この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。


第5回ノギザカッション小説コンテスト
エントリーNo2

出会いの数だけ
「出会いの数だけ」与田冒頭画像




今朝はいつもと違う道を通って通勤をしていた。最近、新しいパン屋ができたということを知った私は、「明日の朝食はそこのパン屋にしよう!」と決めていたからだ。新しいもの好きとしては行かないという選択肢はないし、パンを食べるのも大好きだから楽しみしかない。
「よーし、待ってろよー!」
空を見上げ、握りしめた右手を空高く突き上げて気合いを入れた私は、浮かれながらパン屋へと向かって歩き始めた。

「おっ!あそこかなー」
昨日、駅前でもらったチラシを確認しながら家を出て10分ほど歩いていると、ようやくそれらしき建物が見えてきた。店内の様子が気になるのか、3〜4人のお客さんが入り口の前で集まっているのが良い目印になっていた。お店に近づくにつれ、パンが焼き上がった時の小麦の匂いが強くなってくる。この辺で私のテンションは最高潮へと達しそうだったけど、まだ店内にすら入っていないのだ、落ち着かなければ。
「ふー、着いたー」
木目調の材質が使われ、ガラス張りのされた外観からは店内に並べれている数種類のパンがよく見えた。オシャレで可愛らしく、パリとかフランスの街角にありそうな佇いで、私の心はこのパン屋の魅力に奪われてしまっていた。
「ヤバい、もう楽しみすぎる!」
わくわくした気持ちが溢れながらも深呼吸をして息を整え、小さな体ながら胸を張って堂々とした態度で店内へ入った。

「いらっしゃいませ」
出来たてのパンが綺麗に整列されていて、見るもの全てが美味しそうに見えた。お店の外からじゃ見えなかったけど、実際にパンを作っている様子も見える。
「すごーい!」
目をキラキラさせながらパンを取る用のトレーを左手に、右手にはトングを持ってカチカチしながら店内を歩き始めた。王道のクリームパンや季節のフルーツを使ったデニッシュ。クロワッサンやカレーパン。具材たっぷりのピザや、こちらも具材たっぷりでグラタンが詰まったフォカッチャなどなど。とにかく種類が豊富で、食べたいものが多すぎて困ってしまう。
「えー、もうどうしよう、選びきれないよ…」
気づけばトレーには8つもパンが乗っていて、こんなに買ってしまったらお昼もパンになってしまう。
「買うのは2つ、2つにしよう。だから、これとこれと…でもこっちも食べたいし」
狭い店内でうんうん悩むこと10分。
「よし、これにしよう!」
結局、制限オーバーで4つも買ってしまった。というより時間がやばい。早く会計を済ませて会社に行かないと。ささっと会計を済ませた私は走って最寄駅へと向かった。
「うわー!時間ないよー!」
鞄から定期入れを出して改札を通って、階段を駆け抜けた。ちょうど電車も到着して、ホームには通勤ラッシュに挑む大人たちで溢れている。私もその波にもまれながら電車に乗り、息苦しい思いをしながら何とか職場へと辿り着いた。

