第一次世界大戦後、ナチスに指導されたドイツ民族は、ヨーロッパの圧迫の歴史に反抗し、今や世界の覇者となっていた。
その指導者であるヒトラーは、ドイツの救世主として国民に熱愛され、片手にマインカンプをもち、片手に剣をもって四囲をへいげいし、ヨーロッパのマホメット、二十世紀のナポレオンになろうとしている。
共通の敵に立ちむかっている日本にとっても、ヒトラーは、やはり世紀の英雄であり天才であった。
大衆の熱狂する中を、右手をあげ、絶対的自信と使命感にみちみちて進んでいく彼の姿は、日本のスクリーンや新聞雑誌に、さかんに紹介され、国民の憧憬と信頼をあつめていた。
独身で、菜食主義者で、芸術的感覚にもとんでいる彼は、軍人とし、政治家としてばかりでなく人間としても愛され、魅力ある存在となっていた。
同じ陣営の内側で、彼の思想と行動を、はげしい憎悪と復讐と独断にみちみちているものとして批判し憎む者があったであろうか。
彼の憎悪は正当であり彼の復讐は正義であり、彼の独断は神意であったのだ。そして、その事をヨーロッパの現実がゆるしているのであった。
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- 2015/02/01(日) 20:58:05|
- 永遠の道 戸松登志子著
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マイン・カンプで、彼が呪わんばかりに憎悪しているユダヤの選民思想は、今では彼の胸にのりうつり、ドイツ民族至上主義となって、ヨーロッパのドイツ化、世界のドイツ化をめざしていた。そして、その事はほむべき偉業として、たたえられていた。
彼がすでに、正義の域をのりこえて、真理の敵となり、人道の反逆者になりつつあることなど、戦争にかりたてられている日本人には、夢想だにすることはできなかった。
日本ジャーナリズムによる、彼の華やかな名声と偉業のせんでんに魅せられていたわたくしは、人道の主唱者、正義の審判者としての若き日の彼の記録を、一種の感動をもってよみふけったのである。
若輩のころから、体験をとおして、このようにまでするどい眼で各人種を見、政治をみ、社会を見、大衆をしっていた彼が、神をしるかぎり、為政者としてのあやまりをおかすとは思われなかった。
彼ははっきりいっているではないか。「わたくしは、全能の造物主の精神において行動すべきだと信ずる」と。
人間というものが、おうおうにして、神を主観的に都合よくとらえるものだという事を、わたくしは知らなかった。ただ、彼が神に基準をおいているという事を、政治家としてすばらしいことだと思った。
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- 2015/02/03(火) 10:57:27|
- 永遠の道 戸松登志子著
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わたくしは一句一句かみしめるように読み、四、五頁よんでは、又あともどりして、前の方をぬき読みしてみた。
翻訳文のせいなのか、原文そのものがそうであるのか、わかりにくい箇所がところどころにあった。又、政治家や宗教家や、芸術家やユダヤ人にたいする批判は、しんらつで面白かった。
とくに、大衆というもののとらえ方、見方は卓越していた。
彼の考えをかりるならば、大衆というものは、勢いはあれど、高い理想なく、卑俗にながれやすい洪水のようなものである。その選民の中の一人といえども、自らより正しい真理に敬意をはらいその真理のためにつくそうとする者はいない。
ところが、その民衆の力なしには、どんな偉大な理念も、どんな崇高で高遠な理想も、実現することが出来ないのである。民衆というものは、指導された時こそ価値性を発揮し、放任して彼らの自由にしておいたならば、だらくしてしまう性質のものである。
この考え方は面白く、又、真理であるようにも思われた。
偉大な歴史は、正しい指導をえた大衆の力によってつくられ、愚劣な歴史は指導者が枯渇した時か、あるいはあやまった指導者に支配された時につくられる。
ヒトラーこそ、大衆指導の秘術をもった天才であった。彼はドイツ民衆の心を一つにたばね、一つの方向にその力を最大限に発揮させてみせたのだ。
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- 2015/02/04(水) 14:55:20|
- 永遠の道 戸松登志子著
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つかれることのないエネルギッシュなドイツの力は、ヒトラーの魔法に自由自在にあやつられているように思われた。
