商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道(新雅史)
内容に入ろうと思います。
本書は社会学者である著者が、経済的な観点からだけではなく、政治や社会も含め、『商店街』というものがどのようにして生まれ、そしてどうして滅び行くのかを明らかにしていく一冊です。
先に感想を書いておくと、これは素晴らしかったなぁ!前評判が凄くよかったんだけど、やっぱりこれは凄くよかった。僕もそうだけど、なんとなく商店街って、大規模なシッピングモールが出店してるから打撃を受けて潰れてる、っていう風にしか見てないと思う。確かにそれは一面の事実としてあるだろうけど、決してそれだけが原因なわけではない。それを探るためにはまず、『何故商店街が生まれたのか?』というところから掘りさげなくてはいけない。
商店街というのは、古い起源を持つものだ、とされているようだ。しかし本書では、商店街というものを、ただ店が寄り集まったもの、というだけではないものとして捉える。多くの商店が集まっているという空間的現象だけでは説明できない『何か』を持つ『商店街』というものがいつ生まれたのか、それをまず追う。
第一章ではまず、戦後日本の安定に「自営業の安定」も存在した、ということを示す。
これまでは、「雇用の安定」こそが、戦後日本を政治的・経済的に安定させてきた、と語られてきた。しかし、それは正しい認識ではない。何故なら『雇用者(サラリーマン)』と共に、『都市自営業者』も増えていたからだ。
農業が不況に陥り、地方から人材が都会に流入してくると、仕事がない彼らは零細自営業を営むようになる。そしてこれがもう一翼となり、日本を安定させていたのだ、という。そしてその安定の要になっていたのが、近代になって発明された『商店街』というシステムであることを見る。
第二章で、何故『商店街』が生まれたのか、を見る。ここでは、農村からの流入者が零細自営業を始めることで危機感を覚えた都市住民が作り上げた『協同組合』、安定価格で商品を供給するために政府が作ろうと目論んでいた『公設市場』、広まりつつあった新たなる販売形態である『百貨店』。この三者が零細自営業とどのように関わり、零細自営業を追い詰めていったかをみると共に、専門性もなく作っては潰しが続いていた零細自営業の現状を解消するために、まとまることで『規模を大きく』し、『専門性』を付与し、かつ先の三者の利点が盛り込まれた『商店街』が発明される流れが描かれる。また、商店街という発明が広まった背景には、満州事変による物資不足があったことなど、その広まりの背景なども描かれる。
第三章では、商店街の理念がどのように忘却され、その一方で何故か商店街が増殖していくという過程を見る。
戦後日本は、製造業中心の社会設計を目指したが、さらに重要な目標として、完全雇用の実現があった。この実現のために、第三次産業への雇用の振り分けが行われたのだけど、当時第三次産業は『潜在的失業者』と呼ばれる環境だった。そこで政府は、完全雇用実現のため、第三次産業への保護を推し進めていくことになる。
やがてそれは、商店街の既得権益となっていく。
経済成長を実現したことで、商店街を放っごする意味合いを失ったものの、商店街は自民党の支持基盤として強大な圧力を持つようになる。百貨店やスーパーマーケットを規制する法律の制定などで働き、そのような動きから、商店街は『既得権益集団』として見られるようになっていく。零細自営業への様々な批判が巻き起こるが、政府は保護を止められない。それは、大企業が受け入れない雇用を零細自営業が吸収しているから完全雇用が成り立っているのだ、という主張に反論できずにいたからだ。そういう、商店街が政治と結びついていく過程が描かれる。
第四章では、いかにして商店街が崩壊していったのかが描かれる。その中心にあるのが、コンビニと日米構造問題協議。
コンビニがこれほど日本に広まった要因は、零細自営業者がコンビニに乗り換えたからだ。そしてその背景には、オイルショック後の日本が諸外国の現状を反面教師にして推し進めた「日本型福祉社会」という構想がある。これはざっくり言うと、終身雇用と専業主婦というモデルに当てはまらない層は例外だとするもので、零細自営業者たちはその状況から逃れるという理由もあって、コンビニに鞍替えした。
もう一方の日米構造問題協議は、日米貿易摩擦に関するもの。当時対米貿易に関して黒字だった日本は、アメリカから、日本人は生産をするくせに消費をしないから貿易問題が起こると主張。改善を求めるが、しかし日本の流通問題は複雑で、これまで企業は手を出せずにいた。しかし、ようやく政府は、零細自営業に対する規制緩和を実行し、それが商店街を崩壊させる要因となった。
