ネゴシエイター 人質救出への心理戦(ベン・ロペス)
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「誘拐」と聞いて、どんなイメージを抱くだろうか。
日本人にとっては、現実の世界での「誘拐」というのは、あまり馴染みはないだろう。警察に通報していないだけで、現実的には誘拐が頻繁に起こっている、という可能性もゼロではないけど、日本の場合その可能性は低いように思う。
いきおい、日本人にとって「誘拐」というのは、小説やドラマのイメージが強いだろう。
そこでは「誘拐」はどんな風に描かれるか。
まず、人質となる人物が誘拐され、家に犯人から電話がある。その後家族は警察に連絡し、警察が逆探知などの準備を進める。家族は、身代金を用意し、「警察には連絡していない」と言いながら、当然警察は犯人確保のために、身代金の取引現場で犯人を確保しようとあれこれ策を練る。
大体こんな感じだろう。細部に色々差はあれど、「警察に連絡をする」「身代金の受け渡し現場で犯人確保を目指す」というのが、僕ら日本人にとっての「誘拐」のイメージではないだろうか。
さて、ここで衝撃的なデータをいくつか紹介しよう。
『誘拐事件は毎年二万件以上報告され、その内当局に通報があるのは十分の一』
『世界で起きる誘拐の件数は、過去十二ヶ月で100%増加している』
『誘拐事件の70%は身代金の支払いで解決する。力ずくでの人質救出はわずか10%』
『コロンビアでは誘拐が一日に十件発生し、誘拐犯が起訴されるのはたったの3%。対照的に、アメリカ合衆国では誘拐事件の95%が起訴に持ち込まれている』
僕らにとって「誘拐」というのは「犯罪」という括りに分類されるだろう。もちろん、それは日本だけでなく、どこであっても「犯罪」であることには変わりはない。しかし、本書を読むと、「誘拐」というのは既に、「犯罪」ではなく「ビジネス」の枠組みにカテゴライズされているのだろうな、と思えてしまう。著者も本書の中でこう書く。『学校でどう教えていようと、犯罪は割にあう』
本書の著者は、K&R(キッドナップフォーランサム 身代金目的の誘拐)専門のネゴシエイターだ。心理学を学んだ後、誘拐交渉の訓練を受けたわけでもないのだが、自力でその世界を切り開いていった。当然、「ベン・ロペス」というのは仮名だ。また、人名・組織名・場所など、具体的な事例と結びつきそうな情報はすべて変えてあるという。まあ、当然だ。解説氏が、著者のこんな言葉を紹介している。
『当たり前だが、わたし自身が誘拐される危険性を犯したくない。実際、わたしが誘拐されたら、誰が公証人をつとめてくれるのかね』
確かに、その通りである。
本書では、著者が今まで関わった事例の中から一部(恐らく、印象的だったものでしょう)と、何故著者がネゴシエイターになっていったのかという生い立ちなどが描かれていく。
著者が手がける事例は、なかなか刺激的だ。もちろん、印象的だった事例を選んでいるからそうなっているのだろうけど、ドラマのような展開を見せるものもある。そして、それらの過程を描きながら、ネゴシエイターとして押さえなくてはいけないポイント、誘拐交渉について一般の人が抱くイメージとのギャップ、誘拐された場合の心得などを挟み込んでいく。
「誘拐」が完全に「ビジネス」になっているというのは、誘拐された家族が警察に通報しないことがほとんど、という点に現れている。そもそも政情が不安定な国では、警察官が誘拐に関わっていることも多いという。それが広く知られているため、警察に通報しないという人も多い。では、被害者家族は一体誰に頼るのか。
それが、K&R専門の保険会社である。そして保険会社は、支払う身代金の額を出来るだけ下げる意味でも、自身でネゴシエイターを抱えるようになる。こうやって、K&Rに対処する民間の組織が出来上がる。ベン・ロペスは、そこでネゴシエイターとして様々な事例に対処しているのだ。
相手の心理を見抜きながら、粘り強く交渉をしていく過程は、見事だ。小説やドラマでは、ネゴシエイターは誘拐犯と直接話をするが、実際そういうケースは少ないという。その土地の言葉を喋ることが出来る人間を据えて、その人間に会話のアドバイスをする、というような形になるのだそうだ。誘拐犯が何を考えているのか理解し、自分たちにとってなるべくベストな着地点を見出していく。
ネゴシエイターは、様々な点に気を配って交渉をするのだが、以下の二点については特に強く交渉を続けるようだ。
◯ 身代金の減額
◯ 「二度とその人質に手を出さない」という確約をもらうこと
「身代金の減額」は分かりやすい。基本的にネゴシエイターは、当初の誘拐犯の言い分の十分の一程度まで身代金を減額するという。これは、被害者家族の負担を減らす、というだけではない効果を生む。
『誘拐犯に被害者家族から身ぐるみはがしたと感じさせるのも、わたしが会得している特殊技術のひとつだ。これ以上金は出てこないとむこうが信じていれば、新たな身代金の要求はするだけ無駄という話になる』
「二度とその人質に手を出さないという確約」は、なるほどという感じだった。日本で描かれる「誘拐」の知識の範囲内だと、この発想はなかなか出てこないだろう。そもそも発生件数が少ないのだから、同じ人質がまた誘拐されるなどと考えることはない。でも、誘拐が頻発する地域では、「一度誘拐し身代金をせしめた人質」というのは、かなりオイシイ存在だ。行動パターンを一から観察し直さなくてもいいし、家族は金を出すと分かっている。そういう意味で、また被害者になりやすい。それを食い止めるのも、ネゴシエイターの力量である。
『誘拐犯には私の顧客を誘拐しにもどってくる前に考えなおして欲しいと思っている。私は申し分のない仕事をするよう努め、顧客の会社に強硬な態度を取ると思わせ、誘拐犯が二度と手を出してこないようにしなくてはならない。誘拐犯に大変な思いをさせなければ、彼らは何度も何度も狙いつづける』
ネゴシエイターの仕事は相当にタフだ。学生にネゴシエイターの仕事について教える際、学生に「連絡を受けて一番初めにすることは?」と問いかけた。著者の正解を言い当てた者はいない。正解は、「トイレに行くこと」である。次、いつトイレに行けるか、わからないからだ。
これもまた日本の誘拐と違う点だと思うのだけど、本書で描かれる誘拐は、基本的に期間がとても長い。数ヶ月交渉する、なんてことはザラらしい。本書では、三年間も人質に取られた例がある、という話も載っていた。凄いな。日本の誘拐は、誘拐されてから一週間ぐらいが勝負、みたいなイメージがあるから、その規模感も全然違うし、だからこそネゴシエイターの仕事は相当にタフで、しんどいものになるのです。
とはいえ、ネゴシエイターはなかなか報われない仕事だったりもします。
『交渉人をやっていて気がついたことがある。特に事件を手がけはじめたことは、事件が解決して人質が帰宅すると、誰もが喜び、パーテイを開、大勢の人が私に感謝してくれる、そう思っていた。
実際はそんなことはめったにない。公証人というのはむしろ配管工みたいなものだ。誰かの家のトイレがつまると配管工が行って問題を解決するが、家族は終わったらさっさと帰ってくれと思う。そうすれば元の生活にもどれるからだ』
まあ、著者は、『交渉人とは、高いレベルの刺激を求める人種なのである。』と書いている。著者自身もそうなのだろう。だからこそ、長期間に渡る相当にしんどい交渉にもどうにか耐えられる。本書を読む限りだと、高いレベルの刺激を求めすぎて、奥さんとの関係が退屈に感じられてしまったようで、どうも離婚しているみたいだ。なかなか因果な商売である。
日本の「誘拐」(の物語)の感覚に慣れていると、どうも本書で描かれているような「ビジネスライクな誘拐」は、なんか違うなぁ、と思ってしまうんだけど、「なんか違うなぁ」と思ったってこっちが現実なんだからどうにもしようがない。日本の「誘拐」と、本書で描かれる「誘拐」を同じもので括ってはいけないみたいだ。そういう意味で、ちょっとイメージと違ったと思う人もいるかもしれない。僕も、若干そう思った。全体的には、それなりに面白い作品だとは思うのだけど、そのギャップにどうも馴染めない感じだった。いや、これは、作品のせいというよりも、僕が(というか日本人が)抱いている「誘拐」のイメージの方の問題だと思うんですけどね。
ベン・ロペス「ネゴシエイター 人質救出への心理戦」
謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア(高野秀行)
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内容に入ろうと思います。
本書は、辺境作家であり、誰もやったことがない・見たことがないことに貪欲に興味を惹かれてしまう高野秀行が、世界の「国家」の中でも、最大級に謎めいている「ソマリランド」を中心に、ソマリ文化の中心まで分け入っていき、その世界の独自性、西洋文化にも太刀打ちできない洗練された政治形態、そこに住む人達の営みなど、様々な真実を描き出していくノンフィクションです。
いやはや、凄かった!高野秀行の作品は、そもそものレベルが高い。基本的に、「未知の世界」「未知の体験」に彩られた高野秀行の冒険は刺激的だし、さらにその中でも、とんでもないことがバンバン起こったりして、小説的な展開の面白さもある。度胸はないくせに闇雲に行き当たりばったりで突入していくから、そういう面白いことにも巡りあうのだろう。
しかし本書は、これまで読んだどの作品をも遥かに凌駕する、とんでもない作品だと思う。
これまで僕が読んで来た高野秀行作品は、「未確認動物を追う!」とか、「ジャングルの奥地を行く!」みたいな、冒険的な感じの作品が多かった。そういう冒険的な作品は、どうしても「人」の存在が薄れがちである(もちろん、高野秀行作品において「人」の存在はまったく薄くはないのだけど、とりあえず本書との比較のためにそう書いておく)。
しかし本書で扱われているのは、「ソマリランド」という国である。そして、国を作り出しているのは、まさに「人」である。そういう意味で本書は、いかに「人」を描くか、という作品でもある。そして、「ソマリランド」や、その周辺のソマリ文化の国々に住む人達は、まあともかく面白いのだ!
本書には、まあ色んな形で色んな人間が出てくるが、それはそれは皆強烈なインパクトを残していく。通りすがりのオッサンでさえ、見知らぬ外国人であるタカノに議論をふっかけてくるような土地柄だ。それに、「国」によってもやはり、人柄はまるで違う。20年間平和が維持されているソマリランドに住む人達は、乱暴で人のことを考えず自分勝手だが、同じく20年間戦闘ばかりだった南部ソマリアの首都・モガディショに住む人達は、都会的に洗練されている。その辺りのギャップなど、行って体感している高野秀行でないとなかなか掴みきれないだろう。
さて、本書の感想を書くのに、ちょっと困っている。本書で扱われているのは、日本にはほぼ専門家が不在の「ソマリランド」という国である。つまり「ソマリランド」について書こうとしたら、一国のありとあらゆることに触れる必要がある。どんな歴史で成り立っている国なのか、独立の正当性はどこにあるのか、二度の内戦をいかにくぐり抜けてきたのか、産業の基盤は何なのか、どんな価値観に支配されえいるのか…などなど、本書で触れられていることは非常に多い。
さらにそれに加えて、高野秀行が実際に会った人達との面白い触れ合いだとか、本筋からはちょっと外れているようなドタバタなんかも描かれているわけで、とにかく内容的な充実度が凄い。そして、そのイチイチが面白いのだ!
だからこそ、感想を書くのはとても困る。とてもすべてについて触れるわけにはいかない。というわけで僕は、この感想では、「氏族について」と「ソマリランドの民主主義」についてメインで描いていこうと思います。本書に関する多くの部分を切り捨ててごく狭い範囲だけについて触れるので、もしこの感想を読んで「うーん」と思っても、本書は是非読んでみて欲しいのです。面白いところが満載で、僕には紹介しきれないだけなのです!
さてまずは、本書のプロローグに書かれている、「ソマリランド」に足を踏み入れる前に高野秀行が抱いていたイメージをいくつか抜き出してみようと思う。
『ソマリランド共和国。場所は、アフリカ東北部のソマリア共和国内。
ソマリアは報道で知られるように、内戦というより無政府状態が続き、「崩壊国家」という奇妙な名称で呼ばれている。
国内は無数の武装勢力に埋め尽くされ、戦国時代の様相を呈しているらしい』
『いったい何時代のどこの星の話かという感じがするが、そんな崩壊国家の一角に、そこだけ十数年も平和を維持してる独立国があるという。
それがソマリランドだ。
国際社会では全く国として認められていない。「単に武装勢力の一部が巨大化して国家のふりをしているだけ」という説もあるらしい。
不思議な国もあるものだ。建前上国家として認められているのに、国内の一部(もしくは大半)がぐちゃぐちゃというなら、イラクやアフガニスタンなど他にもたくさんあるが、その逆というのは聞いたことがない。ただ情報自体が極端に少ないので、全貌はよくわからない』
『無政府状態の中で平和な独立国家を長年保っているだけでも瞠目に値するのに、「独自に内戦を終結後、複数政党制による民主化に移行。普通選挙により大統領選挙を行った民主主義国家である」などと書かれているのだ。
思わず笑ってしまった。アフリカ諸国ではつい最近まで独裁体制のほうが主流であり、民主主義は少数派だった。』
『もう一つ、非現実的に感じたのは、そんな特殊な国があるなら、どうして誰も知らないのだろうと思ったからだ。アフリカの事情にはそれなりに通じていて、辺境愛好家を自称する私ですら名前を聞いたことがなかった。なぜ大々的に報道されないのだろう』
そんな程度の認識を持って高野秀行はソマリランドに入国してみるのだ。そして、そこがあまりにも安全で平和で(ソマリランドには、銃を持っている人間がほとんどいない!)、また話を聞けば聞くほど、西洋文明以上に洗練された民主主義体制を、自らの伝統や生活スタイルに合った形で生み出しているソマリランドに、高野秀行はいたく感動するのである。
さて、では何故そんなことが出来ているのか。その背景を高野秀行は様々に探り出し、色々な要因があることを突き止めていくのだが、ソマリ文化最大の特徴が、「氏族」と呼ばれるものだろう。
「氏族」とは何か。
『(同じ言語と同じ文化を共有する人々を日本語では「民族」と呼ぶが)一方、同じ言語と文化を共有する民族の中に、さらに明覚なグループが存在することがある。文化人類学ではclan(氏族)と呼ばれ、「同じ祖先を共有する(あるいはそのように信じている)血縁集団」などと定義されている』
『だが、日本のメディアやジャーナリストはいまだにtribeの訳語である「部族」なる語を使いつづけ、民族と氏族の両方にあててしまう。そこに誤解や混乱が起きる。』
『もっとわかりやすく言えば、氏族は日本の源氏や平氏、あるいは北条氏や武田氏、徳川氏みたいなものである。武田氏と上杉氏の戦いを「部族抗争」とか「民族紛争」と呼ぶ人はいないだろう。それと同じくらい「部族~」という表現はソマリにふさわしくない』
そしてこの「氏族」というのが、ソマリ文化においては決定的な要素なのである。あらゆることが、この「氏族」という側面から説明される。何故内戦を停止出来たのか、何故特殊な民主主義形態を維持出来ているのか、何故海賊行為が止まらないのか(これは、隣国「プントランド」の話)。あらゆる「何故?」が、この「氏族」を理解することで見えてくるのだ。
しかしこの「氏族」というのは、外国人には見えにくい。何故か。そこには明覚な理由がある。それは、
「ソマリのジャーナリズムには、原則として氏族名は明らかにしないという暗黙の了解がある」
からである。
ソマリには、CNNなどの外国人ジャーナリズムが常駐できない。ソマリランドであれば可能だが、平和なソマリランドにはニュースバリューはない。海賊問題のあるプントランドや、あるいは永遠に紛争が解決しない南部ソマリアなどは、逆に危険すぎて外国人は近づけない。だから、現地ジャーナリズムに報道を頼るしかないのだが、しかし彼らは原則氏族名を伏せる。氏族名を伏せても、ソマリ人には住んでいる地域などからそれが大体伝わる。だから、その背景も見えてくる。しかし外国人には、氏族名がわからないし、分かったところでソマリにおける氏族の重要性を理解していないから、ニュースの背景がわからない。
だからこそ、「ソマリアは謎めいた国だ」と国際社会から判断されてしまう。
高野秀行の凄いのは、この複雑怪奇な「氏族」という仕組みを、ソマリ人と嫌というほど話すことで、ソマリ人と議論出来るほどに理解しているという点だ。これは、日本人のみならず、世界中探しても、ソマリ人以外でこれほど氏族について理解している人はいないのではないかと思う。
本書を書く上で、高野秀行は非常に悩む。それは、自分が理解している氏族の話を、分かりやすく伝えることが困難だ、ということだ。ここでは説明しないけど(っていうか、僕自身が全然理解できていないだけなんだけど)、ホントにこの「氏族」の話は複雑怪奇で、高野秀行はよくこんなものを理解したなと本当に感心する。この「氏族」への理解が、ソマリ文化の理解の最初の入り口であり、さらにそれが最大の難関であると言っていいかもしれない。強烈な好奇心が、それを成し遂げるのだろう。凄いよ、高野秀行。
悩んだ高野秀行は、ソマリの「氏族」に、日本の武将の名前をつけるという苦肉の策を選択する。だから本書には、「アイディード義経」とか「ハバル・アワル伊達氏」とか「エガル政宗」などという奇っ怪な名前がバンバン出てくる。そもそも、日本史の理解も覚束ない僕には、高野秀行のこの奇策もあまり意味をなさないのだけど(笑)、日本史をちゃんと理解している人には、きっと伝わりやすくなっているのだろうと思う。僕も、「氏族」についてはよくわからなかったから、歴史の話は割と飛ばしつつ読んじゃったんだけど、でも飛ばし飛ばしでも、ソマリの歴史はなかなか面白いなと思いました。
さて、ここで触れるつもりのもう一つの話は「ソマリランドの民主主義」についてです。
これがなかなか凄い。
本書の帯には、「西欧民主主義、敗れたり!!」というコピーが書かれている。なるほど、確かにそう言いたくなるほど、ソマリランドの政治形態は洗練されているかもしれないと、政治に関してなーんにも知らない僕は感じました。
ソマリランドの凄さは、まず自力で内戦を集結させたことだ。
『ちなみにこの間、国連はほとんど何もしていない。UNDPが武装解除において多少アドバイスをしたくらいだ。国連はソマリランドの分離独立を認めようとせず、ソマリア和平交渉のテーブルにつくよう説得しただけだった。
ソマリランドは国際社会の協力はほぼ零で独自の内戦集結と和平を実現した。まさに奇跡である。ノーベル平和賞ものだ』
そこから民主化の道を歩み始めたソマリランドだったが、実は高野秀行が初めてソマリランドを訪れた時、ソマリランドは深刻な国家分裂の危機に瀕していたという。政権与党が、選挙を先延ばしにしており、「何が置きてもおかしくない」という状況だったようだ。しかしソマリランドは、そこを乗り越える。
『そのときには「昔ソマリランドという幻の国があった」という書き出しで本を書くしかないと思っていたくらいである。
ところが、ソマリランドはまた奇跡を起こした。普通にはありえない第三の道をとったのだ。
選挙を実施し、野党が勝利。そして与党がそれを受け容れた。民主的な政権交代が実現したのだ。
全く驚いた。私が調べたところでは、アフリカ大陸で、民主的な手続きを経て、政権交代が起きた例は7~8件しかない。アフリカには現在50くらいの国があり、平均してざっと50年くらいの歴史を持っている。その中でたった7~8例だ。
言うまでもなく、今回の選挙でも、国連は関与していない。ソマリランドが独自にやっているのである。ただオブザーバーとして参加した国際NGOがあり、「おおむね公平な選挙だった」と証言している。これを「奇跡」と呼ばずに何と予防。二度目のノーベル平和賞を受賞してもいいくらいだと思うが、またしても国際社会はこのラピュタの奇跡に気づくこともなかった』
凄いな、ソマリランド。
ソマリランドの民主主義は、「下からの民主主義」だという。
『もう一つ、痛切に感じるのは、国連や欧米がソマリアに強制するのが「上からの民主主義」であることだ。(中略)
ソマリの民主主義はちがう。「下からの民主主義」なのだ。それは国家とは無関係に機能する。定住民の感覚え言えば、まず村と村、次に町と町、それから県と県…というふうに規模の小さいグループから大きいグループという順番で、和平と協力関係が構築され、それぞれの権利が確保され、最後に「国」が現れる。いや、本来は国もないのだが、現代社会でそれは無理だということで、ソマリランド人はハイブリッド国家を作っただけである。ある意味では、ソマリの伝統社会は国家を超えたグローバリズムによく適している』
本書のP463以降で、ソマリランドの政党政治について詳しく書かれているのだけど、政治に詳しくない僕でも、リンプルで分かりやすくて機能的な仕組みだと感じた。というか、日本の政治がよくわからないのだろうと思う。高野秀行も、『制度的にはソマリランドの政治体制は日本よりはるかに洗練され、現実的である』と書いている。
では、どうしてそれほどまでに高度な民主主義が、ソマリランドで実現したのか。もちろんその背景には、先ほど書いた「氏族」という、外国人にはなかなか理解し難い仕組みも存在する。しかしそれだけではない。
『「ソマリランド人がこれまで何が起きても最終的には我慢して平和を守ってきたのは、結局は国際社会に認められたいからじゃないですか?」
アブドゥラヒ先生は数秒考えてから、「そうだ」とゆっくり、深くうなづいた。
やっぱりそうか。』
『ソマリランドもそうで、とにかく独立を認めてもらいたいという一心で、危機を乗り越えてきた。もし早々と独立が認められたら、ここまで進化していたかどうか疑問だ』
そういう実感を抱いた高野秀行は、最後にこんな風に訴えかける。
『そして、ディアスポラとして、一つぜひ提言したいことがある。
ソマリランドを認めてほしい。独立国家として認めるのが難しければ、「安全な場所」として認めてほしい。実際、ソマリランドの安全度は、国土の一部でテロや戦闘が日々続き、毎年死者が数百あるいは数千人以上も出ていると推定されるタイやミャンマーよりはずっと高い。
ソマリランドが安全だとわかれば、技術や資金の援助が来るし、投資やビジネス、資源開発なども始まる。国連や他の援助機関のスタッフが滞在しても安全でカネもかからない。なにしろソマリランドは旧ソマリア圏においてトラブルが産業として成り立っていない珍しい地域なのだ』
さて、そんなわけで僕の感想はこんな感じで終わりにするんだけど、本当に面白い話は山ほどある。今ソマリアは「経済学の実験室」と呼ばれていて、不可解な幻想が次々起こるとか(P232)、高野秀行が海賊を雇うがどうしようか悩む場面とか(P292)、南部ソマリアの首都・モガディショはそれまでずっと戦闘地域で外国人が入るのは恐ろしく危険だったが、高野秀行がモガディショ入りする5日前に何故か敵が撤退したとか(P324)、モガディショのテレビ局の局長のハムディの凄さとか(P336)、他にも色んな話があるんだけど、もうとにかく凄すぎるのである。だから、読まない手はない。恐らく本書は、「現時点で、世界で最もソマリアについて詳しく書かれた本」だろう。そんな本が、日本語で読めるという奇跡を、皆さん味わおうではありませんか。是非読んでみて下さい。
高野秀行「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」
モバイルハウス三万円で家をつくる(坂口恭平)
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僕はこの著者のこと、ホント好きなんだよなぁ。
早稲田大学の建築学科に入学した著者は、建築学科にいながら、こんな疑問を抱く。
『大学で建築を学んでいるときから、「人間は土地を所有していいのか」という根源的な疑問ばかり考えてしまっていた。
建築をやっている人間としては一番考えてはいけないことである。
そんなことをしていたら、現行の建築の仕事なんて何一つすることができない』
そして、大学を卒業後、様々な活動をしていく中で、次第に著者は、「家に莫大なお金をつぎ込むこと」「家賃を払うこと」に疑問を抱くようになる。
『今の住宅は、単純に頭で理解するということが困難なのである。マンションがなぜ三千万円もするのか、購入する人は何も分かっていない。ただなんとなく、家というのはそれぐらいするんだろうという思いこみで購入している。誰も、部材一つ一つの見積書なんて要求しない。完全にブラックボックスと化しているのである。
僕は建築業界のすべてを変えたいなどと思っているのえはない。何千万円もする家を買いたい人、つまりお金を持っている人は買えばいい。しかし、借金をして買うのは馬鹿らしいのではないかと提案したい』
しかし著者は、社会や法律を変えるのは時間が掛かり過ぎると判断する。
『法律やルールや制度やシステムや行政や貨幣制度などを変えようと、必死に同一平面上で行動するのではなく、全く別のレイヤー(層)に自らを置き、思考の変化だけでこの現状の固まった社会を新しく見直すのである』
そんな思考の末に生まれたのが、「モバイルハウス」という発想である。
発想の根本は、単純だ。そもそも「家」はどう定義されているかというと、「土地とくっついているかどうか」である。「不動産」というぐらいだし。だったら、「移動できる家」、もっと言えば「車輪がついた家」を作ってしまえばいいのではないか。
『つまり、モバイルハウスを建てるには、建築士の免許も不要で、さらに申請をする必要もなく、不動産の対象にもならないので固定資産税からも自由である』
では、モバイルハウスをどこに置くのか。そこにも著者はひらめきで答えを導き出す。