「はー、間に合った…」
「与田ちゃんおはよー」
「堀さん、おはようございます」
「あれ?手に持ってる袋」
「あっ、気になりますか?」
ニヤニヤしながら、私は袋に入っているパンを取り出した。
「えー!美味しそう!」
「先輩ダメですよ、これは私が食べるって決めてるんです」
「お願い、一口だけ」
「一口って言って全部のパンをちょっとずつもらおうとするのはなしですよ。一つだけです」
「むっ…どうしてバレた」
「先輩だからです」
「そこをなんとか!一生のお願い!」
両手を合わせて拝む堀さんに、私は断固拒否の姿勢を取った。
「ダメです。先輩、食べ物のことになると止められなくなっちゃうんで」
「なーんだ、与田ちゃんのケチ!」
「私がケチなんじゃなくて、先輩が欲深いだけなんです。特に食欲!」
「だって、食べることしか楽しみがないんだもん」
「そんなだから彼氏もできないんですよ、先輩は」
「あー、そういうこと言うんだ。そういう与田ちゃんはどうなのよ!」
「私は…いますよ彼氏くらい」
「ほんとにー?またいつもの見栄を張ってるだけで、実はいないってやつでしょ」
「わかんないですよ?」
「わかるもん、いないって」
「なら、勝手にそう思っていてください」
私の4つ上の先輩の堀未央奈さん。仕事はできるけど、すごいおしゃべり。よく私のことを「ケチ」とか「おっちょこちょい」とか「背が小っちゃいのズルい、可愛すぎる。っていうか顔が可愛いから何しても全部が可愛い」とか、とにかく子ども扱いしてくる。私だって好きで背が小っちゃくなったわけでもないし、おっちょこちょいなのもわかってるから直さないとなって気にしているのに、それに可愛くなんかないし、この人ときたら…。
「与田ちゃん、今日の打ち合わせの資料は大丈夫そう?」
「一通りできたので先輩に見てもらおうと思うのですが…。昨日、メール送っておきました」
「おっ、じゃあ早速見るね」
「よろしくお願いします」
そう言うと堀さんはPC画面に映し出された打ち合わせ資料の確認を始め、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになりながら私は買ってきたパンを食べ始めた。

 少しして資料の確認が終わったのか、堀さんが資料の印刷を始めた。
「与田ちゃんありがとう。私が手直しするのほとんどなかったよー。資料作るの上手くなったね」
「あ、ありがとうございます…!」
「フフフ、照れてる姿も可愛い」
「ちょっと、からかわないでくださいよ。せっかくの褒め言葉が台無しです…」
「ほんと、どうしてこんなに可愛いのに彼氏ができないのやら」
「だから私は…」
と言いかけて、私は両手をグーにして前のめりになって説明をしようとした。
「与田ちゃんってさ、見栄を張るとき必ず両手をグーにする癖があるよね」
「え!?」
「素直じゃないんだから、クフフ」
癖を見抜かれたのが図星だったのと、クスクス笑っている堀さんを見て恥ずかしくなった私は顔が火照って真っ赤になっていた。「もうこの人ほんとに嫌だ!」と心の中で叫び、何も言わずにふてくされながらパンをガツガツと食べ始めるのであった。

 時刻は11時。
「広報担当をしてます、堀です。よろしくお願いします」
「与田です、よろしくお願いします」
先方と名刺交換をし、打ち合わせが始まった。今日は雑誌に載せてもらうために新しく始めたコラムの内容と、弊社が売りだそうとしている新しい連載企画の持ち込みを話すこととなっていた。大まかな内容は堀さんが説明してくれて、私は細かい情報の補足やメモを取ったりなど、ほぼ聞き役としてその場にいた。

