2024.01.28 Sunday
永久メイ、金子扶生―絶品のグラン・パ・ド・ドゥ NHKバレエの饗宴2024
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今年のNHKバレエの饗宴はどの作品も完成度が高く、それぞれのバレエ団やダンサーたちの個性の違いを楽しめる機会となりました。
藍と遊びに溢れた洒脱な作品
東京シティ・バレエ団の踊ったイリ・ブベニチェク振付『L’heure bleue』は、ルール・ブルー、すなわち日没後から日の出前の空に現出する薄明で幻想的な「青の時間」に、西洋古典絵画の額縁から絵の登場人物が抜け出したら・・・という趣向の作品です。
あるひと組の男女は額縁を小粋に弄んで弾むように踊り、ある男性は憂愁に浸る。中央の大きな絵からは気取った女性が現れ、両脇に置かれた二つの単身肖像画の男性たちが彼女をめぐって恋のバトルを繰り広げます。恋の象徴として描かれたのかもしれない裸体の腰に布を巻いた男性が、恋に素直になれない女性を一人の男性へと導いていきます。
振付は、ロココ時代のように大仰で気取っているのだけれども、洗練された印象を与えています。この作品は以前にも鑑賞したことがありますが、そのときよりもさらに東京シティ・バレエ団のダンサーたちの身体に馴染んでいたように思います。彼らはクラシックのテクニックそのものからして絵画のように美しいので、絵から抜け出したという設定にも説得力があります。愛と遊びに溢れた作品を洒脱に演じてくれました。
絶品のグラン・パ・ド・ドゥ
海外からは永久メイとフィリップ・スチョーピン、金子扶生とワディム・ムンタギロフがパ・ド・ドゥで出演しましたが、同じお姫さまと王子さまの役柄でありながら、それぞれに雰囲気が異なっていて、両者ともに絶品でした。
永久メイとスチョーピンが踊ったのは『眠れる森の美女』のグラン・パ・ド・ドゥ。永久メイのオーロラは幸福と美徳がきらりとした輝きになっているかのよう。昨年の『バレエの美神』で見たときから、さらに柔らかな気品が増しました。スチョーピンのデジレは、余計な装飾を排した、極めて端正でノーブルな王子でした。
一方、金子扶生とムンタギロフの『くるみ割り人形』のグラン・パ・ド・ドゥは、相手を包み込むような大人な品格に満ちていました。アダージョは音楽の豊かさを身体に移し替えた踊りで、お菓子の国の統治者の器の大きさを見るようでした。金子扶生が主演したロイヤルシネマのときの『くるみ割り人形』に比べて、金子は蠱惑的なニュアンスを抑えています。今回は踊り方を変え、多く語らないことでミステリアスな雰囲気を醸し出していました。ムンタギロフの王子はソフトな趣の中に心温まる優しさがあります。
小㞍健太振付『幻灯(改訂版)』は小㞍自身と中村祥子によるデュエットです。デュエットと書きましたが、二人の別個の人間が描かれているというよりも、作品としては一人の人間のたゆみなき営みを捉えているように思えます。小㞍健太が中村祥子の内面に響く反響音のような存在に見えるのです。
「幻灯」とは強い光を照らして映写幕へ写してみせる装置のこと。この作品は装置も秀逸で、ダンサーの身体を鏡のように写し出す舞台床は作品タイトルにまつわる想像力を掻き立てます。リヒターの残響音に似た音楽も作品にぴったりでした。
小㞍健太は中村祥子の影のように彼女の動きを追いかけ、あるいは彼女にぴったりと寄り添ったリフトを繰り広げます。そうかと思うと、楽しげに踊る中村祥子の背後で、重い足取りを前ヘと進めて舞台を横切っていきます。ここに描かれるのは、自身を内面で支える何者かに導かれ、支えられ、しかしあるときには彼を拒絶し、葛藤する一人の女性の姿であり、強く楽しげな表情の裏には厳しい忍耐があるということなのです。
中村祥子という一人の人間が自らに疑問し、問いかけてきた人生の命題が、小㞍健太というダンサー、舞台床、音楽という媒体に反響し、増幅する。味わい深い作品でした。
曇りなき澄みきった明るさ
新国立劇場バレエ団による『ドン・キホーテ』は(前日にロイヤルシネマの活気溢れる『ドン・キホーテ』を見ていただけに)古典バレエとしての品格を印象づける仕上がりとなっていました。
川口藍と中島瑞生によるボレロでは、特に中島瑞生の端正な雰囲気に目が惹かれます。第1ヴァリエーションの山本涼杏は通常よりもテンポ速く進められた中盤のシェネを美しくまとめ、第2ヴァリエーションの直塚美穂は音楽を可視化したような品位ある踊りを見せてくれました。
米沢唯のキトリはことさらに誇張をせず、さらりと踊るところに大人の余裕を感じます。速水渉悟のバジルは若々しさに溢れていました。
曇りなき澄み切った明るさに満ちた華やかな締めくくりでした。
■キャスト
『くるみ割り人形』からグラン・パ・ド・ドゥ
振付: ピーター・ライト(イワノフ版に基づく)
音楽: チャイコフスキー
出演: 金子扶生(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)、ワディム・ムンタギロフ(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)
新国立劇場バレエ団
『ドン・キホーテ』第3幕
振付: マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー
改訂振付:アレクセイ・ファジェーチェフ
音楽: ミンクス
出演: 米沢唯、速水渉悟 ほか
東京シティ・バレエ団
L’heure bleue(ルール・ブルー)
振付: イリ・ブベニチェク
音楽: バッハ、モーツァルト、ボッケリーニ
出演: 岡博美、平田沙織、植田穂乃香、折原由奈、石塚あずさ、吉留諒、沖田貴士、福田建太、岡田晃明、林高弘
幻灯(改訂版)
振付: 小㞍健太
音楽: リヒター ※この作品は録音音源を使用いたします。
出演: 中村祥子(Kバレエカンパニー名誉プリンシパル)、小㞍健太
『眠りの森の美女』からグラン・パ・ド・ドゥ
振付: コンスタンチン・セルゲーエフ(プティパ版に基づく)
音楽: チャイコフスキー
出演: 永久メイ(マリインスキー・バレエファーストソリスト)、フィリップ・スチョーピン(マリインスキー・バレエファーストソリスト)