宇江佐真理

July 26, 2010

『おぅねぇすてぃ』 宇江佐真理 【by ぶんこや】4



おぅねぇすてぃ (新潮文庫)
おぅねぇすてぃ (新潮文庫)
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 国民のほぼ全員が英語を学校で学ぶようになった現代でも、英語習得は多くの日本人にとって難しい。英語にかぎらず言語習得は、根気の要る学習だからである。

 辞書をはじめとする教材や学習方法、情報や環境に恵まれる現代ですら大変なのに、外国人との交流がとても少なかった明治(あるいは江戸)の時代に外国語を習得することは、どれだけ困難なことであったろう。『おぅねぇすてぃ』では、文明開化間もなくの、英語に憧れ、通辞(通訳)を目指した若い男の、恋と挫折、努力と希望が苦く切なく、そして清々しく語られる。

 英語、通辞(通訳)、そして幼馴染との苦しい恋。しかも時代小説。
 わたしにとってツボなテーマ満載のこの小説は、北海道と横浜を舞台に、若さならではの焦りや苦しさやコンプレックスがとてもじょうずに書かれている。
 長い間ずっと心を寄せていながらも離れ離れにならざるを得なかった幼馴染が、アメリカ人の女になったと知った時の衝撃。もともと、幕府の通辞であった彼女の父親に感化されてはじめた英語であったが、外国人の妻となった彼女へのある種の嫉妬と対抗心で英語への向学心は燃えあがる。そんな主人公千吉の意地とプライドに、とても共感してしまうのだ。

 あたたかいハッピーエンディングを迎えるこの小説を形作るのは、千吉とその幼馴染お順との恋物語だけではない。英語が当たり前ではなかった時代の辞書づくりの苦労とそれに尽力した影の人物、江戸から明治に移行する人々の暮らしや文化、外国人と関わる女性への偏見と差別。
 恵まれた現代に暮らし、未だ外国語習得もままらなない、甘さのかたまりのようになった私たちにもしもこんな課題が課されたとしたら、はたして乗り越えることができるのだろうか。そんな大変な時代を生き抜いた力強い人たちに、勇気と明日の頑張りをもらえる作品でもある。

 うん、がんばろう。
 まだまだいける。きっと。


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December 05, 2008

『深川恋物語』 宇江佐真理 【by ぶんこや】5

深川恋物語 (集英社文庫)深川恋物語 (集英社文庫)
著者:宇江佐 真理
販売元:集英社
発売日:2002-07
おすすめ度:4.0
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 恋という名の人を想う気持ちの根っこ(原動力)はみな同じはずなのに、その表れ方はどうしてこんなにも違うのだろう。衝動に走ったり、自分を無理に抑えつけたり、相手のことだけを考えたり、自分本位でなければ我慢ならなかったり・・・。ここに収められた六編は、舞台こそ江戸時代を借りてはいるものの、今に通じる男と女のさまざまな恋のかたち、そして人生のかたちが描かれている。
 苦しい恋もあり、切ない恋もあり、温かい思いがあり、つらい出来事あり。主に職人や商売人などの庶民レベルの人たちのさまざまな恋がしっとりとつづられるが、いずれも読後感、後味の良さという意味で共通している。爽快な、という意味での良さではないが、読んだ後にふわっとした多少の痛みをのこしたやわらかい感じを残すもの、じんわりとしたあたたかさが残るものなど、そういった類の後味の良さである。
 また、花火や凧、浮世絵など特殊な職人の世界が堅苦しくなく描かれているところもこの小説の味わいの一つだ。その道を究めることと恋を成就させること、というのはいつの時代でもその距離を縮めたり伸ばしたりしながらも、決してぴったり重なり合うことがないように思える。
 いずれの作品もそれぞれに素晴らしいが、わたしは女絵師が主人公の「さびしい水音」がとりわけ好きだ。宇江佐さんの小説の特徴のひとつでもあるが、収録された作品の題名の付け方がまた、秀逸である。個々の題名を見ただけでも味わってみたくなる短編集であること間違いなしだ。

 (ぶんこや再読シリーズ)

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August 10, 2008

『たば風』 宇江佐真理 【by ぶんこや】4

たば風―蝦夷拾遺 (文春文庫 う 11-9)


