はじめての獅子文六(1893-1969) 作品。
ユーモラスな文体で懐かしい昭和の雰囲気が漂う”大衆文学”風。
当時の文士(この言い方が似合う)の1スタイルだったのでしょう。
箱根の交通、観光、旅館事情など今につながる現象がありながらも、
幾世代を経た時代の経過に合わせて、人間や風俗の変化が感じられて、
それが主題と関わりが深くもあり、味わい深かった。
箱根の山は天下の嶮じゃなくて喧嘩のケンだ
西武・国土計画と東急・小田急陣営の箱根の鉄道、バス、道路を巡るガチ対決。
そこに第3者として現れ、独自の路線で切り込んできた藤田観光。
それらが推定できる会社と人物たちで物語のお膳立てを整え、
2つの老舗旅館が先祖を同じくしながらも自分たちの矜持をかけていがみ合っている。
世代が変われば、人物も変わり、考え方も変わっていくのが、人の世であることを
しみじみと味わわせてくれる物語だった。
箱根の歴史に纏わる幾つかの挿話が興味を引いた。
・九頭竜神社の祭り:芦ノ湖の湖水祭り。箱根権現の万巻上人による悪竜の教化
・ドイツ海軍の仮装巡洋船「トール」の生存者の箱根滞在。外国人逗留も多かった歴史とその事象
・さらにアス族(ルーツはチベット)の話。縄文人 (スワ族、アスから転化)と弥生人の争い。朝日という地名。アシも。
さすがにアス族の話は諸説諸々あるなかでの話だが、
「詩や文学の着想としては面白いが、歴史は証拠と論理の学問である」
と宿屋の主人の論敵に言わせている。
その時、キワモノに思える学説も諸説磨かれることで、いつか本物の玉になっていく。
と思えば、単なる荒唐無稽の話として否定的に捉える必要もないだろう。
摩擦や喧嘩も未来への道筋を作っていくためには、後でそれなりの意味が見い出せるものかもしれないからね。