「駐車場」である。
「モバイルハウス」を「手作りのキャンピングカー」と称して駐車場に置かせてもらうことは出来ないか。
誰にでも手に入る材料で、誰にでも作れる設計で(実際本書の巻末には、中学生がモバイルハウスを作ったという話が載っている)、3万円以下で、安い賃料で借りれる駐車場に置ける「家」を作ることが出来ないか。著者の挑戦は、そんな発想からスタートするのだ。
完成されたモバイルハウスで実際に生活をしてみた著者は、「家」というものの概念を拡張させる思考にたどり着くことになる。
きっかけの一つは、東日本大震災だ。あの災害によって、土地や家を奪われた人がたくさんいることだろう。そこに、モバイルハウスという存在の可能性を見出す。壊れても修復が可能で、しかもいつでも移動できる。そんな「家」を持つようになれば、災害の多い日本での生活も新しい視点で見つめなおすことが出来るのではないか。
また、著者がモバイルハウスを着想した背景には、著者の初期のライフワークであったホームレスの家(0円ハウス)の知恵がある。実際に、著者が一番初めに作ったモバイルハウスは、「多摩川のロビンソン・クルーソー」と著者が呼んでいるホームレスにかなりの助けを得て完成させることが出来た。
著者は、鈴木さんという凄いホームレスの0円ハウスを見て、『皮膚の延長線上にあるような空間』と表現する。
僕たちは、あらかじめ規定された枠組みの「家」の選択肢の中から良さげなものを選ぶ、という行動しか取れない。注文住宅を建てる時などはまた別だろうけど、その場合でも、自分で建てるわけではないので、自分の生活にどれだけの空間が必要なのかということを理解しているわけではないだろう。
「家を自分でつくる」という経験は、「生活に必要な空間の広さ」を実際に体感的に理解できる、という側面もある。モバイルハウスは、2畳ほどのスペースしかない。2畳と言われると、とても狭く感じるだろう。しかし、人によっては2畳で十分という人もいるだろう(所有しているモノが多い人の場合は、たぶんまったく足りないだろうが)。
つまり、「家を建てる」という行為は、「自らの生活を見つめなおす」という行為を必要とする。自分の生活にとって必要な空間を確保するために家を建てるのだから、当然だ。そしてそれは、実際に「家を建てる」という行為をしてみなければなかなか実感できないことだ。
実際に著者は、普段自分が生活している空間からのイメージでモバイルハウスを設計した。しかし、「多摩川のロビンソン・クルーソー」に、それは広すぎる、と指摘されたという。それでも、当初の自分の考えどおりにモバイルハウスを組み立ててみると、やっぱり広すぎたのだという。こういうのはまさに、実際に作ってみて体験して見なければ実感できないことだろう。
そして著者は、「家」という概念をモバイルハウスによって拡張させることで、「生活空間」についても概念を拡張していく。それを一言でまとめた言葉が、「一つ屋根の下の都市生活」である。
『モバイルハウスと、これらの都市に散らばる生活要素を結びつけた生活。僕はそれを「一つ屋根の下の都市生活」と捉えている。今までは、家の中でどのように振る舞うかを考えていた全ての要素を、もっと広く都市全体に広げて考えてみることはできないか』
どういうことか。ざっくり言ってしまえば、風呂は銭湯、洗濯はコインランドリー、水は公園の水道、トイレはコンビニ、パソコンでの調べ物は電源のある図書館やマクドナルド。これらを、「家」の中に詰め込もうとするからこそ、家に広さが必要になってくる。これらを、自分の生活に合わせて、適宜「都市生活」の中に散りばめれば、「家」という概念も「生活空間」という概念も、大きく変化していくのではないか。
『モバイルハウスの目的の一つは、家というものだけで暮らすのではなく、私有している「家」という空間を極限まえ広げて、都市空間全体を生活要素と捉えることにもあるのだから、これはこれで、モバイルハウスの良い効果と言うことができるだろう』
著者の主張は、今の世の中では大半の人から「おかしいもの」と捉えられることだろう。何を言ってるんだ、こいつは、という反応ではないかと思う。僕は、著者の考え方に、とても賛同できる。僕が、「社会」というものに対して抱く違和感の一部分を、的確に掬いあげてくれているように思う。
僕は、生活のありとあらゆることに興味がないから、恐らく2畳のモバイルハウスで生活することが出来ると思う。唯一、本の収納場所だけはどうしたらいいかわからないけど、モバイルハウスをもう一つ作って物置にしたらいいのではないか。
僕が、「家」というものに求める機能を考えてみる。雨風が防げる、明かりがある、パソコンが使える、水が出る、手の届く範囲にすべてのものがある、夏は涼しくて冬は暖かい、暇を潰せるなにかがある、生活に最低限必要なものを保管できる、なんとなく捨てたくないものを保管できる。これぐらいだろうか。ここに挙げたこと、すべてを満たせるわけではないけど、ほとんどモバイルハウスでもどうにかなるようなことばかりである。
クーラーは今でも使ってないし、テレビはほとんど見てない。インテリアにも興味はないし、今部屋の中を見渡してみたのだけど、普段の生活でほとんどのものを使っていない。たぶん、無駄なものばかりあるし、その無駄なものを置いておくためだけに場所が必要だったりする。モバイルハウスという選択肢は、自分の頭の片隅にきちんと入れておこうと思う。
また僕は、著者の思考の方向性も好きだ。
「現状に不満がある」「その現状は社会制度や法律によって規定されている」という前提があれば、普通は「じゃあその社会制度や法律を変えるしかない」という方向に思考が行くだろう。しかし著者は、そんな時間の掛かることはやってられないと、まったく別の方法論から攻める。
それが、「観察」「実験」によって「思考の枠組みを取り払う」という方向性である。
まず著者は、社会はいくつものレイヤー(層)に分かれており、別のレイヤーを観察することで既存の社会の仕組みに疑問を抱くことが出来るという。これは、著者がホームレスの生活を観察することで新たな世界が見えてきたことと同じことだ。
さらにそこから著者は、実験を重ねていく。「モバイルハウスを作ることが出来るのか」から始まって、「モバイルハウスを駐車場に置かせてもらうことは出来るのか」というところまで、とりあえずやってみる。既存の常識に縛られていると、その一歩がなかなか踏み出せない。著者はそこをスルリと乗り越えていく。
そしてそれら「観察」と「実験」の積み重ねによって著者は、新しい思考の方向性を見出す。それは、三次元空間に住む僕たちには「四次元目の方向」を指し示すことが出来ないように、僕らが今生きているこの社会の枠組から一旦外れなければ辿りつけない思考だ。
著者の思考は、このようにしてどんどんと可能性を広げ、放射する範囲を拡大していく。巻末には、2013年現在の状況が付記されている。相変わらず、自由な発想・独自のスタイルで、現在の社会のアンチテーゼとなるような存在を模索しているようだ。
『僕は貨幣のことを「考えない技術」と呼んでいる。つまり、そのモノがどのような過程でできたのか考えなくても、貨幣を使えば購入することができる。それは一見、便利そうだが、実体は何も分かってはいないことに気をつけなくてはいけない』
この言葉は、そうだよな、と思う。世の中を見る視点の多さが、これから世の中を生きていく上でとても大事になってくるかもしれない。どこか一つのフィールドに固定されるのではなく、あらゆるレイヤーを自由に行き来できるような、そんな人間こそが、新しい視点で社会をリモデルしていくことが出来るのかもしれない、とも思う。
本書を読んで、あらためて「家」というものを考えさせられた。僕は昔から、家なんて欲しいと思ったことは一度もないのだけど(未だに、莫大な借金を背負ってまで家が欲しいという人の気持ちはよくわからない)、改めてその思いを実感させられた。家に関しては色々と面白い話が出てきて、例えば法律では、「土地は投機的取引の対象をされてはならない」と決まっているそうな。けれど、土地やマンションはどんどんと転売されている。そんな法律があるなんて、全然知らなかった。また、日本には760万戸もの空き家があるという。760万戸って凄いな。勝手に、3人家族で計算をしても、2500万人弱の人達が住めるだけの家がある、ということにならないか?それなのに、まだまだ住宅を建てたい人はたくさんいる。僕も著者と同じく、なんか変だなと思う。
色んな生き方があっていいけど、僕は、今の世の中や社会の仕組みに「なんか変だな」と感じる場面が多い人は、素敵だなと思う。僕自身も、そういう人間でありたいと常に思っている。本書の著者は、まさにそのトップランナーと言っていいかもしれない。しかも、疑問を持つだけでなく、行動に移し、しかもそれを世に問うている。素晴らしい。これからも僕は、坂口恭平の動向には注目していくでしょう。是非読んでみて下さい。
坂口恭平「モバイルハウス三万円で家をつくる」
もしもし、還る(白河三兎)
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意識を取り戻した時、僕は砂漠のど真ん中にいた。
見渡すかぎりの、絶望的な砂漠だ。昨日寝た時は、泥酔して着替える余裕はなかったはずなのに、何故か今パジャマを着ている。猛烈に暑い。何が起ったのか、さっぱり理解が出来ない。なんなんだ、これは?
とりあえず、手近にある砂丘によじ登り、周囲を見渡そうとした。進むべき方角を指し示すような何かは見つからず、絶望が更新されるばかりだった。
そのまま寝転んで見上げた太陽に、黒点がある。その黒点は、どんどんと大きくなっていく。ん?やがてその黒点が、太陽より大きくなった時、僕は気づく。何かが上から降ってきているんだ、と。
必死の思いで砂丘から逃げた僕は、上から落ちてきたものの正体を知る。
電話ボックスだ。
キリとは大学の構内で出会った。僕の人生で唯一、「友達」と呼んでいいかもしれない相手。セックスさえしていなければの話だが。
キリは、僕を見かけるなり突然、セックスしようと言って僕の手を引いた。それから僕らはずっと、身体の関係で繋がってきた。キリとは、常に会って話をする関係だった。他愛もない話から、孤独や愛情の話まで。
自分でも、たぶん気づいていなかった。けど、キリと一緒にいる時間は、僕の中で、かけがえのないものになっていた。
というような話です。
相変わらず、白河三兎、僕好みの作品を書くなぁ!作品すべてを読んだわけではないんだけど、ホントこの作家、僕は凄い好きです。
まず、全体に漂う「無気力感」がとても素敵だ。
白河三兎の作品は、少なくともこれまで僕が読んだ三作(「私を知らないで」「君のために今は回る」「もしもし、還る」)はどれも、「諦め」が全体を支配していたように思う。基本的に登場人物たちは、自分の内側の底の底に、この「諦め」を抱えていて、それが彼らの生きる指針の一つとなっている。
それが僕にはとても心地よいのだ。
僕もたぶん、人種としては、白河三兎作品に出てくる人達と同じだ。基本的に内側に「諦め」を抱えている。白河三兎作品の登場人物の中でも、その「諦め」の見え方は様々に違う。明るかろうが前向きだろうが熱心だろうが、そういうこととは関係なく、ふとした瞬間に、その根本である「諦め」が顔を覗かせる。僕はそういう作品を読むと、なんとなく同志を見つけたような気持ちになれて嬉しい。そうそう、お前もか!という感じである。そういう登場人物ばかり登場させるのだから、著者自身も恐らくそういうタイプなのだろうと勝手に判断して、勝手に親近感を抱いている。
本書では、分かりやすい「諦め」を見せるのは、主人公の田辺志朗(シロ)だ。彼は「諦め」が服を着て歩いているような、典型的な人間である。
『一人でいることに疑問を感じないからだよ』
『(「寂しいって思ったことないの?」)「ないよ。意味は理解しているけど、実感したことはない」』
『本当のことを言えば、僕には愛の価値がわかりません』
随所でこういう発言が繰り出されていく。基本的に、孤独で、依存せず、孤高と言った振る舞いで生きている。
もちろんそれは、フェイクでもある(フェイクでないともいえるが)。その辺りのねじ曲がり具合も、自分と似ているようで楽しい。
ともかく重要なのは、シロ自身が「孤高の存在として見られたい」という意識を常に持って生きている、という点だ。この背景には、「諦め」が横たわっている。その背景は、明覚に描かれるし、物語に支柱をなす重要な要素でもあり、そういう意味でも無視できない。というか、「諦め」を底に忍ばせた登場人物という、白河三兎作品お決まりの人物と登場させつつ、その背景に物語的な意味を付加するというのは、なかなか巧いなと思いもしました。
シロが抱える「孤独」は、シロ自身の思考によってうねりながら大きくなり、膨れ上がっていく。これは、現実と向き合いたくない人間が陥りがちな状況だ。僕もそう。現実を直視して致命的なダメージを負うよりは、現実をあまり直視せずに、不確かな自分の思考によってそれを補い、「現実そのものではないかもしれない状態」に支配されているという状況を生み出す。その環境で辛くなっても、「いや、これは現実ではないかもしれない」という一縷の希望を残すことが出来る。そのささやかな希望が、僕らのような人間を生かすのだ。
しかし同時に、その「思考による現実の補填」は、現実そのものを侵食していくほど大きくなってくることもある。「自らを保護するための防波堤としての思考」だったはずのものが、いつしか逆転し、「現実に作用し自らを脅かす存在としての思考」へとゆるやかに変化していく。この流れを止めることは、とても難しい。そうやってシロは、「現実を直視しないことで一縷の望みに救われる」一方で、「現実を直視せず思考によってそれを補填することで、思考が現実を飲み込み侵食していく」という二律背反に襲われる。どちらも、自分の弱さが生み出した幻影だ。そこから抜けだそうとすれば、良いものも悪いものも同時に失われるからなかなか決断が出来ない。そんな強さを、シロは持つことが出来ない。そうやって、シロの人生は形作られて行くのだ。
『僕は腐りきった人間なんだよ。僕と一緒にいるとキリまで腐っていく』
恐らくこう言われた時、キリはそれを言葉通りには受け取らなかったことだろう。しかし僕には、シロがそれを本気で言っていることが分かる。僕も、そう思っているからだ。自分が腐りきった人間だという自覚があり、それが周りにも悪影響を及ぼすと知っている。僕に出来るのは、外部への悪影響を最小限に留めることぐらいだ。
キリも、シロとは違った「諦め」を抱えているように見える。
キリにも、その「諦め」を獲得するに至った背景が若干描かれるけど、シロほどではない。ほんのワンエピソードだ。だからキリについては、詳しいことはわからない。キリ視点の物語で描かれているわけでもないから、推測するしかない。
僕にはキリは、「執着」と「諦め」を行き来しているように思える。行き来、というと違うかもしれないけど、自分の中で「執着」と「諦め」が綺麗に分離され混じり合わない。そういう印象だ。
そしてキリは何故か、シロに異様に「執着」している。
だからこそ本書を読むだけでは、なかなかキリの「諦め」は見えにくいかもしれない。基本的にキリが描かれる場面にはシロがいる。そしてキリにとってシロは「執着」の対象なわけだから、描かれているキリは割と「執着」している人間に映る。
しかしキリの、「シロに執着するためなら、他のことはまあいいや」というような部分が、僕には大きな「諦め」に映る。描かれるキリの有り様を読むと、キリには「可能な選択肢」がたくさんあるように思える。見た目は美しいし、誰とでも仲良く出来るし、どんな方向にでも進めそうな人間である。しかしキリは、外側の人間にはたくさんあるように見える「可能な選択肢」を、華麗に捨てているように思える。
恐らくキリにとってそれらは、検討するにも値しないような可能性だったのだろう。僕にはそう映る。そしてそのキリの投げやりな生き方こそが「諦め」そのものに映るし、僕はそういう人物がとても好きだ。
本書には他にも様々な人物が登場するが、基本的に何らかの「諦め」を抱えた人物として描かれているように思う。特に、シロの家族の「諦め」の描かれ方は、物語の中核を成す部分であり、さっきも書いたけど、その構成は巧いと思う。よくあるかもしれないけど、子どもにとっては「よくある」で済ませたくない家庭環境で育った子どもたちの屈折が、物語を無残に転換していく。「諦め」を底に抱えつつ、どうしても諦めきれないでいた者たちが織りなす、悲哀に満ちた物語、という印象だ。
白河三兎の作品では、「ありえなそうな関係性をありえそうな関係に描く」という部分も僕は好きだ。僕が読んできた3作は、メインとして描かれる人物の関係性が、実に微妙なバランスで成り立っている場合ばっかりだったと思う。本書でも、シロとキリは基本的に「身体の関係」で繋がっている二人である。しかも、出会いのしょっぱなから、セックスが大前提だった。そういう関係性は、どうしても「ファンタジー」に見えてしまう可能性が高い。ありえないでしょ、と一笑に付さされる可能性の方が高い。しかし白河三兎はそれを、様々な状況設定を精緻に組み立てることで、ありえるかもしれないね、という方向に持って行ってしまう。この絶妙なリアルさが、僕は見事だと思う。白河三兎の作品は、割とどれも現実をベースにしていると思うのだけど、どれもどこか現実から浮き上がっているようで、でも浮き上がりすぎているわけでもないというのは、そういうメインで描かれる関係性の微妙なバランスのリアリティにあるのではないかと思っている。
物語の展開のさせ方は、見事だ。僕は読みながら、東野圭吾の「むかし僕が死んだ家」を連想した。「むかし僕が死んだ家」は、ある屋敷に入った二人が、屋敷内の様々な要素から彼らにとって重大な謎を解き明かしていく、というストーリーで、一幕物の舞台としてそのままやれそうな状況設定だった。
本書も、砂漠の方のパートは、まさにそんな感じと言っていいかもしれない。シロは、砂漠に放置された電話ボックスから一歩も外に出られない、という状況に陥る。砂漠のパートは、基本的にその設定のまま最後まで行く。ほとんど身動きの取れない電話ボックスの中で、一体何が出来るのか。そこに様々なアイデアが詰め込まれ、しかもそれが、物語全体の伏線を鮮やかに回収し、見事な物語に仕上がっているのだ。冒頭のSFチックな設定とは裏腹に、物語全体は非常に精緻に編みこまれていて、気が抜けない。「砂漠」パートと「現実の過去」パートが交互に描かれる構成の中で、少しずつ少しずつ謎が明らかになっていくというミステリ的な趣向は、読むものを引き込んでいくことだろう。
しかし一点、注意しなくてはいけない点もある。
本書を、「ミステリの様式美に従ったミステリ」と捉えて読まない方がいいだろう、という点だ。何故なら本書には、「説明されない部分」も存在するからだ。これは、ミステリの様式美としてはアウトだろう。しかし本書の場合、決してそれはマイナスではない。
もし読み始めた時から、その「説明されない部分」に惹かれてページをめくっている人がいたら、その人は最後に、「なんだよこれ」となるかもしれない。本書の欠点は、それぐらいだろうか。僕は、シロやキリの「諦め」に最も注目しながら読み進めて言ったので、そういう事態にはならなかったが、もし「説明されない部分」に惹かれてしまったら、読後感がどうなるのか僕にはちょっとわからない。そういう意味で、本書を良く評価しない人間も出てくるだろうとは思う。
『寂しいって思ったら負けちゃうから、思わない』
ある人物がある場面でこう言う。本書の中で、一番グッと来たセリフかもしれない。恐らくその強さに、シロも打たれたことだろう。自分にはない強さを持つ者として、何かを感じ取ったかもしれない。物語全体に関わる場面ではないけど、ここが一番印象的だった。
白河三兎は、本当に僕好みの物語を描く。解説でもそこが中心で描かれていたけど、本書を読んだ人間は、冒頭の「砂漠に電話ボックス」とか、あるいは精緻に組み上げられ見事に回収される伏線などに注目するかもしれない。しかし僕にとって本書は、シロの物語であり、キリの物語である。その物悲しさに、僕は胸を打たれる。着実に成長していっているように思える白河三兎。これからもどんな作品を生み出してくれるのか、楽しみだ。是非読んでみて下さい。
白河三兎「もしもし、還る」
僕、9歳の大学生!(矢野祥)
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『僕は高い知能指数は早く理解できるという点でボーナスだと思うけど、勤勉がもっと大切なことだと思う。(中略)それよりも習うことへの従順さと、自分が成功するための意志や意欲がとても大切だと思う。人は僕が高い知能指数なのであまり勤勉でないと思うようだけれど、それは正しくはない』
本当にその通りだと、最近よく思う。
僕は、自分で言うのはなんだけど、「頭がいい」と言ってもらえる機会が時々ある。ありがたいことだ。実際はどうかわからない。僕自身は、「頭が良い風に見せるのが巧いだけだ」と思っている面もある。もちろん、「そこそこ悪くないかもしれない」と思っている面もある。ただよくわからない。
が、一つだけ確かなことがある。たとえ僕が「頭がいい」のだとしても、それだけでは何も成し得ないし、何も出来ない、ということだ。
僕は、色んなことに対して興味もやる気もない。頭がいいかどうかという点とは無関係に、こういう僕の意欲のなさは致命的だ。最近僕は、「頭がよくてやる気のない人間」と、「頭が悪くてやる気のある人間」と、どっちの方がいいだろう、と考える。状況次第だろうが、どっちもどっちで、対して差はないかもしれないとも思う。
『確かに僕は自分が高い知能指数を持っていることを喜んでいる。いつも僕自身の役に立つと思うからだ。けど、それだけでこの世のすべてが解決するわけでない。知能指数がどんな良いことをするのだろう。知能指数は単に可能性の一つにすぎない』
『僕には高い可能性があるけれど、同時にその恵みは重い責任と共にある。僕には、僕の可能性をフルに生かす責任がある。僕の両親は、僕に「高い目標を持つように」と話をしてくれる。「アヒルが地面を歩いていても誰もおかしく思わない。アヒルはいつも地面を歩くから。でも、鷲がアヒルのようにずっと地面を歩いていたらおかしいと思う。だって、鷲は、空を飛ぶのが普通だから。」そして僕を励ましてくれる。「祥も鷲のように高く舞い上がる可能性がある。だから、地面ではなく、可能性を使って高く飛びなさい」』
『アインシュタインは自分の意思で実行し続けたから偉大なことができたのであり、知能指数が高かったことのみによって達成できたのではない』
『能力よりもアクション(行動)が重要だ。「僕が高い知能指数を持っている」ということは、「僕が何をするか」ということほど重要ではない。
僕の行動は僕の能力より重要なことだ。
また、いくらひとりの人が特別に能力があるからといって、その人がひとりの力で偉大なことをすると思うのは間違いだ。どんな偉大な発見や業績でも、社会的背景や先人の積み上げてきた業績の上に出来るものだ。(中略)どんな偉大なこともひとりでできるのではない。高い能力のひとよりも、普通の能力の人が多く協力し合うほうが何百倍もの効果を発揮できるだろう』
『僕は、9歳で大学に入るために今まで勉強してきたわけではない。勉強していたら結果としてこうなっただけだ。同じように、もし僕がノーベル賞をもらうことになったとしたら、それは僕の本当の目的に向かっていった結果だと思う。きっと、ノーベル賞は、研究することや好奇心を失わずに何年ものあいだ、とても一生懸命働いてきた人たちに贈られるものだと思う。絶え間ない継続と、諦めない我慢強さにまさるものはないはずだ』
『ぼくと同じくらいの知能指数の人はきっといる。でも僕の年で大学に行っている人はいまのところ知らない。これは、知能指数のせいだけではない。両親の助け、体の健康、社会の理解、他人の助け、僕の学ぶ姿勢や強い好奇心や努力、学ぶための従順さ、なども必要だ』
『知能指数だけを見ると世の中は不公平に見えるかもしれないけど、かといって怒ったり落胆するほどではないと思う。どんな人もその人から見ると100%保証されたものはなく、みんな自分の在るところから、自分の可能性を広げていく必要がある。だから、それぞれに大変なことがあり、習うべきことがある。そういう意味で、人生はとてもおもしろく、すべての人はすばらしい意味と価値を持っているのだと思う。
同じ価値で同じことを考え、同じことを苦労する人がいるとしたら、それはなんと味気ないことだろうか』
これらはすべて、ほんしょの「まえがき」に書かれている矢野祥氏の文章だ。本書にはこれが、何歳で書かれている文章なのかという記載はない。なんとなく、9歳の時に書かれたものではないだろうと思う。本書の親本が発売されたのは2001年の頃だそうだから、11歳の時の文章かもしれない。あるいは、この文庫化で新たに書かれたものかもしれない。
まあ何歳で書かれた文章であっても、ここで書かれていることの素晴らしさは損なわれはしない。彼は、自身に与えられた知能指数は「単なるボーナス」であり、それだけでここまでこられたわけではない、ときちんと自覚している。むしろ、知能指数が果たした役割はそこまで大きくはない、と思っている風でもある。もちろんそんなわけはないだろうが、しかしそういう風に意識していることはとても良いと僕は思う。この「まえがき」の文章だけでも、著者が「ただ勉強が出来るだけの人」なのではなく、「人間的に非常に成熟している人」であることが伝わるだろうと思う。
これには、両親の子育ての仕方が非常に良かったのだろうと、本書を読んでて実感させられる。
著者の両親のスタンスは、非常にシンプルで一貫している。それは、
『子どもにあった育て方を、子どもと一緒に試行錯誤しながら模索する』
というものだ。こういう両親の元に生まれたからこそ、著者は自分の能力を全力で発揮することができた。
