いしずえ

第二巻受難の巻

 「中野君はどうも、われわれにはしっくりしないもののある男であった。

 われわれの立てている道を、じっくりふみ行っていくという強い品格も、大人物の志とするものもない男であったから、あまり期待はしておらんかった。

 荒尾精や杉山茂丸のように、スケールが大きいというわけでもなく、小才をきかせるやり手で、いわゆる小器用な才能の男であったから、大器的人物とは考えておらなかった。

 しかし、今回、自分の節を通して切腹したことで、中野君をすっかり見直しているところじゃよ」

 なるほど……と、戸松は心ふかくうなずいた。時代の波浪がどのように逆巻き狂おうと、たんたんとして永遠の道を信じふみ行なう大器的大信念は、生前の中野氏には感じられなかった。

   (43 43' 23)

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  1. 2016/11/01(火) 13:12:03|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 俺が俺がという才気にはしった自我が、彼の真実をおおいかくしていたとも考えられる。死して信ずる道に生きんとした中野氏は、死をもって自己の志の証をたてたものと云えよう。

 大器たる者は、永遠の生命に泰然自若として生きつらぬいてゆかねばならぬ。威武利害損得や、感情の激化によって、節を屈することなく、たんたんとして永遠の道をふみ行なうことこそ大人物の志でなければならない。

 頭山翁に会うたびに、戸松は自分の抱いている信念が、いよいよ強化されていくのをつねに感ずるのであった。

 いつしか部屋の中に暮色がたちこめてきた。山本老人は電灯をつけ、火鉢に炭をつぎ足した。

 「先生、書を二、三幅書いていただけませんでしょうか。実は周仏海総理からも能剣東将軍からも、先生の書をたのまれております」

   (43 43' 23)

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  1. 2016/11/02(水) 08:34:07|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 云いもおわらぬ中に、横合いから山本老が強くさえぎった。この時こそ、秘書の登場するときだと心得ているのであろう。

 「今先生は病気療養にきておられるのに、あなたはなんということを云うのですか。

 あなたは秀三さんと親しいようだから、そういうことは秀三さんを通して頼んでもらったらいいでしょう。療養先にきて、直接たのむということは無礼ではありませんか」

 戸松は山本の顔をきっとにらんで、すかさずやりかえした。

 「あなたこそ、おかしなことを云うではないか。書いてもらう本人と、書いてくれる先生がここに向きあっているのに、何で遠くにいる第三者をわずらわさなければならないのか。それに今すぐと云ってねだっているのではない。わたしが中国にかえるのは、来年の春になるということは先生も知っておられるのだ。そんな面倒なことをいうのだったら、もういりません。結構です」

   (43 43' 23)

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  1. 2016/11/03(木) 10:30:34|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 最後の一言は、翁にむかって鄭重にいったつもりだった。

 すると、翁は右手をあげて、戸松をなだめるように、

 「よしよし、書いておこう」

といった。(後にもふれるつもりであるが、後日受けとりに行くと、≪慈雨仁風編宇宙≫という大幅の書が六枚かいてあった)

 やがてのこと、いとまをつげて立上ると、翁もともに立上って鶴屋の長い廊下を玄関まで送って出た。

 古色つややかな広い板の間に、すっくと立ちはだかった老人の品格おかしがたい姿は、能舞台の仙者のようであった。

   (43 43' 23)

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  1. 2016/11/04(金) 10:58:57|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 じっと見下す眼、ぐっと見上る眼、老人の眼は、お前のやることを見とどけるぞ……というように深々とひかっていた。青年の眼は又、この老人の風格と精神を、わが胸に克明にきざみこまんとして、真実の色をこめてかがやいていた。




  監禁中の石原莞爾将軍

 汽車は初冬の東北の野を走っていた。

 稲はすでに苅りとられ、行儀よくならんだ無数の黄褐色の根株が、縦横にはしるあぜ道に劃されて、ダイナミックな図模様を展開していた。空はどんよりと、煙にとざされたごとくたれさがり、肌さむい朝の空気をいっそう冷たく感じさせる。

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  1. 2016/11/05(土) 09:09:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 北国の自然は、一足先に凋落と休息の期にはいっていた。

