山本文緒
December 23, 2009
『群青の夜の羽毛布』 山本文緒 【by HANA】
ちょっと早いけど Merry Christmas
サンタさんは本当はパパだと気付いたのは、小学校低学年の、たぶん2年生のクリスマス。
イブの夜、父のお土産のたくさんお菓子の入ったクリスマスブーツを空にし、2段ベットの上段枕もとの柱にひっかけて寝た。
すっかり眠りの中にいたのにギシッとベットのきしむ音にふと意識が浮上し、父の匂いがした。そっと薄目を開けると、部屋の入り口からもれる白熱球の明かりにうっすら照らされた、父の横顔が。厚紙製のブーツに一生懸命何かを押し込んでいる。一瞬何が起こっているのか分からなくて、でも、知らないうちにまた眠りに落ちていたようだ。
朝起きて、昨日のことを思い出し、慌ててブーツの中を見ると、なんとそのころまだ珍しかった蛍光ペンのセットが。もちろんサンリオのキャラクターもアイドルのサインもついていない、そっけないけれど専門的で事務的なそれを見たとき、わたしはすべてを悟ったのである。
父は文房具が大好きで、わたしはこっそり父の書斎に入って、引き出しの中にきれいに整頓された珍しい文房具を見るのが大好きだった。
万年筆、さまざまな種類の消しゴム、クリップ・・・そんな中で最近の一番のお気に入りと思われる場所に、あの蛍光ペンセットがあった。
子供から見ても、父は子煩悩とは言い難く、いつもしかめつらして難しい本を読んでいる学者を絵にかいたような男だった。きっと「これがほしい」とオーダーされるものは買ってくることができても、子供たちが何を喜ぶのかわからなかったのだと思う。
お菓子の入ったクリスマスブーツまでは良かったのだけれど、想像力の限界、中身は「子供の喜ぶもの=自分がもらったらうれしいもの」にしてしまったのだ。
サンタがこなかったショックよりも、サンタがいないと子供が知ってしまったことを知る父のショックを慮って「サンタさんが来た!」と朝ご飯のときに父に言った、オトナなわたしだった。
ふとそんなことを思いだしながら、今でこそ感じる。問題のない家族なんて珍しいと思う。そういう問題は、気がつかないままに進行していて、何かが起こって初めて外にあらわれてきたりもする。
自分は常識的で普通だ、ありふれた価値観と環境で育っていると感じる中流家庭の子供たちの「当たり前」が崩れるとき、ちょっとした驚きとともに挫折感を味わうことがあるかもしれない。
ましてや家族の在り方に少しでもコンプレックスがあると、外部的にとてもデリケートになったりする。乗り越えることは、他人が思う以上に難しい。
群青の夜の羽毛布 (文春文庫)
クチコミを見る
「何もかも、母親のせいなの?」(中略)「心理学が何よ。そうしたら、私がこうなったのは私の母親のせいじゃない。その母親を育てたのは祖母よ。どうして育てた人間のせいにするのよ」
上の作中、子供が精神的に病んでしまった母親が、そのことをカウンセラーや他人に指摘され言う言葉に、被害者であり加害者である苦しみのらせん構造はどこまで続くものなのかと、そこから抜け出す夜明けはこんなにも痛みを伴うものかと、家族間の問題の根深さを思った。
【すべての家族に幸せを・・・】
サンタさんは本当はパパだと気付いたのは、小学校低学年の、たぶん2年生のクリスマス。
イブの夜、父のお土産のたくさんお菓子の入ったクリスマスブーツを空にし、2段ベットの上段枕もとの柱にひっかけて寝た。
すっかり眠りの中にいたのにギシッとベットのきしむ音にふと意識が浮上し、父の匂いがした。そっと薄目を開けると、部屋の入り口からもれる白熱球の明かりにうっすら照らされた、父の横顔が。厚紙製のブーツに一生懸命何かを押し込んでいる。一瞬何が起こっているのか分からなくて、でも、知らないうちにまた眠りに落ちていたようだ。
朝起きて、昨日のことを思い出し、慌ててブーツの中を見ると、なんとそのころまだ珍しかった蛍光ペンのセットが。もちろんサンリオのキャラクターもアイドルのサインもついていない、そっけないけれど専門的で事務的なそれを見たとき、わたしはすべてを悟ったのである。
父は文房具が大好きで、わたしはこっそり父の書斎に入って、引き出しの中にきれいに整頓された珍しい文房具を見るのが大好きだった。
万年筆、さまざまな種類の消しゴム、クリップ・・・そんな中で最近の一番のお気に入りと思われる場所に、あの蛍光ペンセットがあった。
子供から見ても、父は子煩悩とは言い難く、いつもしかめつらして難しい本を読んでいる学者を絵にかいたような男だった。きっと「これがほしい」とオーダーされるものは買ってくることができても、子供たちが何を喜ぶのかわからなかったのだと思う。
