Category [どうする家康 ] 記事一覧
桑名の旅(11)桑名名物の蛤料理
多度大社をお参りした後、桑名名物の蛤を使った「蛤三昧」のコース料理をいただきました。蛤の霜降り刺身、天ぷら、フライ、お寿司、すまし汁など文字通り蛤三昧のお料理でした。蛤にこんな料理法があるとはビックリ!プリップリで美味しかった~~こんなに一度に蛤も食べたのは初めてでした。人生で初で最後でしょうね(^0^;)駅前にあったこのお店、残念がら閉店してしまったようです(;_;帰る頃には、すっかり日が暮れ、桑名駅東口...
桑名の旅(10)多度大社 その弐
多度大社の境内を進んで行きます。白馬舎古くから伝わる白馬伝説に因んだ白馬が納められています。こちらは本物の馬ではありません。馬は非常に歯の丈夫な動物と言うことで、これにあやかった『歯ぎしり除けの豆』が頒布されていいす。招魂社 西南の役以降の国内外の出征、戦歿された桑名郡市・員弁郡市・四日市市・三重郡・岐阜県下出身の御英霊を奉斎。美御前社於葺門(おぶきもん)この門を境にして本殿の神域に入ります。末社...
桑名の旅(9) 多度大社 その壱
桑名市多度町に鎮座する多度大社。社伝では、雄略天皇の御代の創建と伝わっています。1571年(元亀2年)、織田信長の長島一向一揆平定の際、命を受けた大垣城主氏家卜全により、多度大社の本宮並びに摂末社、神宝、古記録、多度大社の神宮寺であった宝雲寺の七十余りに及ぶである堂塔伽藍が焼失、その後1605年(慶長10年)に桑名藩主・本多忠勝により再建されました。御例祭は、一般的には多度祭と称され、おり上げ馬神事や流鏑馬...
桑名の旅(8)海蔵寺
「桑名の旅」編が途中でしたので、続きを再開します。桑名の街を自転車で走っていたら、「薩摩義士墓所」という文字が見えたので、立ち寄ってみました。宝暦3年(1753)、幕府より薩摩藩は揖斐・長良・木曽三大河川工事を命ぜられました。宝暦5年に工事は完成しましたが、多くの犠牲者と巨額の経費がかさんだことの責任感から、工事総奉行平田靭負(ひらたゆきえ)は自刃しました。これら義士の墓所は岐阜・三重県下14ヶ寺に埋葬され...
お江の眠る寺・増上寺
「江〜姫たちの戦国〜」が放映された2011年「お江の眠る寺」として、増上寺の徳川墓所の公開に出かけて来ました。徳川墓所は、法要など年7回の無料公開などに限り、一般には非公開としていましたが、大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の放映にあたり人々の関心に考慮したものだそうです。通年で一般公開するのは初めてのことなのだそう。この年の大河の主役・お江のお墓があるということで、この日も朝から大勢の人が詰めかけてい...
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