 冬枯にむかったこのうら淋しい風景は、日本の国運を象徴しているようにおもわれる。いきいきとした生命力は、大地の中におおわれてしまい、地表をかざっているのは生気をうしなった残骸だけである。

 しかも、この枯れさびた侘しい風情も、あまり長くはつづくまい。やがて、肌さむい烈風や尺余の積雪に吹きとばされ、踏みにじられる時がくるであろう。

 上海をでてから三ヶ月のあいだ、日支の和平と太平洋戦争の終結をとなえて、要路の人々や先輩をときあるいてみたが、心ある人はすべて、講和の時機をうしなったことを感じ、すでに冬ごもりしてしまって、春のおとずれに希望をつないでいた。

 周仏海総理(行政院長)のように、無名の青年とでも手をつないで、アジアの破滅をすくうべく立上ろうという意欲的な人間はいなかった。いや、すでにそういう人間は、これまでにことごとく時流の底に封じこめられてしまっていたのである。

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  1. 2016/11/06(日) 15:17:06|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 その中のもっとも雄なる者の一人が、ここ東北の地にも蟄居していた。山形県、鶴岡の地に、政治的軍事的才分を、あたら晴耕雨読についやしている石原莞爾将軍がその人である。

 汽車が山形県をはしりつづけているとき、戸松は石原将軍にもぜひ会わねばならないとおもった。

 現役をおわれた敗惨の将を、説得する気は毛頭なかったが、大陸問題にかけては陸軍の第一者であると自他ともにゆるしている石原将軍と論じてみることは、事変解決に奔走してきた今までの行動の結論としても、けっして無意味なことではなかった。

 昼ちかく汽車は東能代駅についた。

 家にかえって半年ぶりに父母とともに昼食をとり、ゆっくり寛ぐいとまもなく、ふたたび汽車にのって能代に出、さらに向能代までてくてくあるいて鈴木次郎宅をたずねた。

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  1. 2016/11/07(月) 10:26:31|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 鈴木氏は能代中学いらいの友人で、長く同志的交わりをつづけてきた心の友であるが、二年前から胸を病み、向能代の姉の家で静養していた。

 二人は相抱かんばかりにして出合をよろこびあい、一別いらいのアジアや世界の動きをかたり、和平解決法を論じあって、深夜にいたった。

 翌朝九時に、二人は東能代駅で落合い、上り列車にのりこんだ。

 鶴岡についたのは十二時頃であったろうか。

 あちらこちらでたずねながら石原邸を訪れてみると、ちょうど一足先に先客が玄関にたって来意をつげているところであった。朝日新聞の記者である。

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  1. 2016/11/08(火) 14:54:53|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 しかも、当家の主人は畑仕事の最中だというのである。二組の客は別々の部屋にとおされて、主が畑からかえってくるのを待たされることになった。

 戸松と鈴木氏が案内されたのは、玄関わきの日本間であった。

 長い縁側にそうて三つ四つ部屋がならんでいるらしく、縦にも横にもかなり見通しのきく広い庭がひろがっていた。

 お茶をすすりながら待っていると、やがてのこと、人声や物音があたりの静けさをやぶって入り乱れ、どうやら主がかえってきたもようである。

 それから待つこと、さらに三、四十分~

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  1. 2016/11/09(水) 14:24:52|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 この待つ間をかりて、石原莞爾将軍と昭和の相次ぐ事変との関係をかんたんに紹介しておくことにしたい。

 もっとも、石原将軍については、朝鮮軍司令官板垣大将との面会に関連して前にもすこしふれてきたが、ここでは直々の対面をまえにして、もうすこし核心にふれておいた方がよさそうである。




  満州事変の意義

 石原中将の頭脳は、才気縦横、しかも俊敏緻密で、すくなくとも天才の部類にぞくするものであった。したがってその人物も、凡庸でなかったことはもちろんである。

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  1. 2016/11/10(木) 12:57:08|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 頭山、萱野、安部等の、大器、大人格には程遠かったが、天分と実力を十二分にかねそなえていた点は、中野正剛のばあいと同じである。

