「た行」 他の作家

June 19, 2022

『タイムマシンに乗れないぼくたち』寺地はるな5

タイムマシンに乗れないぼくたち
寺地 はるな
文藝春秋
2022-02-08



 ああ、読んでよかった。読み終わったあとに、本をそっと抱きしめたくなった。
 これから大人になっていくこども。遠い昔の小さかったわたし。あのころ出会ったあのこ。もやもやとした気持ちを抱えていた十代のころの娘。いとおしく、こわれやすく、なつかしい主人公たちが、ずっと昔にどこかに置いてきた感情をそっと揺する。
 7つの短編それぞれの主人公たちは、成長しようともがきながら、つくりあげられた「せかい」や「いえ」になじむことに途方もないむずかしさを感じてしまう、不器用なあなたの分身だ。

 小さな、閉鎖的な社会の中で、生きにくさを抱える人たち。大きな問題があるわけではないけれど、「大勢」や「みんな」にうまく溶け込むことができない人たち。年齢も性別も環境もさまざまな、そんなあらゆる人たちが描かれている。自分をとりまく環境や社会や理不尽さとの折り合いのつけかたや、かれらが踏み出したほんの一歩の勇気に、わたしたち読者も希望と力をもらう。すべての作品には、もの憂いさみしさがぼんやりと漂っているけれど、ラストでは決まって、あたたかい光が差しこむ。つらくてもさみしくてもやりきれなくても、なんとか生きていくことはできそうだぞ、と。

 7つのおはなしすべてに共通するのは、主人公がそれぞれ感じる孤独とそれらの向き合い方だ。『コードネームは保留』の優香がいうところの “ライフハック” だ。表立って戦うことはなくても、胸の内ではいろいろなことを感じて考え、気がつけば少しずつ、やり過ごす方法や受け止め方が変わってくる。そして他人を理解し、自分を認め、うまくやっていくことの意味が分かるようになる。
 どれも甲乙つけがたく好きなお話ばかりだが、あえて言うなら、表題作の『タイムマシンに乗れないぼくたち』と『深く息を吸って、』がとてもよかった。

 世の中は変わり続ける。わたしたちは、たぶん無意識のうちに、変化や進化に取り残されないよう自分を何かやどこかの枠にはめなくてはならない、と常に考えている。
 むずかしい時代に、生きることのむずかしさを強いられているたくさんのすべての人が、この本を手に取ることができますように。



【こういう本に出合うと幸せを感じる】




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November 01, 2009

夏といえば?〜『少年の輝く海』 堂場瞬一 【by HANA】3

 夏・・・といえば「海」?「山」?
ぶんこやは海派だろうな〜、わたしは山派ですね。
 高原の白樺の林に早朝の霧が立ち込めて、その霧が晴れて日が差してくるとツンと土と葉っぱの匂いがしたり。
 ごつごつの岩が日に照らされてカンカンに熱くなっているところを、サンダルで飛びながら川辺までたどり着いて、そっと足を水に浸したら、思った以上に冷たい川の流れが足をひっぱったり。
 川沿いの大きなシダが覆いかぶさってくる暗くて細い山道を、ずーっと登っていったところに小さな滝と滝つぼがあって、ひやっとする空気をおもいきりすいこんだり。
 それが夏らしい過ごし方のイメージ。

 そういうのって、小さい頃の楽しかった夏休みの過ごし方のイメージが影響するのかな?水泳ばかりしていたので、海水が苦手なのかな?
 すごく印象的な心に残る、ある年のある季節ってないですか?

