真保裕一

October 11, 2007

『トライアル』 真保裕一 【by ぶんこや】4

トライアル (文春文庫)


 「男の世界」のようなものを描いた小説には、とても惹かれる。単純にハードボイルドやヤクザモノが好きだっていうのともちょっと違う。女性が入り込めないような、男の闘い―それが戦国モノでも現代モノでも、仕事でも友情でも―、女同士ではなかなか経験できないような、ちょっと硬質で不器用な世界を書いたものには、静かに感動するものが多い。
 『トライアル』もそんな、静かに惹かれてしまうタイプの小説だ。競輪、競艇、オート、競馬、いわゆるギャンブル・レースと呼ばれる類のレースに携わる、選手たちの孤独と葛藤を描いたものだ。競技そのものに対する悩みだけでなく、選手が置かれている立場や家族などの人間関係に焦点を当てて、レース本番の喧騒とは対照的な、静かな重苦しい雰囲気が一貫して流れている。
 ギャンブル・レースも選手たちにとってはスポーツ同様、競技である。勝負がすべてで、しかも、観客の「夢」を背負う分、選手が追うプレッシャーは、普通のスポーツの比ではないと思う。オリンピックにしろプロスポーツにしろ、スポーツや競技といえば、どうしても華やかな部分だけを見てしまいがちだ。今でこそ、こういう「華やかなものの裏の世界」を描く作品は珍しくないように思うが(ホント?)、この作品をはじめて読んだ数年前は、思わずうなった。そしてまた、真保裕一さんは、こういう地味な世界をこつこつとこまかーーーく描いていくのが、本当に巧い。
 この人のミステリーも、異常といえるほどの緻密さでおもしろい。ミステリーほどのガッツリした読み応えはないけれども、なんとも充足した気持ちをひしひしと感じられた。この4つの短編の中では、競馬の世界を描いた「流れ星の夢」がとくに良かった。

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May 07, 2007

『奪取』 真保裕一 【by ぶんこや】5

奪取〈上〉


 HANAとちがってミステリー世界に足を踏み入れたのは30近くになってから、というぶんこやは、いわゆる謎解きの古典的なミステリーよりも、ミステリーの範疇がぐっと広まった新しいタイプのミステリーのほうが好きだ。真保裕一も「これってミステリーなの?」系の作家だと思う。最近あまり手に取らなくなったが、すっかりハマって読んでた時期もあった。中でもこの『奪取』は、キャラクター、展開、結末、すべて大好きな作品。偽札騒動の結末で「え〜〜〜そんなぁ〜」という感じが、とってもいい。
 やくざの街金にハメられて一千万円もの借金を作ってしまった友人を助けるため、プー太郎の手塚道郎はパソコン技術を駆使して偽札を作ってその場をしのぐことにした。もちろん偽札なんてそんなに簡単にできるはずはない。しかし道郎の発想と技術に目をつけたやくざは、道郎に偽札を作らせる。一方、偽札作りにすっかり魅せられた道郎は、やくざたちへの復讐も兼ねて(?)名を変え、顔を変え、技術を磨き、もっともっと大きな敵に立ち向かうため壮大な計画を立てる。
 偽札作りにどんどん魅せられ次第に固執していき、さらには青春のすべてを偽札作りに費やしていく、元フリーターの秘めた情熱がいい。爽快でもあり、苦しくもある。アイディア、頭脳はどんどん冴えていき、確実に技術をつけて、「本物の」偽札作りに備えていく。なんだか妙にカッコいいのだ。やくざに追われることになった道朗はその後2度名前と顔を変えることになるわけだが、最後の鶴見良輔になると、最初の手塚道郎とは比べものにならないほど成長している。同じ人物でありながら三通りの個性を読めるのも、この作品のおもしろいところだ。
 偽札作りの結末ではなく、この小説のラスト、つまり終わり方には賛否両論あるところだと思うが、ぶんこやはこのラストの2ページがとっても好きだ。

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