生成的な行程

流れの向きはいつも決まってはいない

2016年06月



「悪の力」というよりは、「悪の正体」を暴いていく過程のような本だった。
聖書や古典文学における「悪」の描かれ方、また姜さんご自身が体験してきた苦悩がベースになっている。
そういう意味で歴史的に人間が考えてきた、あるいは見てきた「悪」のさまざまな標本がみられる。

悪にも原因となる根源や 結果となる実態などもろもろの様相があるが、

一言でいえば、

「世界と自分への嫌悪が外側に転嫁したときに生まれる暴力や破壊行為です。
それは他者のみならず、自らも破壊していくのです。」

と理解。

「自分しか信じられない」という現代社会に顕著な導火線、
”個人主義”を増長していく資本主義の宿命に、それでも生き延びていくための知恵は何か?
(だから「悩む力」なのかな?そのうち読んでみたい)
古典文学に警鐘を鳴らし続けてきた作家たちを見ることができる。
夏目漱石が描いた「世間」に、姜さんは希望を見出している。

いつもながらの思索の深さに、知見の信頼感があった。



こういう小説もあったのか、という存在の作品だったが、
人の心の中に棲む(入る)「悪魔」にぐいぐい引きこまされた。

軽快なテンポだが、実に手が込んでいる。
これぞ「悪魔」の仕業と思わせられるような。
真犯人も勘違いさせられた。
最後はえっ!?となってしまった。
(してやったり)
と遠藤先生が向こうの世界からほくそ笑んでいる様子が浮かんだ。

「いつの間にか埃が部屋に溜まるように悪魔はひそかに、
目立たず人間の心に入る」
「ひそかに、目立たぬのが悪魔なのです」

神も「働き」と捉えている先生ならではであるが、
悪もカタチでイメージしようとすると見誤るものかもしれない。

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ダブルズームキット
・M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm F3.5-5.6 EZ
・M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F4.0-5.6 R

ヨドバシ.comで93,850円
ここ数か月チェックしてきて、そろそろ底値かな、と思っていたら、
今日見ると89,830円
これだからコモディティ化は消費者にとっても死活問題(メーカーだけでなく)。

。。。気分を立て直して、本題へ。

小さい!軽い!!

前のNEXも軽いと思ったけど、格段ですね。
これ以上小さいとホールド感に支障が出る気がします。

ダイヤルが多く直観的な操作ができそうなのと、
クラシカルなデザインが気に入りました。

やりたいこと、いろいろ。

カメラで光と色をどうコントロールできるかが、今のメインテーマ。
難しいのだけど、頭で理解しはじめていることを今度は実践で試す。
「真を写す」ために。
(遠藤周作先生の事実よりも真実に倣って)

とはいえ、身近なところから、
まずは今週、娘の体育祭での撮影かな。


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母が予約をしてくれて、家族で、ご近所の有名店へ。
父の日ということもあってか、結構混んでますね。
2階の個室で。
注文してから焼くこと35分。
その間、娘の中学校生活と う巻き と 鰻串盛り合わせを肴に、待つ。
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肝、レバー、つくね、ひれ、かぶと
鰻は、食べられないところはない。
全部食べられる。

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やがて、お重箱に入って待望のうな重が供されます。
たっぷりと鰻を味わえる豊かな時間でした。

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肉は薄め、あっさりとした上品な味わいのうなぎでした。

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「砂の城」という題名が意味深でいい。

青春群像小説。

若い女性が主人公の「美しいものと善いもの」をモチーフとした
ビルドゥングスロマン(自己形成小説)でもある。

英語が好きな女子学生から 自立した働く女性への成長過程。
周りから自身が何を感じ、どう変わっていくか、または変わらないところはどこか。

遠藤先生の女性の気持ちに寄り添い、そこに慈しみを持った目線を感じます。
長崎や神戸を舞台に入れているところが、また、先生らしい。

当時の事件ネタを取り入れているところや
「悪」の出し方に先生の奔放な発想や小説構想への思いが偲ばれます。


■「美しいものと善いもの」を求める過程での名言

「あたしたちもこの人生では、人生の意味という犯人を見つける探偵みたいなもんじゃないかしら。
最後の章をめくるまでわかりっこないんだから」

「人間の歴史は・・・・ある目的に向かって進んでいる筈ですよ。
外目にはそれぞれが永遠に足ぶみをしているように見えますが、
ゆっくりと、大きな流れのなかの一つに向かって進んでいる筈ですよ」
「目標? それは何でしょうか」
「人間がつくりだす善きことと、美しいことの結集です」