「本日はありがとうございました。後ほどメールでご連絡いたしますので、引き続きのほどよろしくお願いいたします」
会議は1時間ほどで終わり、また後日の打ち合わせをするということになった。
「いやー、良かった良かった。向こうの温度も高かったし、何とかいけそうだね」
「そうですね」
「でさ、与田ちゃんはどっちがタイプだった?」
「え?」
「2人いて、どっちがタイプだったかって聞いてるの」
「えー、またその話しですか」
堀さんは他の営業先や広報の人と会うたびにそんな質問をしてくるのだ。
「私は向かいに座ってた人が良かったな~」
「へー」
「何よ、その全然興味なさそうな返しは」
「そんなことばっかしか考えてないのかなって」
「この仕事はいろんな人との出会いがあるのよ。かっこいい人がいたらテンション上がるし、あわよくば…」
「先輩は楽しそうでいいですね」
「かっこいい人がいたら好きになる。女だったら誰でも考えるじゃない」
「私はかっこよくなくてもいいです」
「ふーん、そうなんだ」
人は見た目じゃないと思う。まあ必要最低限の身だしなみとか常識はあってほしいけど、自分が好きになる人は誠実で、話しの合う人で、私のことを一番に考えてくれる人で…。
「で、与田ちゃんはどっちがタイプだったの」
「ちょっと、話しを遮らないでくださいよ」
「どうせまたいつものひとり言でしょ。自分の気持ちはちゃんと声に出して言ったほうがいいのに」
「わかりました。どっちもタイプじゃなかったです」
「そっか、じゃあ与田ちゃんは理想が高いんだ」
「もう違いますって!」
なんだか今日はやけに振り回される。まだお昼だというのにヘトヘトだ。だけど、その都度出会う人に対して関心を持つことって、普段からあることなのだろうか。私はみんな仕事関係の人っていう大きな括りで見てしまっているからそれ以上興味を持つことはないし、新たに売り出したい企画をどう上手く売り込むとか、そんなことしか考えてないというか。目の前にある仕事のことも大事だけど、人と人とのコミュニケーションはちゃんと取れているのか。仕事よりも人間関係を築くことを疎かにしてないか。そもそも人間関係を築くって何なんだろう。
「堀さん、一ついいですか?」
「どうしたの」
「仕事で出会う人たちとも、ちゃんと人としての接し方ってできますか?」
「えー、何その質問。なんか変じゃない?」
「すみません」
「私が思うには、どれだけ能力がある人でもちゃんと向き合って接しない人とは仕事はしたくないかな。相手からの協力がないと成立しないことって世の中たくさんあるし、やっぱ話しに乗ってくれる人がいて、自分もこの人のために何かアイデアを出して良いもの作りたいって思えるし」
「そう…ですよね」
「あっ、でも押しつけがましい人は苦手かな」
「私も無理です…」
「仕事に限らずだと思うけど、相手を知るには、まず自分が受け入れる姿勢になる。積極的に行ったほうがいいっていう内気なタイプの人もいるけど、相手の領域にも踏み込み過ぎずちょうど良い塩梅でって感じよね」
「難しいですよね」
「そう、それなんだよね」
「何がです?」
「難しいからこそ、一回一回の出会いは大切にしたいし、見極められる人にならなきゃいけないんじゃないかな。もしかしたらその出会いは運命かもしれないし」
「はあ…」
急に話しが飛躍してしまったように感じて、なんだか面倒くさくなってきた。早くデスクに戻って仕事の続きでもしようかな。
「あの、堀さん私から質問しといてあれなんですけど、そろそろ仕事に戻ろうかと」
「えー、もっとお話ししようよー」
「だって長くなりそうな気がして」
「嫌なことに対してはすぐ正直になるのね、与田ちゃんは」
「すみません」
「でもさ、人との繋がりは大事にしたほうがいいよ。こうやって私が与田ちゃんと出会ったことだって奇跡的な出来事なんだし」
「はい…」
「ねえー、そんな不満そうな顔しないでよー」
堀さんは私の両肩を掴んで前後に揺らしてきたので、私はその揺さぶられに合わせるように、首を軽くカクカクと揺らせて「うわー」などと言いながら、全身をへにゃへにゃさせて脱力した。
「まあいいや、仕事戻ろっか」
「はい」
私たちは会議で出した紙資料をまとめてデスクに戻り、自分の仕事を始めた。

会議後、PC画面をずっと見ながら仕事を続けていたが、気づけばもう18時だ。窓を見ると夕日が沈みかけていて、空は薄暗くなっていた。今までずっと座ったまま仕事をしていた私は伸びをした。
「はー、疲れた」
ため息をついて首を回していると、デスクに置いていたスマホに着信があり、一件のメールが入ったことを知らせてくれた。私はその文面を見て、素早く帰り支度を始めた。
「おっ、今日はもう帰るのね」
「ちょっとこの後、ご飯食べに行く約束してて」
「おー、帰れ帰れ。私のぶんまでいっぱい美味しいもの食べてきなー」
「すみません、先帰っちゃいますね」
「いいのいいの、お疲れさま。また明日ねー」
「お先に失礼します。お疲れさまです」
私は足早にエレベーターに乗り、待ち合わせ相手がいる場所へと向かった。

