ミラー細胞
- 2007/02/28(Wed) -
柿食うメジロ


 毎朝、健康ライフというラジオ番組を聞く。医学的科学的見地から、心と体や人の生き方に関わる様々な分野に於いて専門家がわかりやすく話をしてくれる。ヒトの体のメカニズムの神秘さや合理性がどのように構築されているか、自分の生活スタイルやそのリズムについてそれらの見直しを問われたりすることが多い。
その中で、高田明和先生のお話はいつも示唆に富むものが多く考えさせられ、励まされる。中でも、ミラー細胞の働きについてのお話は特に深く心に残った。ラジオをきっかけに買い求めたその著の中にもミラー細胞のことがいくつか記述されているので紹介する。
「尊敬する人、カリスマ性のある人、能力に 優れた人、そのような人物に自分もなりたいと思ったらその人の真似をすればよい。その人の考え方や、ものの感じ方、行動の仕方を真似ると次第に脳は尊敬する人物の脳の働きに近づくものだ。人格ばかりでなく、想像力の豊かな人間の側にいると、ミラー細胞が反応して自分の才能も飛躍的に高まる。昔から『自分の将来を考えるなら、良い師を選びなさい』と言われるが、これは脳の働きを考えるとまさに正しいアドバイスといえる。結論として、もしあなたが将来に不安を持ち、今の自分にむなしさを感じているのなら、尊敬する人物を羨望の眼差しで見るだけでなく、ものの考え方から動作、行動までをできるだけ真似るとよい。」
(~清水次郎長に学ぶ~より)
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ネコヤナギ
- 2007/02/27(Tue) -


ネコヤナギ

これは植えたものではない。いつの日からか、気がついたらそこにそのように育っていた。ネコヤナギが種で増えるのかはわからないが、風に運ばれて自分の育ちの場所を見つけたというところだろう。槍のような堅い深紅の萌芽が日に日に丸みを帯びて、ついにはその包みを開き絹のような銀白色の花穂が顔を出す。その柔らかな絹毛が確かに猫を彷彿とさせる。
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春ですね
- 2007/02/26(Mon) -



お雛様の代わりに、飾ってみました。春の香りがしませんか。
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八重紅梅
- 2007/02/26(Mon) -


紅梅

八重の紅梅が咲き出した。まだ全体の2、3割ほどだが、膨らみかけた蕾の中に、ひとつ二つ、三つ四つと一本の枝を飾る今の様子もまた、梅の春告げ声を聞くようで目を和ませる。
早速玄関にさしてみた。
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ヒヨドリ
- 2007/02/25(Sun) -


ヒヨドリ

 小学校や中学校のクラスには一人や二人、必ず目立って元気者がいる。さしずめ鳥学級で言えばヒヨドリはそんな存在だ。しかし時々調子に乗って羽目を外し、その自らの失態に意気消沈することがある。ちょうどそんな様子を伺わせるのがこの時の彼の姿だ。毎日来ている我が物顔の庭なのに、地面でコメの食事を楽しんでいるシロハラに目が奪われたのか、なんと大きな窓に激突した。脳震とうを起こしたのだろう、暫く全く動けず、そしてやっとの思いで数メートル先の白椿の枝の枝まで移動した後、じっとに留まっていたのをとらえた時のものだ。いつもはせわしなく動き回る彼だが、この時ばかりは思考が停止し、運動伝達神経が麻痺して本人も何が起きたのか飲み込めない事態に呆然としている様子である。その上、あの自慢の整って伸びた尾羽はぶつかった際の衝撃で乱れたままにきれいにたたむことすら出来ず哀れな姿をさらけだしている。 いつも、他の鳥を威嚇したりするその威張った姿はそこにはない。
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見方考え方人の物差し
- 2007/02/25(Sun) -