知能指数の高い子どもを授かって羨ましい、と思う人もいるかもしれない。しかし、そういう感想を抱くのは、やはり適切ではないだろう。いくら知能指数の高い子どもを授かっても、親の育て方が不適切であればうまくいかないだろう。本書の中にも、素晴らしいピアニストの腕を持つ子どもが、両親のスパルタ教育のせいで音楽の世界から離れてしまった、という例が描かれる場面がある。そういう意味で、矢野祥氏は非常に恵まれた環境で育ったと言えるだろう。
本書を読んでいて強く実感したことは、もしこの両親の元にダウン症の子が生まれたとしても、この両親はダウン症の子にあった育て方を一緒になって模索して子育てをしたことだろう、ということだ。知能指数の高い子どもを授かったから「ラッキーな両親」なのではない。むしろラッキーだったのは、そういう両親の元に生まれてきた矢野祥氏の方だったと、本書を読んで実感できる。
4歳の時に知能指数のテストを受け、「200以上のどこかです」「20年以上、子供の学校のために知能テストをやってきたけど祥君みたいなのは初めて」と心理学者の先生に言われた両親。
『もし祥が日本の学校に入っていたら、きっと問題児になっていたでしょう。学校の勉強は1週間で退屈になり、授業中は隠れて本を読んだり、落書きしたり、字は乱れていいかげんになり、周りにいたずらしたりするばかりだったかもしれません』
アメリカでの教育も、順風だったわけでは決してない。しかしアメリカの教師は、「私から学んではいけない(もっといい先生の元で学びなさい)」と言うような気風があり、そういう中で、特に母親は自分の主張を曲げず、子供のために最良の選択肢を常に模索し続けた。そうした努力の結果が、9歳の大学生という結果に繋がるのだ。
両親は、決してスパルタだったわけではない。本書を読む限り、勉強に関して細々したことは言わなかったようだ。ミスをしてもそれほど怒らない。それよりも、嘘をついたり、自分をごまかしたり、そういう時にきちんと怒るなど、人間としてどう育てていくかという部分に重点を置く教育をしているように思えた。
『「大きくなったらミスしなくなったり、自然と気がつくようになるよ」というのが両親の口癖だった。父さんも「自分が子供のときはもっとしたよ」とか、母さんも、「自分も同じ過ちをしたよ」と話してくれて、ホッとした気になった』
『「自分の知識や意見が正しいことを他の人に証明する必要はない」と父さんが言っている。ぼくもそう思った』
『また、「何のために勉強するのか」という目的を明確に示してあげなければ勉強にやる気が出ないと思います。「何のために勉強するのか」を親や教師がもっと分かりやすく示してあげなければ子供はやる気が出ないと思います』
『父は私が周りと少し違う大学生活を送っていることについて、「他人のコピーのように生きても意味がない」「祥はとってもスペシャルなんだ」「それでいいんだ。心配ない、大丈夫」と勇気づけてくれました』
本書を読むと、「知能指数」というのは一つの個性の現われでしかなく、その個性をどのように潰さないで伸ばしていくか、そしてそれと同時に、その個性以外の部分をいかにして真っ当に育てていくかというのは、「知能指数」に限らず、どんな個性を持つ子供にも当てはまるのだろうなと思いました。世の中には、様々な教育法や子育て法が溢れているでしょうし、それらを参考にしながら教育を熱心に行う親もいるかもしれません。でも一番大事なことは、目の前にいる自分の子どもをきちんと見て、その子どもの個性に応じて自らの教え方を変化させていくことです。誰かの受け売りをそのまま試しても、千差万別の個性を持つ子どもに当てはまるとは思えません。本書は、「IQ200以上の天才児の子育て本」という視点で読んでしまえば、自分とは無関係の世界の話になってしまうけど、「個性と向き合う子育てをした親子の物語」と捉えれば、あらゆる人に関わるものになるのではないかなと思います。
本書は基本的には、著者が9歳で大学入学した時からつけている日記がメインの作品です。著者が、たった9歳で「大学生活」という異世界の中で生きていく中で、何をどう感じ、どんな思考を展開していくのかが面白い作品です。
子どもであるということで、色々苦労することもあったようです。図書館に本を借りに言っても、親のおつかいだと思われてしまうし(学生証を見せたのにそう聞かれたことに対して著者は不満をもらす)、「学内に小さな大学生がいること」を学内に広めて欲しいと著者自ら大学側と掛け合ったりしています。
『新しい授業に参加する際は毎回、「自分には大学で勉強する能力がある」ということと「けしてガリ勉だとか、社会性に欠けた変人ではない」ということを証明しなければいけない、というプレッシャーを感じていました「どうしてそんな幼い子を大学に入れるのか。」と以上に「教育熱心」な親だと両親が批判されることも心配でした。キャンパスを歩いていると「君は小学校にいるべきだろう」というような意味の言葉を投げかけられ、不快な思いをすることもありました。幸い、講義では教授・他の学生と問題なく過ごせていました。ですから嫌なことがあった日も、新しいことを学び、家に帰って両親に話、ピアノを弾いて、妹と遊び、好きな本を読んだ頃には、嫌なことなどすっかり忘れて、明日習うことに夢中になっている、というような毎日だったと記憶しています』
一方で、子供らしくない記述もあって、感心したり笑っちゃったりするようなこともありました。
『僕は子どもの頃からてんとう虫が大好きで今でも大学のキャンパスで捕まえたりしているけれど』
『テレビを見ているときは、他のことが考えられないので、ある意味では、心もコントロールされている。『トムとジェリー』を見ているときはその番組に熱中しているのでロジカルな思考はできないと思う』
『勤勉とは何かと考えた。ある人は勤勉とは適当な休暇もとらずに肉体的にも精神的にも一生懸命することだという。僕の理解では、資源・資質を有効に計画を立てて使うことだと思う』
『(テレビに出演することで)ヨーロッパの人たちにまでも興味を持ってもらうのは名誉なことだけど、まだ僕は何も達成していない。まだ始まったばかりだ。僕が何か達成したとき、たとえば医学部にはいったり卒業したりしたときに来てもらうのがいいような気がする』
『気温が急激に低くなっている。この天候下でのホームレスの人達のことを考えると可哀そうに思う。ロヨラ大学のボランティアをやっているオフィスを通じて僕がホームレスの人達にできることを調べてもらっている』
『科学の進化もこれに似ている。便利さにかまけて、もっと便利になればいいと思っている。でも本当にダジなのは、ごみを捨てないという道徳だ。どんなに科学技術が進化しても、人間としての尊厳を忘れてしまってはいけないということだ。自分以外の道具をどんなに進歩させても、自分の中身が進歩しなかったら、淋しい世界になるのではないだろうか。
まして、僕らは自分の存在の意味すら、はっきりわかっていない。自分が化学反応する物質以外の何かであると知っていたとして、自分が生きるということの意味を深く考える人がどれだけいるだろうか。僕も含め、財産の蓄積、競争に勝つこと、他人に求めてもらうことに忙しい。そして謙遜を忘れ、眼の前の便利さに飛びつく』
読んでいると、気が引き締まる。9歳だから、というのではなく、大人であっても、ここまで「大人らしい」考え方を持てる人は多くはないのではないだろうか。そして僕は何よりも、自分の頭で考えられる人が、とても好きだ。そういう意味で、この著者のことはとても好感が持てる。色んなことに自分なりに賛同したり、あるいは疑問を持ったりして、自分でこの世界を捉えようとしている。その姿勢は素晴らしい。
最後に、「文庫あとがき」に書かれている文章を引用して終わりにしよう。
『もし、これを読んでいるあなたが自信を失い「僕には無理だ。出来ない」と思ったときは、私が大学に申し込むときに母が私にくれた、「どうしてだめなの、別にいいじゃない」(Why not!)という言葉を自分自身に投げかけてください。人間の歴史は、私が9歳で大学に行ったこと以上に、もっと驚くようなストーリーで満たされています。私たちはみんな、自分が思っているよりずっと多くの可能性を持っていると思います。ですから、この本を読んでいただき、学生の方だけでなく、すべての人が、「どうしてだめだと思うの。私も(僕も)トライできる!」(Why not! I can try!)と自分を勇気付け、自分のやりたいこと、ゴール、目標に向かってトライし、充実した日々を過ごせることを願っています』
矢野祥「僕、9歳の大学生!」
ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年(奥野修司)
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「赤ちゃん取り違え事件」というのは、今ではほとんど耳にすることがないだろう。実際、「赤ちゃん取り違え事件」が頻発したのは、昭和40年頃から45年頃らしい。何故か。
それまでほとんどの出産が自宅分娩だったのに、昭和30年には施設分娩が17.6%、そして昭和40年には84.0%にまで急増したのだという。
その施設分娩の急増に、病院側が対応できていなかった。そんな時期に、「赤ちゃん取り違え事件」は頻発したのだった。
本書の主体となる二家族に「赤ちゃん取り違え事件」が発覚したのは、昭和52年のことだった。昭和46年に出産し、6歳になっていた子どもの血液型が合わないことがきっかけで、「赤ちゃん取り違え事件」が明るみになった。そして、謎の情報提供者からの情報で、その事件を琉球新報がスクープしたのだ。
昭和52年当時著者は、「女性自身」という週刊誌の記者をしていた。非常に恵まれた取材の出来る時期であり、著者はたった7ページの記事のために、「赤ちゃん取り違え事件」の取材に沖縄に1ヶ月も滞在することになる。当時は「赤ちゃん取り違え事件」が頻発していて、社会現象になってもいたという。そんな中での取材であった。
通常取材対象者とは、その後交流を持つことはないという著者。しかし、今回だけは違ったという。「家族とは何か」「血の繋がりとは何か」という、非常に難しい問題を突きつけるこのケースに、著者はその後も、取材とは関係なしに関わっていくことになる。
取り違え事件が発覚してから、著者が子どもたちと初めて接触するまで14年(つまり、子どもたちが成人を迎えてから)、単行本を出すまでに17年、そして文庫版を出すまでに(文庫版には、近況が書き加えられている)25年という、遠大な時間が流れている。ここまで一つのケースに関わり続けて生み出されたノンフィクションというのは、なかなかに珍しいのではないかと思う。そういう意味で本書は、ノンフィクションとして非常に稀有な存在ではないかと思う。
先に書いておこう。本書は、9/28から公開される「そして父になる」(監督:是枝裕和 主演:福山雅治)の元になった作品だ。カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞したという映画も、非常に興味深い。本書では、取り違えられた子どもが30歳になるところまで描かれている。それだけの時間を、映画という限られた枠の中でどう描き出していくのか。楽しみである。
内容に入ろうと思います。
昭和52年に沖縄で発覚した「赤ちゃん取り違え事件」。取り違えられたのは、城間美津子と伊佐初子(城間家・伊佐家についてはすべて仮名)。城間照光・夏子夫妻の子である初子が伊佐家へ、伊佐重夫・智子夫妻の子である美津子が城間家へ取り違えられてしまう。そしてそのまま6年間、互いの家族が気づかないまま子どもたちは育てられてしまう。
小学校に上がる直前に事実が発覚し、両家族とも混乱に陥った。取り違えがあったことは、両家族とも疑いようがないとはっきりと分かった。お互いの子が、相手の家族の両親とそっくりだったのだ。しかし、だからといって、どうすればいいのか…。
取り違えが起こった橋口病院の院長は、事態の解決を焦るあまり、「すぐにでも交換しましょう。こういうのは、早い方がいいです」と両家族をけしかける。しかし、そんなにすぐ決心がつくはずもない。相手方にいる子どもが「血を分けた子ども」だということはわかる。しかし当然ながら、6年間も愛情を注いできた子どもは手元にいるのだ。両家族とも、取り違えられた子どもは初めての子どもだった。子どもに掛けた愛情も大きかった。それなのに…どうしてこんなことに…。
著者は、取り違えられた両家族の証言などを中心に、この非常に難しい状況を様々に切り分けて描き出していく。取り違えが起こった当時の、両家族の心情や病院の対応、「取り違え事件」が頻発していた当時の社会状況の描写や、あるいは裁判の行方について。あるいは、取り違えられた子どもたちの両親の「開拓民」としての厳しい生い立ち。苦渋の決断の末、子どもを「交換」することにした両家族のそれからの葛藤。
どんな場面においても著者は、「他者」としての自分の立ち位置を踏み外すことはない。あらゆる事態が起こり、それぞれについて著者には思うところはあっただろう。しかし、ほとんどそういう内面は見せない。あくまでも、「何が起こったのか」「両家族の誰がどう感じたのか」を丁寧に拾い集めていく。著者が携わった25年という時間の厚みが、描写のそこかしこに忍び込んでいるように思う。
本書は、非常に特殊な展開をする、と僕は思う。この「特殊」というのは、「赤ちゃん取り違え事件」を指しているのではない。一時期頻発していたとはいえ、確かに「赤ちゃん取り違え事件」そのものも特殊な事態だろうとは思う。しかし、本書の特殊さは、そこだけにあるわけではない。この感想の中では、その「特殊さ」には触れない。しかし、まさかこんな小説のような展開が起こりうるのか、と思った。全国で、発覚していないものも含めて、「赤ちゃん取り違え事件」というのは様々に起こっているのだろう。しかしその中でも本書で取り上げられている沖縄のケースは、相当に特殊な展開を見せた事例なのではないかと思う。読みながら、様々なことを考えさせられた。
僕は、基本的に人間としてあまり出来がよくないので、「血の繋がり」というものが、正直あまり実感できない。血が繋がってる、だから何?と思ってしまう人間だ。
子どもの頃から、「家族」という単位は、なんか変だな、と思っていた。何故なら、「共通項」が全然ない集団だからだ。
年齢もバラバラ、趣味・趣向が似ているわけでもないし、同じ未来を目指しているわけでもない。「家族」というものを束ねているものは、唯一「血の繋がり」という、僕にはなんだかさっぱり意識出来ないようなものでしかなかったのだ。
だから僕は、「家族」というものに、ずっと違和感を抱いていた。なんだろう、この集団は?と思っていた。どうしてこの中に組み込まれていなければならないんだろう?「血の繋がり」という奇妙な関係性は、一体なんなんだろう?
具体的にそうやって言葉で説明できるほど疑問として輪郭がはっきりしていたかどうかはわからないけど、そんな気持ちを持っていたのはたぶん確かだ。僕には「家族」という形は、なかなか馴染めない、違和感のあるものでしかなかった。
だからきっと、そんな人間には、本書で描かれている家族の「苦悩」は、なかなか理解できないだろうと思う。実際僕は、本書の最後の最後まで、「何故子どもを交換しなければならないのか」という点が、まったく理解できなかった。当然だ。それは、ただ一点、「血の繋がり」という、僕には意味不明な理屈でしかないのだから。どう考えても、子どもを交換しなければ、こんなゴタゴタにはならなかっただろう。特に、著者自身が「私が関心を持ったのも彼女の生き方だった」と書く美津子が、これほど苦労することもなかっただろうと思う。
みなさんはどうだろうか?もしも自分が6歳まで育ててきた子どもが取り違えられていることが発覚し、自分の「血を分けた子ども」が見つかった場合、交換したいと思うのだろうか?
とはいえ彼らも、自分たち「だけ」で決断をしたわけではない。そこには、沖縄の独特の風習や文化(とはいえ、これはどんな地方にも存在しうるものだと思うけど)が関係していた。親戚らと集落を構成し、一族の結束が何よりも重視される土地柄では、一族全体の主張が尊重されてしまう。混乱の極みにあった両家族の両親が、冷静な判断を下せたとは思えない。そういう意味で、不幸であっただろうと思う。しかしどうなのだろう。周囲のそうした声がなかったとしても、やはり、「血の繋がり」を重視して、子どもを「交換」してしまうものなのだろうか?
「交換」した後の展開は、本当に色々と考えさせられる。本書でも、今回のケースは「赤ちゃん取り違え事件」の中でもかなり特殊なケースだろう、と言われているように、いくつもの特殊さが存在する。それらは一連の流れの中にあるひと繋がりの出来事であるのだが、様々な場面で浮き彫りになる「特殊さ」によって、特殊な状況がいくつも横たわっているように感じさせられる。6歳で交換させられた子どもたち自身の困惑、両家族の違いや特殊な展開、6歳から育て始めた「我が子」とどう接していいかわからない親の苦悩。「家族」や「血の繋がり」と言ったものに実感が薄い僕でさえ、彼らが放り込まれた事態の絶望的な重苦しさに、いたたまれなくなる。
中でも、著者と同じく一番気になったのが、美津子である。
著者がそう宣言しているように、本書は、美津子が主人公として据えられている。もちろん初子(後に真知子と改名)も十分に描かれるのだが、著者の関心はやはり明らかに美津子の方にある。美津子の育ての親である智子が、「赤ちゃん取り違え事件」以降詳細な日記を残していたという点も、美津子の方に焦点が当てられることになる理由の一つになったかもしれない。いずれにせよ、美津子が何をどう解釈し、どう自分を納得させ、どのように生きていったのか、それが非常に興味深く描かれている作品である。
また、本書で「明るい輝きを放つ」印象を持つのは、美津子の育ての親である智子だろう。智子に関しては、自身の生い立ちも含め、圧巻と言っていい。超絶的な子ども時代から、相当な苦労をして独り立ちし、待望の第一子が取り違えられていた。それが発覚してからの智子は、「強靭な母親」とでも呼ぶべき強さを発揮し、物事に立ち向かっていく。この強さが、挫けそうになる両家族をどうにかこうにか支えた原動力でもあっただろう。もちろん、決して全員を幸せに導いたわけではないのだが。
また智子とは逆に「暗い輝きを放つ」印象を持つのは、初子の育ての親である夏子だろうか。こちらに関しては詳しくは書かないが、この夏子の存在が、「赤ちゃん取り違え事件」をより複雑にしたと言ってもいい。夏子がもう少し違った形でこの出来事に関わっていれば、ここまでの事態にはならなかったのかもしれない、とも思う。
今回の感想は、いつもと比べて圧倒的に引用が少ない(というか、ほとんどない)。いつも、気になった箇所には線を引きながら読み進めていき、感想を書く直前にその線を引いたところをざっくりと読み返しながら、どんな感想を書こうかざっくり考えるのだけど、今回は読みなおしている間、これはなかなか引用は難しいかもしれない、と感じた。それは、事件自体が特殊でかつ展開が複雑すぎるという点にある。外側の情報をそうとうきちんと書き込まないと、引用したところで意味の伝わりにくいものになってしまうだろう、と判断した。また一方で、「何が正解なのか、著者も読者もわからないまま」というのが、本書の存在感なのだと思う。僕も読みながら、様々な箇所で色々な思いを巡らし、どう捉えていいのか分からない部分もあった。わからないものを、わからないものとして提示することは、とても難しい。そういう理由もある。だから、引用が少ないからと言って、気になる箇所が少なかったというわけでは決してない。あらゆる場面で、様々なことを考えさせられる作品だろう。特に、「家族」や「血の繋がり」というものに重きを置いている人であればなおさらだろう。先ほども書いたように、僕はどうしても「家族」や「血の繋がり」というものに意識が希薄であるので、両家族の苦悩が理解し難い場面もあった。普通の人は恐らく、僕より「家族」や「血の繋がり」と言ったものに深い思いを持っているだろうから、そういう人には是非とも読んで欲しいと思う。彼らが失ったものは何であり、そして彼らが得たものは何であるのか。それさえ、未だにわからないままだろう。それほどに難しい「赤ちゃん取り違え事件」という失態。巻末には、この「赤ちゃん取り違え事件」がまだ過去のものというわけではない、ということをアリアリと実感させるとあるエピソードが載っている。是非読んでみて下さい。
追記)本作を原案とした、「そして父になる」を見てきました。映画の感想はこちら
奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年」
ウィトゲンシュタイン入門(永井均)
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内容に入ろうと思います。
本書は、「ウィトゲンシュタイン哲学の入門書」だが、「哲学の本であり人物紹介の本ではなく」、また「入門書であって、解説書や概説書ではない」。「一度も哲学をしたことがない人に、哲学がどんなに魅力的なものかを、ウィトゲンシュタインの哲学の妙技を通じて伝えたい作品」である。
という感じで、まえがきに書いてある文章をちょっと編集したりするような感じで内容紹介をしてみましたが、なんでそんなやり方をしたかというと、僕には本書に書かれていることは、ほっとんんど理解できなかったからです。
難しかったなぁ…。
ウィトゲンシュタインの哲学の話は、まーったくと言っていいほどわかりませんでした。もしかしたら、今の10倍ぐらいの時間を掛けて文章を読む決意をすれば、あるいは理解できるようになるのかもしれないけど、とりあえず読んでて、ウィトゲンシュタインの思考を永井均氏が解説している部分は、ほとんど意味不明でした。ウィトゲンシュタイン、難しすぎます!
というわけでとりあえず、まえがきに書かれている、本書を執筆する上での著者のスタンスをいくつか抜き出してみます。
『私も、私自身の哲学との関わりにおいて、ウィトゲンシュタインを語った。だからこの本は、ウィトゲンシュタイン哲学に関するすべての問題が扱われているわけではない』
『私は、私自身が読者とウィトゲンシュタインをつなぐ梯子となることを願ったのである。もちろんその梯子は、登りきった後に投げ捨てられるべき椅子にすぎない』
『当然のことながら、この本は何の予備知識も仮定していない。(中略)この本は、「わかりたいあなたのために」ひたすら「わかりやすく」書かれてはいない』
『問題そのものをわかりやすくしてしまうような入門書なら読まない方がよい、と私は思っている』
『こう言うと、読者の皆さんは驚かれるかもしれなが、哲学にとって、その結論(つまり思想)に賛成できるか否かは、実はどうでもよいことなのである。重要なことはむしろ、問題をその真髄において共有できるか否か、にある。優れた哲学者とは、すでに知られている問題に、新しく答えを出した人ではない。誰もが人生において突き当たる問題に、ある解答を与えた人ではない。これまで誰も、問題があることに気づかなかった領域に、実は問題があることを最初に発見し、最初にそれにこだわり続けた人なのである。このことはどんなに強調してもし過ぎることはない』
こういう著者のスタンスは、とても好きです。僕は永井均の作品では、「翔太と猫のインサイトの夏休み」という本が凄く好きで、そこでも似たようなスタンスが透徹されていたような気がします。「哲学というのは、知るものではなく、自分で考えるものなのだ」的なスタンスも常に貫かれているように思うのだけど、そういう著者のあり方は、凄く好きだったりします。
とはいえ、もうどうにもこうにもウィトゲンシュタインの哲学が難しすぎて全然理解できないのですよね。文章を読んでても、さっぱり頭に入ってこない。何を言っているのか全然わからない。僕は、「哲学」って基本的に凄く好きなんですけど、でもやっぱり僕の頭脳には難しすぎる部分があるんですよね。まあウィトゲンシュタインは、哲学の中でもなかなか最上級に難しかろう、という認識を持っているんで、そういう感じで自分のこの「理解できなさ加減」を慰めようと思います。
時々読んでて、「あ、なるほど!」と唐突に思える箇所もあったんで、そこだけ抜き出して終わろうと思います。
『眼の前の花びんに関しては、別の人がそれを見ることや、誰もそれを見ないことが可能だから、知覚する主体について語ることに意味がある。だが、ある人の感じる痛みに関しては、別の人がそれを感じることや、誰もそれを感じないことが不可能であり、それゆえそれを知覚(観察)する主体について語ることにも意味がない。誰にも見られない花びんはありうるが、誰にも感じられない痛みはありえない』
『おそらく、われわれの生活のあらゆる局面に、このような自明性の局面、つまり、そうするのがあまりに当然で、別の可能性をそもそも思いつかないような局面が存在する。それが今や、言語が有効に働く基盤なのだ。
この問いに対する本当の答えは、彼はそのように訓練され、そのような慣習を生きている、というものであr.しかし、それであるにもかかわらず、彼自身が「私はそのように訓練された」とか「私はそのような慣習を生きている」といった答えを語ることはできない。なぜなら、彼はそれを生きているからである。それは彼の生き方に示されることであり、彼が語ることではないのだ』
『初判断を受け入れること、つまり世界像を引き受けることが、言葉の意味を身につけることの一部をなすのである。何かを疑う余地のない真理と見なすのでなければ、言葉の意味を学ぶこともできない。たとえば「地球は太陽のまわりを回っている」という命題を鵜呑みにすることが「地球」という語の意味を学ぶことの一部をなし、「夕焼けは美しく、ごみは汚い」という判断を疑わないことによってのみ「美」という概念が使えるようになるのだ』
ウィトゲンシュタインや、あるいはウィトゲンシュタインに限らなくてもいいんだけど他の哲学についても、また機会があればチャレンジしてみたいと思います。難しいなぁ、哲学!