 外は帰宅する社会人で溢れ、その中で居酒屋のキャッチの人が通りすがる人に手当たり次第に声をかけていた。人混みのなかを小さい体で通り抜けるのは大変だし、さらに待ち合わせ相手も見つけるのも一苦労だ。
「この辺なんだけど、どこだろう…」
辺りをキョロキョロしていると私がいることに気づいたのか、一人こちらに向かって手を振ってくれている人がいた。
「おーい」
「あっ、いたいた!」
見つけたことに安堵し、笑顔になりながらその人の元へと向かった。

「だっちょ、お疲れー」
「お疲れさまです、飛鳥さん。待たせちゃいましたか?」
「ううん、私も今来たところ。それにしてもすごい人だね」
「ちょうど帰宅ラッシュの時間ですからね…」
私の2つ上の先輩の齋藤飛鳥さん。大学が同じで学生時代のころから色々お世話になっていて、時間が合えばご飯とか買い物とかよく行っていた。今日は「久しぶりにご飯行こー」という連絡をもらって、美味しいお刺身が食べれる居酒屋に行くこととなっていたのだ。
「じゃあお店行こっか。いっぱい食べるぞー!」
「はい!」
こうして私たちはお目当てのお店まで向かうことにした。

「だっちょ、ここだよ」
「おー、初めて来ました」
駅から5分ほど歩いたところに何店舗か居酒屋が並んでおり、その一角に目的のお店があった。お店自体はこじんまりとしていたが、少し老舗感が漂う雰囲気のある外観だ。
「じゃあ早速入ろっか」
入り口の扉を開けて中に入ると、外観は古びていたけど中は小綺麗な感じで、カウンターには板前さんらしき人がその場で刺身の調理をしているのがわかった。席には私たちより年上のサラリーマンたちが仕事の話しや世間話しをしていて盛り上がっていた。店内へと案内される私たちは浮かれながら席について、メニューを一通り見てから食べたいものを注文し始めた。