通年において我が家に日常的にしかも時間を問わず訪れるのがヒヨドリである。最初の頃私にはあまり歓迎されない鳥であった。なぜなら、そのすべてにおいて、ヒヨドリという愛らしいひびきを持つ鳥に似つかわしくない行動を取る姿が多く見られたからでる。たとえば他の鳥に対してきわめて攻撃的でシロハラ、メジロ、ジョウビタキかなどはいつも追い立てられるように逃げまどう。またその鳴き声はお世辞にも美しいとは言えず、むしろ端的に言えばうるさいのである。さらにはその食する姿は貪欲で、美しい花であれ大事に育てた果実であれ好きなだけ腹に入れていく。いよいよ収穫期を迎え明日にでも食卓に乗せようと考えていたサクランボが翌日の朝には木からその実が一つもなくなり、樹下に種だけが残っていたということもある。
ところが、ここ何年かで少し考えが変わった。鳥世界における弱肉強食は当然のことであり、人間である自分の好みでその一方に肩を持つことは彼らにとってはこれは勝手な理屈であり、彼らの行動のすべてがむしろ筋の通った自然界の法則なのである。そしてまた、別の視点で考えれば、毎日のように私の目の中に鳥の生態を、自然のなんだかを楽しませ教えてくれるありがたい存在ではないか。そう思ってからはなぜだかむしろ親しみを持つようになった。今ではエサの少ない冬場にはリンゴを切っておいておく。すると彼らも安心したかのように時にはつがいでやって仲良く啄む姿が見られる。
 何事においてもそうだが、自分の視点、自分の評価基準だけで一方的に相手を評価してはいけないのではないか。相手は相手として自分に持ち得ない存在としての価値やすばらしさがあるのだから。
よくよく見ると、ヒヨドリはそのスタイルが抜群に良く美しい。プロポーションの均整とれた姿はそう多くはいない。そしてスーッと下方に向かってからワンバウンドするかのように上昇するあの流れるような飛び方は他の鳥にはまねできない。そういえば菱田春草の絶作「早春」にもその姿が描かれている。木に留まる姿が絵になる鳥は多くあるかもしれないが、飛翔の姿が絵になる鳥はそう多くはない
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行く 逃げる 去る
- 2007/02/24(Sat) -
2月の田


1月(「い」ちがつ)は「い」く、
2月(「に」がつ)は「に」げる、
3月(「さ」んがつ)は「さ」る。

 年が明けてからの、日々のあまりにも早く過ぎ去るようすを昔の人はこのように表したという。
なるほど、春を焦がれる気持ちに沿うように
確かに1月から3月はその足運びが早く、仕事や行事があっという間に流れていく。
しかし、前に向かっていてさえいれば、時間はそれだけで後ろに道を作ってくれる。
今日という日も積み重ねればまた新しい時のかたまりになる。

 1月は「行(い)」った。せわしげな日々を足下に刻んで。
 2月はピッチ走法のごとく、どんどん日常と風景を過去のものにしていく。
 そして3月「去る日」、一区切りのゴールに向かって確かな足取りで駆けぬけていきた い。
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ビワ
- 2007/02/24(Sat) -


数は多くはないが数年前にに植えた1本のビワの木が毎年のように実を付けてくれる。栽培のとは違って小さく甘みももう一つだが、それでも手の届くとところで黄色く膨らんだ実を手に取ることが出来るのはうれしい。
花は暮れ頃から咲き出し、年を越して霜降寒気冴える今なお盛りと咲いている。鳥たちにとっても蜜の少ないこの時期にあってこの花はありがいがたい存在のようだ。メジロ、ヒヨドリがよくこの淡黄色の集合花を啄んでいる。もちろん鳥に食われた花は多くは実にならない。しかし、それはそれでいい。庭に来て飛び交うその姿が私には、ビワの実と同様すてきなプレゼントだから。
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ベニマンサク
- 2007/02/23(Fri) -
たんぽぽ




霜あられ烈しくとも生命つよし 春きたりなば果をぞむすばむ
    (唐沢正作)
多くの花木が春に咲き、秋に実を結ぶのと違い
ベニマンサクは秋に開花し、厳しい寒さに耐えて春に実を結ぶ
 ヒトデのような赤い5弁の不思議な姿

 いろいろな花がある。
自分にあった場所、自分にあった季節、自分にあった形
人も他人と同じでなくてもいい。
自分のスタイル、自分のメソッドを持つ
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サザンカ
- 2007/02/22(Thu) -



日差しを浴びてサザンカが咲いている。今年はいつもの年に比べ花付きがいい。艶々した濃緑の葉にややピンクがかった赤い花が映える。目に映る多くの草花が枯れ葉色に染まるのこの時期に、ひたすら寒行するかのように楚々として咲くその姿はいとおしいものがある。
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えらぶ
- 2007/02/21(Wed) -
はこべら


