ドナルド・キーン自伝 (中公文庫)
ドナルド キーン
中央公論新社
2011-02-01



いつかは読まなきゃと思っていた。
アメリカ出身の日本学者で日本国籍まで取った (2011年東日本大震災を契機)人物は、
日本をどう思い、(不遜ながら)どれだけ日本のことに精通されているのか、知りたいし、
また、世界のなかで共存していく日本人として、それを知ることが礼儀のような感じがしていた。

この本を読んでまず感じたのは、日本の文学や伝統文化を通じて日本のよき理解者であり、
その根底に生来からの平和主義の精神があって、それが純粋に矛盾なくキーンさんの中で醸成していったのであろうこと。ということは、彼の存在自身が、世界で日本が平和を提唱していくことに独特な個性をもった資格を有している証左にもならないか。そんなイメージを持った。

キーンさんは、コロンビア大学時代、NYでのゾッキ本の源氏物語との邂逅を経て、第2次大戦、日米戦争で語学将校となったところから日本との本格的な関係が始まる。
ハワイ真珠湾の現地で、押収された日本人の日記の筆者たちが最初の日本人だったそうである。
そんな縁が、後に9世紀から19世紀にかけて日本人の日記を研究した成果である作品『百代の過客』につながっている。
これは、ほんの最初と最後をつなげたような一例に過ぎないが、彼の実績は一つひとつキャリアを積み重ねていった経験、実践主義に基づいている。

もう一つ彼の特性として感じたのが、揺るぎない”情熱”だ。
コロンビア大学教授時代、「日本文学概論」の授業で一番心掛けたことは、
本の中の事実をただ受け渡すことではなく、自身の日本文学に対する愛情そのものを学生に伝えるところにあったそうである。
また学生の方は、授業の内容は忘れてしまったが、キーンさんが講義で示した熱意のことはよく覚えていると後に言われたそうだ。
自分の読書記憶も概ねそんな感じなので、よく分かる話だなと感じた。

「愛、憎しみ、孤独、嫉妬その他は、生活様式が変わろうと不変のままである。
 『源氏物語』であれシェイクスピアであれ昔の文学を読む大きな楽しみの一つは、
 時空を超えて人々が同じ感情を共有しているのを発見することである。」

「感情的」はよくないが、「感情」は人間を人間たらしめている不変の精神エネルギー源といえようか。

日本修行の「遍参」を地で行くのキーンさんの著名人との交友関係は羨ましいほどに幅広い。
永井道雄、三島由紀夫、吉田健一、大江健三郎、安部公房、司馬遼太郎・・・
彼らと心が通じ合った友情が、お互いを深いところで支え合っている印象を持った。

キーンさんの自伝から、「日本学」のテーマとして興味を引くネタが新たにいつくか出てきた。
日本のこころと足利義政、江戸時代の本多利明、渡辺崋山・・・
日本人は自分たちだけが特別だという確信を強く抱いている国民であると指摘しているが、
私もそんな「井の中の蛙」だったことを実感させられた。