 彼も又、非凡な人の例にもれず、自己の名誉や栄達にきゅうきゅうとするような人間ではなかった。そのことは、彼の半生の行動を通じても見ることができる。

 彼は陸軍大学で一、二番をあらそう優秀な成績であったから、卒業後はドイツ、フランス、ソ聯邦のいずれかの駐在武官として、出世の糸口をうる資格をもっていた。にもかかわらず、惜しげもなく欧米ゆきをことわり、自ら志願して中国にわたったのである。

 欧米で外交術をまなぶよりは、険悪な風雲をはらんでいる中国、満州に駐在して、戦術、戦略を実地に研究するほうが、はるかに国のためになるという考えにたっていたからである。ここに、若い石原の面目躍如たるものがある。

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  1. 2016/11/11(金) 14:16:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 彼が関東軍参謀部に赴任していったのは、張作霖の爆死後間もないころであった。

 その頃満州は、張作霖の子張学良の勢力下にある自治国であった。一方中国本国の方は、蔣介石の革命政府が、民族統一をさけんで国家意識をたかめるのにやっきになっていた。

 アメリカがこの中国統一に援助の手をさしのべ、イギリスもこれを承認して援助していたが、ひとり日本だけは、居留民をまもることを口実にして武力干渉の方針をとっていた。

 そのために引きおこされた山東出兵、南京事件、済南事件等の相次ぐ日中の衝突は、中国民衆の排日思想をたかめ、これまでの反帝国主義運動の怒りを、日本が一手にひきうける結果をまねいてしまったのである。

 父を殺したものが日本軍であることを知っている張学良が、蔣介石と手をむすびアメリカを味方として、日本の勢力を満州から追い出そうと劃作するようになったのも当然のことであった。

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  1. 2016/11/12(土) 13:18:05|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 彼は満鉄線の輸送を妨害するため新鉄道を建設したり、大連港に対抗して胡蘆島を築港したりして日本の権益をおさえようとした。そのほか、居留民にたいする圧迫も目にあまるものがあった。日本人の世話をしたり、日本に協力する満州人は奸漢としてひどく憎しみをうけるため、彼らの中には一人として日本人に好意を示そうとするものさえいなかった。

 日本人小学生が登校中に中国人になぐられて怪我をしたとか、買物にいっても日本人には売ってくれないとか、婦人が街頭で侮辱されたとか、家を不法没収されたとか、そのほか種々雑多な居留民迫害がつづけられていた。

 旅順の司令部から、この複雑怪奇な満州の雲行をじっとみつめていた石原は、日本政府の外交交渉ではとうてい対処できるものでないと見てとり、心ひそかにその対策をかんがえつづけていた。その論究の相手は、花谷参謀少佐であった。

 一年後には、高級参謀として赴任してきた板垣征四郎大佐もくわわり、三人は頭をあつめて解決策を研究した。

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  1. 2016/11/13(日) 10:10:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 板垣ははじめの間は、関東軍単独で解決する案には賛成でなかったが、そのうちに石原の熱意にうごかされ、昭和五年には今田大尉をあわせた四人で、石原プランをめんみつに練りあげていった。

 確定した工作というのは、鉄道の爆破、北大営の夜襲、奉天の占領、枢要都市の占拠、攪乱工作、朝鮮軍との連絡、軍中央の誘導等であった。この工作は政府の軟弱外交に歯ぎしりしていた軍中堅層の共鳴を得、その準備はひそかにすすめられていった。

 張学良とのあいだに事件をおこさぬよう、おこってもつとめて大事にいたらぬよう、厳しくいましめている東京中央の方針を「腰ぬけ」と罵った彼らは、六年(昭和)九月十八日夜、独断をもって柳条溝の線路を爆破し、これを中国軍のしわざだと称して中国軍兵営を攻撃し、さらに逃げる中国兵を追って北上し、その夜のうちに北大営を占領してしまったのである。

 そのほかの満鉄沿線各地でも、かねてからの計画どおり、元憲兵大尉、甘粕正彦らが、大陸浪人をやとって爆弾をなげさせ、治安がわるいという口実をつくってどんどん出兵し、翌日には長春、四平街、奉天などを占領した。

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  1. 2016/11/14(月) 14:46:24|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 そして、その三日後には、満鉄沿線をはなれた吉林を攻撃し、兵力が手薄になった南部には、これも予定どおり、朝鮮軍の一部が中央の命もまたずに不法越境して守備についた。