永井均「ウィトゲンシュタイン入門」
ふしぎなキリスト教(橋爪大三郎+大澤真幸)
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内容に入ろうと思います。
本書は、世界中のあらゆる宗教に精通している社会学者である橋爪大三郎氏と、社会学者でもあり哲学にも精通している大澤真幸氏が、質問者「大澤真幸」、回答者「橋爪大三郎」という役割分担をして、キリスト教をまったく知らない人にもそれなりに知識がある人にも楽しめるよう対談をし、それをまとめた作品です。
これはメチャクチャ面白い作品でした!いやー、ホントに素晴らしい!なんとなく、もう少し難しい本かなと思ってたんで、ちょっと身構えながら読み始めたんですけど、全然そんなことはなくて、スイスイ読める上にメチャクチャ面白いという、素晴らしい作品でした。
そもそも僕は、キリスト教についてはほっとんど何も知らないと言っていいです。本書を読む前に僕が知ってたことと言えば、「ユダが何かをして裏切った」「イエス・キリストは処刑されて復活した」「アダムとイブがうんちゃら」「三位一体って単語は聞いたことあるなぁ」「キリスト教には、進化論を認めていない強硬派みたいな人もいるみたい」とか、ホントそんなレベルなもんで、なーんにも知らなかったと言ってもいいぐらいです。
ですけど、二人の軽妙な対談は、「キリスト教がどんな宗教なのか?」という点について、様々に面白い知識や視点を与えてくれました。本書は三部構成になっていて、第一部はキリスト教の元となった「ユダヤ教」と、そこからキリスト教が生まれるまでの話が、第二部はイエス・キリストの登場からキリスト教がどう生み出されていったのかの話が、そして第三部はそんな風に生まれた「ふしぎなキリスト教」が、いかにして世界に影響を与えていくのかという話が描かれていきます。
まえがきで大澤真幸氏は、近代を知るためにはキリスト教を知るしかない、というようなことを書いています。
『「われわれの社会」を、大きく、最も基本的な部分でとらえれば、それは、「近代社会」ということになる。それならば、近代あるいは近代社会とはなにか。近代というのは、ざっくり言ってしまえば西洋的な社会というものがグローバルスタンダードになっている状況である。したがって、その西洋とは何かということを考えなければ、現在のわれわれの社会あどういうものかということもわからないし、また現在ぶつかっている基本的な困難が何であるかもわからない。
それならば、近代の根拠になっている西洋とは何か。(中略)その中学にあるのがキリスト教であることは、誰も否定できまい。』
『近代化とは、西洋から、キリスト教に由来するさまざまなアイデアや制度や物の考え方が出てきて、それを、西洋の外部にいた者たちが受け入れてきた過程だった。大局的に事態をとらえると、このように言うことができるだろう。』
『これらと比べたとき、日本は、キリスト教ときわめて異なる文化的伝統の中にある。つまり、日本は、キリスト教についてほとんど理解しないままに、近代化してきた。それでも、近代社会というものが順調に展開していれば、実践的な問題は小さい、しかし、現代、われわれの社会、われわれの地球は、非常に大きな困難にぶつかっており、その困難を乗り越えるために近代というものを全体として相対化しなければならない状況にある。それは、結局は西洋というものを相対化しなければならない事態ということである』
本書の対談が行われた前提には、このような考え方がある。ただ知識として、知的好奇心として「キリスト教」を学ぶというだけではない。キリスト教は、近代社会の隅々にまで浸透していて、そして日本は、そんなキリスト教的文化とはまったく違った文化的伝統の中にいる。であれば、日本人が近代社会を、現在の国際社会を理解するためには、そもそもからしてキリスト教をきちんと理解しなければならないのではないか。まあ僕自身は、単なる知的好奇心のために読みましたが(笑)、そんな風に説明されると、なるほどじゃあ読んでみようかと思えるのではないかと思います。
さて、本書の感想をどう書こうか、読みながら考えていましたが、これがなかなか難しい。とにかく僕はキリスト教についてまるで知らなかったわけで、そんな僕にとっては、書かれている話のほとんどが面白かったんです。なので、自分が面白かった部分を全部書こうとするのは無理がある。
というわけで、まずとりあえず、本書の中でどんな「疑問」が取り上げられるのかを一部列挙して、その中でいくつか気になったものについて書く、という感じにしようと思います。
というわけで、本書の中で「キリスト教への疑問」として出てくるものを色々挙げてみます。
◯ なぜ一神教なのか?
◯ 「原罪」とは何か?
◯ 完璧な神が作ったとされるこの世界に、どうして「悪」がはびこっているのか?
◯ なぜ偶像崇拝をしてはいけないのか?
◯ 預言者とニセ預言者をどう区別するのか?
◯ 「奇蹟」とは何か?
◯ 日本人にはなかなか想像しにくい「信仰している状態」とはどういうものか?
◯ そもそもイエス・キリストは実在したのか?
◯ なぜ福音書は複数のバージョンが存在するのか?
◯ イエス・キリストは「人」なのか、「神」なのか?
◯ イエス・キリストは、どんな罪状で処刑されたのか?
◯ 「神の国」とは何か?
◯ イエス・キリストは、自身が「復活すること」を知っていたか?
◯ ユダは裏切り者なのか?
◯ カトリックと正教は何が違うのか?
◯ プロテスタントとは何か?
もちろん他にも様々な疑問が出てきて、それに対して橋爪大三郎が明快に答えるわけなんだけど、どれも本当に面白いんです。
さて、いくつか詳しく触れてみます。
まず僕が、説明の論理に一番感動したのは、「奇蹟」についての説明です。これは、なるほどなぁ、と思いました。
「奇蹟」と言われると、なんとなく「死者を復活させる」とか「海を真っ二つに割る」とか、そういう合理的でない現象を指すような気がしますよね。確かに、現象自体はそういうものを指してはいるんだけど、でもそれらは決して「合理的でない」わけではない。
橋爪大三郎氏は「奇蹟」をこんな風に説明する。
『一神教の奇蹟の考え方を、よくあるオカルト信仰と勘違いしてはいけない。むりそ、オカルト信仰とは正反対です。世界は、Godが創造したあと、規則正しく自然法則にしたがって動いている。誰も、自然法則を1ミリででも動かすことはできない。その意味で、世界はすみずみまで合理的である。でも必要があれば、たとえば預言者が預言者であることを人びとに示す必要があれば、Godは自然法則を一時停止できる。これが、奇蹟です。世界が自然法則に従って合理的に動いていると考えるからこそ、奇蹟の概念が成り立つ。
よく、この科学の時代に奇蹟を信じるなんて、と言う人がいますが、一神教に対する無理解もはなはだしい。科学をつくった人びとだからこそ、奇蹟を信じることができるんです。科学を信じるから奇蹟を信じる。これが、一神教的に正しい』
この理屈は素晴らしいと思いました。第三部で、何故キリスト教の内側から、後々キリスト教を批判するために用いられる「科学」が生み出されたのか、みたいな話が出てくるんだけど、その背景にはここで書かれているような、「世界が自然法則に従って合理的に動いている」という考えがある。この発想は、とても新鮮だと思いました。
また、何故完璧な神が生み出した世界に「悪」が存在するのか、という話も非常に面白いと思います。これは、僕が読んだ限り、キリスト教という宗教の根幹というか、実際にキリスト教を信じる人たちの心持ちのベースに存在するんだろうなぁと思って、その真摯な考え方には恐れ入ります。
世界で起こる理不尽な出来事を、一神教を信じる者はどう解釈するのか。
『そうすると、残る考え方は、これは試練だ、ということ。このような困った出来事を与えて、私がどう考えどう行動するのか、Godが見ておられると考える。祈りは、ただの瞑想と違って、その本質は対話なのです』
『というふうに、この世界が不完全なのは、楽園ではないから。そして、人間に与えられた罰だから、なのです。そういう不完全な世界を、神様の意思に反しないように、正しく生きていくのが、人間のつとめです。これが「創世記」の説明。世界が不完全なのは神の本意では必ずしもなく、その点を神は気づかっている。それは、神に背いた人間のせいでもあるのです』
『そうではなくて、すべてこの世界は有限で罪深くて不完全な人間の営みなのだけれど、その背後に、完全な能力と意思と知識を持ったGodという人格がいて、その導きによって生きている、と考えるわけです。
そこで人間は、「神様、この世界はなぜこんなに不完全なんですか」と、Godにいつも語りかけ、対話をしながら日々を送ることになる。対話をやめてはいけないんです、この世界が完全だろうと不完全だろうと。むしろ、この世界が自分にとって厳しく不合理にみえるときほど、対話は重要になる。
これが、試練ということの意味です。試練とは原罪を、将来の理想的な状態への過渡期なプロセスだと受け止め、言葉で認識し、理性で理解し、それを引き受けて生きるということなんです。信仰は、そういう態度を意味する。
信仰は、不合理なことを、あくまで合理的に、つまりGodとの関係によって、解釈していくという決意です。自分に都合がいいから神を信じるのではない。自分に都合の悪い出来事もいろいろ起こるかえれども、それを合理的に解釈していくと決意する。こういうものなんですね。いわゆる「ご利益」では全然ない』
なんかこれは凄いなと僕なんかは思います。なるほど、キリスト教を信じることは「ご利益」とかではないのか、と。日本人は、そういう短絡的な発想でしか「神様」とか「仏様」とかに助けを求めないけど(笑)、キリスト教というのはもうそういうことではないんだな、ということがわかりました。凄いなぁ。「理不尽なことを合理的に受け入れていくことが祈りであり信仰なのだ」という考え方は、僕にはなかなか受け容れられそうにありませんけどね。凄いなと思います、キリスト教を信じている人。
他にも色々と書きたいことはあるんですけど、正直キリがなくなるんでこの辺にしておきます。とにかく、メチャクチャ面白い作品です!キリスト教に興味があろうとなかろうと、絶対に読んだほうがいい作品だと思います。実際に理解するにはキリスト教徒になって信仰を実践するしかないでしょうが、本書を読めば、キリスト教についてわかった気になれますよ!
橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教」
男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで(前川直哉)
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僕は昔から、男と喋るのが凄く苦手だった。
男同士の盛り上がりの輪に入るのが難しかったり、男同士の会話についていけなかったりすることがとても多い。これは、今でも状況としてはそう大して変わりはない。今でも、男の方が多い場だと、どう振る舞うのが正解なのか、イマイチよくわからない。
本書の言葉を使うと、「男の絆の中には入れないなぁ」という感覚が、僕の中にはずっとあった。どうも僕にはその、「男の絆」と呼ばれるものは、居心地があまりよろしくないのだ。どうしてなのかは、よくわからない。わからないのだけど、実感としては、ずっとそんな感じだった。
というようなことを、昔からちゃんと認識できていたわけではない。昔は、「自分は人付き合いが苦手な人間なんだな」と思っていただけだ。
学生時代は、共学だったけど、やっぱりなんだかんだ言って性別でグループは分かれる。それなりに男と一緒にいる機会が多かっただろう。でも僕には、その中にうまく身を置くことが出来なかったのですよね。いや、外から見ている分には普通に見えたかもしれないけど、自分の内心としては、どうもうまく人と関われないなぁ、と思っていました。
大人になっていく中で、徐々に、「なるほど、女性の中にいる方が俺は楽なのか」ということに気づき始めるんですね。そして、その段階でようやく、「なるほど、俺は男の絆の中に入れなかっただけなのか」というような認識に至るようになりました。今でも、男ばっかりの中にいる自分は、違和感がある。昔ある飲み会で男ばっかりのテーブルにいたら、しばらくして女子テーブルに呼ばれて、「◯◯君、あっちで浮いてたからこっちに呼んでみた」みたいな風に言われたこともあるもんなぁ。
まあそんなわけで、僕には「男の絆」というのはよくわからんのですよね、という話から始めてみました。
本書ではタイトルの通り、「男の絆」が扱われていきます。要するに、「男同士って、なんだかよくわかんないけど女子にはわかんない特別な友情があるよね」というような感じです。何故か男であるのにその「男の絆」に入り込めなかった僕にも、そういう感覚があったりしますけど。
しかし本書を、ただ「男の絆」の本だと思うと、関心を持つ人は少なくなってしまうでしょう。だから先に、そうではないという話をします。
本書は、今のような「男の絆」がどのように成立したのかを主軸とする作品ですが、その過程で、「日本人の恋愛観/結婚観はいかにして生み出されたのか」という話がかなり重要な要素として出てきて、かなりページを割いて描写がされます。
これが本当に面白い。
『現代社会では当たり前に見えることでも、その歴史をたどり直すことで、実はそれが「普通」でも「当たり前」でもないと気づくケースは数多くあります。歴史的な流れを丹念に追うことで、現在におけるある事象が、なぜこのような形になったのか、その背景を解き明かしていくことも可能です』
本書は、同性同士、あるいは異性同士の関係が、時代ごとにいかに変化していったのかということを丹念に追っていきます。現代の日本社会では、「恋愛の延長線上に結婚がある」とか、「男は外で仕事、女は家庭を守る」というような、未だに根強く残り続けているような考え方があります。そして多くの人がこれを、「日本古来の伝統的な考え方なのだ」と思っていることだろうと思います。しかし本書を読むと、そのイメージは一変することでしょう。これら、現代まで残る恋愛観や結婚観の多くは、たかだか100年程度の歴史しかない、比較的新しい考え方なのです。そして本書では、その新しい恋愛観や結婚観によって、「男同士の関係性(「男色」や「同性愛」など、時代によって呼ばれ方は様々)」がどう影響を受け、どうマイノリティに追いやられて行ったのかという過程を明らかにしていくことになります。
つまりこういうことです。「男同士の関係性」をマイノリティに貶める考え方は、たった100年程前に日本に根づいた考え方なのであり、そしてその歴史を詳らかにすることで、僕たちが無意識の内に「前提」として捉えている考え方を掘り下げていこうではないか、ということです。本書は、そういう点を主眼にしていると言っていいでしょう。
著者は、「男の絆」には「特別な輝き」があるとされてきた、と書きながら、一方でそこには、不文律が存在すると指摘します。
『ところが、この「男の絆」には、いくつか不思議な不文律があります。たとえば仲の良い女性同士が、手をつないで歩いたり腕を組んだりする光景は「ほほえましい」とされるのに対し、男性の友人同士が手をつないで街を歩くと、とたんに特別な視線を浴びることになるのです』
『このように男同士の友情には「しても良いこと」と「してはいけないこと」が、暗黙のルールとして定められています。では、「してはいけないこと」とはなにか?一言で言えばそれは「同性愛」を連想させるふるまいです。男性同士の「絆」や「友情」は、ほかのどんな関係よりも深くて特別なものであるとされながらも、「同性愛」をイメージさせる要素はあらかじめ徹底的に取り除かれています』
著者はこれに対して疑問を持ち、明治時代の学生を起点として、歴史を紐解いていこうとします。
「昔の日本は同性愛に寛容だった」というのは、よく言われる話のようですが、著者はそうではない、と書きます。例えば明治時代には、お互いに合意の上であっても、男性同士がセックスを罰する法律が存在していたことを指摘します。当時の知識人たちも、男同士のセックスは禁じるべきという強い価値観を持っていたようです。
しかしその一方で、旧制高校など若きエリート男子学生の間で、「男色」は肯定的に捉えられ、高く評価されていきます。それは何故か。
『お互い文武を励ましあい、双方の成長や国家への貢献が期待できる関係としての「男色」イメージは、こうして男子学生たちの心をとらえていきました。この頃、旧制中学や旧制高校に進学できたのは男性の中でもほんの一握りでしたから、こうした男色のイメージは、当時の男子学生のエリート意識にもぴったり合っていたことでしょう』
つまり当時「男色」は、「男らしさ」の一環として扱われていたのでした。これは、精神的な繋がりだけを指すのではなくて、実際に肉体的な接触もあったようです。しかしともかく、当時の彼らにとって「男色」というのは、「文武を励ましあい」「成長や国家への貢献」など、硬派なものと捉えられていたようです。
しかし1900年前後、新聞や雑誌などで「男色」をバッシングする記事が増えていきます。
『こうした特徴をもつ「学生風紀問題」報道によって、学生男色のイメージは多大な影響をこうむりことになりました。端的に言えば、学生男色を「二人の関係」ではなく、「年下側である堕落学生の欲求にもとづく、一方的で非道な行為」ととらえる見方が広まることになったのです』
『このように男色を「二人の関係ではなく「一方的な行為」であるという見方に立つ記事が書かれることで、読者の間にもそうしたイメージが共有されていきます。鶏姦来ていが廃止された後も、男色を「行為」と見なし、取り締まるべき代償であるとするジャーナリズムの姿勢は、時に法律を援用しながら、「一方的な行為」としての新たな男色イメージの形成をうながしたのです』
さてその頃日本では、福沢諭吉と巌本善治が「男女交際論」を発表します。これらが、現在に至る恋愛観の基盤になったようですが、その主張は、「情交/肉交」という「二分法」にあります。要は、精神的な繋がりか、肉体的な繋がりか、ということです。そしてこの二分法を推し進めるためには、「情交でなければ肉交」「肉交でなければ情交」という形が望ましく、それはすなわち、現在に至るまで残る「やったかやらないか」という考え方に繋がっていきます。
『「肉交/情交」の二分法は、男色を「性行為」に封じ込める法律の存在とともに、学生男色のイメージを大きく変えていきました。「二人の男性同士の親密な関係」を結ぼうとしたとき、そこに肉体的な接触があるのか否かが、非常に大きな意味を持つようになってきたのです。あえて単純に図式化するなら、この時期の学生男色は、次のようにとらえられていたと言えるでしょう。すなわち、親密な二人の関係は、肉体的な接触がない場合にかぎって「関係」として維持され、肉体的な接触が生じた場合は「行為」として認識されるようになる』
さらにある存在の登場で、男同士の関係の認識はさらに変化していくことになります。
『男子学生同士の親密な関係から、肉体的な接触が注意深く取り除かれた後も、一つの大きな問題が残っていました。それは二人の男子学生の親密な関係を「恋」と呼ぶか「友情」と呼ぶか、という問題です。そしてこの問題に大きな影響を与えたのは、次章でも見るとおり、1900年代にその数を急増させた女学生の存在でした』
1870年~90年の男子学生は、「互いの成長が期待できる」という理由で「学生男色」を評価していました。その理由にはもう一つ、当時はまだ女性に教育を与える場がほとんどなく、「女学生」という存在がいなかった、というものもありました。しかし1900年になって徐々に「女学生」の数が増え始め、それによって男子学生には、新たな選択肢が増えたのです。
『男女交際の利点を認める立場に立てば、こうした女学生の登場に伴う男女交際の出現は、男子学生にとってようやく「真の男女交際」への道が開かれるという、歓迎すべき事態でもあったのです』
そして、『男女学生交際というテーマは、当事者である中学生たちの愛読誌にまで波紋を広げていきます』とあるように、このテーマは、社会全体を巻き込む大きな議論へと発展していきます。そして社会全体を巻き込む議論の中から、次第に、「恋愛」と「結婚」が接続されていきます。
というのも当時「恋愛」という単語は、もっともっと強いイメージを持っていたからです。
『しかし、「恋愛」と「結婚」は、はじめから直結していたわけではありません。「恋愛」という翻訳後がはじめて日本に登場したころ、この言葉はおそろしく情熱的なものであり、「結婚」のような日常世界には閉じ込められない、危険なエネルギーを秘めたもの(そして、だから尊いもの)として考えられていました』
『ですから透谷以降の言論人たちは、同じ「恋愛」という言葉をつかいながらも、徐々にその「恋愛」の毒抜きをしていきました。爆発するような強烈なエネルギーをもつ非日常的な「恋愛」に対して、「結婚」はあくまでも日常のいち波です。長く一緒にいれば飽きもくるし、覚めてもきます。「恋愛」における熱を冷まし、「結婚」という落ち着いた世界に上手に軟着陸させる。こうして欧米でも日本でも「恋愛」という概念が多くの人の手を渡るにつれ、この言葉は徐々に現実世界に取りこまれていきました。結婚へとスムーズにつながる、無害なものになっていったのです』
また、現在の結婚観も、この時期の議論から生み出されていくようになります。
『すでに巌本は1888年(明治21年)の「女学雑誌」で、家族内の団らんこそが「幸福な家族」に必要不可欠なものであるとくり返し強調していました。巌本は「もし家族が相思相愛の情を欠き、人びとが和楽団らんして互いに歓喜歓楽することを得ないのであれば、これはまるでしょっぱくない塩のようなものだ。いったい何の効力があるというのか」と語り、「愛情」や「団らん」こそが、家族で最も求められるべきものだと主張しています』
『恋愛結婚であれ見合い結婚であれ、今では当人同士が好意を抱いて結婚するというのはごく当たり前のことです。「お二人はめでたくゴールイン」という言い回しが表すとおり、まず交際期間があり、それから結婚というゴールがあると考えられています。しかし、こうした感覚が「当たり前」になったのは、ごく最近のことです』
『このゆに桂月の性別観は、生殖や子どもの教育、さらには家庭におけえる活動全般を女性の役割とし、男性は社会における活動を本文とすべきという価値観に基いています。こうした価値観を、歴史学や社会学では「近代的性別役割分業観」と呼びます
この価値観は、現代日本においてもかなりしぶとく残っています。「役割分担」と称して、性別によって「男は仕事、女は家庭」と、その役割を固定化する発想です。時には「それが日本の伝統なのだ」と、まるで何百年も昔から続いてきたかのように語る人も珍しくありません。しかし、これは決して「日本の伝統」などではありません。「近代的な性別役割分業観」と述べたとおり、こうした価値観は近代になって生み出されたものなのです』
そして、「女学生」の登場や、あるいは理想的な家庭や結婚に関する議論が広まっていくことで、男子学生の意識にも変化が訪れます。
『とはいえ、男子学生にとって女学生の登場は、やはり大きな意義がありました。それまで絵空事でしかなかった「恋愛結婚して、幸せな家庭を作る」という夢が、はじめてリアリティをもって感じられるようになったのです。
そしてこのことが、男子学生たちの「男同士の関係」にも、大きな転機をもたらすことになります』
『「結婚」を後ろ盾とする異性間の「恋愛」が、同性間の「恋愛」にない正当性を獲得していくこのプロセスは言わばヘテロセクシズム(異性愛主義)の制度化とも言うべき現象です。このようにヘテロセクシズムが制度がされることによって、同性間の恋愛は「まがい物」とされて、周縁へと追いやられていくことになります』
『女性の活動の場として割り当てられた「家庭」は、愛に満ちた空間であるとされ、これに対し男性に割り当てられた「社会」で結ばれる男性同士の絆は、「愛」ではなく「友」という語で表されることになりました。「男は力、女は愛」という桂月お気に入りのフレーズに従えば、「愛」という言葉は家庭という領域で用いられるものであり、社会で出会う男性同士の関係に使われるはずはないものだったのです』
このような流れによって、現在に至る「男の絆」は生み出されていきました。
この流れは、非常に面白いと感じました。「女学生」の不在と、「お互いの成長」という要素によって、エリート層に受け容れられた「男色」は、女学生が登場し、また「恋愛」が「結婚」と接続されるものだという認識が生み出されることで、概念自体が変容していき、「男色」は忌避されるようになっていきます。また同時に、「男は外、女は内」という「理想の家族像」が広まっていくことで、社会の構成要素として男は「絆」を独占するに到った、と著者は書きます。こんな感じで歴史を紐解き、様々な時代における価値観を解き明かしていく過程は、本当に面白かったです。
巻末の方では、自身もバイセクシャルであるという著者自身による、社会全体へと向けられた叫びのような文章がういくつか出てきます。
『BLを愛読する女性は「腐女子」と呼ばれることもありますが、「なぜ腐女子は男同士の恋愛に魅かれるのか」という問いを立てることもしません。なぜならそれは、「同性愛者はなぜ、同性に性的な欲望を感じるのか」という問いと同じ、誤った問いだからです。本来問われるべきは、「男同士の恋愛を描いた作品を愛読するだけで、なぜ「腐女子」などという蔑称で呼ばれなければならないのか」です。』
『むろん表に載っている国にも、同性愛に関する差別や偏見は、根強く残っています。国民全員が同性結婚に賛成しているわけでもありません。しかし、多くの人が同性愛に対する差別を問題視し、同性愛というテーマはゴシップや笑いのネタではなく、真剣に討議すべき社会問題の一つだと考えています。それは人権にかかわる問題であり、みんなで議論しなければならない問題だととらえられているのです』
『同性愛やセクシャリティの問題が現代のテーマであることをわきまえ、セクシャリティの問題で苦しむ人びとが今この瞬間にもたくさん存在することを踏まえた上で、その苦しみを少しでも軽くするための努力を、歴史研究という形で行うべきです』
