はこういう文脈の問題が知りたかったんだと気づいたり、知ろうと思っていなかったけど必要だったことを知ったりできる。私自身、本のノイズ性にすごく助けられていると思います。

本は読めないけどスマホは見られる?

 ――ただ、「本を読めない」ということは、そうした「ノイズ」に触れる機会が少なくなっているのでしょうか。

 現代においては、働き方の問題が大きいと思っています。現代は「個人で目標を立て、個人の行動を自分で変えて、個人の人生を生かしていこう」という価値観が主流になっています。そんな社会だと、自分が欲しい情報を最速で得て、それ以外の情報をシャットアウトすることが効率的に働くことにつながりますよね。働き方の問題と、どういう知識や情報を得たいかという問題は、すごく密接に関わっていると思います。

 ――三宅さん自身、本を読めなくて会社を辞めた、と。

 IT企業で3年半くらい勤め…

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この記事を書いた人
佐藤美鈴
デジタル企画報道部|Re:Ron編集長
専門・関心分野
映画、文化、メディア、ジェンダー、テクノロジー
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    中川文如
    (朝日新聞コンテンツ編成本部次長)
    2024年6月14日16時11分 投稿
    【視点】

    本を読むことと、SNSやインターネットを、対比させて考えてみました。 本を読むことは、能動→受動の思索なのだと思います。本って、能動的にその一冊を選んで手に取って、能動的にページを繰っていって、能動的に一文字一文字を追っていかなければ、読

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