ニキータ・スハルコフの表現性とイローナ・クラフチェンコの成長 ウクライナ国立バレエ団『Thanks Gala 2023』

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ウクライナ国立バレエ団
埋め込み元:光藍社

ウクライナ侵攻が始まってから光藍社はウクライナ国立劇場の支援を目的に義援金を募っていましたが、ウクライナ国立バレエ団は、その義援金の一部を使い、ハンス・ファン・マネン、ジョン・ノイマイヤー、エドウィン・レヴァツォフの作品をレパートリー入りさせました。今夏のウクライナ国立バレエ団によるガラ、『Thanks Gala』では、ハンス・ファン・マネンの『ファイブ・タンゴ』が紹介されました。他の日本ツアーではノイマイヤーの『スプリング・アンド・フォール』も上演していたようです。

 

第一部は『パキータ』。主役はオリガ・ゴリッツァとニキータ・スハルコフ。元々、スハルコフは好きなダンサーなのですが、リュシアンのヴァリエーションでの踊りが引き締まっていて、もう本っっっっっっ当に格好良いのなんの・・・!キャリアを積み上げてきた今だからこそできる練り上げられたニュアンスがこうした古典作品に生きていましたし、後述しますが、ハンス・ファン・マネン作品でも驚くほどのシックな踊りを見せてくれました。

 

ゴリッツァは発散的な踊りをするタイプで、『パキータ』のような作品だと、どこか大胆な印象を残します。

 

コール・ド・バレエは揃っていない部分があったものの、それぞれに伸びやかな踊りを見せてくれました。

 

第1ヴァリエーションのディアナ・イヴァンチェンコは伸びやかで、身体の先まで輝くよう。第2ヴァリエーションのカテリーナ・チュビナは着地したときですら未だ浮いているような軽やかなジャンプを見せてくれました。第3ヴァリエーションのカリーナ・テルヴァルは『ドン・キホーテ』のキューピッドのヴァリエーションで、振り上げたアティチュードが溌剌とした印象を残します(記憶が錯綜してしまったせいで第2と第3は逆だった可能性がある)。第4ヴァリエーションのカテリーナ・デフチャローヴァはやや腕が硬かったものの、ウクライナのバレエらしい身体をぴんと張り切った踊りを見せてくれました。

 

パ・ド・トロワはカテリーナ・ミクルーハ、アレクサンドラ・パンチェンコ、ダニール・パスチューク。ミクルーハは、ヴァリエーションでの足さばきにやや苦戦していたものの、以前にもましてアラベスクなどのポーズが優美で華やか。パンチェンコは神経の行き届いた踊りで、張りがありました。パスチュークはプリエが硬い印象で(若い頃のフォーゲルにも同じことを感じていたことをふと思い出した)、ジャンプでは音をやや余らせていた印象。ただ非常にプロポーションの美しいダンサーなので、今後に期待です。

 

昨年の『ドン・キホーテ』でキトリを踊っていたイローナ・クラフチェンコが『森の詩』のパ・ド・ドゥで驚くほどの成長を見せてくれました。昨年ではエネルギーを発散しすぎるあまり、コントロールが利かない部分があった印象でしたが、それが改善されて、この上なく伸びやかで美しいダンサーとなっていました。役柄としては妖精とのことですが、クラフチェンコが踊ると、可愛らしい妖精というよりも、森の奥に住まう優雅な佳人といったところ。それが何ともいえない幻想的な雰囲気を醸し出していました。ロマン主義的な男主人公を演じたヤロスラフ・トカチュクも憂いを含んだ表情が絶妙で、このダンサーの表現性を感じさせる踊りでした。

 

『森の詩』は昨年の草刈民代プロデュースのガラでパ・ド・ドゥを見ていたのですが(恐らく同じ場面)、今回はコール・ド・バレエ付き。妖精が動くたびに振り散らす光明を表現したかのように、クラフチェンコの動きの軌道に沿って配置を変えていくなど、主人公と連動したコール・ド・バレエの動きが独特でした。

 

『Thanks Gala』ではゲストとして2組のスターダンサーが出演。1組目はデニスとアナスタシア・マトヴィエンコ。二人の深みある芸術性を堪能しました。踊ってくれたエドワード・クルグの『Ssss・・・』は、物を動かすように自分の身体を自分の手で動かしていく振付となっていますが、そこには奇怪な印象はなく、動きの一つ一つに人生を背負ったような深みのあるニュアンスを感じさせるのです。そしてアナスタシア・マトヴィエンコの美しく強靱な脚は、立っているだけでヴィヴィッドな存在感を示していました。

 

もう1組はシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコ。ジョン・ノイマイヤーの『シルヴィア』の最後のパ・ド・ドゥにおける、指先と指先が触れる、その繊細な感覚、ひいてはこの上なく繊細な愛の感覚というものは、この二人でないと表現できないのではないでしょうか。

 

そして録音でありながら、音のニュアンスを掬い取る音楽性も素晴らしい。このパ・ド・ドゥを踊るにしてはテンポの速い部分もあったと思うのですが、彼らが踊ると、ほとばしる思いが先行する焦りにも見えてくるから不思議です。リアブコのアミンタがこのパ・ド・ドゥの最後にシルヴィアに駆け寄って抱きつく場面は、パ・ド・ドゥの間、アミンタがほとんど諦めを見せていただけに、リアブコならではの迸るエネルギーがアミンタの真の思いを指すようで胸を打ちました。

 

ハンス・ファン・マネンの『ファイブ・タンゴ』は、ウクライナのダンサーが皆、身体の隅々まで張り切った踊りをするだけに、ハンス・ファン・マネンのシックな雰囲気に微妙に合わないところもあった気もしたのですが、オリガ・ゴリッツァなど強く豪胆な印象を残すダンサーもいました。

 

そのような中でずば抜けて素晴らしかったのがスハルコフ。彼の洒脱なかっこよさがハンス・ファン・マネンでも生きていました。彼は今、ダンサーとして表現性を確立した、最も脂の乗り切った時期なのでしょう。そのスハルコフの新しい作品への挑戦を見られて本当に良かったです。

 

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