著者の問題意識はともかく(これは、そんな風に堅苦しく読む必要はないですよ、という意味で、著者の問題意識を軽視する発言ではありませんよ)、本書は読み物として凄く面白いと思いました。タイトルだけ見ると、「腐女子」に特化しているテーマに見えるし、女性全般を対象にするようにも見えるけど、恋愛観や結婚観の変遷という観点から見た場合、男こっそ読むべき作品なのではないか、とも思いました。今僕らが「当たり前」だと感じていることは、決して「大昔からの常識」なのではない。特に人間の意識や価値観に関する部分は、時代時代によって大きく変化していくのだ。そういう一端を理解するという意味でも、本書は実に面白い作品ではないかなと思います。是非読んでみて下さい。
前川直哉「男の絆 明治の学生からボーイズ・ラブまで」
「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか(鈴木涼美)
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知り合いのある女性が、普段から自分のことを「小太りだから」と言っている。その子は可愛い子だし、別に小太りでもなんでもないと思うのだけど(まあ男と女の「太っている」ことの基準は色々と違うだろうとはいえ)、なんで自分をそんな風に評するのか、不思議に思っていた。
もしかしたら、本書に書かれているこんな文章が、その答えに繋がるのかもしれない、とも思う。
『私が女性の商品性を問題視することの一番の理由は、この街で女性が働く際に考慮しなければいけないいくつかの問題をそこに見出すからである。私と同じような街で育った女性が、自らの商品的価値を一度も意識しないで過ごすことはほとんど不可能だ。しかし、それをモラルと呼ぶのか生理的嫌悪と呼ぶのか理性や常識と呼ぶのかは別として、地続きに広がる性の商品化のどこかで線を引くことを、そしてそれをなるべく控えめに引くことを、私たちは直接的に、もしくは間接的に求められてきた』
『私は今でも、女の身体をもって東京で生きていくためには、性の商品化と向き合わなければならない場面はいつでも起こりうるし、そこを生き抜かなければ幸福が訪れないと感じている』
あくまでも勝手な想像でしかないが、自分のことを「小太り」と評することで、「私を『性の商品』として見ないで欲しい」と主張しているのかもしれない。それはすなわち、著者が言うように、東京という街で生きていく中で「自らの商品的価値」を意識させられ、そしてそれに対して意識的にせよ無意識的にせよ、「地続きに広がる性の商品化のどこかで線を引」いた結果であるのかもしれない。
本書は、「AV女優」を扱った作品だ。しかし著者は、AV女優という存在を「特殊なもの」として扱わない。これまでの「性の商品化」の議論について著者は、東京という「性の商品化」が日常と地続きであるような環境で育った経験から、違和感を抱いていたのだ。本書の第二章で、これまでの「セックスワーク論」についての概略がまとめられているが、それらに議論に対して著者は、同じ女性として、「性の商品化」が地続きに存在する環境で生きてきたものとして、的を射ていないという感覚を持っていた。
『本書の最もシンプルな主題は、「性の商品化」を問題視する議論が、多くの場合「商品化された(る)性」についてのみ語り、性の商品化の過程、性が商品化される現場について関心を寄せてこなかったことを懐疑的に振り返り、私たちのあまりに身近にある性の商品化の現場をしっかり見つめることだ』
そして著者は、それを記す自らの立ち位置をこう語る。
『私は性的な女の身体を持つ者の立場で本書を綴る』
『この本は、私が慶応義塾大学の四年生の時に書いたレポートと、それを発展させるつもりで東京大学で書いた修士学位論文がもとになっている。当然書いている私も身体がまだまだ商品的に高い価値のある女子大生であったことは何を書くにしても少なからず意味をもってしまうことで、私はそれを楽しんで書き進めてきたつもりである』
さて、著者が本書を書くに当たってのスタンスというか立ち位置というか、そういうものが含まれている文章を、いくつか先に抜き出しておこう。この著者の立ち位置(著者がAV業界に身を置いているわけではない女性だという点も含めて)が、本書を非常に珍しく面白いものにしていると思うからである。
『私は都心の女の子たちが好きだ。もともとそこで育った人もいれば、誰かに連れてこられて来た人も自分でやって来た人もいるだろうが、可愛くて、時に可愛げのない女の子たちの、気力にも無気力にも熱気にもしらけにもとても惹きつけられる。AV女優の性と死語おについて書いてきたこの本は、そういう東京に集まってくる女の子たちが形作る空気について、私も都心にいる女の当事者として中をうろつきながら描き上げた本でもある』
『私には、彼女たちの「性の商品化」の現場も私から地続きの場所にある、というこの街で育った女としての直感があった』
『本書はAV女優がなぜAV女優になったのか、という問いに答えることを主眼とはしない。加えて、彼女たちの自由意志を疑うことを目的に据えてもいない』
『値段のつくものに人が群がる、それを別になんとも思わないというのが、私が感じ取ったAV女優たちの気分である。多くの場合、現役のAV女優の関心や問題は、彼女に群がる業界の男たちへの憎しみにはない。現状を糾弾することが主たる関心ごとではないのなら、私はそちらの「気分」のほうを記録したいと思った』
『私には中毒性の所在を探して解体して見せたいという欲望があった』
『売春の黒い部分ばかりをクローズアップしたり想定したりするだけでは、私たち都心の女子についてはわからないんじゃないかと感じていた。私たちの生きる街の売春がややこしいのはそれが黒い部分ばかりであるからではなく、どうしようもなくピンク色だったりキラキラしていたりするからなのである。売春にまつわる悲劇はそのキラキラであるが故の悲劇について描かれるべきだと思うし、売春を肯定する内部からの声もそのピンク色に自覚的であるべきだと思う』
さて、そうした立ち位置からAV女優というものを観察する中で、著者はある一つの事柄に着目する。それこそが、「なんとなく」AV女優になった彼女らを、「AV女優という存在」に仕立て上げていくのだ、と著者は見抜き、そこを中心に論を組み立てていくことになる。
それが、「面接」と呼ばれるものである。
「面接」が何であり、どういう効果をもたらすのかについては後で書くとして、まずは著者の問題意識や本書での主題を確認しよう。
本書の主題は、まさに副題そのものと言っていい。「なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」。著者が見たAV女優たちは、カメラの前であろうがなかろうが、自らについてよく語った。そしてそれこそが「AV女優らしさ」を生み出し、「AV女優としてのやる気やプライド」をも生み出していくと著者は見出す。
『本書を書き進めるにあたって、そのような「世間の興味」を逆手にとった戦略的語り口が、いつしか彼女たち自身に向けて発せられるようになっていく様を目の当たりにした。業務としてAV女優になる動機について彼女たちは饒舌に語る。その動機は、業務から派生して独立し、実際の彼女たちの動機として意味を持つようになる。彼女たちは一度目は業務の一環として、二度目は彼女たち自身のものとして動機を再び獲得する。そしてその動機は、実際に「彼女たちがAV女優になった動機」とは無関係であれ多少ひもづいたものであれ意味のないものだったかもしれないが、二度目の獲得によって彼女たちの働くよりどころ、「AV女優であり続ける動機」として機能しだすのだ。
本書にとって大きな発見がそこにある。私たちと地続きの場所にいるようにみえる彼女たちは、確かに地続きと言えるような平坦な道のりでAV女優にたどり着いている。ただし、業務上求められる「仕事をする理由」について語り続けていくうちに、彼女たち自身がそれを希求しだす。そしてますます饒舌になったAV女優たちを、好奇心旺盛な「世間」は再び歓迎する。私にはそのループこそが、性の商品化をしながらそれを無視したり軽視したり、何かしらの方法でこの街の論理に順応する女性たちと、街から「私とは関係ない」と一蹴される「性を商品化する」女性たちとを隔絶するものに見える』
つまり著者はこう言うのだ。AV女優になる最初の入り口は、私たちが生きている日常と地続きにあるように思える。しかしその入口をくぐるだけで「AV女優」になれるわけではない。彼女たちはそこで、「語る」という、一般の人からすればとても特殊ではあるが、AV女優にとっては日常業務に組み込まれている行為を繰り返すことになる。そしてそのくり返しこそが、「AV女優」という存在を生み出すのであり、それが一般の女性とAV女優とを隔絶する大きな壁である、と。
では、何故彼女たちは「語る」ようになり、そして語ることで何故彼女たちは「AV女優」になっていくのか。
本書では、AV女優が経験する「面接」をいくつかの種類に分けて解説しているが、それらはどれも、「自分をAV女優として使ってくれる人に、自分をアピールする場」として機能するようである。これらは、単体AV女優であるのか、企画AV女優であるのかによって、様々な違いがあるのだけど、その辺りの区別はここでは触れない。ともかくAV女優にとって、「語る」というのはAV女優としての日常業務の一つである。極端なことを言えば、一度も仕事で性行為をせず、「面接」の場で語るだけ、という月もあるようだ。
『そういった場をくり返し経験することで、ある特定の女性像を演じ続けることを学んだり、求められる発言を繰り返すことによって自分の意識が変化したりすることは考えられないだろうか。少なくとも、面接や撮影現場に通い、多くのAV女優たちと時間を共にする中で、面接での語りが定着し、また内面化されていくような印象を私は感じ取った』
そしてこの「語り」は、「語るのが巧くなる」という効果だけをもたらすわけではない。「面接」を幾度もこなすことで「語り」が定着し、「持ちネタ」なども増えることで、より自分がAV女優として活躍する場を獲得しやすくなる、という側面はもちろんある。しかしその一方で、「語り続けること」が彼女たちの「仕事を続ける動機」になっていく。それが事実であれ事実から遠かれ、語った内容が自らにフィードバックされ、それが仕事をやる気にさせる動機として機能するのだ。それを本書ではこんな感じの表現で書く。「彼女たちは、「AV女優になった動機」を語っているのではなく、「AV女優であり続けるための動機」を語っているのだ」と。
『ただ自分のために語るのではなく、ただ視聴者に媚びるのではなく、視聴者のためにつくられた業務が結果的に彼女たちの意識の中に内面化され、彼女たちが仕事を続ける拠り所となっていく、そしてその姿が再度メディア上に浮かび上がる、という、相互参照的なAV女優の語りの構造を示すものである』
この「AV女優であり続けるための動機」が必要になってくるのには、AV業界の、当然と言えば当然の構造がある。それは、「若くて綺麗な者がもてはやされる」というものである。そしてその一番の転機が、「単体AV女優から企画AV女優へのシフト」であるという。
この辺りの説明は面倒なので省くけど、現在は企画AV女優の方が人気だったりするようだし、単体AV女優の専属契約期間も年々短くなっているとかで、単純に「企画AV女優より、単体AV女優の方が上」とは言いにくい。が、やはり一般的には、「若くてキレイ」であれば、メーカーからの専属契約も取りやすく、つまりそれは単体AV女優になりやすいということであり、AV業界の内実を知らないものには、「企画AN女優より単体AV女優の方が上」のように見えることも多いだろう。
しかし、詳細は省くが、AV業界の様々な「慣習」が、AV女優たちに「若さやキレイさ」だけではない価値を見出させる。この構造は、見事だと思う。特に「共演」という仕組みが、AV女優たちの内面に及ぼす影響力はとても大きいようだ。普段他のAV女優と接する機会がないという彼女たちは、「共演」をきっかけに自分以外のAV女優の存在を知り、その過程で「若さやキレイさ」だけではないAV女優としての価値を見出していくことになる。
そしてその事実が、さらに彼女たちを「饒舌」にするのだ。
『彼女たち自身が動機を希求する様は、動機を大声で語っていなければ勤労の倫理が保てない事情が前提にあることがある。彼女たちを論じ、裁き、擁護する者たちのマジック・タームであった「自由意志」という言葉に最も束縛されているのは、あるいはAV女優自身であるのかもしれない』
AV女優は、まず「語る」ことを「業務の一部」として引き受ける。そして「業務の一部」として語り続けること(つまりそれは営業活動ということだが)が、自らのAV女優としての存続に有利であると見抜き、彼女たちは「語り」を磨いていくことになる。その初めの動機は、純粋に、「AVに出演する機会を増やすため」という単純なものだ。しかし次第に彼女たちの語りは、自分自身へと向くことになる。そのきっかけの一つとして、「若さやキレイさ」を保てなくなることがある。単体AV女優から企画AV女優へシフトすることで、単価も下がり、拘束時間は増え、それまでよりも厳しい環境に置かれるようになる。そんな彼女たちの「語る」動機は、「語ることでAV女優として頑張り続ける動機を明確にする」という、それまでとは違ったものに変化していくことになる。本書は、その過程を丹念に追った作品だ。
個人的に凄いなと思ったことは、この一連の過程が、プロダクションやメーカーが直接的に思惑として持ち、業界全体をそのように設計しているわけではない、という点だ。
『それらは何も、彼女たちに過剰な労働にも耐えられるほどの動機とやる気を持たせるために、あえてつくられたシステムだとは私は思わない。AV女優の素顔を見たい、といった視聴者の欲望や、良い子を見極めたいと面接をするメーカーの人間の業務上の目的、トラブルのない現場で良い作品を作ろうとする監督ら制作スタッフの計画など、それぞれが合理的な目的のもとにつくられた機会であり、それらが相対的につくっているシステムなのである。AV女優に動機を語らせる者たちの動機は先述のように様々であり、AV女優が動機を語る動機もまた、時に応じて様々となる。しかし、それが結果として、意志と動機をもったAV女優をつくる、中核的な要素となっているのは、どうやら確かと言えそうだ』
本書で著者はくり返し、AV産業に関わる男たち(と便宜的に書くが、まあ女性もたくさんいるでしょう)のことを悪く書くことはない。メーカーやプロダクションや制作スタッフなど、どんな立場の人間であれ、AV女優に対して何かを強制することもないし、圧力を掛けることもない、という(少なくとも、著者はそういうことを見る機会はなかったし、AV女優の話からも聞かれなかった)。もちろん、悪徳な業者もあるだろうとは断った上でだが、そういう強制力の働いているわけではない世界の中で、誰しもが合理的に行動した結果として、「これといった動機もなくAV女優になった者」が、「明確な動機を語るAV女優」に返信していく構造を生み出していくこと、そしてその構造を著者が明らかにしたことは、とても面白いと感じました。
さて、本書の感想を書くのはなかなか難しかった。それは、書きたいことがとてもたくさんあるのだけど、それらすべてを盛りこもうとしたらどうまとめてよいかわからなくなるからであり、結果として本書に書かれていることの大半はここでは触れられていない。本書は、「何故AV女優は語るのか」という点を、社会学的な側面から解き明かす作品ではあるのだけど、そうではない側面も持っている。第二章では、これまでセックスワーク論はどのように議論されてきたのかという非常に堅い話が展開され(正直僕には、言ってることがさっぱり理解できなかった)、第三章と第四章では、著者が目にしてきたAV業界の日常が描かれている。特にそのAV業界の日常は、知らないことも多く書かれていて、非常に面白かった。「単体AV女優は月に1作品しか出演出来ないが、企画AV女優にそんな制限はない」とか、「VTRの撮影よりも、パッケージ撮影の方がキツイと感じているAV女優が多い」など、興味深い話がたくさんありました。そういう、AV業界のことについてまっさらな視点(どうしても男がAV業界を語ろうとすると、願望や虚飾からは逃れられないのではないかと思うので)で描かれているというのも、非常に面白い点ではないかと思いました。
「なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」という疑問符を中心軸とし、「語る」行為AV女優たちにどんな変化をもたらしていくのかを解き明かしていく過程は非常に面白く、またその構造が、言うなれば「自然発生的」に生み出されたものであるという指摘は非常に興味深いなと思いました。著者は長期間に渡って、直接AV女優と関わったり、様々な現場に同席させてもらうという経験を経て本書を執筆するにいたったのだけど、AV業界に携わっているわけではない、しかも女性、という視点で、幻想や虚飾にまみれた言説が入り交じるAVという世界を解体していく本書は、男はもちろん、AVなど見たことないという女性にも(特に本書の著者のような、AVの世界と地続きの日常にいる、という意識を持つ都会の女性には)非常に面白いのではないかと思います。是非読んでみて下さい。
鈴木涼美「「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか」
自分を好きになる方法(本谷有希子)
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内容に入ろうと思います。
本書は、リンデという一人の女性の人生を、3歳・16歳・28歳・34歳・47歳・63歳で切り取り、「心から一緒にいたいと思える相手」と出会えることを夢見ながら、日々の些細な孤独と闘いながら生きる女性の姿を描き出した連作短編集。
「16歳のリンデとスコアボード」
席が近かった、というだけの理由で仲良くなったカタリナとモモと三人でボーリングに。リンデは、この三人で一緒にいることにどことなく違和感があるけど、うまく表現できない。リンデは、ニッキたちに誘われたから一度お昼ごはんを一緒に食べようと思う、って言い出したいんだけど、なかなかそれが出来ない。
「28歳のリンデとワンピース」
彼氏との海外旅行の最終日。予約の時間が迫っていると告げる彼氏と、シワが伸ばしたいのにアイロンがないというリンデ。リンデはこの旅の間、気をつけていた。彼が不機嫌にならないように。リンデがそんなつもりがなくても、彼はリンデが不満を言っていると受け取ってしまう。
「34歳のリンデと結婚記念日」
結婚記念日に、夫と、「思い出の店」で食事。体調があまりよくないリンデと、空回りした陽気さを醸し出す夫。どうにも、私たちって、噛み合わないみたい。
「47歳のリンデと百年の感覚」
いつもの仲間と、毎年恒例のクリスマスパーティー。今年は、新しく仲間に加わったジョウさんに、ツリーのデコレーションを頼んでみた。結局リンデは、ジョウさんと買い出しに行くことになる。正反対の性格の二人。
「3歳のリンデとシューベルト」
リンデは幼稚園の先生から、嘘つき、と怒られる。ちゃんと寝てないし、ホクロもかいちゃだめって言ってるのに、言うことを聞かないからだ。でも、リンデは、それを認めない。泣いて泣いて、認めない。
「63歳のリンデとドレッシング」
今日やらなくちゃいけないことをメモに書きだしてみると、なんだかやる気がみなぎってくる。不在票を貯めこむのはもう日常茶飯事で、担当の配達員と今日もやりとり。
というような話です。
僕としては、「16歳」と「28歳」が素晴らしすぎて、この2編を読めただけでも満足だなぁ、という感じがします。
「16歳」では、ボーリングにきた三人が、他愛もないことを喋りながら、お互いの距離感を測っている感じがとても面白い。そうそう、学校にいる時って、こういうどうでもいいことで悩んでたよなー、みたいな、ホントどうでもいいことでリンデは悩むし、リンデ以外の内面描写は描かれないけど、カタリナもモモも同じように悩んでいる。
そしてそれは、「自分たちは、クラスの中でマイナーである」という認識が土台になっていて、その物悲しさみたいなものが凄くいい。
『ポーチド・エッグにハンバーグが組み合わさったときは、もう少し大胆に、その誰かがほんとうに一緒にいたいと心から思える魅力的な相手で、その誰かもリンデとずっと一緒にいたいと心から思ってくれているのだ、と想像した。その子といれば、自分はもっと楽しいことを次々と考えつく人間になれる気がした』
とリンデは思うのだけど、この感覚こそがおそらく、リンデだけではなく他の二人も抱いている感情なのではないか。
自分は、こんな冴えない人間と一緒にいるからこそ冴えないのであって、そうじゃないグループにいたらもっと映えるんじゃないか、って。
わかるわー。んで、それって、結局幻想なんですよねぇ。どこにいたって、冴えない人間は大抵冴えないんですよ。っていうか、「その子といれば」っていう、相手に寄りかかった発想をしている時点できっと、ダメなんですよね。そりゃあ冴えないわなぁ、って感じ。それはリンデも他の二人も分かっているかもしれないけど、でも直視したくはない。三人で一緒にいて、夢の話みたいなどうでもいい話をして、とりあえずそういうところから目を逸らす。そうしないと辛いから。
そういう三人の「負の結託」みたいなものがプンプン立ち現れていて、凄く良かった。ボーリング場で、4人グループのような表示になってしまった、という設定が、本当に凄く巧く活かされていて、とてもいいなと思いました。
「28歳」も凄くいいです。28歳のリンデの話も、ホントくだらないんです。ただ、この「くだらない」っていう感覚は、きっと男目線なんだと思うんです。女性は、恐らくリンデに共感することでしょう。僕も、男の気持ちもわかるし、女の気持ちも分かる。状況設定が物凄く絶妙で、個人的にはどっちが悪いとは判定しにくいと思うんですけど、読む人によって「明らかに男が悪い」「明らかに女が悪い」と、きっと意見が分かれるのではないかと思います。
ホテルにいて、レストランに出かけるまでのほんのちょっとの時間を描いた物語なんだけど、男も女もそれぞれの価値観で物事を判断していて、見事にすれ違っていく。正直、大した問題じゃないんだ。ないはずなんだけど、でもそれが、とても大きな問題であるかのように膨れ上がっていく過程が絶妙に描かれていく。結局人は、他人のことなんか理解できないんだな、ということがよくわかる物語で、凄く好きです。
34歳以降のリンデも、年代年代で様々に変化はあるものの、どことなく「あぁ、リンデらしいな」と思わせる部分がちらほらあって、なんというか楽しい。この「リンデらしさ」っていうのは、生きていく上では邪魔っていうか、たぶんリンデ自身も鬱陶しいなと思っている部分なんだろうなと思うんだけど、そういう厄介な部分で、でもそれがリンデを人間らしくする。そうそう、人間ってこういう面倒臭いところあるよねー、というような感じがして、なんだか楽しい。でも、リンデみたいな人が周りにいたら、やっぱり、面倒臭いかもなぁ(笑)
リンデの生き方を男視点で読むと、「女性のよくわからなさ」みたいなものが、なんとなく分かってくるような気がする。リンデについてそれが理解できても、リンデ以外の女性に通用するかは分からないけど(笑)、男が感じる「女って、よくわかんねぇよなぁ」みたいなところが、少しは理解できてくるかもしれない。女性には女性の理屈があって、男には男の理屈があって、それが噛み合っていないだけなのに、「どっちかがおかしい」という話になるのは、なんかもったいないですよね。初めから、「違い」を強く意識していられればそんな争いにならないかもしれないし、本書を読むとその「違い」についてちょっとは理解できるかもしれない。恐らく本書を読んで共感するのは女性が多いと思うんだけど、そういう視点で読むと、男も楽しめるんじゃないかなと思います。
人生につきまとう「孤独」を炙りだすような作品で、面白いと思いました。僕のオススメは、「16歳」と「」28歳
です。是非読んでみてください
本谷有希子「自分を好きになる方法」
<香り>はなぜ脳に効くのか アロマセラピーと先端医療(塩田清二)
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内容に入ろうと思います。
本書は、神経科学の専門家であり、日本アロマセラピー学会理事長でもある著者が、香りに関するここ十数年の研究の成果や、あるいはアロマセラピーに対する世界の流れなどを紹介しながら、アロマセラピーが特に医療分野に関して持つ可能性について書かれている作品です。
日本では、アロマセラピーというのは、リラクゼーションや美容と言ったものと結びついて捉えられていますが、欧米各国では既に医療の一部として捉えられているようです。フランスやベルギーでは長らく医療行為としてアロマセラピーが認められているようです。また現在、アロマセラピーは、現代西洋医学が手の届かない部分を補完するための代替補完医療として注目を集めているんだそうです。
『アロマセラピーが医療分野で注目されているのは、実際の医療現場で、現代西洋医学では治りにくい、あるいは、予防しにくい疾患や症状に効果・効能が見られるからです』
『薬物療法で十分な効果が得られない場合や、強い副作用で継続投与できない人たちが大勢います。複数の疾患があると、薬剤の飲み合わせの関係から服用できない薬が出てくる場合もあります。そのため、アロマセラピーの活用が内科疾患においても、代替補完医療として導入され始めています』
『医療が進歩すればするほどに、難治性の病気や緩和困難な症状の存在が浮き彫りになっています。アロマセラピー、特に医療を目的としたメディカルアロマセラピーが、こうした疾患や症状に対しての代替補完医療として、実際に効果を上げ、医療機関での導入が世界中で進んでいます』
これまでは、「死に直結していない分野だった」という理由で、香りが人体に及ぼす影響の研究が医療分野で進んでいませんでした。しかし今では、がん・認知症・妊娠している女性の症状など、様々な場面で、香りによる影響が有効であると示されているようです。
香りによる代替補完医療の最大のメリットは、ほんの僅かな分量を摂取するだけで効果がある、という点です。特にこれは、妊娠している女性にはより有効でしょう。現代西洋医学では手の届かない部分を補完する役割として、アロマセラピーが現実に導入されているというのは、全然知らない話だったので、なるほどという感じでした。
