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実家にあった本。
奥付を見ると、昭和60年1月発行なので、自分が社会人になった年だ。
普段なら読まない部類なのだけど、なぜか本棚にずっとあった。
表紙の眼光鋭いお爺さんに気圧されて、なかなか手を付けることなくずっと鎮座していた。

自分で買った覚えはないので、恐らく父か母の由来だと思うのだけど、2人の路線とも合わない気がする。
一体なぜこの本が長い間、かつての自分の部屋にあるのか?
そんな不思議な本だった。
(ひょっとしたら最初の職場で誰かからもらったのか??)
ここまで40年近くも残っているのに一度も関わりのないまま処分するのもためらわれ、
遂に思い切って本の扉の中へ飛び込んだ。

「電力の鬼」と呼ばれた松永安左衛門 (1875 - 1971, 95歳没 )の評伝。
日本の電力事業の地域ブロック別民営化を実現した立役者。
日本のダムのほどんどは彼が主導したらしい。
明治8年生まれ。明治、大正、昭和の時代、実業界で疾風怒濤のごとく生き抜いた。
圧倒的な存在感で、電力事業のみならず産業界、政財界などにも多大な影響を与えた人物だった。
政界の戦後の立役者が吉田茂ならば、財界でのそれは松永安左衛門となるらしい(性格は対極的のよう)。
知りませんでした。
ご本人も顕彰されるのを嫌っていたところもあるようだが。

昭和20年8月15日、敗戦の日
「さあ、俺はこれからアメリカと戦争をはじめるのだ」と豪語したそうだ。
もちろん物理的な戦争ではなく、豊かになるための経済競争を指している。
工員も職人も自家用車で働きに出られる社会の実現を目標に定めた。
この時71歳。
すでに一般的な地位も名誉も得ていたが、彼の国と国民の繁栄へ向けた情熱と使命感は死ぬまで衰えることなく続いた。

抽象論より ”体験” 論
彼の「体当たり主義」は彼の全人生を通したもので、即ち人生哲学だった。
それだからこそ情熱を持ち続けることができた源泉だったのかなと思う。

彼の中では自身独特の人生哲学によって、言葉が再定義されている。
「抵抗ということ」
抵抗は、一般的には従順の反対であり、反抗的な意味合いを持つが、よく味わうとそれ以上の意味がある。
機関車のレールと車輪の間にも抵抗する力が働くことで速力が出せる。
人間関係も同じで、抵抗がないと弱くなり、抵抗があると力強くなってくる。
まるで電気抵抗のΩ(オーム)のような役割を思い起こさせる。
そして、社会を進歩させるものが、この抵抗である、と論じている。
松永翁という人の気骨に通じているような解釈で、感じ入った。

彼は高度成長期だった昭和46年(1973)に95歳で亡くなったが、
それから半世紀も過ぎた今の日本の低成長、高齢化社会につながる課題を予見していたように思える。
人間よりも組織を重んじる管理組織社会に人間、あるいは仕事のあり方、やり方に喝を入れようと、
最後まで抵抗し続けていたようだ。彼独特の"勇気ある自由"なやり方で。

明治人の気骨に触れられた。
元気がもらえる本でした。
読んで良かった。

[付記]
耳庵の号を持ち、茶人としても有名だった。
小田原に茶室や彼が収集した古美術品を展示する記念会があるらしい。
彼の精神世界の一端が見ることができるかもしれない。
いつか訪れてみたい。