いや、ドイツばかりではない、彼の鬼才に魅せられた日本もイタリヤも、彼こそアングロサクソンの長い世界制覇の夢を、この地球上から一掃してくれる英雄だと信じていた。
十五年の春以来の神業のようにすばやいドイツの進撃は、ナチスの実力として、人々の頭脳にしみこんでいたから、そのころのドイツの戦線が、全面的に後退しつつあることなど想像することもできなかった。
この二月のスターリングラードの敗戦も、七月のシシリア島の敗北も、日本国民には知らされていなかった。枢軸国の必勝は、だれの胸にも確信にみちた未来だったのである。
わたくしは、自国の英雄の若き日の思い出をひもとくような感激をもって、彼のウィーン時代をよみあげた。
ふと~もし、ヒトラーが、戸松の立場にあったならどうするだろうか~と、考えた。
断食によって衰弱し、転地療養の証明をとって、内地工作にかかるような穏当な方法をとるであろうか。
おそらく、ヒトラーは、自分の考えが正しいと信じた時、神は自分の側にあるものと確信して他の一切を否定してかかるだろう。そして、法規をのりこえ、正義のラッパを高らかに吹きすすんでいくにちがいない。
権力に順応しつつ、意志をつらぬこうとする戸松の態度は、ヒトラーのはげしさにくらべると、はるかに常識的である。これは、東洋的思慮であるともいえよう。
彼には、ぜったいに反逆者にはなりえない本質がある。
「ヒトラーには無理がある」といっている彼の批判は、彼自身の性格をあらわしている。
わたくしの眼からみると、超俗的剛気におもわれる彼も、こうして西洋の英傑にくらべてみる時、草食動物の温順さを感じさせた。
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- 2015/02/05(木) 08:55:46|
- 永遠の道 戸松登志子著
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うそか、善意か
東洋的意志の人は、となりの部屋でどうしているだろうか~
しばし彼の存在をわすれていたが、彼も又わたしの存在をわすれているにちがいない~
そっと、足音をしのばせるようにして入口に立った。すると、彼はそれを予期していたかのように、半眼の顔でふりむいた。そして、
いきなり、
「まだ飯を食べていないだろう」
「え?」
この衰弱しきった人間から、再び食事の心配をされるとは、思いがけないことであった。
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- 2015/02/06(金) 09:07:46|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「まだ、飯をくわんでいるだろうといっているんだ」
「いえ、食べました」
すかさず答えたものの、わたくしはそこに立ちすくんだまま、あわただしくまたたいた。
彼の刺すように厳粛な眼がまぶしかったのだ。しかし、わるぶれた気持はぜんぜんない。ちゃんとした食事とまではいかないが、松下夫人からパンをもらって食べたことは事実である。松下は、軍の物資調達に地方に出かけたまま、予定がすぎても帰ってこない。夫人はこの二、三日、今日は、今日はと待ちつつ朝食のパンを用意するので、一日中あまったパンを食べなければならない。今朝は、わたくしにも手伝ってくれというので、パンはあまり好きではないが、トーストにしたのを三枚ほどもらって食べた。
それは、戸松の飲むやかんの水をとりかえに台所に下りた時、女同志の気安さから、彼女とテーブルをともにして、こそこそとすませた事であった。
「うそをいえ、掃除したまま部屋にとじこもっていたではないか~たった独りの食事でも、面倒がるようなことではいかんよ。これは人間生活の基本だ。あんたの健康と性格を正すためにいっているんだ。一体、なんどいったらわかるのか。
あんたは、この頃、ぼくのいうことを素直にかみしめようとしないで、うるさがって、ごまかす事ばかり考えるようになったね」
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- 2015/02/07(土) 10:30:55|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「とんでもない、そ、そんな事はぜったいに」といいかけて、ふと、わたくしは、一つの思いにつきあたった。
たしかに、わたくしには彼をごまかす習慣がついているかもしれない……