現代西洋医学は、様々な装置や技術の開発により、様々なデータが「見える」ようになりました。それによって、あらたな治療法が開発されたり、今までとは違ったアプローチが出来たりと、医学は進歩してきました。
しかし著者は、そうやって「見える」ようになったことが、別の問題を引き起こしていると書きます。
『しかし、この「見える」ようになったことが別の問題を引き起こしているようにも思えます。というのも「見える」がゆえに、医療者は幹部を治療することのみに躍起になり、患者さん全体を観察することがおざなりになっているのでは、と危惧されるからです。』
そこで著者は、<治す>ための現代西洋医学とは別に、<緩和する>ための代替補完医療としてのアロマセラピーの存在をもっと認知させたいと、本書を執筆したのだそうです。
本書を読んで一番驚いたのは、<香り>の研究の歴史の浅さです。
『<香り>が脳におよぼす作用のメカニズムについては、ようやく入り口に立ったところともいえます。1991年、リチャード・アクセルとリンダ・バックが嗅覚受容体遺伝子を発見し、2004年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。ここから嗅覚と脳の関係の研究が急速に進み始めましたが、<香り>の脳におけるメカニズムはまだまだ解明されていないといっていいかもしれません』
<香り>に関する重大遺伝子が発見されてからまだ10年ちょっとしか経っていないのです。嗅覚の研究というのは、それほどまでに未解明だったのか、という点にまず驚かされました。
他にも面白い話はいくつかあって、箇条書きで書いてみると、
◯ 成人の脳の神経細胞は再生しないと考えられてきたが、嗅覚に関する神経細胞は例外的に再生する場合もある
◯ 人間の嗅細胞がキャッチできるにおい分子は3000~1万種程度で、イヌの100万分の1
◯ 人間の五感の中で、脳に伝達されるスピードが最も速いのは嗅覚
◯ マドレーヌの匂いを嗅いで幼少時代を思い出すという「失われた時を求めて」のエピソードを元に名付けられた「プルースト効果」は、科学的に立証されつつある。
本書は全体的には、かなり専門的というか、結構難しい話が出てきます。論文チックというか、結構「マジ」な作品です。とはいえ、<香り>が医療として使われている、ということを知っている人は、とても少ないのではないかと思います。特に、がんや認知症や妊婦の症状など、かなり大多数の人に関わるようなことに関して、<香り>は有効であると本書は説いています。本書を読んで、まず<香り>が人体に与える影響を知ること、そして具体的にどんな場合にどんなものが有効であるのか知ること。それは、現実に今病と闘っている人には必要な知識だと思うし、そうでない人にも、将来的に関わってくる知識ではないかと思います。そういう意味で、本書は知識として知っておくべき内容がふんだんに盛り込まれているように思いました。ちょっと難しい話が出てくるんでハードルは高いかもしれませんが、読んでみる価値はあると思います。
塩田清二「<香り>はなぜ脳に効くのか アロマセラピーと先端医療」
ビデオディスク開発秘話 松下電器の苦闘と敗退の記録(神尾健三)
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日本の技術開発の歴史の中で、「失敗」が記録されることは非常に珍しいのではないかと思う。もちろん、「この成功の影に様々な失敗が」という描かれ方はよくされるだろう。しかし、最後の最後まで失敗だったというプロジェクトについて語られることは、とても珍しいように思う。著者は元々松下電器の技術者であり、本書で描かれるビデオディスクの開発の最前線にいた人だ。その人が退職し、友人と飲んでいる時の会話の中にも、そんな話が出てくる。
『文化の差やね、日本は個人よりも集団や会社が大事なんや。日本企業では、売れて儲かってはじめて技術屋が浮かぶ。それでないかぎりは彼らは記録にも残らない。失敗されば犬死やね』
そういう意味で本書は、非常に面白いノンフィクションに仕上がっているのではないかと思う。ビデオディスクは、世界中の企業を熱狂させながら、結局どこも成功させられなかった開発戦争だ。著者は序章で、ビデオディスク開発の歴史を概観して、こう語る。
『最初の発明にたずさわったのは欧米の技術者たちだった。しかし、彼らは発明者の栄光を手にすることなく、続く失敗と挫折のはてに歴史の表舞台から消えていった。この発明を育てあげ、量産までのレールを敷いて商品に仕立てたのは日本の技術者たちだった。しかし、過酷な開発競争を戦いつづける彼らの中には、不運にさいなまれ、無念の思い出戦線から身を引いていった人びともいた。
膨大な人材と金と時間とが投入されたビデオディスク開発は、二十世紀最後の大型家電製品と呼ばれるにふさわさしい「大事件」だった。その開発競争の陰で数多くの優れた技術者たちが、文字通り血と汗と涙を流し、さまざまなドラマを繰り広げたそれは彼らの人生そのものでもあった。私は松下の開発責任者としてそれらの人たちの姿を記憶にとどめておきたいのである』
あとがきで、「この単行本が刊行された1995年当時、DVDという言葉が新聞紙上をにぎわしていた」と書かれている。様々な違いはあるのだが、60年代から80年代にかけてビデオディスク開発に明け暮れた技術者たちは、ようするにDVDのようなものを作りたかったのだ、と思っておいてほぼ間違いはない。
そもそもビデオディスクという、「画の出るレコード」という発想にとりつかれたのは、アメリカ第一の家電メーカーであるRCA社だったようだ。このRCS社は、テレビに関するほとんどの技術開発をした会社であり、日本のテレビ・メーカー各社はつい最近までRCA社に莫大な特許料を支払っていたという。その莫大な特許料を元に、新たな製品を開発し世に送り出す。当時RCA社というのは、世界の家電製品をリードするトップメーカーだったのだ。
しかしそのRCA社は、既に存在しない。倒産・身売りの原因は様々だろうが、ビデオディスク開発に莫大な研究費を投入しすぎた、という側面もあるようだ。
60年代にRCAはビデオディスクという夢に取り憑かれ、1981年にようやく商品として発売にこぎつける。しかし、たった3年で製造中止を発表してしまったのだ。世界トップの家電メーカーであるRCAの方式が標準となるだろうと睨んでいた人たちもいたようだが、そうはならなかった。
そもそもビデオディスク開発には、「針方式」と「光方式」の二種類の方向性が存在した。RCAや松下電器は「針方式」で最後まで突っ切った会社である。
「針方式」というのは、エジソンが開発した蓄音機と原理は同じであり、針で溝の情報を読み取るものだ。これは当然、「針」と「溝」が物理的に接触するために、様々な困難が存在し、そのことも開発を難航させる主要因となった。
一方の「光方式は」、光によってディスク上の情報を読み取る仕組みであり、つまりこれは後のCDやDVDと同じ方式である。というかそもそもCDは、「光方式」のビデオディスク開発の副産物として生み出されたものだ。CDが登場した当時、まさかここまでCDが広まると誰も思っていなかった。本書の冒頭に、こんな会話がある。
『「CDは将来、いつごとLPを追い越すだろうか?」
「うーん。それはずっと先、まあ私が死んでからでしょうなあ。あなたはまだ生きているでしょうがね」』
しかし、技術者たちのそんな予想を遥かに超えてCDは普及した。
「光方式」を生み出したのは、ヨーロッパ随一の国際企業であるオランダのフィリップス社である。しかし、ビデオディスク開発の流れは「針方式」の方にあった。それは何故か。
それは、「光方式」があまりにも複雑だったからだ。量産化しても一般家庭用として通用するだけの値段で提供できるようなものにはならないだろうし、そもそも開発上の困難が様々につきまとう。各社そのように判断したのだった。それで、技術的にはまだ易しそうに見え、量産化も見込める「針方式」が開発の主流となっていくのだった。
しかし、時代はどんどんと変化していく。ビデオディスク開発戦争は、数十年単位のものだ。開発に参入した当初は「針方式」が優位に見えても、その後状況はどんどんと変化し、明らかに「光方式」の方に可能性を見出すべきだという気運が技術者の間で高まっていく。しかし、それと会社の方針は噛み合わない。
本書では、「松下電器の松下幸之助」がいかに大きな存在であったのか、そしてこの松下幸之助がビデオディスク開発にもたらした混乱と収束はいかなるものだったのか、という点にも触れていく。技術者の思惑と、会社全体の戦略が噛み合わない中で、各社の技術者は振り回されていくことになる。
そしてこのビデオディスク開発戦争のまっただ中に、あの「ベータ」と「VHS」の「VTR戦争」も関わっていくのだ。この「ベータ」と「VHS」の闘いは、様々な形で世に知られているだろう(とはいえ、僕はそれに関するドキュメンタリーも見たことがないし、本も読んだことはないのだけど)。RCA社が抱いた「画の出るレコード」という夢は、「ベータ」と「VHS」がアメリカ市場を席巻する中で、緩やかに打ち砕かれていくことにもなる。本書ではそれを、印象的なこのような表現で表している。
『RCAは考えぬいて不正解のカードを抜き、日本メーカーは無造作に正解のカードを引く結果となった』
「ビデオディスク」という夢は、膨大な時間と金と人をつぎ込んで、しかし形にならなかった。しかし、その時の研究の積み重ねがあったからこそ、CDが、そしてDVDが生み出された。
『DVDとはCDという器に盛られた新しい料理である。DVDは画像圧縮というソフト技術の成果として生まれたが、信号の入ったディスクやその信号を取り出すピックアップなどのハードウェアは、それまでのビデオディスク30年の歴史が生んだ技術成果の延長線上でできあがった。この本で述べた数々の先人たちの苦労の上に、今回DVDという大きな花が咲いたと考えたい。優れた基本技術というものは、今後も形を買え、姿を異にしながら、われわれにさまざまな便宜を与えつづけ、時代の文化を築いていくことだろう』
冒頭でも書いたが、本書は非常に珍しく、「失敗の歴史を描き出したノンフィクション」だ。僕は時々、企業の技術開発のノンフィクションを読むのだけど(プリウスの開発とか、ソニーの開発の歴史とか)、やはり基本的には「世の中的に成功したもの(とそれに付随する敗者)」が描かれる。本書には基本的には、勝者は出てこないと言っていいだろう。ビデオディスクの副産物として得られたCDのみが唯一の勝者と言っていいかもしれないが、「ビデオディスク」の勝者という意味では存在しない。しかしその当時の失敗の積み重ねが、今、DVDという新しい技術として戻ってきた。技術開発の歴史というのは、その時々では評価出来ないものなのだろう。そういう意味で、本書のような「失敗の歴史」も、もっと読んでみたいものだなと思います。読んでみて下さい。
神尾健三「ビデオディスク開発秘話 松下電器の苦闘と敗退の記録」
白夜の大岩壁に挑む クライマー山野井夫妻(NHK取材班)
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『かつて山野井泰史は、「世界最強」と呼ばれたクライマーだった』
『山野井泰史の登攀は、どれも世界の山岳史に残る”記録”であった』
『日本には山野井の影響を全く受けていないアルパインクライマーなどいない』
ある時山野井泰史は、両手足の指の大半を失った。
『泰史の両手には、薬指と小指がない。右手の中指の先も欠けている。
2002年、ヒマラヤ。ギャチュンカン(7952m)で下山中、雪崩に襲われた。
凍傷を負った指は根本から真っ黒に変色し、帰国後、手術で切断せざるを得なかった。さらに手だけではなく、右足のつま先も凍傷に冒されていた。右足はごほんの指全てを失ってしまった。』
泰史の妻で、同じく女性クライマーとして上を行くものはないと言われるほどのクライマーだった山野井妙子も、指を失っている。
『妙子は、泰史以上にハンデを背負っている。1991年のマカルー(8463m)、そして泰史と一緒に登ったギャチュンカン。二度にわたって凍傷を置い、18本の指を切断したのだ。とりわけ手の指は、ギャチュンカンのあと、ほとんど根本から切断してしまった。その手でクライミングに欠かせない細かい作業を行うのは、容易ではない』
事故の後、泰史はこう思ったと語る。
『こういう難しい登山、難しいものを求めるような登山はもういいだろうと、思ったね。もうできない、というより、もういいだろう、と思ったね。僕はそれまで、ものすごい数の難しいクライミングを行なってきたし、もしかしたら誰よりも追求してきたと思うんだ。だからかな…。山を嫌いになったわけでは、もちろんないよ。ただ、何かを追求していくような登山は、もういいかなと思ったんだ』
事故から五年後。トレーニングを積み重ね、泰史も妙子も、以前並とは行かないまでも、かなり難しいクライミングもこなせるようになってきた。そして彼らは、ある目標を定めることになる。
グリーンランド。
この地には、未踏のビッグウォールが山ほどある。泰史は、誰も手をつけていない、という点に惹かれる。標高差1300m、登頂までに三週間掛かると踏んだ、彼らにとって挑戦いがいのあるビッグウォールに、彼らは「オルカ」という名をつけた。
「世界最強のクライマー」の新たなる挑戦が、今始まる。
というような内容です。
山関係の本を時々読むので、山野井泰史という名前は知っていたのだけど、山野井泰史に関する本を読んだのは初めてなので、非常に新鮮でした。
そう、僕は、山野井泰史の「垂直の記憶」も、沢木耕太郎の「凍」も読まないままで、本書を読んでいたりします。
先に挙げた二作は、泰史・妙子が共に指の大半を失うことになった、ギャチュンカンの雪崩事故に関するノンフィクションです。それも読みたいと思っているんですけど、なかなか手が出ず、何故かこっちを先に読むということになってしまいました。「垂直の記憶」も「凍」も、いずれ読もうとは思います。
本書は、NHKのドキュメンタリーの書籍化であり、元々はドキュメンタリーとしてテレビで放送された。あとがきでディレクターが書いているが、そのドキュメンタリーは映像的には「雄大な自然をフューチャーしたもの」と捉えられがちだが、実際には山野井夫妻の人柄が全面に押し出される内容になっていたそうです。
そしてやはりそれは、本書も同じです。
本書では、泰史がグリーンランドに目を付け、実際に下身に行って「オルカ」を「発見」し、それから準備を重ねて登攀、最終的に登頂する過程が描かれます。
しかしあくまでもその「登山」に関する部分は、主軸の一つでしかありません。もう一つの主軸は、山野井夫妻という人間に焦点が当てられています。
例えば指を失ったことについて。泰史と妙子はそれぞれこんな風に言っている。
泰史『指がまっとうなとき、日本の岩場で練習してるときとか、「あ、山野井さんが登ってる」とか言われることもよくあったんだよ。それで登れなくて落ちることもしょっちゅうあるわけだよね、そうするとやっぱり恥ずかしくてさ。でも今は、落ちても言い訳ができる、というのがある。まあ自分の中では本当はそういうの、嫌なんだけど。でも恥ずかしくなくなったよね、人前で落ちることが。それが唯一いいことかな』
妙子『普通の人は、こういう動きであのホールドを持って、とか教わることができる。私の場合、それができないから、あの手この手を考えるんですよ。ああ駄目、手が入らない、とか、このホールドは使えない、とか文句を言いながら登るけど、自分なりの解決ができたときは、結構、満足感が大きい。自分だけの上り方、という感じで。それが気持ちいいかな』
また妙子は、泰史が指を失ったことについては、こんな風に語っている。
妙子『(泰史はそれまで、極端に困難な挑戦を続けてきた、という文章の後で)泰史が以前の状態で目標を高めていくってことは、無事に戻ってくる可能性が少なくなっていく、ということになったかもしれないから…(指を切ってしまったことは)もしかしたら、よかったのかもしれない』
もちろん、実際には様々な葛藤があったことだろう。それでも彼らは、指の大半を失うという絶望的な事態を、考え方一つで乗り越えていく。この強さ。泰史はある箇所で、クライマーに必要なのは、テクニックでも体力でもなく、絶対に登るんだという精神力だ、というようなことを言っていたけど、まさにそういう底力のようなものを、この指の切断の話からも感じた。
基本的に、
『泰史とも価値観は一緒じゃないかな。山に行くことに関してはお金をかけるけど、ほかのことはどうでもいいです。今のこの生活ですごい満足してるので、この満足してる状態を続けていくと思います』
と語るほど相性の良い二人だが、性格的には大分違う。
泰史『妙子と木本さんは全然緊張してないと思うけど、俺は緊張するな。もう緊張してるよ。20年以上こんなことをやってるんだけど、毎年毎年感じていた緊張と同じように俺は緊張してるなあ。うまく登りきれるかな、怪我せずに無事帰ってこれるかなとか、いろいろなことを考えている。僕のほうが、みんなより小心者ですから、緊張するんです』
妙子『いろいろ大変ではあるけど、今まで1の時間でできたことを10の時間でやればいい、と思ったから。周りの人は私ができないのを見てイライラするかもしれないけど、私はゆっくりやればいいと思ってるから、気にならないの』
妙子は特に凄いと思う。どんな場所にいても、自宅にいるのと同じだけのくつろぎ状態でいられるのだという。どんな場所にいても恐怖も緊張もほとんど感じないし、場合によっては痛みにさえ鈍感だという。一方で、常に死と隣り合わせのチャレンジを続けてきた泰史の方が、毎回緊張しているというのも、なんだか面白い話だなと思う。
泰史『今までたくさんの山を登ったけど、山頂で感動したことってあんまりないんだよね。大体、登ってるときが一番楽しいんであって、到達したときはそんなに楽しくないのが多いんだけど、今回に限っては「ああ抜けれた」「やった嬉しいな」って単純に思えた』
妙子『本当にてっぺんに来るとは思ってなかった。適当なところで終わり、ってなるんじゃないかと思ってたけど。本当にてっぺんだ…嬉しいな』
これもやっぱり、妙子の感想が際立っているように僕には感じられました。この力の抜け方。泰史の方も、「普段は感動しない」と言ってるから同じようなものかもしれないけど、やっぱり泰史の方が気を張っている感想に聞こえる。妙子の、なんの気負いもないこの感想は、ホント素敵だなぁ、って感じがします。
泰史の登山の哲学に触れている部分を抜き出しましょう。
『泰史は七大陸最高峰、8000メートル峰14座制覇、などにはあまり興味がない。自分をかき立てられるようなクライミングができるかどうかのほうに興味があるし、そのほうが面白いのだという。』
『登る前に僕はイメージをするんだよね。ああいうルートからああいうふうに登ってるんじゃないか、頂上直下でこういう動きで登ってるんじゃないかと。そのイメージに近づけたら「いい登山」、満足できる。だけど、そのイメージからかけ離れてどっかで妥協すると、いくら頂上に経っても僕の中で満足できない』
そんな泰史が、兼ねてから気にしつつも行けないでいたグリーンランド。解説で登山仲間の一人は、『ギャチュンカン以降の山野井の登山に、世界のトップレベルといえるものはない』と書く。凄いことを書くものだ。手足の指を大半失った人間に言う言葉とは思えない。このグリーンランドの登山も、世界の登山史からすれば大したものではないのだろう。しかし、山野井夫妻にとって、とてもとても価値のある登山だったのではないか。そういうことが、言葉の端々から伝わってくるような気がした。
解説氏は、山野井泰史の強さについてこう語る。
『山野井泰史を山野井泰史たらしめた一番に強みは、ブレない自分を常に持ち続けてきたことだ。山野井は誰よりも自分のことを深く考え、誰よりも深く理解し、その上で厳しく評価して、自分を律することができるのだ。』
凄い男の生き様を感じ取れる一冊だ。
さて、最後に。ちょっと厳しいことを書いておこう。
本書は、素材は完璧だ。十分すぎるほど素材は見事なものだ。グリーンランドの未踏のビッグウォールというテーマ、かつて「世界最強」と呼ばれた夫婦の事故後の大挑戦などなど、素材としての面白さは抜群だ。しかし、ノンフィクションとして評価した場合どうか。個人的には、「素材の面白さに寄りかかった、ノンフィクションとしてはさほど面白みのない作品」と感じた。
恐らく、元になったドキュメンタリーは面白かっただろう。著者はきっと映像畑の人だろうから、映像の扱いには長けていただろうと思われる。しかし、文章の扱いには、さほど長けていないのかな、と思わせる。個人的には、これだけの素材が揃っていれば、もっとよりよい調理が出来たはずでは、と感じてしまった。そこだけが、ちょっと残念かなと思う。
とはいえ、本書で描かれる山野井夫妻は、非常に魅力的です。日常は非常に淡々と、ストイックな生活を続け、時折自分たちが登りたいと感じる山にアタックする。そうした生活を二人は愛しているし、指がなくなろうとそれは変わらない。不思議な魅力を持つ二人の生きざま、是非読んでみて下さい。
NHK取材班「白夜の大岩壁に挑む クライマー山野井夫妻」
襲名犯(竹吉優輔)
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内容に入ろうと思います。
本書は、最新の江戸川乱歩賞受賞作です。
14年前。一人の男が、日本中を震撼させる事件を起こした。その事件は、ルイス・キャロルの詩を下敷きにしたような犯行だとされ、そこから犯人は「ブージャム」と呼ばれるようになった。「ブージャム」と呼ばれた犯人は、6人を殺した後逮捕され、動機などほとんど語ることなく死刑に処された。
「ブージャム」は当時、熱狂的な信奉者が生まれるほどのカリスマだった。容姿端麗であり、かつ最後まで謎めいたまま幕引きしたそのあり方などがもてはやされた。
14年後。「ブージャム」による犯行が起こった栄馬市で、新たな殺人事件が起こる。その犯行は、「ブージャム」を名乗り、警察を挑発した。
栄馬市の図書館に勤務する南條仁は、14年前の「ブージャム」事件の被害者の一人、南條真の双子の弟だ。周囲にそれを知る者は多くはないが、「第二のブージャム」事件以降、仁の周囲は慌ただしくなり…。
というような話です。
さて、まあそもそも最近僕は、小説全般とあまり相性がよくない。ノンフィクションとかばっかり読んでて、「小説を読む回路」が退化してるのかもなぁ、という気がしなくもない。正直、周囲で評判がいい作品でも、「むむむ…」と思ってしまうようなものが多いのだ。
だから最近、あまり自分の「小説に対する評価」は信用しないことにしている。
加えて、本書は、まあ広い意味で「警察小説」と括ってもいいかもしれないのだけど、どうもそういう小説には、そこまで興味が持てなかったりするのだ。これは、完全に好みの問題だよなぁ。元々警察小説が好きだったというわけでもないのだけど、最近はあんまり受け付けなくなった。どうも、「小説を読んでる感」みたいなものを、警察小説から感じられなくなっているんだろうなぁ、という気がする。
そんなわけで、本書は、僕にはあまり面白くなかった。
とはいえ、この評価は、あまり鵜呑みにしない方がいいかもしれない。先述のように、最近僕は、自分の「小説に対する評価」に自信が持てないでいる。本書も、雰囲気は悪くないし、ちょっと人間関係がごちゃごちゃしてるなぁって気もするけど、割とよく書けている作品だとは思う。物語が動き始めるまでにちょっと時間がかかりすぎるのが難かな。僕は、100ページぐらいまで読んで、ちょっと面白くなってきたぞ、と思いました。
ただ一点。これは、新人作家の作品を読む度に毎回書いているような気がするんだけど、やっぱり新人作家は、できうる限り「一人称」で小説を書いた方がいいんじゃないかなぁ、と個人的には思う。
本書は、結構視点人物が入れ替わる。誰が誰なのか敢えてわからないようにしている視点人物もある。そうなると、全体的に結構ややこしくなるし、感情移入もぶつ切りになりがちになるかもしれないから、新人には多視点の小説は厳しいんじゃないか、といつも思っている。よほど構成や筆力に自信がある人以外は、基本的には一人称で書ける物語にしておくのがいいんじゃないかなぁ、と僕は思ってしまいます。
竹吉優輔「襲名犯」
ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法(ちきりん)
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内容に入ろうと思います。
本書は、月間100万ページビュー以上のアクセス数を持つ「Chikirinの日記」を運営する、自称“おちゃらけ社会派ブロガー”であるちきりん氏が、自身のブログに書いたエントリーから選り抜き加筆修正しまとめたものです。
ちきりんの本、初めて読みましたけど、ちきりん素晴らしいなぁ!僕はとにかく、「考えている人」「考えていることを言葉で表現できる人」が好きなんだけど、ちきりんはさらにそこに「メッチャ頭がいい」という要素も加わる。「頭がいい」というのは、僕の中では、「思考によって本質にたどり着ける状態」を指す。ちきりんは、小難しい言葉なんか全然使わないで、「そうそう!まさにその通り!」と思わせてくれるような本質に行き着くような人で、とても好きだ。
まあ、「本質」だと思っているのは、僕の価値判断なわけで、ちきりんの書いていることを「本質的だ」と感じない人もきっといるのだろうけど。恐らく世の中にはきっと、ちきりんが書いていることが理解できない人もきっといるのだろう。別にどっちの方がいいとかそういう話でもないんだけど、僕は、納得するかどうかはともかく、「ちきりんのような考え方」を認められる人、可能性の一つとして受けいれられる人が好きだ。っていうかそうじゃなくて、そう受け容れられない人とはたぶん、友達にはなれないだろうなぁ。
『あなたは人生をトコトン楽しんでいますか?仕事、趣味や遊び、家族や友人とのつきあいはもちろん、食べること、眠ること、ボーっとする時間まで含め、楽しみながらストレスなく快適に過ごしているでしょうか?