 この突発的な、しかも電光石火の早わざですすめられた事件は、国の内外を「あっ」とおどろかせ、中央政府はただちに緊急閣議をひらいて協議するという狼狽ぶりであった。

 日本側からはさっそく、この事件は中国の正規兵が線路を爆破し、日本の守備隊にたいして射撃したため反撃したものであると発表した。しかしこの発表は中国側はもちろんのこと、世界の国々からは信用されなかった。

 政府は連日閣議をひらき、すみやかに攻撃を停止する方針を発表しつづけたが、関東軍の参謀達はこれに従おうとはせず、戦線は日に日に拡大していった。

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  1. 2016/11/15(火) 11:19:01|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 南陸相が閣議において地図をしめしながら、この線でかならず停止すると発表しても、一夜あくれば戦線は思わぬ拡大をしているという状態が毎日のようにつづき、陸相は冷汗をかきながら連日嘘をいいつづけねばならなかった。

 こうした日本中央の統帥の無能さは、世界の批判と不評のまととなり、中央はますますうろたえ、関東軍の意気はいよいよたかく、世界も政府も眼中にないもののようであった。

 かくして破竹の勢いで関東軍は満州の前面を制し、ついに天津から清の廃帝である宣統帝、博儀をひっぱりだして皇帝とし、満州国を独立させてしまったのである。

 まさしく、満州国の生みの親は、板垣、石原を中心とする関東軍そのものであったといえる。しかも御大の本庄司令官も三宅参謀長もつんぼ桟敷に置かれて、ぜんぜん相談をうけていなかったというのであるから、軍の統帥はほとんど地におちていたと云えよう。

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  1. 2016/11/17(木) 09:08:42|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 やがて、満州国は日本政府の承認するところとなり、日本は官民をあげて国際連盟を脱退してもこの既成事実をまもりぬいていこうという意気ごみにもえ出していた。と云うのは、満州国が、国内的にゆきづまっている日本の軍事的経済的の発展の足場となり、はけ口となったからである。

 結果的にみて、満州事変は成功であったといえる。

 そのため、事変の功労者として、板垣、石原等は金鵄勲章をさずけられ、その上欧米視察旅行という景品までもおくられたのであった。

 しかし、この処置は、やがて軍をあげての「下剋上」の風潮をうむ原因となってしまったようである。独走しても結果さえよければ賞賛され、出世できるということを公然と認めたことになったからである。そればかりでなく、軍の中堅層のあいだには、上官の命をまたずに独断専行することを、国士の業であるとして仰ぐ風潮さえたかまってきた。

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  1. 2016/11/18(金) 13:32:54|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 石原自身は、もともとどのような処置でもあまんじて受けようという覚悟に立って、深い思慮をめぐらして断行したものであって、名誉や利害などを念頭においてはいなかった。彼がどのような理想をもって綿密な構想のもとに行動したかは、彼のアジア政策ともいうべき東亜連盟の性格をみればわかる。

 彼は昭和のはじめに、すでに日本がアングロサクソン民族であるアメリカとイギリスを相手にして戦わねばならぬ運命にあることを予感していた。西洋文明を代表する彼らと、東洋文明を代表する日本との一大決戦、それを最終戦として、世界は統一されるというのが彼の洞察であった。

 そこで、その戦いに勝利をうるためには、アジアの諸国家が一丸となって協力体勢をきずかねばならない。さしあたり、日満支の三国だけでも手をむすび、民族協和の理想境をきずき、すすんで全東亜にひろめて東亜連盟を結成し、東洋文明と東洋平和をまもらねばならない。

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  1. 2016/11/19(土) 20:17:15|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 まずそのモデル国として満州国をそだて、王道楽土、民族協和の理想国にしあげ、その上で中国との親善、アジア諸国との協和をはかろうというのが彼の構想であった。しかし、事実はまったく彼の頭案をうらぎっていった。

 昭和七年、定期移動により彼が去ってからの満州は、彼の理想に反して日に日に日本の植民地と化し、彼の残した中央軽視の風は、やがて関東軍をして独断で北支、内蒙の地に野望をつのらせることとなった。

 十一年、中央参謀本部の作戦部長となっていた石原は、不拡大をとなえて、旧部下であった関東軍参謀をいましめたが、彼らは中央の方針にしたがおうとはしなかった。石原は五年前、自分が中央にたいしてとった同じ態度を、逆転して今度は自分がうけとる側になってしまったのである。