そして第五章で、これから商店街はどうあるべきなのかという、著者なりの提言が行われる。
というような流れです。
ホント、素晴らしい内容でした。僕は、商店街が既得権益集団だったということも知らなかったし、コンビニ増加の背景も知らなかった。労働力の流動化や国の方針などが、これほどまでに複雑に絡みあって『商店街』というものが生み出され継続し、そして崩壊していくという過程が物凄く説得力のある形で描かれるので、勝手なイメージで描いていた『大型ショッピングモールが商店街を潰す』という単純な図式を自分の頭の中で修正しなくちゃいけないな、という感じがしました。
本書の巻末に、何故商店街が崩壊したのかという理由を、簡潔に二つにまとめている。
一つは、『既得権益集団になったこと』。そしてもう一つは『(コンビニへの移行により、当初商店街の理念にあった)専門性が失われたこと』だと書いている。本書を読むと、確かにその通りかもしれない、と納得出来る。既得権益集団になったことで、零細自営業の経営を子供以外に譲り渡さないという不合理な選択が行われ、結果店を閉めてしまうことになる。また、生き残りを賭けてコンビニに転業したことで専門性が失われ、それもまた内部から商店街を崩壊させることになった。もちろん、大型ショッピングモールも出店も、大きな影響を与えていることだろうし、現実的に大型ショッピングモールばかりがあり商店街が崩壊することで、買い物難民が発生しているという現実もある。でもそれは、あくまでも表層に過ぎないのかもしれない。
商店街が当初持っていた理念は、素晴らしいものだったし、著者はその復活を望んでいる。徒歩で行ける小さな商圏に専門性が多様な店舗が集まることで、ただ店が連なっているというだけではない環境を提供する商店街という仕組みの良さを、東日本大震災を機に再認識したという人もいるかもしれない。しかし、商店街の素晴らしい理念は、商店街が既得権益集団になってしまったことで批判され見えにくくなり、また既得権益を親族以外に手放したくないという思いから、結果的に専門性が失われたり店を閉めざるを得なくなってしまう。本書での議論がどこまで現実に即しているのか、普段商店街というものと触れていない僕には解らない部分も多いけど、一方的に大型ショッピングモールを悪とするだけの議論には意味がないのかもしれない、と思わせてくれる一冊でした。
あまり内容に触れ過ぎると、書きたいことは山ほどあるんで、内容のあらゆることまで触れてしまいそうな気がするので、とりあえずこれぐらいにしておきます。是非読んでみて欲しいです。
いくつか気になった文章を抜き出して終わろうと思います。
『2009(平成21)年に成立した民主党政権は、子ども手当の実施などにより、個々人に対する生活保障を手厚く配分している。しかし、そこで見失われつつあるのは、地域社会をいかに安定させるかという視点である。個人を支えることも重要であるが、その生活を支えるためにも、地域社会の基盤を整えることが重要である。』
『こうした状況が生まれるのは、消費のために生産がある、との原則を忘却しているからだ、と竹内は言う。本来、経済活動とは、暮らしに必要なものを消費することだった。だが、いまは、生産活動がすべてに優先されている。そして、生産されたものを、いかに消費させるかが考えられる。こうして市民は、企業に利潤を確保させるために、消費がなかば矯正されるという状況に追い込まれているという。』
大型ショッピングモールが商店街を崩壊させているという、なんとなく多くの人が持っているだろうイメージを覆すきっかけとなる作品です。実際に商店街というものに、あるいは商店街で働いている人に普段触れる機会のない僕には、実際のところどうなのか解らないけど、政治・社会・経済など様々な視点から複層的に語られる『商店街』という存在についての描写には色々納得させられる部分があります。著者は自身の商店街に対するスタンスとして、『「商店街」という理念は評価できるが、それを担う主体に問題があった』と書く。そして、『商店街』をもう一度よみがえらせるための提言も行う。考えたこともなかった話の連続で、物凄く刺激的な作品でした。是非読んでみてください。
新雅史「商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道」
本書は社会学者である著者が、経済的な観点からだけではなく、政治や社会も含め、『商店街』というものがどのようにして生まれ、そしてどうして滅び行くのかを明らかにしていく一冊です。
