消失グラデーション(長澤樹)
内容に入ろうと思います。
高校生の椎名康は、校内の一角に<背徳の死角>と呼ぶスペースを確保している。四方を囲まれたスペースで、ほとんどの生徒がそこを見向きもしない。だから、気に入った女子生徒をそこに呼び出して、ちょっといやらしいことをしたりしている。女を取っ替え引っ替えしている、っていう噂は、校内で流布されている。まあ、事実だから仕方が無い。
そんな逢瀬の最中、校内で数少ない友人(友人と呼んでいい関係か難しいけど)である樋口真由がやってきた。なんでこの場所が…。戸惑う椎名に樋口は、とある映像を見せる。
椎名の逢瀬が映し出されていた…。
実は樋口は、ヒカル君の侵入を警戒していた。ヒカル君というのは、ちょっと前に校内を騒がせた窃盗犯で、目撃者は少ないものの、美少年だと言われている。ヒカル君の登場を契機に校内の防犯システムが見直され、北門と正門には監視カメラが設置されたのだが、樋口は、ヒカル君が次に侵入するとしたら<背徳の死角>からだと読んだ。学校側に<背徳の死角>の危険性を訴えるも聞き入れてもらえず、放送部員である樋口は(ただし藤野学院における放送部は、映像での放送を指す)自ら<背徳の死角>のカメラを仕掛け、ヒカル君の侵入を警戒していたというわけだ。そこに勝手に椎名が写り込んで邪魔なのだ、という。
藤野学院の女子バスケ部は強い。全国レベルの成績を残している。その立役者となったのが、去年まで在籍していた伊達というエースと、伊達と完璧なコンビを組んだ椎名らとの同級生である網川緑だ。網川は、中学時代から既に大きな注目を集めていて、女子バスケ部のコーチであり、かつて全日本メンバーでもあった坪谷があらゆる手段を使って藤野学院に引き込んだ逸材であり、また読者モデルとしても活躍している。
しかしその網川は今、バスケ部の中で孤立し始めている。椎名には、その理由はよくわからない。
ふとしたことから、それまで遠目に見るだけの存在だった網川と関わることになる。網川は、一体何を抱え、何と闘っているのか…。
というような話です。
なるほど、これはよく出来た作品だったなぁ。今年のミステリ作品の中で、少なくとも僕に聞こえてくる範囲では物凄く高い評価を受けている作品。新人のデビュー作ということを考慮に入れなくても、この作品のレベルは凄く高いと思う。
本書には、結構みんなが騒ぐだけの理由があるのだけど、僕個人としては、その部分そのものにはさほど強い思い入れはない。確かにめちゃくちゃうまいし、なるほど!という感じなのだけど、僕はそこよりももっと好きな部分があるのだ。
本書は、ストーリーがまず凄くいい。一応、作品をジャンル分けしようとすれば、本格ミステリということになるだろうと思う。密室だの人体消失だのというようなお膳立てはばっちりだし、ちょっと歪ではあるけど、樋口・椎名というホームズ・ワトスンコンビは素晴らしい。精緻に組み上げられているという感じで、ミステリのことを詳しく分析できるだけの知識も力もないけど、論理的に議論を進めていきながら最後の解決まで突き進んでいく過程は見事だと思う。
でもそれ以上に、青春小説として、学園小説として僕は素敵だなぁと思いました。本書には、高校という狭い空間の中に、様々な鬱屈や支配が隅々にまで散らばっている。普段それらは、別々に存在している。確かに、主人公の椎名はそれらと個別に深く関わりを持つのだけど、でもそれはあくまでも椎名の視点でのみだ。しかし、校内で様々な出来事や事件が起きることで、それらの鬱屈や支配が徐々に引き寄せられ、一箇所に固まっていく。その動きを阻止しようとしたい者もいるし、視界に入っているけど無視する者もいる。もちろん敢えて首を突っ込む者もいて、そうやって少しずつ、それらの鬱屈や支配が解体され、あるいは露見されていくことになる。その過程が凄く巧い。そしてそれらが、ミステリ的な部分と凄く巧く絡み合っている。それらが別個に存在している作品だったら、僕の中ではそこまで響く作品にはならなかっただろう。でも本書は、青春だなぁという部分と、ミステリだなぁという部分が、凄くいい形で融合している。これを新人のデビュー作でやってのけちゃうんだから凄いなぁ、と思いました。
特に僕が好きなのは、椎名と樋口の二人。この二人の存在が、本書の存在を異質にしている。椎名も樋口も、校内では浮いた存在だ。迫害されている、というところまでは全然いかないけど、少なくとも積極的に関わろうという人間は少ない。そういう者同士だからよく一緒にいる、というわけでもなさそうなのが椎名と樋口の関係性の凄く興味深いところで、この二人が関わる描写は凄く好きだ。