 十二年七月七日におこった芦溝橋事件は、一応日中関係が安定したとおもわれるときであっただけに、軍中央ではその処置をめぐって進攻か、停戦かではげしく対立したが、石原は極力不拡大方針をとなえつづけていた。

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  1. 2016/11/20(日) 08:45:21|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 その彼が、南京から送電された「中国中央軍北上」の報告をうけ、急に今までの方針をすてて出兵に変更したのである。中国軍の暴行から日本居留民をまもらねばならねという責任感から、彼は派兵案に署名したのであった。

 そしてその翌日には、この派兵案は閣議を経てただちに二個師団の華北派兵ときまり、さらに政府は重大決意を内外に表明して、国民の戦意をかきたてた。

 ところが、その数時間後に北支においては停戦協定が成立し、さきの南京情報がまったくの未確認なものであったことがわかったのであるが、すでにあとの祭であった。

 ただちに動員は中止したが、一度発した声明はすでに電波にのって地球上にひろがっていた。そしてその影響は大きく、中国も世界も、日本がいよいよ全面侵略にのりだしたという印象をつよく受けてしまったのである。

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  1. 2016/11/21(月) 13:06:25|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 戦略家としては第一人者であるはずの彼が、不覚にも不確認な情報を信じて早まった派兵にふみきってしまったことは、日本にとっても石原個人にとっても、とりかえしのつかない痛恨事であったが、その背後には、軍の強硬派のおさえきれない力がわきたっていたことも事実である。

 石原は下剋上の先輩として、満州事変をおこした張本人であったが、彼の真意は、東洋の赤化をめざすソ連にそなえて満州の充実をはかることにあったのであって、中国とはあくまでも手をむすんで東亜連盟の理想をきずいていきたいとねがっていた。

 その後、彼は作戦部長の職を免ぜられ、関東軍参謀副長に任ぜられたが、十六年退役するまでの三年余は、涙ぐましい努力をもって不拡大と停戦の信念をつらぬき通してきた。

 しかし、軍の大勢と国民の世論はいかんともしがたい強硬さにかたむき、日本はソ連を警戒する石原の心配もよそに、ひたむきに中国大陸の長期消耗戦へと突入していった。しかも十六年、東条が首相となるや、戦いは更に拡大して太平洋にうつり、二年の間華々しい戦いをくりひろげたにもかかわらず、十八年に入ってからは敗色は日に日にあきらかとなり、ついに興亡の岐路に立ちいたってしまったのである。

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  1. 2016/11/22(火) 13:47:37|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 この危急の時、陸軍の猛虎はすでに現役をはなれ、時流にうとい民衆の中に埋れたまま、鍬を友にわびしい日々を送っていた。

 戸松や鈴木氏が満州にいた十二、三年ごろの石原の名声は、虚名であったのかと疑いたくなるような変りようである。

 参謀副長として関東軍にあったころ、ことごとに対立した参謀副長東条英機が、陸軍大臣となって軍の実権をにぎってからは、軍部における石原の勢力は落日のごとく光彩をひそめていったものらしい。そして十六年には、東条は首相となり、石原は不遇の身を北国の僻地にうずめる身となったのである。

 日本の社会における人の名声ほどあてにならぬものはない。時代は人によってかわり、人の価値と名声は時代によってかわっていく。

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  1. 2016/11/23(水) 13:52:39|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 宇垣、荒木、永田、石原等々……陸軍の実力者として仰がれた傑物の名声は、時勢の働きとともにつぎつぎと衰微し、今や陸軍は東条の独壇場である。いや、軍の大勢を代表する者が東条であるというべきかもしれない。しかも人物、才腕にかけては前者はおよばない彼が、一国の独裁的権力をにぎっているのである。

 猫の眼のようにぐるぐるとかわる指導者、そしてその度に大ゆれにゆれる国策……

 日本には一切を統合していくゆるがぬ核心がない。天皇はあれども、それは制度的権威と化し、すべての日本人の精神と行動をむすぶ生命力にはなっていない。その権威は時の勢力に利用されているにすぎないではないか……