それは、彼の言葉にしたがいたいが、それが出来ない苦痛から、したがったように見せたいという善意からであった。そしてその都度、あとで化けの皮がはげて青くなったり赤くなったりした。
それは日常の小さな出来事にすぎなかったが、おたがいに未知の世界に育った男女が、とつぜん夫婦となって一つの家庭をいとなむ上に基本的なことであった。
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- 2015/02/08(日) 13:07:46|
- 永遠の道 戸松登志子著
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彼は煮豆のような好物は全部たべるが、そうでない時は半分以上残してしまう。わたくしは、それを後片づけの時、パッパッとすててしまった。
人の食べ残した再び食膳に出さないというのが、極端にけっぺきなわたくしの生活の習慣であった。肉親の食べ残したものでも、一度箸のついたものは、茶箪笥にしまうことはできない。それはもう、汚物と化したものである。生活のやりくりに四苦八苦しながらも、気分だけは姫君のようなものであった。
或朝、彼が納豆を食べたいというので、経木包のを一つ買ってきて、小丼にあけて出した。納豆のにおいとねばりがきらいだったので、わたくしはぜんぜん手をつけなかった。半分も残ったであろうか。それをいつも通り捨ててしまった。
夕食の時、彼が、
「今朝の納豆ののこりを出してくれ、ぼくが食べなきゃ腐らせてしまうだろうからな」といった時わたくしはびっくりした。
「あなた、あれを又食べる気でいらっしたの。納豆の残りをとっておいて、晩に食べる人なんてありませんよ」
それは、彼の考えのあやまりを是正してやろうとでもするような、高びしゃな声であったが、
次の瞬間、わたくしは、まるで巨竜にでもにらまれたように、ちぢみ上ってしまった。彼の形相が、にわかに変ってきたからである。
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- 2015/02/09(月) 11:27:41|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「ばか者!!」
彼の顔中が口になって、かみついてきたかのようであった。
「お前は、今まで食べ物の残りをみんな捨てていたんだろう。昼飯の時にでも食べていたのか?それともやっぱり捨てていたのか?どっちだッ」
父親に叱られた子供のように、頭をたれたまま、即座には返事も出来ない。頭をあげてはっきり答えると、真正面からゲンコツの一つもとんできそうな気がする。
肯定をあらわすには、沈黙するに限る。
「捨てていたんだな?」
彼の興奮した声が、頸すじを通って後ろの壁にはねかえった。
追求はなかなかしつこく、逃れられそうにもない。
「え……ごめんなさい」
小さな声を発すると同時に、涙がポロポロと膝の上に乱れおちた。
彼の声は、敵にたいするごとく激しく、冷酷である。いきり立っているであろうその顔を想像しながら、わたくしは穴があったらそこに逃げこんでしまいたい思いで、じっと小さくうなだれたままであった。
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- 2015/02/10(火) 10:59:28|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「腐ってもいない食べものをぼんぼんすてるような無駄をする女房では、ぼくがどうして社会的に立派な仕事ができるか。ものを大切にし大事にするのが親切だ。
上海の市中をすみからすみまで歩いてみろ。食が物がないために、何人の人間が死んで放り出されているか……物を粗末にしたら、今に自分自身が物に捨てられる時が来るだろう。
親切とか愛情というのは一物をも無駄にしない心をいうのだ。日本に帰れッ、安部先生のところで、もう一度修養しなおして、それから出直してこい。今のお前には用はないッ」
彼は憤然として、立上ってしまった。
彼の気嫌がなおるまで、ちぢんだ心をいよいよ萎縮させて、わたくしは、じっとまっていなければならなかった。
戸松の生活信条はできるだけ切り詰め、公的事業には全力集中する主義であることを漸くわかりかけて来ていた。
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- 2015/02/11(水) 16:38:16|
- 永遠の道 戸松登志子著
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すると、彼は黙々と残物生理をしてくれる。なるほど、はじめからこうすればよかったんだなとひそかに思った。