お菓子の入ったクリスマスブーツまでは良かったのだけれど、想像力の限界、中身は「子供の喜ぶもの=自分がもらったらうれしいもの」にしてしまったのだ。
サンタがこなかったショックよりも、サンタがいないと子供が知ってしまったことを知る父のショックを慮って「サンタさんが来た!」と朝ご飯のときに父に言った、オトナなわたしだった。
ふとそんなことを思いだしながら、今でこそ感じる。問題のない家族なんて珍しいと思う。そういう問題は、気がつかないままに進行していて、何かが起こって初めて外にあらわれてきたりもする。
自分は常識的で普通だ、ありふれた価値観と環境で育っていると感じる中流家庭の子供たちの「当たり前」が崩れるとき、ちょっとした驚きとともに挫折感を味わうことがあるかもしれない。
ましてや家族の在り方に少しでもコンプレックスがあると、外部的にとてもデリケートになったりする。乗り越えることは、他人が思う以上に難しい。
群青の夜の羽毛布 (文春文庫)
クチコミを見る
「何もかも、母親のせいなの?」(中略)「心理学が何よ。そうしたら、私がこうなったのは私の母親のせいじゃない。その母親を育てたのは祖母よ。どうして育てた人間のせいにするのよ」
上の作中、子供が精神的に病んでしまった母親が、そのことをカウンセラーや他人に指摘され言う言葉に、被害者であり加害者である苦しみのらせん構造はどこまで続くものなのかと、そこから抜け出す夜明けはこんなにも痛みを伴うものかと、家族間の問題の根深さを思った。
【すべての家族に幸せを・・・】
October 20, 2007
『ブルーもしくはブルー』 山本文緒 【by HANA】
ブルーもしくはブルー (角川文庫)
同じ角川文庫ですが、HANAの本の装丁はとてもかわいいので、画がなくて残念。
23歳の時に二人の男性の間で結婚を悩んだ蒼子という女性が選んだのは佐々木という男性だった。その後6年間経済的には何不自由ない生活だったが、佐々木には幼馴染の恋人がいて、結婚1年もすると蒼子には手も触れなくなった。蒼子は満たされない気持ちを買い物やアルバイト先の年下の恋人牧原との不倫で埋めようとするが、その牧原にも愛情が持てなくなっていた。
そんな矢先、旅の帰りに偶然寄ることになった福岡で23歳の時に選択しなかった河見と結婚して生活する自分の分身に遭遇する。独身の時は河見の束縛をわずらわしく思ったが、希薄な愛情に満たされない自分に比べて確かな愛情を受けている河見蒼子という分身に嫉妬に近い感情を抱く。
一方、河見の愛情に息苦しさを感じた河見蒼子は、東京で自由に暮らす佐々木蒼子に羨望をおぼえる。
2人はドッペルゲンガー現象でこのように分かれたと思われたが、2人のことを以前から知っている人間には河見蒼子の姿は見えない。それは、佐々木蒼子が本体で河見蒼子が分身だということをあらわしていた。
そんな2人は1ヶ月だけ入れ替わることにする。最初の半月は、お互いの心の穴を埋めるように違った環境を心から幸せに思う。ところが、その先は・・・・
満たされない気持ちを持ち続けることはとても苦しいことだ。次々といろんなものを奪い、手に入れ、経験し、一瞬の満たされ感に酔いしれるも長続きせず、再び満たされない渇望感と罪悪感と自己嫌悪に苦しむ。
何が大切なことなのか身近すぎてわからないからそんな気持ちになるんだ・・・と日々の幸せに満足しようと勤めるも、自分の気持ちだけはごまかしきれない。選択肢を誤ったから苦しんでいるんだと思おうとしても、蒼子のように二つの選択肢を選べる機会に恵まれれば、たちまちそれが幻想だとわかる。
それは、心がけの問題といよりは業なのかもしれない。環境が変わっても、選択に満ちた人生の一つの選択肢までもどってやり直しても、自分が自分でいる限りメビウスの輪のように堂々巡りである。
2人の蒼子の物語の最後はやはり蒼子という人間の顛末でしかないのである。身におぼえのある人間には、ある意味どんなホラーよりも背筋が凍る、自分を突きつけられる物語なのだ。
【HANAレビューも応援よろしく!】
同じ角川文庫ですが、HANAの本の装丁はとてもかわいいので、画がなくて残念。
23歳の時に二人の男性の間で結婚を悩んだ蒼子という女性が選んだのは佐々木という男性だった。その後6年間経済的には何不自由ない生活だったが、佐々木には幼馴染の恋人がいて、結婚1年もすると蒼子には手も触れなくなった。蒼子は満たされない気持ちを買い物やアルバイト先の年下の恋人牧原との不倫で埋めようとするが、その牧原にも愛情が持てなくなっていた。
そんな矢先、旅の帰りに偶然寄ることになった福岡で23歳の時に選択しなかった河見と結婚して生活する自分の分身に遭遇する。独身の時は河見の束縛をわずらわしく思ったが、希薄な愛情に満たされない自分に比べて確かな愛情を受けている河見蒼子という分身に嫉妬に近い感情を抱く。