 私たちは一瞬一瞬、人生のわかれ道に立っている。右に行くか左に行くか、私たちは知らないうちに自分の人生を創っている。一瞬一瞬の小さな選択行為の積み重ねが、いつの間にか自分の一生になっている。
たとえば一つの言葉を口にする時、私たちはたくさん知っている言葉の中から、それを取りだして用いている。しかし、そこには無意識のうちにあるいは意識した作為の中で心を映す鏡として自分の言葉の抽斗を開けているのだ。また、何か事をしようとする時、たくさんの事の中から、まず一つの事を行動として為そうとする。そして、そこで事を終えようとすることもできるし、ちょっとした工夫という味付けをしてさらに深みを出すこともできる。
正しく生きることも、ずるく生きることも、美しく生きることも、漫然と生きることも、最初のほんのちょっとの選び方の違いでどうにでもなってしまう。
しかしまた一方で、選ぶということは、選ばなかった他のすべてをあきらめることでもある。一度に二つのことは同時にできない。過去を選び直すこともできない。時の進行だけは、どうにも選びようのないものとして、その他のすべてを選ぶように私たちに迫っているのだ。
磁石が、いつでも北をさすように、私たちが、一瞬一瞬の選択を誤らないような、そんな一つの方向を、いつも自分にもっていたいものだ。
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キジバト
- 2007/02/21(Wed) -


 

キジバトは通常つがいで来ることが多い。体をフリフリデデッポッポーと鳴きながら地上のえさを探し歩く姿は少しユーモラスでもある。灰褐色の中にくっきりとした羽根を縁取るラインが美しい。
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バラに刺がある
- 2007/02/20(Tue) -
赤いくずれ薔薇


バラに刺がある
  二人歩く
あなたは言う
バラは美しいけれど、とげがあると
わたしはう言う
   バラは刺があるけど 美しいと

同じバラを見ているには違いないけれど
   どこに重きを置くかで違ってくる

もうだめだと考えるのか
   まだやれると考えるのか
心をどこの側に置くか
   心の持ちようも同じなであろう
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シロハラ
- 2007/02/20(Tue) -




この鳥を一言で表すのは難しい。地面に落ちているエサをのんびり啄む姿は人間にたとえるならばどことなくヌーボ-として憎めない奴というところか。その動きもゆったりとしたマイペースで悠然としている。私と顔を合わせても、特段気にすることなく時には1、2分体を動かすことなくカービングされたオブジェのようにじっとしていることもある。それでいて、きわめて弱虫で、ヒヨドリの声が聞こえたり姿が見えるやいなやすぐに逃げていく。また動きが緩慢なので他の鳥から攻撃されてしまうこともある。一昨年のことだったと思うが、目の前でえさを食べていたシロハラがハイタカに喰われた。あっという間のできごとだった。鳥が鳥を襲う瞬間を目撃した初めての経験である。ともあれ、毎日のように庭先を散策するシロハラ、なぜか安らぎを与えてくれる鳥である。
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精出せば 凍る間もなし 水車
- 2007/02/19(Mon) -
細咲きゼラニウムの花心


精出せば 凍る間もなし 水車 (珪琳)

   凍てつくような間の中 
   水車が回り続けている。
   水しぶきは地に着き草につき
   凍り付いている。
   動く水車やは凍らない。

   われわれも 心だけは静かに常に動かして
   凍ることのないようしたい。
  
   
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ヒオウギ(桧扇・射干)
- 2007/02/19(Mon) -


 
ヒオウギ、どのくらい前からだろうか、庭の片隅に毎年のように夏暑い盛りに花を咲かせてくれるているのがこのヒオウギだ。花は黄赤色で枝頂につき、直径約5cmほどで内面に赤色の斑点がある。□果は秋に裂け,ぬば玉と呼ばれる丸い黒色で光沢の種子を現す

あかねさす ひるはものおもい ぬばたまの よるはすがらにねのみしなかゆ

その昔読んだ万葉集の中に出てくる歌にも詠まれている。
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メジロ(眼白)
- 2007/02/18(Sun) -


1月下旬、2羽のメジロがやってきた。その鮮やかなモスグリーンの姿は周りに色合いが少ない時期だけに目を引く。昨年は一度に数十羽やってきて賑やかだった。
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四十雀
- 2007/02/18(Sun) -
20070218041554.jpg