ところが……それでも困ったことがちょくちょく起った。
その頃、滬西の家に、戸松の仕事に憧れて満州からやってきた本田青年がいた。彼と牧谷が時々連絡にきては一しょに食事をして帰ることがあった。丁度、夕食の支度にとりかかる時彼らが居た場合には、それだけ余分に多く用意することにしていた。
だが、その日の用件次第では、食べずに帰ってしまう事も多かった。そんな場合、残り物がかさなって、結局古いものは処分してしまわねばならなかった。
殊にカレーライスやシチューや、野菜サラダの残りには困った。親しい客の場合、これは一番安上がりでていさいがよく、手っとり早い料理であるが、もともと戸松もわたくしもあまり好物の方ではない。次の日にも又それを食べるくらいなら、茶漬でもたべる方がよっぽどましなほどである。
色々考えたあげく、裏口に時々ゴミ箱あさりに来る中国人の貧しい中年の女に、残り物を処理してもらうことを思いついた。
彼女はよろこんで、それを食べた。だが、残り物は時たまあるだけだし、彼女も毎日くるというわけでもない。
彼女が二日も三日も来ないような時、来たらやろうと思ってそのままにしておくうちに食べ物はどんどん腐敗してしまった。
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- 2015/02/12(木) 13:18:48|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「これは、明日わたしが食べますわ……あれは、あの小母さんにやりましょう」
と、一物も無駄にしない心がまえを見せるわたくしに、戸松は安心していたが~或夕、軍から配給になった粉炭を片づけるため、裏口に出た彼は腐敗した食べ物がどっさり捨てられているのを見てしまった。
一事が万事だ~この妻は、自分の志に添うように少しも努力しないばかりか、自分をごまかそうとさえしている~彼は、この一事をもって、わたくしが彼の全意思を否定し、小馬鹿にし、嘲笑しているものと見てとった。
その夜も、彼の怒り、叱り、又説教した。
彼のもとめるものは~夫の精神、理想がいずこにあるかを知って、それに添うべく心をくだいていく妻になれ~という事であった。
「お前はいつも気分だけで動いている女だ。『あなたが死んだら、魂をいだいて生きていきます』などと、健気なことをいっているが、そんな心がまえなんか一つも出来てはいないよ。生きている夫の志がわからんような奴が、死んだあと、何を抱いていけるかね。
お前は、婦道の観念論者だ。お前の婦道は、夫と一体になるためのものではなく、自己満足のためのものだ。自己陶酔だ。
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- 2015/02/13(金) 10:11:36|
- 永遠の道 戸松登志子著
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だから、自分の気のむいたことは和してくるが、気のむかないことは理解しようともしないのだ」
彼は興奮して、雄弁にわたくしを批判し、罵倒した。
その言葉はするどく、わたくしの人間性を分析し、解剖し、わたくし自身さえかって気づいた事もないものを抉り出して見せた。
そして、「お前は、外見は従順なやさしい女に見えるが、本質的にはぜったいに人の心にもしたがわない、自尊心のつよい未亡人型の女だ」とも断定した
わたくしは、自分が叱られている事もわすれてすっかり感心してききいっていた。今まで、これ程までに無遠慮に、しかも見事にわたくしの心を裸にし、皮をはぎ、肉をさき、芯骨にまでメスをいれて見せてくれた人があったであろうか。
今、初めて彼の側に立って、客観的に自分を見つめ、その精神構造のあいまいさ、脆弱さを、これでもかこれでもかというように見せつけられたのである。
更に彼は、デスレリーの妻はこうであった、ナポレオンの母はこうであったと、古今の一流婦人の名をあげて、彼女らがいかに夫や子供にたいして、豊かなる女心を示したかを説いた。
名琴は名手によってその妙音を発するように、天才達人も又すぐれた心に支えられて、その非凡さを発揮するものなのであろうか。
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- 2015/02/15(日) 16:35:50|
- 永遠の道 戸松登志子著
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だとすると、安部先生がいわれたように、戸松にすぐれた要素があるとするならば、わたくしはとうてい彼の琴線にふれる者にはなり得ない。