 蝦夷を舞台に幕末の人々を生き方を描いた短編集。しっとりと切ない恋愛が主なテーマでもある。
 北海道が美しい憧れのような土地となったのは近年のこと。江戸時代以前の蝦夷といえば、北の果ての、果てしなく遠い過酷なイメージが強かった。(だいたい蝦夷という地名がいかんね・・・) そして蝦夷の原住民と共存しながらもなにかと問題が絶えない松前藩は、お内証もややきびしい。大政奉還後ともなれば、不安はつのるばかりである。まさに江戸幕府が終焉を迎えようとしているとき、不慮の病によって、同時にふりかかるお家の事情によって、離れることをやむを得ずされた男女のストーリーが表題作「たば風」である。女を想う心がともに生きることをあきらめさせた、しっとり情感あふれるお話だ。
 収録された短編の中にはこうした、時代感あふれる大人の恋愛が描かれているものが多い。そして全てに共通していることは、女性が強くたくましく、感情豊かであるということだ。これは蝦夷の女性特有のものかもしれない。気候の厳しい北国、そして大陸的な広い国土に所以するものかもしれない。強くたくましいといっても、それが決して押し付けがましくなく、大らかで、自分や己の人生に対してしっかりとした意志が感じられる。
 著者自身もあとがきで、「この作品は私の郷土愛が書かせた」と述べているが、宇江佐さんはそれぞれに登場するような、「蝦夷の女性」を書きたかったのだろうと思う。
 どれも心にじわっとくるしみじみといい作品ばかりだが、強いてあげるなら、「柄杓星」が良かった。激動の時代に極寒の地で、もしわたしだったらこんなに強く潔く生きられただろうか。


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July 07, 2008

『深尾くれない』 宇江佐真理 【by HANA】5

深尾くれない (新潮文庫)


 江戸の初期、侍でありすぎたため、大切なものを失うことの多かった実在の鳥取藩士、深尾角馬。角馬は非常に小柄だった。そのため小さいときからつらい目にあうことも多く、反骨精神旺盛であった。また、父子家庭で育ったせいか口が重く不器用なたちでもあった。
 剣術指南役である深尾家のささやかな家の庭には、角馬が丹精込めて育てている美しい牡丹がある。「深尾紅」という通称で将軍家からも所望されるほどだったという。物語はそんな角馬の2人目の妻である「かの」が深尾家へ来るところから動き出す。
 2章だての構成で、各章には象徴的な名前がついている。どちらも角馬があみだした剣法「雖井蛙(せいあ)流」の技のひとつで、角馬の生き様と剣法の奥義が絶妙に重なり合うところに、著者の人物理解の深さを知ることになる。
 前半の「星斬の章」は、星を切る=自分の夢や将来、身近な人の優しさや甘い思いを断ち切る、それほどの覚悟を持って人を切る、という雖井蛙流平法最後の条を暗示している。すなわち、かのに対する想いを断ち切ることで、角馬自身も身をもって奥義を体感するのである。
 後半の「落露の章」では、一人娘である「ふき」と角馬の二人の関係を通し、角馬と雖井蛙流平法の成熟を描く。落露の妙術は、庭先の牡丹の葉先にたまった露が落ちる一瞬をも見逃がさず間合いを見切る、というところからきた雖井蛙流平法である。
 因縁を含む人斬りでも、タイミングを逃さず脅威の集中力で完遂した角馬はさすがに考案者だと思う。だが、罪による死を覚悟したとき、何年も手入れしない家の庭に変わらず咲き続けている牡丹の葉の落露の一瞬を捉え、いままでの妙術解釈とはまた違う、大きな時代の流れの中の自分の人生の、落露ほどの一瞬のはかなさを知った。

「つかの間の生に何を迷い、何を恐れることがあろうか(本文より)」

 こんなにネタバレでいいの?と思うかもしれないが、あらすじともいえることは背表紙に紹介されている。あらすじを知ってもこの本を本当に読んだことにはまったくならないと感じる。
 そのことからも著者が10年もあたため続けた角馬への思いと、この実在の剣法師匠の侍的生き様を伝えるための研究が、並大抵のものではなかったことがうかがえる。行間を読み察することでこの作品のよさが膨らむと思うし、それゆえ抑えた語り口は古きよき日本の風土と侍の矜持の高潔さを際立たせている。

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September 01, 2007

『銀の雨』 宇江佐真理 【by ぶんこや】5

銀の雨―堪忍旦那為後勘八郎 (幻冬舎文庫)


  堪忍旦那こと為後勘八郎は、ベテランの同心。人情に厚く、捕らえた犯人を許すというか「赦す」ことが得意だ。もちろんただ甘く適当に赦すわけではなく、堪忍旦那ならではのあたたかい赦しと裁きがある。一方、18歳になるサラブレッド同心岡部主馬は、勘八郎の甘さが気に入らない。若さ故の潔癖症と正義感を振りかざし、鬼のような拷問やきつい裁きを与える。そして主馬に無邪気に憧れる、まっすぐでとびっきりきれいな心とお世辞にも美しいとは言えない器量を持つ勘八郎の娘、小夜。主馬の若さがうっとおしい勘八郎と、親の心も知らず主馬にうっとりする小夜と、気持ちを知りながら洟もひっかけない男前の嫌味な同心の関係をやんわりとベースにしながら、ほろりと泣かせる事件をつづっていく、連作短編集だ。
 5つの短編が収められていて、第一話「その角を曲がって」で13歳だった小夜は、一話ごとに歳を重ねていき、最後の「銀の雨」では17歳になる。切なくほろ苦く、そしてちょっぴり甘いあっと驚く恋の展開(笑)に、涙すること間違いなし。捕物帳としても、小夜や主馬を主人公とした青春物としても、堪忍旦那の人情物としても、いろんな角度からたっぷりすぎるほど楽しめる作品である。
 宇江佐真理という作家を好きになるきっかけとなった一冊。どことなく、藤沢周平作品のしみじみと優しい、それでいてほろっと苦いような雰囲気をもった作品のように思える。要所要所に出てくる決めのセリフや泣かせるセリフにも注目!