椎名も樋口も、素敵な歪み方をしている。この『素敵な』というのは、僕が歪んだ人が大好きだ、という理由からなんだけど、ホントに凄くいい。徹底的にねじ曲がってるし、行動原理が異質だ。でもどちらとも、思考や行動が一貫している。それも、凄く好きな点だ。彼らにとって、高校という日常さえ日々戦場なのであって、気を許せることは少ない。椎名と樋口は、その歪み方がお互いを補える形だったのか、二人でいる時は凄く自然な形でいることが出来る。そういう、鬱屈を抱えたままでしか生きることが出来ない若者たちの、それでも日々どうにか前に進んでいく、みたいな部分が僕は本当に好きで、本書の他の様々な部分よりも、そういうところの方が好きでした。
特に僕は、樋口に惹かれるなぁ。樋口は放送部員でありながら、ヒカル君や他の様々な事件を自分で解こうとするんだけど、その頭のキレっぷり、そして椎名へのあしらい、対外的な優等生っぷり、そういう部分すべてがツボだったなぁ。すげぇ好きです。樋口みたいな女性がいたら惹かれるだろうなぁ、きっと。
本格ミステリ作品の場合、この謎はどうなっていくのだろう、みたいな興味がまず先頭に立って物語を引っ張っていくのだろうと思うのだけど、本書の場合、もちろんそういう部分もあるのだけど、それ以上に、本書に出てくる人間たちがどうなっていくんだろう、という興味の方が先に立つような気がする。それだけ、謎以外の部分でも読ませる作品だと思う。というか僕は、そういう部分の方が好きでした。そういう風に読んでいくからかなぁ、最後でそれがうまい効果を生み出すのかなぁとか思ったりしました。
もう少し色々と書きたいことがあるのだけど、まあちょっと色々難しいのでこの辺で止めておこうかな。最近ミステリ作品への興味が昔ほど持てなくて、この作品も、5年ぐらい前に読んでたらもしかしたらもっと響いたかなぁ、という気がしなくもないのだけど、もちろん今の僕でも本書はなかなかいいなぁ、と思えました。僕が知っているミステリ読みの人たちがこぞって絶賛しているので、ミステリ読みの人が読んでも十分耐えうる、というか驚きをもたらす作品なんだと思います。是非読んでみてください。
長澤樹「消失グラデーション」
高校生の椎名康は、校内の一角に<背徳の死角>と呼ぶスペースを確保している。四方を囲まれたスペースで、ほとんどの生徒がそこを見向きもしない。だから、気に入った女子生徒をそこに呼び出して、ちょっといやらしいことをしたりしている。女を取っ替え引っ替えしている、っていう噂は、校内で流布されている。まあ、事実だから仕方が無い。
そんな逢瀬の最中、校内で数少ない友人(友人と呼んでいい関係か難しいけど)である樋口真由がやってきた。なんでこの場所が…。戸惑う椎名に樋口は、とある映像を見せる。
椎名の逢瀬が映し出されていた…。
実は樋口は、ヒカル君の侵入を警戒していた。ヒカル君というのは、ちょっと前に校内を騒がせた窃盗犯で、目撃者は少ないものの、美少年だと言われている。ヒカル君の登場を契機に校内の防犯システムが見直され、北門と正門には監視カメラが設置されたのだが、樋口は、ヒカル君が次に侵入するとしたら<背徳の死角>からだと読んだ。学校側に<背徳の死角>の危険性を訴えるも聞き入れてもらえず、放送部員である樋口は(ただし藤野学院における放送部は、映像での放送を指す)自ら<背徳の死角>のカメラを仕掛け、ヒカル君の侵入を警戒していたというわけだ。そこに勝手に椎名が写り込んで邪魔なのだ、という。
藤野学院の女子バスケ部は強い。全国レベルの成績を残している。その立役者となったのが、去年まで在籍していた伊達というエースと、伊達と完璧なコンビを組んだ椎名らとの同級生である網川緑だ。網川は、中学時代から既に大きな注目を集めていて、女子バスケ部のコーチであり、かつて全日本メンバーでもあった坪谷があらゆる手段を使って藤野学院に引き込んだ逸材であり、また読者モデルとしても活躍している。
しかしその網川は今、バスケ部の中で孤立し始めている。椎名には、その理由はよくわからない。
ふとしたことから、それまで遠目に見るだけの存在だった網川と関わることになる。網川は、一体何を抱え、何と闘っているのか…。
というような話です。
なるほど、これはよく出来た作品だったなぁ。今年のミステリ作品の中で、少なくとも僕に聞こえてくる範囲では物凄く高い評価を受けている作品。新人のデビュー作ということを考慮に入れなくても、この作品のレベルは凄く高いと思う。
本書には、結構みんなが騒ぐだけの理由があるのだけど、僕個人としては、その部分そのものにはさほど強い思い入れはない。確かにめちゃくちゃうまいし、なるほど!という感じなのだけど、僕はそこよりももっと好きな部分があるのだ。