彼の言葉が痛烈さを加えれば加えるほど、彼の求めに反して、わたくしはだんだんと自信を失っていった。
この事があって以来、ごく些細な失敗でも、彼に知られたくないという希いが強くなってしまった。彼がわたくしの内部に肉迫すればする程、わたくしは彼から逃避することを考えた。
あれ程、彼の心を求めていた筈なのに、愛情をのりこえた人間としての積極的な彼の熱情は、むしろ有難迷惑でさえあったのだ。
日がたつにつれて、妻の心を征服せんと怒濤の勢いでせまってくる彼のおそれをなして、わたくしは逃避の中にかろうじて閉じこもり、ひたすらに、自分のすべてを肯定してくれる平穏な空気を希っていた。
茶碗一つこわしても、そういう事から自分の性格の欠点にふれられるのをきらって、彼に気ずかれないように気をはらった。だが、それはすぐに知られてしまった。
しまいには、彼もとうとう苦笑しながらいった。「あんたは扱いにくい人だよ。自分にとらわれすぎるんだ、自我にたよりすぎるよ。
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- 2015/02/16(月) 22:11:58|
- 永遠の道 戸松登志子著
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女はやっぱり、個性のかたまらない中に結婚するにかぎる」
自分の心をまともに受けとめて消化しようとしない、妻のかたくなな心をもてあまして、女は早めに結婚した方がよいと断じた。
鉄は熱い中にきたえよというが、人間も一つの型に固定してしまうと、新たに躾るのはなかなかにむづかしいというのであろうか、ということなども思い出された。
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- 2015/02/17(火) 21:32:07|
- 永遠の道 戸松登志子著
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疲労と怒り
「うそをいえ、食べた気配がなかったではないか。あんたはこの頃、ぼくをごまかす事ばかり研究しているではないか」というこの一言に、この一ヵ月あまりの間、このように絶えず繰返してきた彼に対する精神的逃避を、はっと、思いおこしたのであった。
彼は壁によりかかったままの姿勢で、再び眼をとじ、重い息を吐いた。そして、もはや声を出そうともしない。
衰弱しきった肉体は、怒りを発する力もないのか、石のごとく静止したままであった。
とりつく島もない侘しさと悲しさに全身をしめつけられ、この場の空気をつきやぶる勇気も術もなく、わたくしは只成りゆきにまかせて、おろおろとそこに立っているだけであった。
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- 2015/02/18(水) 06:00:00|
- 永遠の道 戸松登志子著
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ややたって、
「とにかく~」
ぽつんといって、彼はしばし言葉を切った。そして、
再びわたくしの顔を直視して、
「滬西にいってもらおう、あんたのように、いちいちぼくの神経にさからってこられては邪魔になる。行ってくれ、今すぐに行ってくれ」
もう我慢できんぞ~というような、せっぱつまった感情をこめて、彼は冷たく言い切った。
「はい」
とはいったものの、言葉どおりに行っていいものやら、止まっていていいものやらわからない。衰弱した彼を、置き去りにするわけにはいかない。わたくしは当惑した。
「早く行けッ。断食がすむまで絶対に帰ってくるなッ」
吐き出すように大喝した。断食十五日、肉体的に余裕を失っているためでもあろう。
これ以上、ここに躊躇していることは愚だと直感するや、わたくしは着がえもせずに、ハンドバッグ一つ抱えて、家をとび出してしまった。
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- 2015/02/19(木) 14:13:50|
- 永遠の道 戸松登志子著
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信じて受ければ総てが分る
カタカタと電車にゆられながら、わたくしの心もたえまなく動揺し、果は破壊的な方に千々にくだけていった。
とても、彼と人生を共に歩みつづけることは出来そうにもない……
彼とわたくしは、全く別な道を行くべき人間なのだ……