一方、河見の愛情に息苦しさを感じた河見蒼子は、東京で自由に暮らす佐々木蒼子に羨望をおぼえる。
2人はドッペルゲンガー現象でこのように分かれたと思われたが、2人のことを以前から知っている人間には河見蒼子の姿は見えない。それは、佐々木蒼子が本体で河見蒼子が分身だということをあらわしていた。
そんな2人は1ヶ月だけ入れ替わることにする。最初の半月は、お互いの心の穴を埋めるように違った環境を心から幸せに思う。ところが、その先は・・・・
満たされない気持ちを持ち続けることはとても苦しいことだ。次々といろんなものを奪い、手に入れ、経験し、一瞬の満たされ感に酔いしれるも長続きせず、再び満たされない渇望感と罪悪感と自己嫌悪に苦しむ。
何が大切なことなのか身近すぎてわからないからそんな気持ちになるんだ・・・と日々の幸せに満足しようと勤めるも、自分の気持ちだけはごまかしきれない。選択肢を誤ったから苦しんでいるんだと思おうとしても、蒼子のように二つの選択肢を選べる機会に恵まれれば、たちまちそれが幻想だとわかる。
それは、心がけの問題といよりは業なのかもしれない。環境が変わっても、選択に満ちた人生の一つの選択肢までもどってやり直しても、自分が自分でいる限りメビウスの輪のように堂々巡りである。
2人の蒼子の物語の最後はやはり蒼子という人間の顛末でしかないのである。身におぼえのある人間には、ある意味どんなホラーよりも背筋が凍る、自分を突きつけられる物語なのだ。
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April 14, 2007
『プラナリア』 山本文緒 【by HANA】
プラナリア
プラナリアって何か知っていますか?切っても切っても死なないできれっぱしが再生、完全に元どおりになっちゃう茶色いヒルみたいなイキモノらしいです。<次に生まれてくるときはプラナリアに。>・・・そしたら乳がんでも乳を再生できるもんね!といわんばかりに豪語して酒の席を一瞬でシラケさせるひねくれものの主人公春香。彼女は23歳で乳がんになり、片乳を切除、背中から肉をとって再建したが、いまだに続く治療に苦しんでいる。だが周りの家族や恋人は、がんはもう終わったことと受け止め、春香のニート生活や自虐的な態度にいらだちながら立ち直りを迫る。押し付けの親切や応援に、卑屈になったり、キレたり、自虐的になったり、そんな彼女が大好きだなぁ。まるで、他人のような気がしない。ひねくれものの中でも、彼女とはひねくれ的ねじれ方と表現のベクトル方向がどうも似ているらしい。若いときの心の中を覗いたらこんなもんだろうと思ってしまった。この本は随分前に読んだのだけれど、あるきっかけで思い出した。中一のボクYくんが、習いたての授業内容を自慢したくてうずうず、目を輝かせて「ねぇ、モノを掴めるのは唯一何類か知ってる?!」と聞いてきたのでつい大人気なく「あぁ、甲殻類でしょ?蟹や海老も掴むもんねぇ」と反射的に答えてしまったことだ。一生懸命「掴む」と「挟む」の違いについて話してくれる彼がかわいくて仕方がない、春香にもこんな日が来るのだろうか。他短編4収録。
プラナリアって何か知っていますか?切っても切っても死なないできれっぱしが再生、完全に元どおりになっちゃう茶色いヒルみたいなイキモノらしいです。<次に生まれてくるときはプラナリアに。>・・・そしたら乳がんでも乳を再生できるもんね!といわんばかりに豪語して酒の席を一瞬でシラケさせるひねくれものの主人公春香。彼女は23歳で乳がんになり、片乳を切除、背中から肉をとって再建したが、いまだに続く治療に苦しんでいる。だが周りの家族や恋人は、がんはもう終わったことと受け止め、春香のニート生活や自虐的な態度にいらだちながら立ち直りを迫る。押し付けの親切や応援に、卑屈になったり、キレたり、自虐的になったり、そんな彼女が大好きだなぁ。まるで、他人のような気がしない。ひねくれものの中でも、彼女とはひねくれ的ねじれ方と表現のベクトル方向がどうも似ているらしい。若いときの心の中を覗いたらこんなもんだろうと思ってしまった。この本は随分前に読んだのだけれど、あるきっかけで思い出した。中一のボクYくんが、習いたての授業内容を自慢したくてうずうず、目を輝かせて「ねぇ、モノを掴めるのは唯一何類か知ってる?!」と聞いてきたのでつい大人気なく「あぁ、甲殻類でしょ?蟹や海老も掴むもんねぇ」と反射的に答えてしまったことだ。一生懸命「掴む」と「挟む」の違いについて話してくれる彼がかわいくて仕方がない、春香にもこんな日が来るのだろうか。他短編4収録。