「はいお待たせしました、生ビール2つ」
「ありがとうございます」
先に飲み物が出されたので、お互いジョッキを持って乾杯をすることに。
「今日も一日お疲れさまでした」
「飛鳥さんもお疲れさまでした」
「じゃあ、かんぱーい」
グラスを軽くぶつけて、お互いにビールを一口。
「はあー、今日も疲れた」
「何かあったんですか?」
「今日来たお客さんなんだけどね、ツアーで巡る観光名所のことで盛り上がっちゃってさ」
「それ疲れたって言うんですか?」
「こっちもテンション上がっちゃって、つい楽しくなっちゃって」
飛鳥さんは今は旅行代理店で働いていて、いろんなお客さんを相手に接客をしている。昔は接客とか旅行とかあまり好きじゃないインドアの人だったのに、大学3年の時に行った京都旅行が楽しくて、この業界を目指そうと思ったと話していた。
「お仕事楽しそうでいいですね、飛鳥さんは」
「うーん、ぼちぼちだよ。嫌なことだってたまにはあるし」
「そうなんですね」
「だっちょはどうなの?最近はさ」
「たいしたことじゃないんですけど、今日仕事で初めて会った人がいて」
「うんうん」
「2人、打ち合わせで話しをしていたんですけど、その内の1人の目線が気になっちゃって」
「目線?」
「なんとなくですけど、仕事より私のほうが見られてる気がして…」
相手のことをあまり好きになれなかった理由。それは仕事よりも私情を優先していて、私に気があるような目線に少しだけ嫌気が刺していたからだった。
「なるほどね。フフフ」
「えっ、何で笑うんですか」
「そんなの自意識過剰だよー、それかただの気にしすぎ」
「やっぱそうですよね。よくないですね…」
「でもまあ、だっちょは可愛いもんなー。年上から好かれそうなタイプ」
「ええ!?」
「いいじゃん、年上の男は包容力があって気が利くし」
「それはいいんですけど、仕事とプライベートは分けてほしいなって」
「じゃあなに、合コンでもするの?」
「・・・しないですけど」
「ほら、しないじゃん。そんなんじゃずっと仕事人間のままだよ」
「そもそも、恋愛だけが出会いっていう訳でもないじゃないですか」
同じ職場で働く人たち、打ち合わせでたまに作家さんと出会うこともあるし、イベントなんかにもお声がけをもらって、そこでまた出会いがあって。今朝、新しいパン屋でパンを買ったこと。昼休みに行きつけにしてる中華屋さんやカフェ。よく服を買いに行くお店や美容院。最近知ったアイドルとか、デビューしたバンドやシンガーソングライターの新曲が心に響くものもあって。よく見れば、耳をすませば、みんなは深く捉えてないかもしれないけど、日々いろんな出会いをしている。出会いは人だけじゃないんだ。私は私が思ったことを大事にしたいし、出会いは作られたものじゃなくて、ごく自然なものでありたい。
「・・・おーい、だっちょ」
「ん、えっと、はい?」
「なにどうしたの、また独り言?」
「すみません、またやってしまいました…」
「なんか一点を見つめてたから、スイッチ入ったなって」
「あの、何か私に話してましたか?」
「だっちょはさ、自分が誰かから必要にされてるとか考えたことないの?」
「そんなこと考えて何になるんですか?」
「そんなことって言わないでよ、大事なんだからさ」
「わからないじゃないですか、自分が相手からどう思われてるかなんて」
「私はだっちょがいてくれなきゃ困る!」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。イジりがいのある人がいないと死んじゃうもん」
「その言葉、何も嬉しくないんですけど…」
お酒が入って上機嫌な飛鳥さんは、笑顔で私の肩を叩いて嬉しそうにしている。ここで反抗しないから私はずっと飛鳥さんにイジられ続けているのかもしれないけど、正直言って悪い気はしなかった。
「難しく考えすぎなんじゃない?それか何も考えてないかのどっちかなんだよ、だっちょはさ」
「私はちゃんと考えてますよ」
「一人でね」
「うっ・・・」
確信を突く言葉に私は何も反論ができなかった。
「自分の何が正しくて、何が間違ってるかなんて判断できないじゃん。だからいろんな人に出会って自分がどう思われているのか。自分を客観的に見てもらうことのほうがいいと思うんだよね。それが人との出会いの醍醐味でもあったりするし」
「でも出会いって人だけじゃないじゃないですか。服とか、美味しいご飯屋さんとか、美容院とか。そもそも人と接するのが苦手な人だってたくさんいるし」
「違う違う、今は人との出会いを話してるの。自分のことで向き合ってくれるのはやっぱ人じゃん。好きな人も嫌いな人も世の中たくさんいるだろうけど、自分を成長させてくれるのは出会った人たちがあってこそだしさ」
飛鳥さんが言いたいことはよくわかる。私だって誰かから認めてもらいたいし、褒めてもらいたい。馬鹿にしたやつがいるなら見返してやりたい。私の好きな部分も嫌いな部分も好きだと言ってくれる人に出会いたい。自分の思いのまま生きていたい。そんな環境がほしいけど、自分が誰と接していいかわからないし、本当に自分を受け入れてくれるかなんてわからない。躊躇してばかりの人生だった。出会いから得られる幸せなんて、偶然なんだ。
「だっちょはどんな人と出会いたいの?」
「うーん、どんな人と…」
しばらくの沈黙が続いた。私が本当に出会いたい人って誰なんだろう。
「じゃあ質問を変えよっか。逆にどんな人と出会いたくない?」
「自分勝手な人と、プライドが高い人とは関わりたくないです」
「おお、即答だね」
「いや、その…」
「じゃあ答えはこうだね。自分のことを見守ってくれて、対等に接してくれる人がだっちょの出会いたい人」
「そういうことになるんですかね…」
「そっか、なら理想は高いほうね。婚期を逃さなきゃいいけど」
飛鳥さんは顎に手をもってきて、顎をさすりながら私の分析をし始めた。
「それ先輩にも言われました。ってか、婚期逃すって失礼すぎませんか?」
「あっ、だっちょがよく話してる堀さんでしょ。一度会ってみたいわー、その人に。絶対話しが合いそうな気がする」
「私の話し無視しないでくださいよ!」
「そんな可愛い顔で怒っても可愛いだけだよ?それより堀さんに会いたいんだけど」
「私がイジられすぎて不機嫌になるので、絶対に嫌です」
「まあまあ一回くらいいいじゃん。私は堀さんと仲良くなるっていう大義名分で会いたいわけだし」
「わかりました、明日先輩に聞いてみますね」
「ありがとう!いやー、楽しみだなー」
「まだ決まった訳じゃないですからね、今からそんなに浮かれても」
「じゃあ、仕切り直しで飲み直そっか!」
「まだ飲むんですか…勘弁してくださいよ…」
追加でビールを2つ頼むと、そのあとも飛鳥さんの話しに付き合わされたのであった。

