2021.12.31 Friday
【2021年、感動した舞台・配信5選】長引くコロナ禍においてバレエがくれたもの
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コロナとの付き合いも今年で2年目となりました。
世界的にバレエのWeb配信が広がった昨年は、好きなバレエ団でも、見たことがないようなバレエ団でも、文字通り昼夜問わず、精力的に鑑賞するようにしておりましたが、2年目に入ると、配信もやや食傷気味。5月頃になると、鬱積した毎日を送るようになっていました。
そうした中、前代未聞の生活を強いられた昨年以上に私を救ってくれたのは、芸術作品が発する愛と優しさのメッセージでした。
勅使川原三郎やモーリス・ベジャールがくれた優しさ、暖かさ、愛
「そして、今後は二度と公演の中止を自らはしないと肝に命じました」という宣言の下、KARAS APPARATUSにて5月に上演された勅使川原三郎『息』は、コロナ禍以降、邪険な扱いをされてきた「息」に目を向けた作品でした。
私たちは盛大な産声を上げたその瞬間から「息」とともに生きているわけで、楽しいときも、辛いときも、悲しい時も、「息」はずっと私たちに寄り添い、優しく見守ってくれていました。
それにもかかわらず、「息」は突然ウィルスのために嫌な目を向けられてしまったわけです。その不憫さや健気さ、優しさや暖かさに、勅使川原三郎はそっと光を当てたのでした。
もう一つ、私を救ってくれたのが、モーリス・ベジャールです。
今年の半ば、東京バレエ団がベジャール作品を中心に精力的に公演を行っていましたが、これも、東京バレエ団が考え抜いて発信した、社会への強いメッセージだったに違いありません。
『HOPE JAPAN 2021』と題し、ベジャール作品(しかも長らく上演していなかった作品群を!)を携えて全国ツアーを行った公演はその一つです。
私は上野水香が『ボレロ』のメロディを演じた日に見に行きましたが、上野水香自身が「ものすごく深い悲しみを感じる」と述べていた通り、虚を見つめる彼女の目には、痛ましいほどの犠牲的な献身がありました。
共同体というものが、誰かの犠牲的な献身ゆえに初めて成立するのだというベジャールの厳しい認識と、その認識を抱きつつも、この世界に必ず存在するはずだという人間愛への確信。
東京バレエ団のほか、コロナ禍以降、海外カンパニーとして初めて来日を果たしたのはベジャール・バレエ・ローザンヌ(バレエ・フォー・ライフ、ブレルとバルバラ他)でしたし、Dance Dance Dance at Yokohama(舞踊の情熱、Noism×小林十市)で上演されたバレエ作品の一角を占めていたのも、ベジャール作品でした。
もちろん、それはNBSとBBLとのつながりや、DDDの監督が小林十市だったという事情が大いに関係しているでしょう。
しかし、愛が、優しさが、世界のすべての生ける存在が共存していくうえで、決して欠かすわけにはいかないものなのだというメッセージを、コロナ2年目の刺々しい世相に与えた力は、少なくとも私に与えてくれた力は本当に大きかったと思います。
コロナと政治に翻弄された年
それにしても、今年もコロナと政治に翻弄された年でした。
東京バレエ団『HOPE JAPAN 2021』の数か月前、忘れもしない4月25日、緊急事態宣言発令によりほとんどの劇場が閉鎖。
この数年で最も楽しみにしていたといって過言ではない『桜姫東文章』上の巻の公演を、ちょうど4月25日のチケットで見に行く予定だった私は、涙が出てきそうになるほどのショックを受けました。
感染状況によって劇場閉鎖になるのは致し方ないとはいえ、この4月の劇場閉鎖はあまりに根拠のない場当たり的なものだったように思います。
その後、7月以降は4月の感染状況以上に悪化しましたが、オリンピックのためか、一切、公演は中止になりませんでしたし・・・。そのような政治の駆け引きを見込んでか、世界バレエ・フェスティバル(Aプロ、Bプロ)や『バレエのミューズ』(Aプロ、Bプロ)など、海外ダンサーを集めた大規模公演が行われたのもこの頃でした。
4月以降の劇場閉鎖の中、注目を集めたのが、新国立劇場バレエ団のローラン・プティ『コッペリア』の全キャスト無料配信です。5月2日(米沢唯&井澤駿)で最大3万3000人、4日(木村優里&福岡雄大)が4万1000人、5日(池田理沙子&奥村康祐)は4万9000人と、新国立劇場オペラパレスのキャパシティ以上のユーザーが閲覧しました。
※8日公演(小野絢子&渡邊峻郁)
やっぱりパリ・オペラ座バレエ団が好き!