本書は、ストーリーがまず凄くいい。一応、作品をジャンル分けしようとすれば、本格ミステリということになるだろうと思う。密室だの人体消失だのというようなお膳立てはばっちりだし、ちょっと歪ではあるけど、樋口・椎名というホームズ・ワトスンコンビは素晴らしい。精緻に組み上げられているという感じで、ミステリのことを詳しく分析できるだけの知識も力もないけど、論理的に議論を進めていきながら最後の解決まで突き進んでいく過程は見事だと思う。
でもそれ以上に、青春小説として、学園小説として僕は素敵だなぁと思いました。本書には、高校という狭い空間の中に、様々な鬱屈や支配が隅々にまで散らばっている。普段それらは、別々に存在している。確かに、主人公の椎名はそれらと個別に深く関わりを持つのだけど、でもそれはあくまでも椎名の視点でのみだ。しかし、校内で様々な出来事や事件が起きることで、それらの鬱屈や支配が徐々に引き寄せられ、一箇所に固まっていく。その動きを阻止しようとしたい者もいるし、視界に入っているけど無視する者もいる。もちろん敢えて首を突っ込む者もいて、そうやって少しずつ、それらの鬱屈や支配が解体され、あるいは露見されていくことになる。その過程が凄く巧い。そしてそれらが、ミステリ的な部分と凄く巧く絡み合っている。それらが別個に存在している作品だったら、僕の中ではそこまで響く作品にはならなかっただろう。でも本書は、青春だなぁという部分と、ミステリだなぁという部分が、凄くいい形で融合している。これを新人のデビュー作でやってのけちゃうんだから凄いなぁ、と思いました。
特に僕が好きなのは、椎名と樋口の二人。この二人の存在が、本書の存在を異質にしている。椎名も樋口も、校内では浮いた存在だ。迫害されている、というところまでは全然いかないけど、少なくとも積極的に関わろうという人間は少ない。そういう者同士だからよく一緒にいる、というわけでもなさそうなのが椎名と樋口の関係性の凄く興味深いところで、この二人が関わる描写は凄く好きだ。
椎名も樋口も、素敵な歪み方をしている。この『素敵な』というのは、僕が歪んだ人が大好きだ、という理由からなんだけど、ホントに凄くいい。徹底的にねじ曲がってるし、行動原理が異質だ。でもどちらとも、思考や行動が一貫している。それも、凄く好きな点だ。彼らにとって、高校という日常さえ日々戦場なのであって、気を許せることは少ない。椎名と樋口は、その歪み方がお互いを補える形だったのか、二人でいる時は凄く自然な形でいることが出来る。そういう、鬱屈を抱えたままでしか生きることが出来ない若者たちの、それでも日々どうにか前に進んでいく、みたいな部分が僕は本当に好きで、本書の他の様々な部分よりも、そういうところの方が好きでした。
特に僕は、樋口に惹かれるなぁ。樋口は放送部員でありながら、ヒカル君や他の様々な事件を自分で解こうとするんだけど、その頭のキレっぷり、そして椎名へのあしらい、対外的な優等生っぷり、そういう部分すべてがツボだったなぁ。すげぇ好きです。樋口みたいな女性がいたら惹かれるだろうなぁ、きっと。
本格ミステリ作品の場合、この謎はどうなっていくのだろう、みたいな興味がまず先頭に立って物語を引っ張っていくのだろうと思うのだけど、本書の場合、もちろんそういう部分もあるのだけど、それ以上に、本書に出てくる人間たちがどうなっていくんだろう、という興味の方が先に立つような気がする。それだけ、謎以外の部分でも読ませる作品だと思う。というか僕は、そういう部分の方が好きでした。そういう風に読んでいくからかなぁ、最後でそれがうまい効果を生み出すのかなぁとか思ったりしました。
もう少し色々と書きたいことがあるのだけど、まあちょっと色々難しいのでこの辺で止めておこうかな。最近ミステリ作品への興味が昔ほど持てなくて、この作品も、5年ぐらい前に読んでたらもしかしたらもっと響いたかなぁ、という気がしなくもないのだけど、もちろん今の僕でも本書はなかなかいいなぁ、と思えました。僕が知っているミステリ読みの人たちがこぞって絶賛しているので、ミステリ読みの人が読んでも十分耐えうる、というか驚きをもたらす作品なんだと思います。是非読んでみてください。
長澤樹「消失グラデーション」
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面白い作品ですよね、ホント!
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ありがとうございます(´・_・`)