彼のような男のとりあつかいは、世間しらずのわたしに出来るはずがない。むしろ男になれた玄人女がいいのではあるまいか……
木戸孝允の妻幾松を初め伊藤博文の妻も芸者だった。原敬の二度目の夫人も、たしかそうだった。個性のつよい男には、こうした型の妻がむくのかもしれない……
そうだ、今度戸松が日本に帰る時、わたしも一緒に帰ることにしよう。彼の未来のためにも、又わたし自身のためにも、永遠の訣別をすべきだ……
西安寺につく頃には、わたくしの心も終着点に到し、決意がかたまりつつあった。
滬西の夫人達は、日暮れてからの突然の来訪に眼をみはっていたが、
「邪魔になるからって、追い出されちゃったの」
というと、面白がって笑いくずれ、かわるがわるにからかった。
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- 2015/02/21(土) 10:47:52|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「けんかがはじまるようじゃ、夫婦ももう一人前よ」
「どうか帰ってきてくれというまで、帰らない方がいいですよ」
彼女らには、わたくし達夫婦の切迫した真剣な空気はわからない。ましてや、わたくしの胸の中に、一つの決意が生まれていることなどもわかろう筈もなかった。
彼女らは、くったくなく笑い興じながら、夕飯の支度をするために階下に下りていった。
わたくしはソファに深くうずくまって、西の窓の夕映にぼんやりと眼をはなっていた。虹口を出て二時間余、別離を決意した同じ心に、憔悴と哀愁に沈んだ彼の顔が、やきつくような痛みをともなって浮んでくるのはどうした事であろう。
とつぜん、
「奥さん、どうしたんです?」
声をかけられて振向くと、村上が真面目な顔をして立っていた。
「先輩の断食はまだ終らんでしょう」
「今日は叱られちゃったのよ。断食の邪魔になるから出て行けって……断食がおわるまで帰ってくるなというの」
「理由は何であれ出てくるのはいけませんよ。お帰りになった方がいいな。
奥さんは、先輩の気持がまだわからないんだなあ、出ていけというのは、行ってくれるなということなんですよ。邪魔になるというのは、素直な気持でそばに居てくれということなんですよ」
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- 2015/02/22(日) 15:42:48|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「まさか、そんな気持があるなら、あんなに怒るはずがないわ」
「男の心がてんでわからないんだなあ……」
「とにかく帰られた方がいい。先輩は信ずるに足る人だ。ああいう人から何をいわれようと、なんと怒られようと、すべてを信じて受けるんだ。信じて受けるんですよ。そうすれば、何もかもがよく分かってくるんだ」
彼は、わたくしを追いたてるようにして、西安寺の停留所まで送ってくれた。
虹口についた時は、日はすっかり落ち、夕闇がしっとりとたれこめていた。
わたくしは空腹を抱えて、とぼとぼとスコットー路の並木づたいにあるいた。「信じてうけるんですよ、そうすれば何もかも分かってくる」といった村上の言葉を、愛唱の詩のように何度も何度もつぶやきながら……
七夕小築の我家のドアーの前に立った時は、やっぱり気おくれと一種の怖れに似た感情のため、身体がすくんで、直ぐにはハンドルをつかめなかった。
彼に会ったら、何といったらいいだろう~しばし、その言葉にまよった。
思い切ってドアをあけ、足音をしのばせるようにして階段をのぼって行った。部屋の入口が見える所まで上った時、ドアーを開け放した室内が半分ほど見えた。そして、テーブルのそばに死人のように、ぐったりと仰むけに倒れている戸松の姿が見えた。
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- 2015/02/23(月) 11:20:14|
- 永遠の道 戸松登志子著
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その瞬間~今まで躇躊逡巡していた心のこだわりが、さっと消え去り、わたくしは小走りに部屋にとび込むや、彼の胸に縋りつき、二、三度はげしくゆすった。と同時に、彼の冷えきったような顔の筋肉が、だるそうに動いた。
ああ、死んでいるんではなかった~安堵とともに、じーんと涙が胸にしみた。彼は寝惚た眼を瞬きながら見開いて、今度はゆっくりうなずいて見せた。
「とし子が、よく帰ってきた」
わたくしの手を取ると、力ない手つきでなでながら、彼はもう一度、しんみりと繰返した。