先に感想を書いておくと、これは素晴らしかったなぁ!前評判が凄くよかったんだけど、やっぱりこれは凄くよかった。僕もそうだけど、なんとなく商店街って、大規模なシッピングモールが出店してるから打撃を受けて潰れてる、っていう風にしか見てないと思う。確かにそれは一面の事実としてあるだろうけど、決してそれだけが原因なわけではない。それを探るためにはまず、『何故商店街が生まれたのか?』というところから掘りさげなくてはいけない。
商店街というのは、古い起源を持つものだ、とされているようだ。しかし本書では、商店街というものを、ただ店が寄り集まったもの、というだけではないものとして捉える。多くの商店が集まっているという空間的現象だけでは説明できない『何か』を持つ『商店街』というものがいつ生まれたのか、それをまず追う。
第一章ではまず、戦後日本の安定に「自営業の安定」も存在した、ということを示す。
これまでは、「雇用の安定」こそが、戦後日本を政治的・経済的に安定させてきた、と語られてきた。しかし、それは正しい認識ではない。何故なら『雇用者(サラリーマン)』と共に、『都市自営業者』も増えていたからだ。
農業が不況に陥り、地方から人材が都会に流入してくると、仕事がない彼らは零細自営業を営むようになる。そしてこれがもう一翼となり、日本を安定させていたのだ、という。そしてその安定の要になっていたのが、近代になって発明された『商店街』というシステムであることを見る。
第二章で、何故『商店街』が生まれたのか、を見る。ここでは、農村からの流入者が零細自営業を始めることで危機感を覚えた都市住民が作り上げた『協同組合』、安定価格で商品を供給するために政府が作ろうと目論んでいた『公設市場』、広まりつつあった新たなる販売形態である『百貨店』。この三者が零細自営業とどのように関わり、零細自営業を追い詰めていったかをみると共に、専門性もなく作っては潰しが続いていた零細自営業の現状を解消するために、まとまることで『規模を大きく』し、『専門性』を付与し、かつ先の三者の利点が盛り込まれた『商店街』が発明される流れが描かれる。また、商店街という発明が広まった背景には、満州事変による物資不足があったことなど、その広まりの背景なども描かれる。
第三章では、商店街の理念がどのように忘却され、その一方で何故か商店街が増殖していくという過程を見る。
戦後日本は、製造業中心の社会設計を目指したが、さらに重要な目標として、完全雇用の実現があった。この実現のために、第三次産業への雇用の振り分けが行われたのだけど、当時第三次産業は『潜在的失業者』と呼ばれる環境だった。そこで政府は、完全雇用実現のため、第三次産業への保護を推し進めていくことになる。
やがてそれは、商店街の既得権益となっていく。
経済成長を実現したことで、商店街を放っごする意味合いを失ったものの、商店街は自民党の支持基盤として強大な圧力を持つようになる。百貨店やスーパーマーケットを規制する法律の制定などで働き、そのような動きから、商店街は『既得権益集団』として見られるようになっていく。零細自営業への様々な批判が巻き起こるが、政府は保護を止められない。それは、大企業が受け入れない雇用を零細自営業が吸収しているから完全雇用が成り立っているのだ、という主張に反論できずにいたからだ。そういう、商店街が政治と結びついていく過程が描かれる。
第四章では、いかにして商店街が崩壊していったのかが描かれる。その中心にあるのが、コンビニと日米構造問題協議。
コンビニがこれほど日本に広まった要因は、零細自営業者がコンビニに乗り換えたからだ。そしてその背景には、オイルショック後の日本が諸外国の現状を反面教師にして推し進めた「日本型福祉社会」という構想がある。これはざっくり言うと、終身雇用と専業主婦というモデルに当てはまらない層は例外だとするもので、零細自営業者たちはその状況から逃れるという理由もあって、コンビニに鞍替えした。
もう一方の日米構造問題協議は、日米貿易摩擦に関するもの。当時対米貿易に関して黒字だった日本は、アメリカから、日本人は生産をするくせに消費をしないから貿易問題が起こると主張。改善を求めるが、しかし日本の流通問題は複雑で、これまで企業は手を出せずにいた。しかし、ようやく政府は、零細自営業に対する規制緩和を実行し、それが商店街を崩壊させる要因となった。
そして第五章で、これから商店街はどうあるべきなのかという、著者なりの提言が行われる。
というような流れです。