味がある。




80年代、90年代の時代の空気感がビンビンに伝わってくる。

あの狂ったような消費活動をしたバブルの時代も
人間が戦後生まれ変わり高度成長を経て40歳を過ぎたころと捉えなおすと分かりやすい。
それまでまじめに生きてきた男が人生の虚無感からか金を使い遊びに走り
50(90年代)になるとその行き過ぎた反動で使わなくなる。
気づくと社会の高コストな存在であり、やがてリストラの対象へ。
気持ちだけは若者のままで、大人にならず、立場を譲らない。
若者も停滞した社会の仕組みのなかに取り込まれてしまっていて、
大人の世界にとびこむ道は広く用意されていない。

いつしか社会の仕組みは、若者の欲望を食い物にすることで、
経済活動を作り出し、商品やサービスが生まれていた。

社会が人間の楽しみを家族や家庭から切り離し、個人所有のものに変えていった。

クリスマスのイベント化
ビデオやコンビニの登場
ホームドラマからトレンディドラマへ

携帯は社会で所属する場を通さず、個人が直接 社会参加する世の中に変えた。
となり近所のことは知らないのに。

ものすごい地殻変動が起きていたんですね。

「個を主張しすぎると、すべては内側に向き、頭の中で世界は完結してしまう」
人が動かず、情報と金だけが動き始める停滞する90年代が、今も続いている。

で、これからどうしたらいいのだろう?
もう後戻りはできない。
覚悟を決めて、自分のやり方でどこかへ進むしかない。

もう少し、カラダを使って等身大の感覚で、ということになるのかな。





物語のトーンは司馬遼太郎の歴史小説に似ていますね。
「史実」のなかに著者が時々その土地を訪れた体験や感想を交えた挿話を入れ、
歴史の事物を分析していくようなところがある。
物語の描写部分に著者自身の解説をまじえ、理解を深めるスタイルの王道でしょうか。

でもそんな「王道の歴史小説」に、それ以上の何かを感じさせてくれるのが我らが遠藤周作先生。
歴史上の人物たちに「信じるものは何か?」、「生きるよすがは何か?」を問い、事実だけでない「真実」に迫っている。

主人公の前野 長康(まえの ながやす)は、戦国時代から安土桃山時代、尾張と美濃の国境の土豪出身で、
秀吉の黎明期から苦楽を共にし、後年は悲惨な最期を迎える秀次関白(秀吉は太閤)の時代まで、豊臣家に仕えた。
通称は将右衛門。

意志強固なこれぞ男の人生!といった人物でなく、どこか迷いながらも人生を全うしていく
将右衛門を取り上げているところが、いかにも遠藤周作らしい。

千利休や高山右近に共感を覚えながらも、秀吉に対して自分は同じような態度をとれない性がある。

では彼の変わらぬ信条のよりどころは何か?

木曽川。

木曽川こそが、自分がかつて小六(蜂須賀)たちと活躍した舞台であり、
烈しい時代の移り変わりのなかで翻弄されながらも、いつもそこに還っていく場所だ。
全ての人生をのみこんで、いつも何事もなかったかのようにゆたかに流れている。

この時代、人々が変わらぬ永遠のものを求めていたというのが、
この小説のおかけで心情的にシンパシーを感じることができた。

もう一つ。

切支丹禁制の時代、水面下でゼウスを信仰する民たちが脈々と息づいていたのが、
あの「女の一生」の長崎だけでなく、
ここ信長、秀吉たち戦国の為政者たちゆかりの地でも見つけることができるのは、
決して偶然ではなかったと合点がいったのは個人的に収穫だった。

メモ:
本作は、前野家の家史『武功夜話』をベースにしている

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