シジュウカラは一年を通して庭の風景としてその姿を彩る。白い胸腹にネクタイを結んだような黒い縦模様が際だつ。その存在を誇示するかのようなツッツッーという甲高い鳴き声も私は好きだ。
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言わない言葉も
- 2007/02/17(Sat) -
山茶花

 
人は言ってはいけない言葉と言っていい言葉を自分の検閲フィルターとして持っていなくてはならないのではないか。自分の感じたままを直接的に言える人を周りに見て、時々辛くなる。
 人の言葉がもし、訥々としていたら、その言葉の行間にその言葉の息継ぎの中に相手の言わない思いを言葉として想像する力を持ちたい。口に出していう言葉より、言わないこととの方に大事なこともある。
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ミラーとなる言葉と心
- 2007/02/17(Sat) -
ピンクゼラ

言葉は生きている。人に語る一言が大きな支えになったり、ナイフのように突き刺さり心を出血させてしまうこともある。
 人の中に常にあるミラー細胞が言葉と心を一体化させ、いい言葉はいいことを招き、悪い言葉は悪い思いを増幅させる働きをするという。
 すべてにおいてはできないだろうが、美しい言葉、優しい言葉、思いのある言葉、芯のある言葉、意味のある言葉を選んで使えたらと思う。
 「千の風になって」が多くの人の心を慰め、癒し、そして悲しみを乗り越え永遠の心のつながりを実感させる歌となったように。
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展覧会に出品
- 2007/02/16(Fri) -


展覧会に出品

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帽子と体を取り付ける
- 2007/02/16(Fri) -


頭部に帽子と体を取り付ける。帽子は米マツ、台座はミツマタだ。
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素材は栗の木 およその構想は女性それだけ
- 2007/02/16(Fri) -


2006年春の作品、「シャガ」の材料は2年前に伐った樹齢40年ほどの栗の木だ。簡単なイメージをチョークで描いてあとはチエーンソウでカットしていく。
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オオイヌノフグリ(春の命が育まれ)
- 2007/02/16(Fri) -



季節が冬を忘れたかのように暖かい日々が続く。庭先で少し歩を進めると、すでにそこは春の命がはぐくまれている。南の斜面にはオオイヌノフグリがせせらぎの音に呼応するかのように風に揺れていた。
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雪の庭
- 2007/02/15(Thu) -



1月、雪が庭を埋め尽くす。木瓜も雪に覆われて優しいオブジェとなる。


2月、今にも咲き出しそうに赤いつぼみを膨らませている。

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ロウバイ
- 2007/02/14(Wed) -


ロウバイは何とも言えぬ味がある。つやつやしたその姿に近づくとほのかに心地よい薫りがする。数年前に植えた2本の木が今では毎年目を楽しませてくれる。特に晴れた日には空の青とロウバイの黄色のコントラストが何とも美しい。
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クリスマスローズ
- 2007/02/14(Wed) -


クリスマスローズは下を向いて咲くのでその全体を写真に収めるのが難しい。これは地面すれすれにカメラを構えて撮ったものだ。今年はいつもより多くの花を付けていてうれしい。11月に場所を移したのが良かったのかもしれない。
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ジョウビタキ(紋付き鳥)
- 2007/02/14(Wed) -


特徴はきれいなオレンジの腹と黒い羽根の中央にくっきりとした白い三角斑があることだ。ツピッ、ツピッとさえずりの声もかわいい。いつも3月になるとまた故郷へと戻っていく。今年の北帰行はいつになるのだろう。
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ジョウビタキ(北国からやってきて)
- 2007/02/14(Wed) -



毎年11月になると北国からやって来るのがこのジョウビタキ、もう何年なるのだろうか。人なつっこくて愛らしい。今年は10月の中頃飛来した。ここにも暖冬の影響があるのだろうか。


 

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日だまりの中で
- 2007/02/14(Wed) -
深紅のクリスマスローズ


ツグミ、メジロ、コゲラ、シロハラそしてヒヨドリ、今日我が家へ訪れた鳥たち。そしてツグミは今年初めての顔見せ。シロハラは朝6時半頃から来て庭においてあるリンゴを啄む。しかしヒヨドリがすかさずやってきて奪い取る。気弱なシロハラは大人しく身を引いてじっとヒヨドリが立ち去るのを待つ。 日だまりで庭を眺めているとそんな鳥たちが私の目を楽しませてくれる。 花はクリスマスローズ。下を向いてその顔が見えないが何とか接写してみた。 これから折々の花の便りを届けたい。
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