少年の輝く海 (集英社文庫)
少年の輝く海 (集英社文庫)
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 夏が過ぎて一番好きな季節がやってきた!どんな紅葉が見れるかな?とりあえず今年も京都には行く予定!
2008kyoto

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June 01, 2009

『世界は幻なんかじゃない』 辻仁成 【by HANA】4

世界は幻なんかじゃない (角川文庫)
世界は幻なんかじゃない (角川文庫)
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 1976年9月6日、旧ソ連からミグ25をひっさげて亡命してきたべレンコ元空軍中尉と、その尾翼の赤い星マークが見えるくらい間近に目撃した、高校生の著者。
 それ以来著者の心をずっと離れなかったべレンコは、今アメリカで何を思って生きているんだろう・・・社会主義世界からの離脱は本当に人生の泥濘からの離脱だったのか。
 それを知るために、ニューヨークから、オーランドへ。オーランドからはアムトラック「サンセットリミテッド号」でべレンコへのインタビューの旅に出る。
 べレンコの住む西海岸までは、わざと時間をかけてたどり着く横断鉄道を使う。途中、ディープなアメリカと都会では見られない生きることに必死な人々に触れながら本能を研ぎ澄ましてゆくフォト・エッセィだけに、臨場感たっぷりだ。
 はっきり言って、著者の思い描いていた(そして読者の私もそれに感化されていたので)ベレンコと、今のベレンコは全然イメージが違っていた。読んでガッカリした人も多いんじゃないかな?
 でも、それで良いんだと思う。というか、思い詰めていたことを突き詰めるとそういう肩透かしにあうことは、往々にしてあると思う。かえって現実的だと感じる。
 べレンコがインタビューの中で連発する「選択の自由」という言葉。
 めったにいないが運よく自分の世界からの離脱に成功した人がいるとする。だが、その人にその後待ちうけていたものが、人生をかけるに値するものだったのかは、死ぬ間際しか分からない・・・という著者の言葉に同感だ。
 内心、どうまとめるのかと思ったが、少なくとも私にとって最後のこの言葉はここまで読んでいてよかったと思わせるに値した。
 あ〜、ここの部分、ぶんこやにも見せたいなぁ!

 マイアメリカブームにのっていたし(笑)って超個人的!

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May 07, 2009

『パリからのおいしい旅』 戸塚真弓 【by ぶんこや】3


パリからのおいしい旅 (講談社文庫)
パリからのおいしい旅 (講談社文庫)
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 ぶんこやがこういう類の本のレビューをアップするのはかなりめずらしい。
 しかし、パリにもフランス料理にもとりたてて興味がないのに、なぜこんな本が我が家にあるのか非常に謎だ。誰がどこで手に入れたのか? 自分か?!(おい・・・)
 これはいわゆる、グルメ旅行記というのとは違う。ワインを中心としたパリから近いいくつかの地方をめぐり、さまざまな種類のワインやその地方での料理、レストラン、歴史、街の風景をつづったエッセイだ。文章がやや散文的なきらいがあるが、そのぶん、羅列された料理とワインの数々から想像(妄想)をたくましくすることができて楽しい。(ついでにいえば、内容も少々スノッブにすぎる)料理よりもワインの記述に心をくだいているようで、ワインにまつわる歴史や背景がなかなか興味深い。ちょっと冷やしたピノ・ノワーとか、極上のシャンパーニュ、普段着のピノ・グリなど、軽い味わいのワインが多く登場するのが、わたしにとってはおいしく読めた理由のひとつかもしれない。
 文学的な価値とか読み物としてはどうなのかはわからないが、ちょっと気晴らしに、半身浴をしながらとかトイレ(苦)とかで読むには最適だ。(←実際に自分が行ったことを勧めている・・・・・・)
 スパークリングワインでもなく、シャンパンでもない、本物の辛口シャンパーニュを飲んでみたい。でもフレンチのコース料理はちょっときつそうだ(笑)

