10月は子供たちのための月でした。(ひと月だけじゃ〜だめでしょ???という声が。。。^^;)

末っ子の高校最後のバスケットの試合を観戦し、

長男が幼稚園の年中さんの年から始まり、以後??年間途切れることなく続いた子供たちの運動会も、今年が最後。見事騎馬戦の大将戦で勝った末っ子のおかげで、有終の美を飾ることができました。

成人式でできず、延ばしに延していた写真撮影。 「来月21歳になってしまうで・・」といわれ、慌てて写真館に連れて行き。。。カメラマン?の女性もチョゴリがめずらしかったのか、たくさんシャッターを押してくれ。。。高額のアルバム制作費におののき、厳選に厳選を重ね、数十枚の画像のなかから4枚を選び。。。将来、どんな人にみてもらうことになるのでしょうね?? 

夕食を食べていると長男が横に座り、
「オンマ、アン・ハサウェイって知ってる?」 
アン・ハサウェイと長男との間に接点なんかあるのか?と不思議に思いながら、
「知ってるで」
「このまえ映画をみてんけど、オンマに似とった」 
「・・・・・」 

アン・ハサウェイがどんな醜女を演じているのか、夕食を済ませ、娘を誘ってレイトショーに。

翌朝、「映画、おもしろかったわ」と私。「似とったやろ」と長男。「似てるわけないやん」

「いや、似とった」

娘に救いを求めるときっぱり。「顔は似てないけど、悔しくて泣いている、泣き方が似とった」

長男、「それ!」

子供たちに悔し泣きをしてる姿を印象づけている母親ってどうなんだろう。。。

でもまぁ、映画はよかったです♪



それから、この映画も。。。



書店でタイトルが目にひっかかり、手に取り「朝鮮の手文庫」というのにひっかかり、読んでみました。初めて読みましたが、田辺聖子の男性版という感じで読みやすく、この秋はこの作家で。。。

水のかたち 上 (集英社文庫)


本のなかで紹介されていた音楽を聞きながら、次の作品、「流転の海」を読んでいます。



今日は娘の誕生日でした。恒例の赤飯、わかめスープ、鯛。と、娘のご希望で、トマトモッツァレラのカプレーゼ。

朝日新聞の折々のことばから。

お母さんの誕生日じゃないのに。でも、今日は、お母さんの出産記念日でもあるんやな。


作家の子ども


わが子の誕生日に子どもの好物はもちろん、ケーキ類もたっぷり用意したが、自分より先に母親ががぶがぶ食べているのを見てあきれる子。誕生日はたしかに母の出産記念日でもある。こんなあたりまえのことにも人はなかなか思い至らない。相手の身になるということの難しさを改めて教わった。本紙9月28日夕刊(大阪本社)の湊(みなと)かなえの随筆「誕生日じゃなくて…」から。

これも10月の折々のことばから。 決してわすれないだろうことばの一つです。

すなわち最もよき人々は帰ってこなかった


ヴィクトール・E・フランクル

 
労働不能とみなされガス室送りとならないよう、ときに囚人を取り締まる側に立ちもする、そんな生き残りをかけた蹴落としあいを潜(くぐ)り抜けうる者が、ナチスの強制収容所では生き残った。精神科医の「夜と霧」(霜山徳爾訳)から。同じく長いシベリア抑留から帰還した石原吉郎は自らの詩集のあとがきで、これに「最もよき私自身も帰ってはこなかった」と書き添えた。

さて、11月デス!
何をしようかな〜〜〜  何ができるかな〜〜〜