 美濃部達吉氏の天皇機関説は、日本憲法の盲点をみごとについたものだ……庭の枯れやつれた小菊にじっと眼をそそいだまま、彼は黙って考えつづけていた。

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  1. 2016/11/24(木) 15:25:30|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 長い静寂の後、人の動く物音がして、新聞記者が帰っていったらしい。

 やがてのこと、和服姿の石原将軍がにゅうっと部屋に入ってきた。襖を後手にしめながら、ぐっと見下した表情は、隙のないきびしさを感じさせる。さすがは将師だ。

 どっかと上座にすわりこんで、二人の自己紹介を「ふんふん」と機柄に受ける態度は、いかにも満州の野で一あばれしてきた虎という感じである。

 荒木大将や梅津大将にみるような紳士的なものやわらかさは無いが、一つ一つの顔の道具は、名将とよぶにふさわしい程実に見事にととのっている。しかもその端正な風貌の内側には、野性的なあらあらしさがじっとひそんでいるようだ。

 人を喰ったようなその面構えに、戸松も鈴木氏も、ややじたじたとさせられたが、戸松はさっと心の姿勢をただして、やおら攻撃のかまえをととのえた。

   (43 43' 23)

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  1. 2016/11/25(金) 17:54:49|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 相手が野人であるならば、こちらも野性的にぶつかっていこう……

 「閣下、わたくしは上海を中心に亜細亜同盟を組織して、日中の提携によるアジアの平和をきずきたいと努力しているものでありますが、日本政府と軍部の方針は、無思慮というか、無謀というか、とても正気の沙汰とはおもわれません。

 閣下が不拡大主義をとなえておられるということは伝えきいておりますが、なんといっても満州建国には尽力された第一人者であります。しかも、満州は閣下の主張された王道楽士の理想のかげをひそめ、今日では日本の植民地同然になっております。

 その上、軍は満州国だけにとどまらず、内蒙、北支にまで手をのばし、ついに日中事変をひきおこし、その根本的解決法として日米戦にむかうこととなったと思われるのでありますが、日中事変一つ片づける実力もなくして、世界相手に戦うということは、破滅への道であるとしかおもわれません。

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  1. 2016/11/27(日) 10:25:33|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 この戦いは長びけば長びくほど、破壊の度が大きくなるばかりでありますから、一日も早く終戦にふみ切り、まず中国から全面撤兵して国府と和陸し、蔣を介してアメリカとの和平をはからねばならないと考えます。

 大陸進攻の先導であった閣下としては、おそらく責任を感じ解決策を考えておられることとおもいますので、今日は御意見をうかがいたいものと思って参上いたしました」

 その間、中将はぎゅっと口をむすび、テーブルの一角を見すえるようにしてきいていた。

 頭脳の優秀さと精神の高邁さをそのまま表現しているような立派な顔だ。ところが、一たび口をひらくや、滞在的野性さが毒舌となって無遠慮にとび出してきた。

 「退役の俺のところへそういうことを云いにくるよりも、日本一の大馬鹿者のところへいって教えてやったらいいじゃないか」

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  1. 2016/11/28(月) 11:29:10|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 日本一の大馬鹿者?……あっ、東条のことか……と思う瞬間……こんどは鉾先をかえて、

 「士官学校出か……」

ときた。戸松も鈴木氏も背広をきているのであるが、話の内容から職業軍人と思ったものであろうか。

 「いいえ、出ていません」

 「兵学校を出たのか」

 「出ていません」

 答えるやいなや、いきなりどなりだした。

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  1. 2016/11/29(火) 11:23:17|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

第二巻受難の巻

 「士官学校も兵学校も出ていない素人のくせに生意気なことをいうな。青二才のくせに、そんなことを考えて走りまわるより、鉄砲でもかついで戦場に出ていったらいいだろう」

 頭から青二才、生意気とののしるあたり、中野正剛そっくりだ。正攻法ではとても立ち向っていける相手ではない。

 そこで、ひらりと体をかわして、

 「閣下は吉田松陰を尊敬しておられますか」

と、幕末の志士の蔭に一時身をひそめた。

 「尊敬しているさ」

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  1. 2016/11/30(水) 12:30:39|
  2. 永遠の道 戸松登志子著

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國 乃 礎

Author:國 乃 礎
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