 ああそうだ。村上春樹のウィスキーの本もあったはずだ。今度はあれを風呂で読もう。


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April 26, 2009

『神田川デイズ』 豊島ミホ 【by HANA】5

神田川デイズ
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 なんていう赤裸々でリアルな青き屈折感なんだろう!あったあった、大いにありました!大学上京ガールの不安と疎外感。「わざわざココ(東京)まで来て、あたし何やってんだろう」と心で叫びながら、朝のぎゅうぎゅう詰めの電車に乗って。
 キャンパスに着いたら着いたで学食にはたくさんの知らない人で、1人で昼食を食べるスペースもないくらい。18歳で初めてのアルバイトにくたくたになりながら、世の中のキビシサにいたぶられ、過ごした日々。
 ココにくれば何もかもうまくいくような気がしていたのに、ココはゼロからの始まりでしかなくて。何もかもを置いてこれたかわりに、新しい電化製品とふとんと6畳に切られた空間の他には頼れるものは何もなく。
 何もないからこそ、日常のちょっとしたことはとても大きく感じられた。今までとりあえずがんばれば何とかなってきたから純粋に持てた夢や希望にも、単純な目標がなくなって、そこはかとない不安がただよう。それは大人と子どもの間にできた小さなギャップであると同時に、理想と現実のギャップでもある。
 そんな隙間に埋もれた煩悩との葛藤が、作中6つの短編をぐるぐる回る。自分を見失うくらいの停滞感から必死にもがいて抜け出そう、何かにすがってでも一歩でも前に進もうとする、自虐的なほどの若者の苦しみが伝わってくる。それが、あれから随分たっているにもかかわらず、ギュッと身構えるほどリアルに共感できるのは、大学時代の数年という、自由と一緒に挫折がやってくる奇妙な一時期のことだからだろうか。
 また、若者の心理を熟知している作者の筆の妙というか、著者のよいところを余すことなく表現できている素晴らしい文章である。ならでは、の良さが今まで読んだ彼女の作品の中でもピカイチだ。
 それにしてもあたしたちもつまんないことでいろいろ悩んだもんだよね、ぶんこや(笑)!
・・・心神喪失状態で選択したとしか思えないロシア語とか何度も二日酔いで学校にたどりつけず落とした土曜一時間目の教育原理とか?(爆)
 いや、こんなことは悩んだうちに入らないね、ちょっと困ったうちには入るかもだけど。っていうか、作中にたびたび出てくる第二外国語選択の中国語のくだりは、今も昔もあたしを悩ませる20年たっても変わらない大問題なのだが・・・。゜(´Д`)゜。

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April 08, 2009

『初恋素描帖』 豊島ミホ 【by HANA】3

初恋素描帖 (ダ・ヴィンチブックス)
初恋素描帖 (ダ・ヴィンチブックス)
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 やっぱりあれは中学生のときだったな。数学の時間、一番後ろの真ん中の席でクラスメイト全員の黒紺一色の背中を眺めながら、一人一人の思っていることが頭の上にフキダシのようにピョコンと出てきたらすごく面白いのに・・・と思ったことがある。
 ある意味学校が世界のすべてで、その中でもクラスメイトは世界を構成する一番重要な要素であった中学生活。人間関係も濃くなる多感な時期に同じようなことを思った人も絶対多いはず。
 そんなよこしまな欲望を疑似体験できる夢のような物語があった。なんと2年2組35人のうちの20人の心情が赤裸々に語られるという構成で、微妙な人間関係が1クラスまとめて手に取るようにわかってしまう。
 クラスのアイドルめいちゃんは親友かずちゃんと同じ人が好きだけどなぜか応援していたり、かずちゃんはそんなめいちゃんの陰でいつも裏方でいることに複雑な気持ちがあったり。
 めいちゃんにクラス全員の前でふざけて告白した武田君は、実は超マジでめいちゃんにのめりこんでいるくせにいつもおちゃらけていたり。そんな武田君を好きなすみれちゃんだけは、武田君の気持ちを痛いくらいに理解していたり。
 どんどんつながる、みんなの気持ち、20人分。
 好きな子が先生に名前を呼ばれるだけでドキドキしたり、異性のクラスメイトと話しているだけで落ち込んだりしたかつての若者は結構いるんじゃないかと思う。人間関係も男女の機微もここが原点といっても差し支えないだろう。うまくいくばかりが青春じゃない!
 『神田川デイズ』を読もうと図書館に行ったがなかったので、同著者のものを手に取った。2年2組という分子構造のプラスチックモデルを見るような、複雑な感情連鎖を立体的に楽しめた。

【最近ガツンときつくて重い本を読んでないなぁ】
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March 30, 2009