それから個人的な感慨でいうと、今年は来日公演の減少に伴い、パリ・オペラ座ロスといいますか、「それでもやっぱりパリ・オペラ座バレエ団が私は好きなんだなあ」と思う瞬間が増えました。
映画館で上演した『ドン・キホーテ』におけるパリ・オペラ座ならではのエスプリ、世界バレエ・フェスティバル(Aプロ、Bプロ)で見せてくれた「フランスバレエとは何たるか」「ヌレエフ作品のテクニックとは何たるか」という踊り、振付自体への文句はあれど、ピエール・ラコット振付『赤と黒』において放っていたミリアム・ウルド=ブラームやヴァランティーヌ・コラサントの個性と芸術性・・・・・・。
Web配信でパリ・オペラ座バレエ団以外のルドルフ・ヌレエフ古典作品を見る機会が増えましたが、やはりヌレエフ古典作品を見るならば、パリ・オペラ座バレエ団で見たいと思ったこともたびたびでした。
とはいえ、ヌレエフ世代が各国のバレエ団の芸術監督を務める今、彼らこそが世界でヌレエフ作品を踊ることのできるダンサーを育てていっているのも事実です。
ウィーン国立バレエ団のヌレエフ版『ライモンダ』で見せてくれたオリガ・エシナとヤコブ・フェイフェルリックによる夢の場面のパ・ド・ドゥの美しさといったら、それは極上だったし、ヌレエフ作品ではないものの、マニュエル・ルグリ&カルラ・フラッチという最強すぎる指導陣によるミラノ・スカラ座バレエ団『ジゼル』の完成度も非常に高かった。
カルラ・フラッチはこの指導の後、まもなく亡くなりました。フラッチのほか、パトリック・デュポンも永眠し、世界バレエ・フェスティバルでは彼らの功績を称える映像が流されました。
また、ロイヤル・バレエ学校生徒への不適切な行為でロイヤル・バレエ団の常任振付家の地位から降りていたリアム・スカーレットも自死によって亡くなっています。裁判前からのキャンセル・カルチャーが彼に打撃を与えていたともいわれました。
日本では牧阿佐美、松山樹子の訃報がニュースとなりました。
今年印象に残った舞台・配信5選
運命を味方につけた自由意志 東京バレエ団『スプリング・アンド・フォール/カルメン』(ノイマイヤー/アロンソ)
上野水香のタイトルロールが素晴らしい。カルメンならではの大人の色香に加え、したたかに生きる女性の賢さと強さを併せ持った性格表現に、上野水香が培った芸術性のすべてが反映されていた。またホセの心弱さ、センシティブな感性を繊細に描いた柄本弾も一際印象に残った。
「毒食はば」―桜姫の叫び 『桜姫東文章』下の巻(坂東玉三郎・片岡仁左衛門)
見逃した上の巻の後に上演された下の巻を鑑賞。花道へと駆けていく桜姫=坂東玉三郎による「毒食はば」というセリフでは、キッと佇まいを直す姿に、桜姫を世間知らずで破天荒なだけの姫君だと思い込んでいた観客は驚かされる。玉三郎、仁左衛門ともに、人物の性格を深く抉っていくような演技に感服。
【必見】クリスタル・パイトとパリ・オペラ座バレエ団が生んだとんでもない傑作 『Soirée Thierrée / Shechter / Pérez / Pite』
数年遅れてクリスタル・パイト振付『Seasons’ Canon』を鑑賞。革新的な群舞表現が圧倒的で、言葉や写真ではとてもではないけれども伝わらない。間違いなく21世紀の傑作であることを確信した。
コロナ禍における第16回世界バレエフェスティバル Aプロ 揃わなかった寂しさ、予想を裏切る嬉しさ、主催者の尽力
マチアス・エイマンの『ゼンツァーノの花祭り』で見せてくれた鮮やかな足さばきは、一生涯、忘れることはないだろう。ブルノンヴィル作品を通して「フランスの伝統とは、フランスバレエとは何たるか」を見事に示してくれた。
コロナ禍における第16回世界バレエフェスティバル Bプロ ベテランダンサーたちの挑戦
ドロテ・ジルベールとユーゴ・マルシャンのルドルフ・ヌレエフ版『ロミオとジュリエット』寝室のパ・ド・ドゥも抜かすわけにはいかない。最近見かけた多くのダンサーたちの場合、音一つ一つにテクニックをはめ込んだようなヌレエフテクニックが災いして、非常にせかせかした印象を与えるが、ジルベールとマルシャンのパ・ド・ドゥは、ヌレエフの振付がダンサーの身体にしみこみ、極めて自然に滑らかに動きが流れたとき、そこに若きカップルのほとばしる感情が生まれることを示してくれた。