ホント、素晴らしい内容でした。僕は、商店街が既得権益集団だったということも知らなかったし、コンビニ増加の背景も知らなかった。労働力の流動化や国の方針などが、これほどまでに複雑に絡みあって『商店街』というものが生み出され継続し、そして崩壊していくという過程が物凄く説得力のある形で描かれるので、勝手なイメージで描いていた『大型ショッピングモールが商店街を潰す』という単純な図式を自分の頭の中で修正しなくちゃいけないな、という感じがしました。
本書の巻末に、何故商店街が崩壊したのかという理由を、簡潔に二つにまとめている。
一つは、『既得権益集団になったこと』。そしてもう一つは『(コンビニへの移行により、当初商店街の理念にあった)専門性が失われたこと』だと書いている。本書を読むと、確かにその通りかもしれない、と納得出来る。既得権益集団になったことで、零細自営業の経営を子供以外に譲り渡さないという不合理な選択が行われ、結果店を閉めてしまうことになる。また、生き残りを賭けてコンビニに転業したことで専門性が失われ、それもまた内部から商店街を崩壊させることになった。もちろん、大型ショッピングモールも出店も、大きな影響を与えていることだろうし、現実的に大型ショッピングモールばかりがあり商店街が崩壊することで、買い物難民が発生しているという現実もある。でもそれは、あくまでも表層に過ぎないのかもしれない。
商店街が当初持っていた理念は、素晴らしいものだったし、著者はその復活を望んでいる。徒歩で行ける小さな商圏に専門性が多様な店舗が集まることで、ただ店が連なっているというだけではない環境を提供する商店街という仕組みの良さを、東日本大震災を機に再認識したという人もいるかもしれない。しかし、商店街の素晴らしい理念は、商店街が既得権益集団になってしまったことで批判され見えにくくなり、また既得権益を親族以外に手放したくないという思いから、結果的に専門性が失われたり店を閉めざるを得なくなってしまう。本書での議論がどこまで現実に即しているのか、普段商店街というものと触れていない僕には解らない部分も多いけど、一方的に大型ショッピングモールを悪とするだけの議論には意味がないのかもしれない、と思わせてくれる一冊でした。
あまり内容に触れ過ぎると、書きたいことは山ほどあるんで、内容のあらゆることまで触れてしまいそうな気がするので、とりあえずこれぐらいにしておきます。是非読んでみて欲しいです。
いくつか気になった文章を抜き出して終わろうと思います。
『2009(平成21)年に成立した民主党政権は、子ども手当の実施などにより、個々人に対する生活保障を手厚く配分している。しかし、そこで見失われつつあるのは、地域社会をいかに安定させるかという視点である。個人を支えることも重要であるが、その生活を支えるためにも、地域社会の基盤を整えることが重要である。』
『こうした状況が生まれるのは、消費のために生産がある、との原則を忘却しているからだ、と竹内は言う。本来、経済活動とは、暮らしに必要なものを消費することだった。だが、いまは、生産活動がすべてに優先されている。そして、生産されたものを、いかに消費させるかが考えられる。こうして市民は、企業に利潤を確保させるために、消費がなかば矯正されるという状況に追い込まれているという。』
大型ショッピングモールが商店街を崩壊させているという、なんとなく多くの人が持っているだろうイメージを覆すきっかけとなる作品です。実際に商店街というものに、あるいは商店街で働いている人に普段触れる機会のない僕には、実際のところどうなのか解らないけど、政治・社会・経済など様々な視点から複層的に語られる『商店街』という存在についての描写には色々納得させられる部分があります。著者は自身の商店街に対するスタンスとして、『「商店街」という理念は評価できるが、それを担う主体に問題があった』と書く。そして、『商店街』をもう一度よみがえらせるための提言も行う。考えたこともなかった話の連続で、物凄く刺激的な作品でした。是非読んでみてください。
新雅史「商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道」
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経済学を憎んでいるのか、経済学を理解できないのか……。:商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道
商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)作者: 新 雅史出版社/メーカー: 光文社発売日: 2012/05/17メディア: 新書 よく調べられているけど、説得力はない...