「人生を楽しく、ラクに過ごすためには、もうちょっとゆるく考えたほうがいいよね」―ちきりんがそう考えはじめたのは、失われた10年が20年になり、明らかに時代が変わりつつあるにもかかわらず、今までと同じように「とにかく頑張る式」のやり方を続けることが、あまりにも非生産的に思えたからです』
『日本社会には「社会のため全体のために、個を抑制し我慢すること」を美徳とする考えが蔓延しています。この本では、それらの社会が押しつけるガチガチの固定観念に縛られず、自由に楽しく自分らしく生きるためには、生活の様々な面でもう少し「ゆるく」、たとえばこんなふうに考えればいいのじゃないかな、とちきりんが感じたことをまとめています』
冒頭に、こんな風に書かれている。読む人が読めば(ちりきんが書く、「本質的だからこそちょっと尖っているように見えもする意見」を受け容れられる人が読めば)、とても有益な作品でしょう。本書を読むと、自分の人生をガチガチに縛り付けている様々な「固定観念」をあぶり出すことができることでしょう。
『形式的に自分を縛るもの、たとえば家族のために働く必要があるとか、介護や育児をしなければならないというわかりやすい縛りがあると、まるで自分はその縛りがなければ自由になれるかのような幻想に浸ることがでいます。高校生のちきりんが「経済力さえあれば自由になれる」と信じていたように、です。けれど、そういった「安直な言い訳」から開放されると、人は本当に自分を縛っているものと対峙することになります』
自分自身を縛り付けているのは自分自身の思考だ、というようなことに僕が気づいたのは、いつのことだっただろう。たぶん、大学を中退した後だろうなぁ。それに気づけたからと言って、僕の人生が劇的に変わった、なんてことはもちろんないのだけど、なんというか、慎重に生きていくことができるようになったように思う。
ちきりんが、こんなことを書いていて、恐ろしく共感してしまった。
『「うつ病になりやすい人の特徴」としてよく、「まじめで責任感が強い」「内省的」「心配性でネガティブな方向に考えがち」「几帳面」といった項目が挙げられますが、それを聞いているといつも「まさに自分の性格だなあ…」と感じます』
僕もです!自分で言うのもなんですが、僕もホントにそういう性格で、この厄介な性格にはまあ度々翻弄されてきました(僕自身も、僕の周りの人間も)。そしてさらに、ちきりんがこんなことを意識して生きていると書いているのを読んで、さらに共感しました。
『「自分だけは大丈夫」と思っている人が危ないと聞くこともありますが、ちきりんの場合はその反対で、「自分は気をつけないと病気になるかも」とずっと心配してきました。ある意味、「予防的な認知療法をやってきた」わけです。その結果、とりあえず今のところならずに済んでいるので、できればこのまま一生患わずに済ませたいものです』
僕も、ホントそうなんです。僕も、自分のメンタルが超絶弱いことを知っているので、凄く気をつけていました。僕の中で「ちゃんとしなくちゃいけない状況」に放り込まれると、その状況の内側で「できるだけちゃんとやらないと!完璧にしないと!」と思ってしまうので、とにかく「ちゃんとしなくちゃいけない状況」の中に入り込まないように頑張りました。人から過度の期待をされすぎないように注意してもいたし、頑張ればやれるかもしれないけど失敗したら誰かに迷惑が掛かりそうなことにはなるべく手を出さないようにしてきました(自分一人だけがダメージを食うのは全然いいんですけどねぇ)。僕は、「適当に」ということがなかなか出来ないので、とにかくそういう「ちゃんとしなきゃ」と思うような状況・環境に取り込まれないように気をつけてきたつもりです。
『まじめな人は、いったん高い目標を立てると最後まで頑張ってしまいます。適当に済ませることができず、「できなくてもいいや、仕方がない」と思えません。「なんとかしてやり遂げないといけない」と自分を追い込んでしまうのです。
そうなることが目に見えているので、ちきりんは最初から「頑張らなくてもできそうなこと」を目標にします』
『「大丈夫かな」と思ってやりはじめたことでも、「あっ、これはかなりの努力をしないと無理だ」とわかった時点でやめます。「お前ならできるはず」などと、おだてられてやる気になったりしないよう気をつけています』
ホントにそうなんです。もうこれについては、声を大にして言いたい。一旦「ちゃんとしなくちゃいけない状況」に放り込まれると、もうダメなんですよね。だから、そういうところから逃げる。できるだけ最初から入り込まないようにする。そんなことをしていると、ダメ人間っぽく扱われるんですけど、まあそれはもうしょうがないんです。諦めてます。自分をきちんと守ることの方が、よっぽど大事。
『たいていの人にとって「成長」とはスキルが向上したり、知識が増えたり、判断力に磨きがかかったりすることを意味するのでしょうが、私にとっての成長とは「できるだけ鈍感になること」「あまり考えこまないようになること」であり、振り返ればそのための「性格改造」こそが成長の目的であり軌跡であったと思います』
ホントそうなんです。さっきから「ホントそうなんです」しか言ってないような気がするけど、でもホントにそうなんですよ。たぶん僕とちきりんでは、能力面で圧倒的な差はあるだろうからそのまま比べても仕方ないんだけど、でもこの部分でドンピシャ共感できたのは、なんかとても嬉しかったです。
本書には共感ポイントが山ほどあるんで、何について書いたらいいか悩むほどですけど、まずは仕事柄こんな話から。「欲望ってなんだっけ?」って話です。
『けれど最近は、「自分はニセモノの欲望を押しつけられているのではないか」と感じることがあります。企業はよく「隠れたニーズを掘り起こす」といういい方をしますが、実際には潜在的な欲望が発掘されているのではなく、たいしてほしくもなかったモノを、マーケティングや広告、もしくは「売れている」「みんなが熱狂している」という話に惑わされて「ほしいような気持ち」にさせられていると感じるのです。しかも今はご丁寧に、クレジットカードからキャッシングまで用意されており、なんでもごく簡単に手に入ります。
けれど、欲望とは「モノ」のことではなく、「何かを心からほしくなる気持ち」のことです。私たちは、モノを簡単に手に入れる代わりに、「欲望」を取り上げられてしまっているとはいえないでしょうか。』
これは、僕がずっと持っている問題意識でもあります。普段自分が「モノ」を売っていて感じることでもあります。よく、「お客さんが欲しいと思っているものを置くのが商売だ」というような言い方があります。もちろん、それは圧倒的に正しいでしょう。ただ、こういうことが言われる時、その「欲しい」という気持ちがどこから生まれるのかについて議論になることはないように思います。
僕は、「売る側」の人間として、どうしてもそこが気になってしまう。もちろん、「そんなこと」を考えていたら、生き残っていけないわけです。だからきっと、僕が言っていることは、甘々なクソ野郎の意見ってことになるはずです。でも、僕はそれが気になってしまうんですよねぇ。
『最近ちきりんは、「外から押しつけられる過剰な欲望を排して、自分のピュアな欲望を取り戻したい」と強く思うようになりました。物欲を捨てて専任のように暮らしたいわけではありません。そうではなく「自分のオリジナルな欲望」と「つくられて付着させられているニセモノの欲望」を区別したいのです。そうしないと、ほしいモノをすべて手に入れておきながら、なぜか家の中には不要なモノが溢れているように感じるという、矛盾した状況から逃げだせません』
「売る側」としてぶっちゃければ、当然の話だけど、「みんなが同じものを買ってくれる」方が効率がいい。色んなものを作らなくていいし、それを切らさないようにしさえすればいいんだから簡単だ。だから、「売る側」は、それが実現できるような仕掛けを様々に考えて実行する。でも、なんとなく、そういうことにもう、うんざりなんだよなぁ。
『世の中で多くの人がやっていることをやらないと、「なぜ?」と聞かれます。定職についていないと「なぜ?」、40歳で結婚していないと「なぜ?」、結婚5年めで子どもがいなくて「なぜ?」と問われる人も多いでしょう。
この「なぜ?」は、正確にいえば「なぜ多くの人がやっていることを、あなたはやらないのか?」という質問です。ですが質問者はたいてい思考停止状態なので、その質問の裏側に、「なぜみんなと同じことをする必要があるのか?」という問いも成り立ちうると気がついていません』
これも、ホントそうだよなぁ。僕は、こういう環境が窮屈なんです。「なぜそれをやらないの?」にきちんと理由を提示出来なくては変な顔をされるような社会は、生きづらい。別にええがな。まあ僕自身は幸いに、そういう「なぜ?」と聞かれるような環境は周りにほとんどないのでいいのだけど(可能な限り、そういう環境を避けて生きてきた、という言い方の方が正確か)、「多くの人がやっていることをやらないことはおかしい」と思っている人がいる(というか、多くの人がそう)という状況に、なんだかうんざりします。
結婚についても、こんな風に書いています。
『まず理解しがたいのは、他のことに関しては「多様な生き方が認められるべきだ」と主張する(一見)リベラルな人まで、こと結婚や子供を持つことに関しては「結婚してあたりまえ」「子供がほしくないなんておかしい。こんなにかわいいのに」などと、恥ずかしげもなく、「特定の生き方」を押しつけてくることです』
ホントねぇ。そんなん、どっちでもいいじゃん、と思います、僕も。僕なんか、こんな邪推さえしちゃいます。「(俺たちは、結婚や子育てっていう「墓場」を経験しているんだから)お前にも同じ思いを味あわせてやりたい」と。いや、やっぱり僕の周りには、僕にそういうことをウダウダ言ってくる人はいないんでいいんですけど、やっぱり不思議ですよねぇ。
ラクに生きていくための秘訣として、こんなことを書いています。
『ちきりんは高すぎる目標を持たないようにいつも気をつけています。今までの人生のおいて、達成が不可能に思えるような高い目標を掲げたことがありません。それどころか、「達成が困難そうなこと」や「多大な努力が必要と思えること」も目標にはしてきませんでした。そんな高いところを目指すより、少し手を延ばせば届く範囲のことで人生を楽しめばいいと思っているからです』
『ちきりんは、日本人は他の国の人より全体的に「諦めるのが遅いのではないか?」と感じています。そしてそれが不幸の元だと思っています。多くの人は、もっと早めにいろいろ諦めたほうが楽に生きられるはずです』
『「朝から運動して一汗流し、午後から映画を見に行って、夕食は◯◯会で大いに飲み大いに笑って、夜はベストセラー本を読む」という日曜日が、「昼頃に起きてラーメンを食ってボーっとしている間に暗くなり、夕方からテレビを見ながらビールを飲んでいたら、また眠くなって寝てしまった」という日曜日より、「充実した日曜日である」と感じる人は、みんな何かに洗脳されています』
さて、引用し続けるだけの感想になっちゃうけど、まあいいか。生活全般については、こんなことも書いています。
『今や公務員や一流企業の社員であっても、35年先まで安定して給与が上がっていくとはいいがたい時代です。最長でも10年程度のローンで払える範囲のものしか買わない、というまっとうな判断に戻るべきときではないでしょうか。』
『資本主義社会の根底に「私有財産制」はあるように、これまで「豊かになる」とは「より多くを所有すること」でした。
でも世の中は今、より所有しない時代へ向かっています。豊かさとモノの所有量は乖離しはじめ。「豊かな人ほど持たない」といえる状況も起こりつつあります』
ビジネスに関係することだと、こういうことも書いています。
『本当はわざわざ特別な会に行かなくても、日常で会う人と積極的に話していれば、世界はどんどん広がります。人脈をつくるために、日常以外の特別なイベントが必要なわけではありません。
本当は人脈が多いことより、本人が魅力的であるほうがよほど意味があるはずです。魅力的な人の周りには自然に人が集まるので、人脈なんて簡単につくれるからです。「自分が知っている人が多い」状態ではなく、「自分を知っている人が多い」状態のほうが効率がよいですよね』
『そう考えれば、不興で新卒採用の氷河期が再来するのは必ずしも悪いことばかりではありません。「就職先がなかったから仕方なく選んだ道」が将来、「この道を選んでおいて本当によかった」と思える結果につながるかもしれないのですから』
『「成長したい!」という人に「成長して、何がやりたいの?」と聞くと、「えっ?」と怪訝な顔をされることがあります。「成長して◯◯ができるようになりたい」ということがあって初めて、成長することは意味を持つのです』
いかがでしょうか?僕は割と、「常識」とか「固定観念」にすぐ疑問を感じて、「これはおかしい!」と思ってしまう人間なんで(というと、なんか凄い人っぽいけど、ただ、自分の目に入る「常識」や「固定観念」について突っ込んでいるだけです。目に見えないものには突っ込めない)、ここで書かれているような考え方に近い思考もしていたりするのだけど、だからこそ「そうですよね!」と嬉しくなるような話が多かった。そうではない人にとっては、「なるほど!そんなこと考えてもみなかったけどなるほどです!」か、「うーん、それはどうかなぁ」のどっちかの反応になるのかもしれないですけど。僕としては、ホントに読んで良かったなと思える作品でした。こんな感じの思考を基本軸に、もっと気楽に、適当に、穏やかに生きていけるように、頑張ろうと思います(僕の場合、頑張らないとそういう生き方は出来ないのです)。みなさんも是非読んでみて下さい!
ちきりん「ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法」
3652 伊坂幸太郎エッセイ集(伊坂幸太郎)
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内容に入ろうと思います。
本書は、伊坂幸太郎がデビュー直後の2000年に「公募ガイド」から依頼されたエッセイから10年間の間に、様々な媒体に書かれてエッセイをまとめた作品です。雑誌に載ったものから、文庫の解説、あるいは「家裁調査官研究展望」という、家裁の調査官向けの刊行誌に載ったものまで、ありとあらゆる作品を収録しています。編集者が、「伊坂幸太郎のデビューの日付(デビュー作の奥付)と同じ日に出そう」と決めて出版されたものだそうで、だからタイトルが「3652」となっています(365日×10年+うるう年分で2日)。
伊坂幸太郎はエッセイを書くのが得意ではないそうです。東野圭吾も同じことをどこかで書いていた記憶があります。
『エッセイを書くことには後ろめたさを感じてしまうのは事実です。もともと、餅は餅屋、と言いますか、小説を書く人は小説を書くことに専念して、その技術やら工夫の仕方を上達させていくべきで、たとえば、エッセイについては、エッセイの技術や工夫の仕方に時間を費やしている人が書くべきだろうな、という気持ちがあるのですが、それ以上に、僕自身が至って平凡な人間で、平凡な日々しか送っていないため、作り話以外のことで他人を楽しませる自信がないから、というのが大きな理由です。』
伊坂幸太郎は元々出不精だそうで、どこかに行ったという話がたくさん出てくるわけでもないし、日々こんなことがあった、というような話が出てくるわけでもありません。エッセイといいつつ、なんだか小説みたいな、ちょっととぼけたフィクションっぽいものもあります(伊坂幸太郎が、依頼されている仕事の中で最も苦心して書いているかもしれないという「干支エッセイ」は、とぼけたフィクションの趣があります)。
ただ、僕としては、なかなか面白いエッセイだったなと思います。僕はとにかく、「頭の中でウダウダ考えている人」「それを言葉に置き換えることができる人」がとても好きなので、このエッセイを読んでいて、「なるほど、伊坂幸太郎はそんな風に物事を考えているのだなぁ」と思う部分が多くて、なかなか面白かったです。凄く変わっている風でもないんだけど、でもやっぱりちょっと日常や常識に「引っかかる」部分があって、その些細な引っ掛かりが読んでいて面白かったです。
やはり小説家のエッセイなので、「小説」に関する事柄が思考の中心を占めるのでしょう。「小説」に関する思考は、やはり面白いと思いました。
『「答えが出ないものは、小説にするべきなんだ」と常々、思っている僕としては、』
『小説というものは、明るいのか暗いのか、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないような感情を惹き起こすものであるべきだ、と感じているからかもしれません』
『一般に多くの人は、面白さを判断するときに、どちらかといえば、「あらすじ」に重きを置いているような気もするんですよね。「物語の語り」の部分も大事だと思いますよ、とそちらを応援したい気持ちが少しあります。』
この辺りは、伊坂幸太郎の「小説」に対する価値観を表しているなと思います。たぶんこういう伊坂幸太郎の価値観は、「読者が伊坂幸太郎に期待していること」とはかなりズレていることでしょう。僕も含めて読者は伊坂幸太郎に対して、「楽しい小説を」とか「「あらすじ」が面白い作品を」ということを期待してしまう部分がある。その辺りの悩みも、本書に書かれている。
『これ(「魔王」)を書きはじめる直前の僕は、自分自身の作品への満足度と、読んだ人たちの反応の差に少し戸惑って、思い悩んでいたこともあって、「深く考えても仕方がないから、自分の好きなように書いてしまおう」と決意をし、自分のそれまでの小説で好意的に受け止められた部分を、ほとんど削って書いてみようと思ってもいました。たとえば、「伏線を生かした結末」であるとか、「意外性」であるとか、「爽快感」であるとか、そういう部分を削ぎ落して、そうしたら、読者はどう思うのだろう、と考えたのです』
伊坂幸太郎は、「小説」というものを(あるいは、「伊坂幸太郎が書く小説」というものを)、こんな風に捉えてくれたらいいな、という「祈り」のような文章も書いている。
『僕の書いているフィクションには、「こうやって生きなさい」というようなメッセージはない。「◯◯を伝えたくて書きました」、と言い切れるテーマもない。ただ、そうは言っても、「暇つぶしに読んで、はい、おしまい」では寂しい。そういうものではありませんように、と祈るような気持ちも実はある。漠然とした隕石のようなものが読者に落ちてほしい、といつだって願っている。』
『最近、思うのですが、「映画と漫画」は映像を「見せてしまう」という点で同じジャンルですが、そういう意味で言うと、「小説」は「音楽」の仲間ではないでしょうか?
映像はないので、自分で想像するしかありません。言葉によってイメージが喚起されて、リズムやテンポを身体感覚で味わう、という点で、同じような気がします。書かれている(もしくは歌われている)テーマなんてどうでもいいんです。読んで(聴いて)、ああ気持ちよかった、と思えるものが最高なんじゃないでしょうか。』
作家になったきっかけ、作家としてやって行こうと思えたきっかけ、についても書かれている。
『たとえば、「絵とは何か」というタイトルの本。
十代のこと父からもらった本だ。帯にこうある。
「人の一生は、一回かぎりである。しかも短い。その一生を”想像力”にぶち込めたら、こんな幸福な生き方はないと思う」
この非常に魅力的で無責任な言葉に、僕は唆された』
『いや、それ以外にも会場では編集者の方や付き添いの方に温かい言葉をいただき、励まされた。ただ、やはりあの時の北方(謙三)さんの「俺のところに来い」がなければ、僕はまた小説を書こうとはしなかったはずだ』
小説に関すること以外でも、なかなか面白いなぁ、と思えるものは多い。「オー!ファーザー!」の原稿が入ったパソコンが壊れたり(大変だったようです)、辛口の映画評が載っていたり(基本的に音楽とか映画とか小説とかの評価は正直にいきたいようで、とても好感が持てます)、好きな作家の作品についてくり返し語っていたり(大江健三郎の「叫び声」の話は、メッチャたくさん出てきます)と色んな話が出てきますが、僕が個人的にとてつもなく共感したのが以下の二つ。
『僕は非常に忘れっぽい正確で、よっぽどのことがないと小説のあらすじを覚えていない。いったいこれはどこで読んだのだろう、とその状況すら思い出せないことも、しょっちゅうだ』
『なぜかと言えば、私が心配性だったからだ。学校で何らかの発表会があるとなれば、その一月も前から「嫌だなあ」と怯え、給食の献立表を眺めては「この日はきゅうりが出るのだなあ。どうしよう」と憂鬱になるような性格だった。』
なんというか、とてつもなく親近感の湧くお話でした。僕も、読んだ本のことは可及的速やかに忘れてしまうし、人が驚くほど心配性だ。あと本書の感想を書いてて、なんとなくもう一つ親近感の湧く部分を見つけた。句点を打つタイミングがとても近い。本作中から引用するために文章を書き写している時、句点を打つリズムが結構近いと思った。あんまりそう感じることがないから、これもちょっと親近感を抱かせる部分でした。
本書では欄外に、「昔のエッセイに伊坂幸太郎自身がツッコミを入れる」という趣向もあって、面白いです。どうしてそんな文章を書こうと思ったのか、そのエッセイの続きはどうなったのか、その時書かなかった詳細は実はこうだったのだなど、「ツッコミ」にも伊坂幸太郎の穏やかさとか真摯な感じがにじみ出ていて、とてもいいなぁと思いました。
エッセイを人に薦めるのはなかなか難しいです。その作家の作品を読んだことがない人にどう読まれるのか正直よく分からないですし、小説は読むけどエッセイは基本的に読まない、という人も多いでしょう。やはりエッセイというのは「人柄」が出るものだし、作家本人の人柄にちょっとでも関心があるのであれば、読んでみると良いと思います。好感が持てます。
伊坂幸太郎「3652 伊坂幸太郎エッセイ集」
一流の想像力 プロフェッショナルは「気づき」で結果を出す(高野登)
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内容に入ろうと思います。
本書は、世界中でファンを生み出している(はず。詳しくは知らない)「リッツカールトン」の元日本支社長である著者が、自らのホテルマンとしての様々な経験を踏まえて、「いかに想像力の翼を広げるか」について書いた本です。
冒頭で、こんなことが書かれています。
『最近、何か楽しいことを想像しましたか?