『ドルジ』 武田葉月 【by HANA】3

ドルジ 横綱・朝青龍の素顔 (講談社文庫)
ドルジ 横綱・朝青龍の素顔 (講談社文庫)
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 自分で望んで決めたことに迷いもためらいもなく突き進むドルジは、TVでちらりと見る朝青龍関の印象そのままで、かえって安心した。
 プラス、外国人横綱っていうと遠い人のように感じるけれど、少年のような素直なところもあって、男子の母親としては失礼ながら「かわいらしいなぁ」と思える一面も知ることができた。
 強いし猪突猛進なイメージが先行してちょっと怖いと思っていたけど、一途に目指してきた夢がかなってよかったね!と素直に感じたよ。
 一方、大陸の熱い血と、シキタリや序列、体面を重んじる「恥」の文化との間の葛藤は、おこるべくしておこったのだとも再認識。しかし、写真で見るモンゴル時代の精悍なドルジの肉体には、それをも克服して大成するべき、もって生まれた星を充分感じさせる何かがあった。わたしは、草原の中にまぶしいくらいの生命力の輝きを見た。
 ところで、なんでか特に相撲に興味がないのに、この本を買ってしまったのか今でもよくわからない。多分、この表紙の笑顔から目をそらしたら、逃げたように思えるのが自分で許せなかったんだと思う(笑)屈託のなさがにじみ出ているんだよね。
 わたしのように、彼のことをほとんどまったくといっていいほど知らなかった人には、経歴やこれまでの軌跡をたどれてよかったのだけれど、欲を言えばもっと深く彼の気持ちに重なることができるような、内面的の細やかな描写が欲しかったなぁ。
 ・・・というように思ってしまうのは、彼にとても魅力があるということなんだと思うし、そう思わせたこの文章のおかげなんだともわかっているけれど。
 後輩は頭角をあらわしてきているけれど、これからもドルジはドルジらしく突き進んでほしいなぁ。

【「あばれはっちゃく」を連想・・・って古すぎ?】
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March 26, 2009

『花が咲く頃いた君と』 豊島ミホ 【by HANA】3

花が咲く頃いた君と
花が咲く頃いた君と
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 花が咲く頃・・・いやぁ春ですね。
 花が咲いている間って、その植物が一生に見せるほんのわずかな自己表現の時間だと思う。普段はツンとすまして自己完結しているように見える植物も、このときばかりは他の生き物を強く惹きつけようと、艶やかに清楚にあの手この手でアピールする。そんな時、植物は男であり女である。だってだいたい受粉のときだもんね。
 本の中には、多感な10代をそんな花のモチーフになぞらえた、短編集が4つ。ひまわり、コスモス、椿、桜。夏、秋、冬、春・・・それぞれの季節に切り取られて懸命に咲く男子と女子の凝縮された4話だが、それぞれ青春の「終わり」を感じさせるところが切ない。でも、終わりがあるから美しいんだね。
 忘れかけていたけれど、振り返ってみるとあの時あの一瞬は青春だったなぁ・・・と、なんでもなく過ごした10代の日常をまぶしい気持ちで思い出した。みずみずしくかぐわしいけれどほろ苦くすっぱいグレープフルーツのような一瞬、あったよね。
 自分でもコントロールできない、かといって他人に説明もできない、理不尽に押し寄せる感情の波とヒリヒリ過敏になった感受性をもてあましていたころは、与えられた時間をちゃんと過ごすだけで精一杯だった。
 でも今は細かいディティールを(例えば教室の机の匂いとかプールに入る前のシャワーの冷たさとか)思い出せば思い出すほど、すべてが無条件に守られた温かな思い出に感じるから不思議。
 耳の奥から、放課後の隣の校舎で吹奏楽部が音合わせをする音が聞こえてきたよ。

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December 01, 2008

『椅子の上の猫』 藤堂志津子 【by ぶんこや】4

椅子の上の猫 (新潮文庫)
椅子の上の猫 (新潮文庫)


(ぶんこや再読シリーズ)