翌日は若干の2日酔いになりながら出社をした。
「与田ちゃんおはよー」
「おはようございます」
「2日酔いみたいな顔してるね」
「お酒弱いのに先輩の飲みに付き合ったらこうなりました」
「与田ちゃん、断れないタイプだもんね。そりゃ付き合わされるわけだ」
「あの、ちょっと堀さんに聞きたいんですけど」
「うん」
「今度、その先輩から一緒にご飯行こうっていうお誘いをかけてほしいと頼まれまして…」
「ほんと?行く行く、私も会ってみたい」
内心『はあ』とため息をついて落胆した。私1人じゃこの2人を相手にできるわけがない。
「この日なら先輩も大丈夫って言ってて。あとは堀さん次第なんですけど」
「大丈夫!私、ご飯のことならいつでもスケジュール空けられるから」
「・・・じゃあ決まりですね」
「ねえ、私がお店決めちゃってもいい?」
「えっ…じゃあお願いします」
ご飯のこととなると目を輝かせる人だから、そんなの断る気にもならなかった。
「えー、どんな人なんだろうな。楽しみだなー」
「ほんと楽しそうですね」
「私の直感だけど、絶対仲良くなれる気がする!」
奇しくも飛鳥さんと同じことを言う堀さんに、私は絶望した。これはもう間違いなく私がイジり倒される。
「どうですかね、私は合わないと思いますけど」
「そう言われちゃうと俄然やる気が出てくる!」
「うっ…、しまった、逆効果だったか」
「え?何か言った?」
「いや、なんでもないです。まあ堀さんなら大丈夫なんじゃないですかね」
危ない危ない、小声でつぶやいたことが聞かれるところだった。
「よーし、もう今からお店調べちゃおっと」
早速お店を調べ始めた堀さんは生き生きとしていた。堀さんをそこまでさせるのは有り余る食欲なのか、それとも飛鳥さんに出会うことの楽しみなのか。私にはどちらにも思えたけど、こうしてきっかけを与えた自分が少しだけ誇らしく思えた。あまり経験のしたことのないから感情の置き場に困ってしまう。
「おっ、ここいいね。ここにしちゃおーっと」
ささっと予約を済ませた堀さんからお店の情報が載っているURLをもらって、飛鳥さんへメールを送った。すると、ものの1分で「だっちょありがとー!堀さんに会えるの楽しみ!」という返信がすぐにやってきたので、文面からすでにテンションが高いのがよくわかった。
「堀さん、先輩から返信きました。会えるの楽しみって言ってます」
「ほんとに!?よーし、この日をモチベに仕事頑張ろっと!」
堀さんの気合いの入った一言で、今日も仕事が始まった。

