「苦しいこと、たくさんあった」女子体操に感じたコロナ禍のドラマ

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作家・辻堂ゆめさん

 体操が好きだ。大会のたびにテレビにかじりつき、スマートフォンの電源を切って結果の速報が入ってこないよう対策するくらいには。内村航平選手の全日本10連覇の瞬間を観客席で見届けるくらいには。五輪チケットの抽選が行われた2019年夏、夫や実家の家族にどうか体操競技に申し込んでくれと頼み込み、母の運を使って種目別決勝のチケットを手に入れるくらいには。

 それだけ心待ちにしていた東京五輪に、逆風が吹いた。

 持っていたチケットは紙屑(かみくず)となった。都内には緊急事態宣言が発令された。小中学生の頃に通った体操クラブの友達とわいわい集まってテレビ観戦する、といったこともできない。それどころか、五輪を楽しみにしているということすら公言しづらい。

 1歳の娘を早めに寝かしつけ、毎日一人、テレビの前で待機した。会場には行けない。私だけでなく、誰も。そのことが無性に悔しく、また心配だった。一般人の私ですら無観客での五輪開催に複雑な思いを抱えているのに、選手たちは肉体的にも精神的にもどれほど過酷な状態で、競技当日を迎えることになるのだろうか、と。

内村選手に自然と頭が下がった

 私も一時期、体操選手の端くれ中の端くれとして試合に出ていたから分かる。体操は普段の練習での怪我(けが)や故障のリスクが非常に高いスポーツだ。器具から落ちたり着地に失敗したりして、何度捻挫や太腿(ふともも)中を覆うような内出血を経験したことか。そうした身体のケアだけでも神経を使うのに、今回は感染対策も入念に行わなければならない。声援もない。五輪が本当に開催されるのかという懸念までもが、最後までつきまとったはずだ。

 競技開始初日、男子予選の鉄棒で内村選手が落下したとき、3大会前の北京五輪で彼が個人総合銀メダルを獲得してから今までの軌跡が、走馬灯のように頭を駆け巡った。高校生から大学生、社会人、作家、そして母親となった自分自身の人生が、一緒にフラッシュバックしたのが不思議だった。それだけ長い間、内村選手は世界や日本のトップに立ち続け、私を含む多くの体操ファンに希望や勇気を与えてきたのだと思うと、自然と頭が下がった。

 その内村選手が打ち立てた五輪男子個人総合2連覇の金字塔を、19歳の橋本大輝選手が見事に引き継いで金メダルを手にした瞬間には、夢ではないかと目をこすった。少し遅れて、感動が胸に迫ってきた。内村選手から橋本選手への、考えうる限り最も理想的な形での世代交代。間違いなく、今回の五輪体操の最高潮となる場面だった。

小説なら、どの国の選手も主人公になる

 しかし、私がこのコロナ禍でのドラマを最も感じたのは、女子競技だったように思う。

 女子団体決勝。予選を8位で…

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