 いつか別の本のあとがき(か解説)で、藤堂さんのこんな言葉を読んだことがある。
 「私の小説は、99パーセントの嘘に1パーセントの真実を加えてできあがる」
 うろ覚えなので一語一句正確なフレーズではないと思うが、ああ、小説っていうのはそういうもんなんだな。と、ひどく感動した覚えがある。1パーセントの真実をどう生かすか。逆にいえば、その1パーセントの真実で、何通りもの作品も書けてしまう。すごいな、小説って(笑)
 人生・・・というと大げさになってしまうけれど、漠然と先のことや現状に悩んで迷って、感情の振れ幅が異常なほど大きかった若い頃、藤堂さんのけだるい投げやりな、ある意味自虐的ともとれる女性像に、ひどく憧れたことがあった。
 この作品の類子もそんなタイプだ。長年暮らした男に裏切られ、ゲイバーに通ううちに、Gというゲイバーのママの家にずるずると居候になる。だらしない生活を心ゆくまで楽しみ、猫のようにGに飼われるうちに類子の傷は癒えていく。
 今ではさほど珍しくないテーマであるが、これを読んだ十数年前は、まだこういう世界を舞台にした小説はそれほど多くなかった。女性寄りの男性Gに飼われて癒される女の子、という設定は、女性ならば魅力を感じる人は多いのではないか。女性の気持ちがわかる男、という意味からではなく、一緒に暮らしてもいわゆる「男と女」の心配をしなくてもいい、それでも見かけは(ハンサムな)男、と暮らすとは、なかなかうらやましい設定ではないか(笑)
 しかし類子はしだいに、男としてのGに惹かれていってしまう。一方Gはペットのように、猫のように類子を飼っていたいと渇望する。
 このあたりの葛藤と粘着質な心情と、類子の最終的な身の振り方(というか決心)が、非常に藤堂さんらしい、期待を裏切らない作品に仕上がっていると思う(まあ、えらそう! 苦)
 同収録の「再会」も、これまたちょっと違った雰囲気の藤堂ワールド全開な作品だ。初期の藤堂志津子を知るにはもってこいの1冊である。

【ねちっこいけど意外に好きなんだ★ ぶんこや】
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July 15, 2008

『ウルトラ・ダラー』 手嶋龍一 【by HANA】4

ウルトラ・ダラー (新潮文庫 て 1-5)


 表向きはBBCのラジオ番組担当者、実はSIS(英国情報部員)のスティーブンが、巧緻を極めた北朝鮮の偽100ドル札「ウルトラ・ダラー」について追跡するが、そこにはアメリカ、日本、中国、北朝鮮それぞれの思惑と外交戦略の巧妙かつ熾烈な駆け引きがあり・・・笑えない深刻な凄みのあるストーリーである。
 わが国初めてのインテリジェンス小説・・・という触れ込みだが、簡単に評しがたい小説だ。「インテリジェンス」とは知性によって彫琢しぬいた情報、と本文中では述べられている。個人的に言えば大好きなジャンルだと思う。一般的に言われるスパイ小説とはちょっと違っていて派手なアクションもないけれど、もう少し政治的で現実味がある。
 手嶋さんのように影響力のある外交ジャーナリストでなければ、このようなリアルな小説は無理(取材自体ができないと思う)だと感じたので、よくぞ書いてくださった!と思う。もちろん真実ではないけれど、半分は事実を基にしたようなところもあって、われわれ一般市民には情報としても非常に興味深い。(だいたい、わたしなんかには、官房副長官とかアジア大洋州局長が実際にどんな動きをする人なのかさえ、新聞で肩書きを見るだけではさっぱりわからない。外交のイロハも知らないのだから)
 佐藤優氏の解説は、無知なわたしの初歩的な疑問や混乱を取り去ってくれる価値あるものだった。インテリジェンス小説の定義も佐藤氏の受け止め方を支持したいと思う。
 ただ、読み物として厳しいことを言うならば、重要な流れの部分に非常に大まかなところがあるかと思うと、細部にかぎって詳細に述べられているところもあり、情景豊かではあるものの、ストーリーの幹の部分と枝葉の部分のバランスが惜しいかな〜という感想も。スパイ小説のロマン的なところが中途半端に入っちゃったというか・・・あとは、最後の終わり方が個人的に・・・。ごめんなさい。
 ★4つのわりには珍しく厳しい意見を述べたけれど、4つは4つの価値があると思ってつけました^^


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