「よく、帰ってきてくれた……」
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- 2015/02/24(火) 10:18:26|
- 永遠の道 戸松登志子著
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食べ物にたいする肉体の欲求はかなりつよかった。しかし、意識はつねにそれを冷厳におさえていた。
彼は自分の意思をこころみる意味では、ときどきわたくしの食膳の前に立ってみたのだが、精神ははるかに肉欲を超越していた。断食中であるという自覚は、肉体の欲求をしりぞけて、食べものを禁断の実として冷視させた。
昔の仏徒は、あらゆる煩悩に打ちかつために、椀の飯をうじ虫とまで見なして修行したときいているが……
飯と対立し、飯を否定することによって、それに対する執着を絶ち切らずとも、飯そのものの実在をながめつつ、彼の心は乱れなかった。
肉体そのものは飯を求めていても、精神は毅然としてそれに応じていかなかった。彼の精神は、肉体を超越してすでに自由であった。
十三、四日過ぎる頃になると、どんよくであった肉体も、いつしか精神に順応し、食べ物にたいする執着から遠のいていった。もう、食べたいという気持すらおきなかった。
時には、好物の水炊きの鍋や豆腐の味噌汁などが、頭の中にふっと浮んでくることもあったが、それははかない幻か夢のごとく、なんの刺激も残さずに消えていった。
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- 2015/02/25(水) 16:31:01|
- 永遠の道 戸松登志子著
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肉体がすでに、物理的慣性をおびてきているといってもよかった。
十何日もあたえられない事になれてきた肉体はもはや苦痛を感じなかったのである。
この肉体の内部に、生きんとする必死の生命の力がなかったならば、このままなんの苦しみもなく、肉体の脂がもえつきる日まで耐えて行けそうに思われた。
ところが~
慣性の中に、ひっそりとねむっていた肉体の欲望が、活然と眼をひらき、とび上る時がきた。
いよいよ、あと一、二日で断食が終るという時にである。
肉体を禁欲と休息の慣性へと、あれほど強硬にみちびいていった精神が、今度は掌をかえして、肉体が欲求へとかりたてたのだ。
後、二日だ……
今日一日でおわりだ……
彼の精神は、そわそわと落着かなくなった。
食べるということが目前の希望となって、彼の全身をよみがえらせていた。衰弱しきっていた肉体の細胞の一つ一つが、精神のよびかけによって躍動しはじめたのである。
夕方ちかくになると、彼は断食あけの食事の献立を指示した。
(43 43' 23)
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- 2015/02/26(木) 10:00:22|
- 永遠の道 戸松登志子著
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「今夜十二時で、二十一日の断食を終ることにする。
十二時を一分すぎたら、まずスープをのむことにする。はじめから固形物にすると、胃に悪いんだよ。長い間、消化器が活動していなかったからね。
そうだなあ、スープはと……じゃがいも、とうもろこし、人参などの野菜類を、時間をかけてゆっくりと形がなくなるまで煮てくれ。味はごくうすくしてな。それを濾して飲むことにしよう。
第二回目は明日の朝、あんたが食事をとる時でいい。三分粥と豆腐の味噌汁と梅干にしてもらおう。食事ごとに粥をだんだんに濃くしていって、三日間つづけてみる。四日目からは、平食でいいよ。」
彼がこんなにも食べものに関心をもち、注文をつけたのははじめてであった。
わたくしは、いそいそと買物に走った。
じゃがいもを買っても、梅干を買っても、張り合があった。
夫のために食事の用意をすることが、こんなにも新鮮なよろこびであろうとは、思っても見ないことであった。
求める心あれば、応ずる心が生じ……食事にたいする彼の期待に正比例して、わたくしの責任感と奉仕の心も増大したのであった。
(43 43' 23)
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- 2015/02/28(土) 11:25:14|
- 永遠の道 戸松登志子著
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