 あれから1週間後。ご飯会の日になるまでがあっという間のように感じたと言っていた堀さんを連れて、私は飛鳥さんと待ち合わせにしている場所まで向かった。
「あっ、いたいた。飛鳥さーん」
今日は珍しく私のほうが先に見つけられた。
「おーい」
飛鳥さんも気づいたのかこちらに手を振りながら向かってきた。
「だっちょお疲れー」
「お疲れ様です。それと、こちらが職場の先輩の堀未央奈さん」
「はじめまして、齋藤飛鳥です」
「堀未央奈です。よろしくね」
「だっちょから、常々お話しは聞いてました」
「えー、なにそれ。まさか私の悪口ばっか言ってるんじゃ…」
「そんなこと言ってないですよ!ねっ、飛鳥さん?」
「いやー、どうだったかな。酔った勢いで何か言ってなかったっけ?」
「あー、ほら与田ちゃんすぐそういうことする」
「言ってないですって!もう飛鳥さんも嘘つかないでくださいよ!」
「ごめんごめん、すぐからかいたくなっちゃって」
「わかるなー、与田ちゃんってそういう子ですよね」
「そうなんですよね。やっぱ私あれだ、堀さんと仲良くなれそう」
「私も齋藤さんと仲良くなれる気がする!」
「良かったー。なら、早くお店に行ってお話ししましょう!」
「行こう行こう!じゃあ私についてきてね」
人ってこんなにすぐ意気投合することってあるんだと見せつけられた私。気づけば、堀さんと飛鳥さんは2人並んで先導切って歩いていた。
「ほら、だっちょ行くよー」
「ああ、もう待ってくださいよー」
置いて行かれないように、私は2人の後をついてお店まで向かった。

 着いたお店はお肉がメインで、いかにも堀さんが好きそうなお店だった。店内へと案内をされた私たちは適当に料理と飲み物を注文し、乾杯をした。
「私は齋藤さんと出会えたことに」
「だっちょがお世話になっている堀さんと出会えたことに」
「穏便に今日という日が終わることを祈って」
各々が思っていることを言い合って乾杯をした。そうなるはずだった…。

「与田ちゃんって、こんなに可愛いのに彼氏作らないの。人生の先輩としてほんと心配」
「だっちょは考えすぎるところありますからね。それで男の人をフっちゃうんだから」
「罪な女ですよね」
「ほんとそう。私もだっちょみたいになりたーい」
「私もー」
やっぱこの2人を出会わせてしまったのは間違いだった。酔っ払っていて完全に仕上がっていたのか、かれこれ1時間くらい私のことばかりイジってくる。
「もう2人とも私のことどう思ってるんですか!」
「可愛い後輩」と、同時に答えた2人。
「嘘!?今同じこと言った!ねえ、だっちょ今の聞いた!?」
「ねえねえ、私たちすごくない!?」
「いや聞いてましたけど…」
「ねえー、つまんなさそうにしないでよー」
「そうだぞ、だっちょにはこれから私たち2人からのアドバイスを聞く義務があるんだ!」
「私のことはいいんで、お二人の将来のこととか話しあったらどうですか?」
「私たちが、与田ちゃんのことを素敵な大人の女性へと成長させてあげるからね!」
「勘弁してください!絶対役に立たないことしか教えてくれないから!」

 私が求めている出会いって本当に何なんだろう。少なくとも、今、自分の前で目を輝かせながら詰め寄る2人の真剣で、時々おふざけも入りながらも私と向き合ってくれているこの時間は、良い出会いだと実感できる。
何か知らないものと出会った時、本当にしょうもない出会いなのだろうか。本当に無駄な出会いなのだろうか。ふとそんなことを考えることもある。でも端から見てそれが変わり者だったとしても、否定されたとしても、誰が何と言おうとも、自分が心許せる人や物との出会いはこれからも大事にしていきたい。そう自分だけは心に留めておかないと、きっとその出会いに感謝することを忘れてしまうだろう。何にも変えられないその出会いを、私たちは忘れちゃいけない。その価値を決めるのは自分だ。出会いの証明は自分の思いのままなんだ。

「出会いの数だけ」与田文末画像

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