July 2023

July 25, 2023

『ロング・ロング・ホリディ』小路幸也3




 なんかこういう小説読むの久しぶりだ。若返る気がする(笑)
 主人公は札幌で大学に通うコウヘイ。講義に出る以外は喫茶店〈M〉でのバイトが生活のほとんどを占める。〈M〉はバイトを含む従業員とお客さんとの距離がものすごく近いお店で、いわゆる常連さんが多い。バイトは全員男子大学生で、常連さんはほとんどが女子。なんというか……時代をかんじる(笑) 
 それもそのはず、この小説の舞台は1981〜1982年にかけて。文化や習慣はたしかにいまとはちがうものの、学生の考えることややることは、たぶんあの頃もいまもさして変わりがないのではないかな(たぶん)。

 典型的な青春小説で、学生たちの小さな世界で恋をしたり親との関係に悩んだり、勤め先でハプニングが起きたりする。それほどのひねりもなくどこにでも転がってそうな話なんだけど、こういう些細な出来事をちゃんと作品にして読ませてしまうなんて、やっぱり作家はすごいなあと思う。はるか昔に学生だった人間が読んでも、そのころの瑞々しい気持ちがちゃんとよみがえってくる。こういう種類の小説はあまり手に取らなくなってしまったけれど、たまに読むと心がほわっと温かくなる。おお、これが「ハートフル」ってやつなのか。
 ボーイズたちは、バイトを通して自分たちより年上の人間たちの世界をちょこっと覗く。男のしょうもなさや大人のカッコよさや、男女の関係の難しさを。もっとずっと大人になって、そういうことを学んだ心の柔らかさは薄れていってしまうのだろうけど、まだまだ子供の年齢で、普通の子たちがそんな経験ができたあの時代のよさってやっぱりあると思う。もちろん、今はいまで、また違う学びや感じ方があるのかもしれないけれど。

 最近、心がぎざぎざするような海外ミステリーばかり読んでいたのが、すこしほぐれたかんじ。
 あたりまえのことだけど、日本人の小説家さんの文章はほんとうに上手なので、するすると読める。プロット的には海外ミステリーのほうが満足度が高いものが多いけれど、ことばのひとつひとつや文章をじっくり味わうならやっぱり日本人作家の小説なのだ。

 
 
 

July 18, 2023

『夜を生き延びろ』ライリー・セイガー/鈴木恵(訳)4

夜を生き延びろ (集英社文庫)
ライリー・セイガー
集英社
2023-05-11



 車の中でのほんの数時間を描いた心理サスペンス。
「キャンパス・キラー」と恐れられる連続殺人犯にルームメイトを殺されたチャーリーは、心の傷が癒えず、祖母が住むオハイオ州ヤングスタウンに帰ることを決めた。ニュージャージーからオハイオまで6時間にわたる夜中のドライブ。大学の掲示板の同乗者募集を通じて車をシェアすることになったジョシュという男性とは、面識がない。この男、だいじょうぶなのか? もしかして、この男がキャンパス・キラーだったりして? いちど疑惑の思いにとりつかれてしまうと彼のすべてが怪しくみえる。そして真夜中、ジョシュは高速を降りて人けのないダイナーで休憩しようと言う。チャーリーの悪い予感は当たってしまうのか? 大学からも実家からも遠く離れた場所から逃げることなんてできる? どうやって誰の助けを求めたらいい?

 いやあ。なかなか怖いお話だった。とにかくスピーディでスリリングで。
 舞台はほぼ車の中。一晩のうちのわずか数時間だから時間の経過としてはけっしてスピーディではないのだけれど、じつに濃密で目まぐるしい。酸素が足りなくなる(笑)
 祖母の影響で映画オタクになり大学でも映画の勉強をしているチャーリーは、悲しみやストレスのスイッチが入ると「脳内映画」をみてしまう。現実が誇張されて拡大されて、実際には起きていないことが現実よりもリアルにみえてしまう幻覚の一種だ。
 ジョシュの隣に座って疑惑と恐怖が高まるにつれ、脳内映画が繰り返されるようになる。もはや、どれが現実でどれが映画なのか、チャーリーにも読者にも判断がつかなくなる。

 これだけ引っ張っておいて怖がらせておいてなお、核心に迫るまで二転、三転する。明らかになった真実にも驚いたけれど、そのあとにもうひとひねりあったのが個人的にはかなりポイントが高かった。
 そして、クラシカルな映画が好きならより楽しめること間違いなしな小ネタがたくさん出てくるのもうれしい。

 ここ数ヶ月、久しぶりに「これぞサスペンスミステリー」な作品に多くめぐりあっていてうれしい。
 かなりどうでもいい余談だが、チャーリーの実家のあるヤングスタウンという小さな町は、13年前まで住んでいたところのすぐ近くなのですごく驚いた。なつかしかった。こんな地名が小説に出てくるなんてねえ!





July 04, 2023

『哀惜』アン・クリーヴス/高山真由美3

哀惜 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
アン クリーヴス
早川書房
2023-03-23



 邦題からドラマチックな印象を受けたが、ストーリーはひたすら淡々と語り進められる。そっけないくらいに。登場人物たちは全員、あまり幸せではない過去や現在をそれぞれに背負っている。深く強い悲しみというより、静かなさみしさやもの悲しさが作品全体に漂っている。
 新しく展開していくというこのシリーズの主要キャラはマシュー・ヴェン警部。このキャラを好きになるかどうかは意見が分かれると思う。まじめで物静かで我慢強く、人物的にはとても好感がもてる。ただし、暗い。この暗さをシブいと思うかジメっぽいと思うかで好みは分かれるだろうな。
 一方、彼のパートナーであるジョナサンは対照的だ。こういう人がそばにいてくれたらマシューはだいじょうぶだ、と思えるような人だ。明るくてまっすぐで、思いやり深くて、でもちょっと危うい。マシューはきらいではないけれど、ジョナサンのほうが好みかも。

 ストーリーは、海岸でひとりの男の死体が発見されるところから始まる。男が居候していた家に住む女性ふたり、教会の指導者、学習障害のある女性、有料道路の管理人夫婦、一見なんのかかわりもなさそうな人たちがすべてつながっていることが、まわりを固めるようにじわじわと、淡々と語られていく。
 ただし、被害者とそれぞれとのつながりが見えそうでなかなか見えてこない。だから、なかなか犯人にたどりつかない。ドキドキするようなスリルはなくても、目の前に次々といろんなカードが出されるので、読者はただ困惑しながらついていかざるを得ないのだ。

 正直、事件そのものは、じらされたわりには「ふうん」というかんじだった。しかし、シリーズのレギュラーメンバーとなりうる登場人物たちがそれぞれに個性的でなかなかよい。今後、メンバーたちの過去やこれからのエピソードが語られていくのだろうか。だとしたら、なかなか楽しみだ。マシューとジョナサンの日常なんかももっと読みたい。これが単独作品だったらちょっと物足りなかったかもしれないが、シリーズとしてなら読んでいってみたいと思う。

 じつは、ジョナサンには少し謎めいたところがあるので、どうかこのひとが悪人ではありませんように、とそわそわしながら読んだ……ことを付け加えておこう。
 さてさて。真相はいかに。あるいは今後の展開によっては……?






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