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August 28, 2007

『雷桜』 宇江佐真理 【by HANA】4

雷桜 (角川文庫)



 表紙の桜がとってもきれい!
 紹介文に「運命の波に翻弄さながら、愛に身を裂き、凛として一途に生きた女性を描く、感動の時代長編」とあるが、くどくどしい恋愛小説ではなくて好ましい。恋愛の部分よりもヒロイン「遊」とその兄「助次郎」を中心とした生い立ちに多くをさいている。
 北上次郎氏の解説にあったとおり視覚的な描写が美しく、さまざまなシーンで、PCのプログラムが画像に変換されるように、活字から巻物のような絵が浮かび上がってくる。字という記号の羅列から、自然の美が堪能できるのである。
 かどわかされ、15年山で暮らしたため「狼少女」と言われ村で普通の女の子として暮らすことができない「遊」と、時の将軍家斉の17男で御三卿清水家の精神を病んだ若き当主「斉道」が、雄大な自然の中でほんのひと時お互いを求め合い癒される。
 しかし、側室になるのを拒み、斉道が建ててくれた瀬田村の山中の庵で1人、思い出をよすがに生きることを選択した遊に、思いがけなく子供が出来る。本来なら今や紀州徳川家当主となった斉道の御子。遊はその子を庄屋である兄の子として育て、斉道やその用人には告げなかったので、とうとう斉道は遊との子供のことを知らずに「遊、遊はどこじゃ」という言葉を最後に37歳の若さで他界した。
 その後時は移り瀬田村では代替わりをしたが、遊は変わらず斉道に建ててもらった山の庵で桜の炭を作り、1人の男を愛し続けながら息子を育て強く生き続ける。斉道が紀州に行ってから前藩主との政治的抗争に明け暮れて心をすり減らしていた時も、遊はこの静かな山間で変わらず大切なものを守り続けていたのだ。
 定められた生き方の違う、普通なら決して出逢うことのない2人のせつない一瞬の魂の交わりが鮮明に輝く。その輝きが紅葉の燃える時期、夕日に照らされた馬上の2人の姿に集約されている。
 千畳敷の雷桜、瀬田山の紅葉、印象的で幻想的なシーンのたくさんある、せつなくも美しい物語でした。


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November 30, 2006

「おちゃっぴい」 宇江佐真理4

おちゃっぴい―江戸前浮世気質


 登場人物たちの伝法な口調や、ちょっと変わったキャラ作りの魅力あふれる、江戸モノ連作短編集。おかしいのにちょっとしんみりしてしまう、かわいらしいお話が6話収められている。

★ 町長屋ならではのおかしさとあったかさあふれる「町入能」
★ 愛嬌があるお嬢様・・・のはずが男勝りで荒っくて勝気なお玉の嫁入り騒ぎを軽くさわやかに描いた「おちゃっぴい」
★ 美男で優しくモテモテだけど、ちょっと女っぽいのと気が弱いのとが玉にキズな薬種問屋の若旦那・菊ちゃんのぶきっちょな恋のおはなし「れていても」
★ 町長屋に入った新しい店子である浪人者の女房で、いつも文句ばかりたれているクソばばあ・おすまをめぐる人情モノ「概ね、よい女房」
★ 娘の恋にやきもきする岡っ引の伊勢蔵の揺れる気持ちがおかしい「驚きの、また喜びの」
★ 恋に破れて大金持ちの不細工娘に逆玉の輿入りした菊ちゃんと、うそつきの噺家・あんちゃんの奇妙な関係をおかしくしみじみと語った「あんちゃん」

 ふう。この短編集の魅力を語るには、何よりもそれぞれのお話が個性的なことを伝えなければ・・・と思いいつもより細かく説明してみたが・・・果たして伝わるのかどうか自信がない。
 ともかく、普通の時代物とはちょいと違う。さわやかで軽くて優しくてしみじみしてしまう、味わいのある短編集。一話完結だが、同じ舞台(町長屋・甚助店)や同じ人物(薬種問屋若旦那・菊ちゃん)が出てくるところが、読者にとっては嬉しい。何よりも、いかにも江戸っ子っぽい口の悪さや会話の洒脱さが心地よく、はずむようにぽんぽん読めてしまう。
 どうぞお試しあれ。
 

積読除去作業が難航しています・・・
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