「楽しい想像なんて、している暇はないよ」
「想像に羽を生やす余裕があったら、いくらでもやるべき仕事がある」
そんな声も聞こえてきそうです。でも、もしも私が次のように申し上げたら、あなたは、どう思いますか?「暇がない、余裕がないのは、“想像”が足りないからです」』
著者は、「一流の想像力」を持つことで、いかに仕事に創造性が生まれ、クレームをチャンスに変え、夢を実現し、様々な不満を解消することが出来るのかを、様々な実例を通じてアピールします。
著者は、「価値観の違い」に重点を置きます。
『ホテルでよくある失敗は、価値観の違いから生まれるものがほとんどです。お客様の価値観と自分の価値観は違うものだという当然のことを、一瞬でも忘れてしまうと失敗は起きます』
『どの人にも、それまで生きてきた人生で築き上げてきた、物事に対する価値観があります。自分の価値観に合わないことがあれば、なんでもクレームになりうるのです』
そして、その「価値観の違い」を埋めるものこと、「想像力」だと言います。
『自分だけの想像力ではなく、相手が何を想像しているか、その点を考えることが大切です。それをしないと、急に自分にとってはありないことが起きたとき、うまい対応をするのはかなり難しくなります。
想像するのは楽しくも労力がいりますが、結局、未来の自分のためになるのです』
この「うまい対応をすること」に関する著者の考え方はなかなか凄いです。
『でも、仕事をしているなかで想定外を残すこと自体が、そもそもプロではないことの証拠です。私自身、「想定外があるうちはプロではない」と、仕事の際には想定外を想像する力をつけるように頻繁に言われていたものです』
『実は、一人前にはその先があるのです。それが「一流」のホテルマンです。この一人前と一流には、大きな違いがあります。
想定外のことが起きたとき、一人前のホテルマンは、「まさか!」と言います。
でも、一流のホテルマンは、「待ってました!」と発想します』
なるほどなぁ。僕は一流にはなれないだろうなぁ、とまあ思いつつ(笑)、本書を読んでて、「そんな風に対応出来たらすげぇなぁ」と何度も思わされたんで、無理だろうなぁと思いつつ、なんというか、そういう対応が出来るように「想像力」を鍛えたいな、と思った次第であります。いや、無理だけどなぁ(笑)
小売店で働く人間としては、こんな言葉に耳を傾けるべきかもしれません。
『人のなかで最大の欲求が生まれるのは、それは想像力がかき立てられたときなのです』
『売り手は「口紅」を売っている。しかし買い手は口紅ではなく「夢」を買っている。そこに想像力の翼がきちんと向いていないと、大きなギャップが生じてしまうのです。単に高性能な口紅と、買い手に夢を見させる口紅、どちらが売れるかは、明らかですね。
いま、モノが売れなくなっている大きな原因のひとつは、この想像力がたりないことに起因しているように思えてなりません』
この、「自分が何を売っているのか」という思考は、ここ1年ぐらいの僕の問題意識でもあります。僕は普段「本」を売っていますが、『「本」を売っている』という認識でいると、購買行動を見誤るな、と感じることが多々あって。僕は、「本」というのは、「同じ形をしたまったく別々のもの」という認識でいます。誰かにとってそれは「テレビで紹介されたもの」だし、「ドラマや映画の原作になったもの」だし、「誰かに勧められたもの」だし、「表紙が気になったもの」だし、「自分の思い出と結びついているもの」だし、「誰かにあげたいもの」なわけだ。
書店員は、ある本が売れた時、「これは表紙がいいからね」「テレビで紹介されたからね」と理由付けをしようとする。その行動自体は、間違いじゃないし、っていうか正しい。でも同時に、そういう想像が「絶望的に的を外している可能性」についても思いを巡らせなくてはいけない、といつも思っている。人が「本」を買う理由は無数にある。そして、それは、「ほとんどが分からない」ものだろう。自分が本を買う時がそうだ。「どうしてその本を買おうと思ったのか」なんて、「なんとなく気になったから」ぐらいのことしか答えられないだろう。
僕は売り場で、それぞれの本に、「自分なりのカラー」を載せようと意識している。「自分なりのカラー」というと誤解されそうだけど、別にPOPを描いて推すとかそういうことじゃない。「僕がどうしてそこにその本を置いているのかという理由」が、ぼんやりとでも伝わってくれたらいいなぁ、と思いながら、いつも売り場を作っている。ただ何も考えずに売り場に置いただけでは醸しだされない「何か」を、それぞれの本に纏わせようとしているつもりだ。いや、それが実現できているかは、まあともかくとして。意識だけはね。
本書では、テレビとクーラーの話がとても印象的だった。イスラム圏で売れているテレビと、アフリカで売れているクーラー。どちらも、韓国製だという。
それぞれ、どんな機能がついているのか。
テレビには、「時間になるとコーランが流れる仕組み」が搭載されているという。メッカへの祈りが日常の中で非常に大事な彼らにとって、テレビを見すぎてついうっかりお祈りを忘れてしまう、というのはとても怖い。一方クーラーには、蚊が嫌いな超音波を発する機能が搭載されている。マラリアなどを媒介する蚊は、アフリカでは非常に危険な存在だ。この両者は、「誰がどんなものを望んでいるのか」という想像力を駆使した例だといえるだろう。見事だなと思った。日本の、「とにかく高性能だったらいいんでしょ?」と言うようなものづくりではまったく対抗出来ない思想だなと思いました。
本書の中では他に、「利益はウンコである」という話が特に印象的だった。これは長野県の寒天会社の社長が言ったことだと言う。
『人間の身体は、いろいろな栄養素を取り入れて、身体のなかで全部キレイに使います。自分の身体を丈夫にするために考えぬいて栄養を摂り、最後にウンコが残る。最初から、「今日はこういうウンコをしたいから、何を食べるか決める」なんて人はいないですね。
企業もそれと同じであるべきだと塚越会長はおっしゃるのです。これだけの利益をあげたいから、これだけの売上が必要だという考えで動くと、どの会社もおかしくなってしまう。最初からウンコの量を決めてどうするのかということです』
本書では、具体例も様々にあって、本当に面白いです。そしてそのすべてが、実際にどこかであった事例(リッツカールトン内の話だけではないのだけど)なのです。
実際にどうしたのか、までは書かないけど、本書ではこんな事例が紹介されています。
◯ レストランで待ち合わせの女性が来なかった男性に対する対処
◯ レストランで待ち合わせの男性が来なかった女性に対する対処
◯ シェフから、「来月はソース付のスペシャルステーキを推して下さい」と言われた時、リッツカールトンのランドリー部門の人間はどう動くか
◯ 金庫に入れていた金がない!メイドが盗ったんだ!と言われた時の対処
◯ ポーチがなくなった、メイドが盗ったんだ!と言われた時にメイドが取った行動
どれもこれも、「なるほどなぁ!」と感心させられるようなものばかりで、まあ無理だけど(笑)自分もこんな風に出来たらいいだろうなぁと思いましたですよ。いや、無理ですけどね(笑)
正直こういう、遠回しに「特効薬はなんかないよ」と言ってくれる本は好きです。安易に、「これをやりさえすれば◯◯ができる!」みたいな本は胡散臭くて信じられませんけど、「辛く険しい道だけど、この道を行きなさい。きっとあなたにとって良い事があるから」みたいなスタンスの本は、いいですね。「険しすぎて、俺には登れないわー」って気持ちにもなりますけど(笑)、でもそこを乗り越えようと思えるかどうかが、色んなことの境目でもあるんだろうな、とも思います。読んでみて下さい。
高野登「一流の想像力 プロフェッショナルは「気づき」で結果を出す」
いま、地方で生きるということ(西村佳哲)
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『走る車から見える被災地の風景を眺めながら、「僕らは幸せになるために生きているんだろうか?」ということを幾度か思った。
「幸せになりたい」というアイデアを手放しさえしれば、どこでも十分に生きてゆけるんじゃないか。むしろそのアイデアによって、がんじがらめに不自由になっているんじゃないかな』
僕は今、「生きている」という感じが、あまりしない。えーと、「生と死」なんていう話じゃなくて、「生活している」みたいな話ですね。全然、自分が、「生活している」感じがしない。
一応、適当にご飯は食べて、適当に洗濯して、あんまり部屋の掃除はしてなくて、仕事もそれなりにやって、休みの日も時々何かあって、日常的に本を読んでいて、色々考えたりしている。そうやって時間を「過ごして」いるのだけど、全然「生活している」感じがない。
何故だろう?
そもそも、「生活している」感じが欲しいのかどうか、それもよくわからなくなっているのだけど、とりあえず僕は今、「生活」というものの内側にはいないような気がする。自分なりに言葉を振り絞って色々考えてみると、それは、「動かせない(と思っているもの)があるからかなぁ」という感じになる。
自分の人生の中に、「動かせない(と思っているもの)」がある。すると、その動かせないものの合間合間に隙間が出来る。じゃあ今度は、その隙間をどう埋めようか、ということになる。そして、「隙間を埋める」ということに腐心することになる。
なんか違うよなぁ、という気がするのだ。
ちょっと前に、「羆撃ち」という作品を読んだ。若くして猟師を志し、一年のほとんどを山に篭って生活をしていた男の若い頃の話を綴った実話だ。
「生活」ということを考えていて、その作品のことを唐突に思い出した。そう、あの「羆撃ち」の世界は、「生活」という感じがする。そこには、電化製品も通信機器も娯楽もほとんどない。淡々と熊を撃ち、死体を運び、捌いて売るという一連の作業があるだけだ。
でも、僕の印象では、それは「生活」という感じがする。「動かせない(と思っているもの)」がほとんどないからかもしれない。その猟師にとって、どこに住むか、何を食べるかは、すべて自分の意志に拠っていない。近くに熊がいるか、という一点に拠って、彼の生活のほとんどが決定されていく。その一点に従って、彼は、自分の「生活」のあらゆるものを合わせ、変化させていく。なんかそれって、「生活」って感じがする。
別に、猟師になりたいわけではないのだけれど。
『“活きる”というか、俺の持っているものを活かせるというか。腹の据わり方とか、気合とか、ぶれない何かとか。
支援という感じで来ているわけじゃない。「使ってくれ」「使えるよ俺」という感じで、「ここのために」というのもない。俺が活きる場所やと思ってきてる。
自分の意志で動いている感じも少なくて、なるようになっていることに乗っかっているというか。自分がやっている感じはあまりないから、あんまり責任感とかないんだよね』
『(コミットするのは。)…地域ではないな。土地でもないね。
場所というより「機会」みたいなものかな。自分は「機会」に身を置いて、そこで暮らしている感じがする。自分のおるところで生きている。「行ってそこで何かをする機会」に、俺は身を置いている気がする』
『(どこで暮らしてゆくか?という場所の洗濯に、あまり頓着はないんですか?)―ないです。この御店をひらいて思ったんですけど、住んでいる人たちが「自分の街を良くしていきたい」と思っている場所なら、自分もその一員になって、暮らしを良くしていけるものなんじゃないかなって。』
『どういう仕事でもいいんですよ。たとえば、嫁さんの実家はガソリンスタンドですけど、そこから「来て働いてくれないか?」と言われたら僕は行く。で、その中で役割を見出せばいいと思っていて、僕自身には「こういうことをやりたい」というのは本当にないんですよね。
だから自分が住むべき場所も、その時その時で決まっていく。』
あぁ、いいなぁ、と思う。そういうのが、なんか「生活」って感じがするのだ。自分の日常を規定するものが、自分の外側にある。自分の内側にあって固定されているのではなくて、自分の外側にあって流動的に変化している。そして、その変化に身を任せていくこと。なんとなくそれが、「生活」という僕のイメージに近いのかもしれない。
最近、そういうことを、ぼんやりと考える。なんとなく、自分の今の「生き方」に、ぼんやりと違和感がある。具体的な言葉として捕まえることが難しいような、ぼんやりとした違和感を。なんか違うんだよなー、という感じが、内側からサインのようにせり上がっているような。
『何かに依存しているかぎり当然そこでリスクがあがる。(中略)「いつここを去っても大丈夫」な状態にならなきゃいけないんだなと。本当にポータブルに。地球の裏側に行っても成り立つような仕事やスキルを持ちえてないと自由になれないんじゃないか。』
「依存」というのは、僕にとってとても怖いキーワードだ。何かにつけて、「依存」から逃げて生きてきたと思う。何かに寄りかかること、何かに捕まること。そういうことに、身体的な拒絶反応を感じて、これまで生きてきたように思う。今もその感じは強くある。僕自身の言葉で表現すれば、「それなしでは生きていけないものは持たない」という生き方。いつ捨ててもいいようなもので、僕の日常・人生・生活は構成されている。それこそ、ポータブルに。
『3月11日以降の時間を通じて、「どこで暮らしてゆこう?」「どこで生きてゆけば?」ということをあらためて考えている人は、多いのではないかと思う。一方「どこで生きていても同じだ」という肝とになっている人も多いかもしれない。どこでも構わなくて「要はどう生きるかでしょう?」とか』
僕が「地方」に関心を持ち始めたのも、震災以降かもしれない。きちんとしたことは、覚えていない。けれども、なんとなく、そんな感触がある。あの震災は、目に見える形で僕の生活を変えはしなかったけど、僕の内側では、少しずつ色んなことが変わり始めていたのかもしれない。
『彼は多くの人が「田舎には仕事がない」と言うけどそんなことはないんだ、と話していた。それは勤め先がない、つまりいわゆる会社のような求人口がないだけの話で、人手が足りなくてできずにいる仕事はもう山ほどあるんだと。
だから地域に入って、そこで暮らす人々と出会いながら、昔でいう便利屋のように働いてみればいい。彼らが困っていることを何でも手伝ってみるといい。給料はもらえなくても、生きてゆくための食料は手に入るだろうし、信頼を得れば居場所もできてゆくだろう』
正直、こういう生活を、今は頭の中だけだけれども、空想している。田舎に仕事がないことは分かっている。でもたぶんやることは山ほどあるだろうとも思っていた。僕は、今でも、あまりお金を使わずに生きていくことが出来ると思う。欲しいものもやりたいことも、ほとんど僕にはない。生活する上で最低限のものを買うのと、後は人に会うためにお金を使うのがほとんどだろう。そう考えると、「給料」がなくてもどうにか生きていけるかもしれない、とは本気で思っている。まあ、まだ、思いつきレベルでしかないのだけど。
ついちょっと前に、友廣祐一という方にお会いしたことがある。東北の牡鹿半島で「OCICA」というアクセサリー作りを通じて仕事を生み出す仕組みを立ち上げた若者だ。「OCICA」にの立ち上げから現在までを語る場に足を運んだことがある。
彼は大学卒業後しばらく、日本全国の農村を渡り歩いて生活をしていたという。ヒッチハイクをし、農家に泊めてもらいながら、自分がこれからどうやって生きていくべきかを模索していたという。そうやって長い模索を続けていたところで、東日本大震災に直面。以後被災地入りして、それまでに培ってきたネットワークをフル活用して、自分なりの復興支援を続けている。
「OCICA」のお話の際に、「どうやって生活をしているんですか」という質問に対して、「うーん、自分でもよくわかんないんですよねぇ」という返答を返していた。不思議な若者だった。そして、なんとなく、彼のような生き方に惹かれている自分もいるのだった。
『つねづね「仕事」という言葉の意味が換金労働に限定されがちな状況をつまらなく感じていた自分にとって、そうではない仕事の姿、ただ「働き」と呼ぶ方がふさわしい動きのあらわれが嬉しい』
『「生活のためには働かなければならない」という言葉をあたり前のように口にする人が、やや多すぎる気がするのだけど、もしそれが「お金が要る」というだけの話なら、とりあえず該当する(お金の)重力が強い場所を避けることはできる。くり返しになるがその分布は決して一様ではないし、社会的につくりだされている側面も大きいので』
「お金を稼ぐ」ことに、どうにも必死になれない自分がいて、そんな自分を「都会に住む自分」は持て余している。都会で生きるということは、お金の重力が強いということで、何をするにしたってまずお金がなければ始まって行かない。まあそうだ。それが都会というものだ。でもなぁ。もうなんか、そんなに必死にお金を稼がなくたっていいんじゃないかなって、まあ思っちゃう部分があって。だからって、結局今の場所から動かないのであれば、ある程度以上にお金は持っておくべきで。なんかその辺りのゆらゆらが、自分の中で最近大きくなっているように思う。
『この街で暮らしてゆくことの良さを訊ねると、「大都市のように商品が揃っていないので、探さないと見つからないし、手に入らないものもある。けど探す時も使うときも、自分で工夫しなければならないことが多いのが僕は楽しいです」と答えてくれた』
僕は、「ちょっと不便」なぐらいの方が好きだ。便利すぎる世の中は、あんまり好きじゃない。それは、PASMOを持ち始めてより強く実感した。PASMOって、便利なんですよ、すげぇ。今では、PASMOなしで電車に乗ってた自分が信じられないぐらいです。でもそれって結局、「PASMOなしでは生きられない」ってことになっているわけで、僕が嫌っている「依存」です。便利であればあるほど、依存度は高まっていく。そして、依存すればするほど、それがなくなった時の反動の大きさに面食らうことになる。
そういうのは、あんまり好きじゃないんだよな。
だから、ちょっとぐらい不便な方がいい。不便すぎるのも、面倒くさがり屋の僕からしたら困りものではあるんだけど、でも便利すぎるよりいいかもしれない。結局、「便利さ」は、どこまで追求しても満たされることはない。どれだけ便利になっても、「もっと便利に!」と思ってしまうのが人間だ。お金も同じようなものだろう。でも、そういう再現のない期待を続けるのは、なんというか空しい。だったら、「便利さはここで打ち止め」ってしちゃって、そこまでの範囲内の便利さでどう楽しむかを考える方が、僕はいいと思う。
『そのお爺さんは詩も書くし、踊りもやっていたし、自分の感性で工芸品もつくっていて、なんだかものすごく豊かなんですよ。ほんとに僕らが目指しているものが集約しているというか。
自分でつくり出して、遊んで、食料もつくって。しかも技術は高くて、人に喜ばれることができる。もう「すげぇなあ」と。どこにも依存していない。本当に自由な感じがして。どこか違う国へ行っても、この人は何かできるんだろうなって』
僕も、そういう風に生きていきていきたいなと思う。どうにか、そういう方向に、自分の人生を模索してみたい。模索した結果ダメでも、まあそれはそれでいい。模索した結果、やっぱ俺って都会でウダウダ生きていくぐらいしか出来ないんじゃん、ということが分かるのかもしれない。まあ、それならそれでもいい。『住んでいる人たちが「自分の街を良くしていきたい」と思っている場所』に僕も混じらせてもらって、穏やかに生きて行きたいなぁ。ホントに。
西村佳哲「いま、地方で生きるということ」
小説ヤマト運輸(高杉良)
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内容に入ろうと思います。
本書は、一般消費者の小口の荷物を扱う「宅急便」を開発し、圧倒的なシェアを誇るも、監督省庁である運輸省と激しいバトルを繰り広げ、それでもゴリ押しで通して、宅配業界に革命をもたらしたヤマト運輸の、二代目社長である小倉昌男と、創業者である小倉康臣を中心に描いたノンフィクションノベルです。
構成としては、冒頭と後半に、二代目社長である小倉昌男の「宅配便戦争」の話があり、中盤で、ヤマト運輸創業者である小倉康臣の立志伝が描かれる、という形になっています。
昭和46年に社長に就任した小倉昌男は、昭和47年には既に「小口便を重視すべきだ」と主張し続けていた。それまで運輸業界というのは、郵便局が個人の配送を請負い、ヤマト運輸(当時は大和運輸)や日本通運などの企業が大口配送(企業間の配送)を請け負うという形だった。ヤマト運輸にしても、創業当初からの付き合いである三越を初め、様々な大口配送の顧客によって成り立っている会社であった。
だからこそ、昌男の主張は奇異なものとして社内では受け止められていた。なにしろ昌男は、「小口便を重視すべきだ」と主張するのと同時に、「大口配送から撤退すべきだ」と主張していたのだ。
昌男の頭の中には、現在僕らが生きているような時代の風景が垣間見えていた。個人の荷物を宅配するのが当たり前の世の中に生きている僕らにはなかなか想像が出来ないが、「宅急便」が開発されるまで、「荷物がいつ届くかはわからないのが普通」だったのだ。
それは、親方日の丸である郵便局が、サービスなど考えもしない適当な仕事をしていたからだ。「いつ届きますか?」と聞けば、「届いた時に届く」と答えるような、サービス心の欠片もない有り様に、昌男は勝機を感じたのだ。
しかし、昌男以外の人間はそうではない。幹部連中はそもそも、創業者である康臣を神様と慕っている人たちだ。康臣だったら、大口配送を切り捨てて小口便に切り替えるなんてことは絶対にやらなかっただろうから、そういう意味で幹部連中の反対は理解できないわけでもない。また、組合も反対した。基本的に給料が歩合ベースだったので、仕事が減って給料が減ることを皆が恐れたのだ。大口配送から撤退して小口便一本に絞るなんて、正気の沙汰ではない、と。
しかし昌男は、この社内の反対を押し切って「宅急便」を推し進める。
『”小口便”のマーケットは、限りなく大きくて広い。しかも競争相手は親方日の丸が二社あるだけで、サービスの悪さはよく知られているところだ。たとえば否かから桃を胃送っても、東京に着くのに一週間もかかって、腐ってしまう。この分野に参入して受け容れられないはずはないんだ。短時日の間にマーケットを席巻できるかもしれない』
まさに昌男の思った通りになる。黒字化するまで多少時間は掛かったが、昭和51年1月に「宅急便」サービスを開始し、昭和54年には大口配送から完全撤退、そして昭和57年には郵便小包を凌駕するまでに成長した。
「宅急便」の成長は留まるところを知らない。
ユーザーの要望をボトムアップで拾い上げる形で、「スキー宅急便」「ゴルフ宅急便」を開発し、好評を博すことになる。
また、トップダウン方式で開発されたのが「クール宅急便」だ。これは、昌男の執念が形になったものと言っていい。昌男はよく、「サービスが先、利益は後」と言ったそうだが、まさにこの「クール宅急便」はそれを地で行くものだ。なにせ、専用配送車の開発に、実に150億円も投じているからだ。何故それだけの開発費になったのか。それは、「5度」「0度」という二温度帯ではなく(これならそこまで開発費はかからない)、「-18度」まで加えた三温度帯にこだわったからだ。しかしそのお陰でヤマト運輸は、世界でも類をみない「クール宅急便」というサービスを開発することが出来た。
監督官庁である運輸省とのバトルも読み応えがある。「運輸省などいらない」と発言して挑発したり、時の運輸大臣を提訴したりしている。監督官庁と喧嘩した民間企業は、ヤマト運輸以外ほとんど例がないという。そしてヤマト運輸は、その闘いのほぼすべてに「完全勝利」を収めているわけで、凄い会社だと思う。
その運輸省との喧嘩の話の中で、佐川急便の話が出てくる。これが非常に興味深かった。一言で要約すると、「佐川急便は法律違反によって急成長した」ということになる。かつては運送業界には様々な規制があり、実直なヤマト運輸はそのすべてに正面から立ち向かい切り開いていった。そこに費やした労力たるや、相当なものである。例えば、長い間山梨県には宅急便のサービスを届けることが出来ないでいた。道路の使用許可が下りないのだ。何故なら、地元の運送会社が猛反対しているから、だという。そこで、監督官庁である運輸省も許可を出さない。そんなことが全国あちこちで行われていた。
しかし、佐川急便は、法律違反だと知りながら知らんぷりして仕事をしたり、政治家に金をばらまいて認可をすぐにもらったりしている。何故佐川急便の行状が黙認されて、真っ当にやっているヤマト運輸が手続き上の面倒にこれほど振り回されているのか、というような趣旨の昌男の発言が、雑誌から転記される形で本書に載っているのだけど、それが事実なら佐川急便は酷いもんだなぁと思った次第。
他にも、創業当時からの付き合いで、「足を向けては寝られない」と父から言われ続けた三越と決別した「三越事件」や、創業者の康臣の創業からの様々な武勇伝なども描かれ、なかなあ読み応えのある小説です。
とはいえ、小説としてどうなのか、と聞かれると、なんとも評価が難しい。「ノンフィクションノベル」というものを普段あまり読まないので(絶対数としても少ないはず)、ノンフィクションノベルとしてどうかという評価はしづらい。ノンフィクションノベルと聞いてすぐに思いつくのは、百田尚樹の「海賊とよばれた男」だが、さすがにこれと比較するのは酷というものだろう。本書は、小倉昌男や小倉康臣の立志伝には凄みを感じるのだけど、小説として面白いのかと聞かれると、ちょっと困るかもしれない。とはいえ、小倉昌男や小倉康臣の有り様はとても面白いので、読んでみて欲しい作品だ。
最後に、小倉昌男の言葉で一番感銘を受けたものを抜き出して終わろうと思う。
『会社で情報をいちばん多く持っているのは誰かと言えば、決して社長ではない。なぜなら、悪い情報は絶対社長のもとにあげられてこないからだ。悪い情報は、えてして労働組合に集まる。だから私は、労働組合に「きみたちは私の大事な神経だ。会社が病気になったとき痛みを伝えてくれるのがきみたちだ。だから会社がうまくいっていなかったら必ず伝えてくれ」というようになった』
高杉良「小説ヤマト運輸」