写楽 閉じた国の幻(島田荘司)
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内容に入ろうと思います。
本書は、島田荘司が小説家デビューをした当初からアイデアとしては持っており、様々な事情によってようやく書く体制を整えることが出来た、江戸時代の天才絵師「写楽」の謎を追う物語です。
さて、本書の内容に入る前にまず、「写楽問題」について整理しましょう。
写楽は誰なのか?という問題は、これまで大きな論争を生み出してきた。何故それほどまでに、写楽は謎めいた存在なのか。
まず写楽は、当時の江戸で大人気となったはずだ。これは、版画の元の板が大量に残っていることから明らかだ。売れて刷りまくったからこそそれが大量に残っているわけで、売れなかったはずがない。
しかし写楽は、寛政6年の5月からたったの10ヶ月しか歴史上の登場しない。それ以降、まったく姿を表さないのだ。何故それほど大々的に売れたはずの写楽が、たったの10ヶ月で歴史上から姿を消してしまうのか。
また、写楽は、当時の一大版元である蔦屋重三郎が歌舞伎絵を刊行したのだが、その扱いがハンパではない。当時の大スターである北斎や歌麿のデビューの時だってここまでやらないだろう、という驚異的な売り出し方だったのだ。デビュー時から28点同時刊行、しかも黒雲母摺という豪華版。こんな扱いを受けた絵師は、写楽以外に存在しないのだ。何故蔦屋重三郎は、まったく無名だったはずの写楽に対して、こんな扱いをしたのか。
まだある。写楽は当時の江戸で大々的に話題になったはずだ。しかし、蔦屋重三郎と関わりのあった絵師も、蔦屋重三郎自身も、写楽が登場しなくなって以降、一切話題に載せないのだ。蔦屋重三郎と関わりのあった絵師は、確実に写楽と会っているはずだ。蔦屋重三郎がそれほど思い入れ、しかも28点も一気に刊行させたのだ。蔦屋重三郎と関わりのあった絵師が誰一人写楽と会っていないとは、考えにくい。しかし彼らは一様に、写楽の話題を出さない。これは、写楽問題を考える上で、非常に重要で難しい問題だ。
また写楽は、当時の歌舞伎絵の常識を逸脱している。当時の歌舞伎絵は、実物よりも綺麗に描くことが当然だった。また、ブロマイドとしての性質もあったのだから、千両役者のような超人気役者ばかりの歌舞伎絵ばかりが流通していた時代だ。
しかし写楽は、千両役者だけではなく、端役の役者も同じように描いた。しかも、実物より綺麗に描くものだという当時の常識を覆し、見たまま実物を描いた。これは、当時の常識から外れまくっているので、当時の江戸で売れるはずがないのだ。しかし蔦屋重三郎は、写楽を大々的に売りだした。写楽がなぜ、端役の役者も描いたのか、そして見たままそのものを描いたのか。それも謎のままだ。
実は写楽の謎というのはまだまだあるのだけど、多すぎるのでこれぐらいにしておこう。
この謎めいた人物が誰だったのか、数多くの人間がこれまで様々な説を唱えてきた。その中に、「別人説」と呼ばれるものがある。これは、「写楽とは、当時の有名人の別名である」という考え方だ。絵の才能が世界クラスであること、当時の出版界の重鎮である蔦屋重三郎と繋がりがあったこと。それらから考えて、当時のメジャーだった誰かが、写楽という別名で絵を描いたのではないか、という考え方が広まっていく。というか、そうとでも考えないと説明がつかないのだ。
しかし、その「別人説」には決定的な欠陥が存在する。それが、先ほど挙げた、「誰も写楽の正体に言及しなかった」という点だ。写楽は別に、何か悪いことをしたわけではない。というか、当時の江戸ではスターだっただろう。だったら、後々誰かが「実は俺が写楽だったんだ」と話に出してもいい。しかしそういう痕跡を、どんな資料を漁っても確認することが出来ないのだ。
さて、島田荘司は、「佐藤貞三」という、北斎研究家を主人公に据えて、どの方向に進んでも隘路にはまってしまう、この超難問である「写楽問題」に挑む。
貞三は、不運な事故から息子を失い、さらに結婚生活も破綻し、望みはつい先日発見したばかりのたった一枚の紙切れだけだった。大阪中央市立図書館で発見したその資料は、貞三に、これはとんでもなく重要なものだとメッセージを送る。
その一枚の紙に導かれるようにして写楽問題に関わっていくことになる貞三。あるきっかで東大教授と出会ったことで、貞三の仮設は進展し、未来が拓けていくように思えるが…。
というような話です。
本書は、まあ小説としての評価はとりあえず後回しにしましょう。このブログで写楽の謎について言及することは出来ないけど、まずその辺りから。
本書で島田荘司が提示している結論は、僕としては非常に納得感のあるものでした。僕は「写楽問題」についてはほとんど知りません。昔、高橋克彦の「写楽殺人事件」という本を読んだことがあって、恐らくそこでも「写楽問題」は取り上げられていたはずですけど、正直、ほとんど覚えていません。だから僕は本書を読んで、初めて「写楽問題」を知ったと言ってもいいかもしれません。
ちょっと読みながら、ものすごく興奮しました。マジかよ!そんなことがありえるんかい!うぉー、凄っ!というような感じで、恐らく島田荘司も感じたであろう興奮を、僕自身も追体験するような形で感じました。
本書で提示される結論は、本書で様々な場面で描かれた「写楽問題」のほとんどすべてを見事に説明していると感じました。「写楽問題」を提示された時は、これに納得感のあるまっとうな結論を導くことは無理だろう、と感じました。それぐらい、「写楽問題」というのは支離滅裂で、どこをどう押したり引いたりしても、まともな結論が出てこないように思いました。
でも、本書で提示される結論は、魅力的でした。なるほど、そう考えれば、確かにあらゆることに説明がつくなという、非常にしっくりくる結論だったわけです。
でも、それを思いついた貞三にしても、それは誇大妄想だろう、と初めは思いました。詳しいことは本書を読んで欲しいけど、ありとあらゆる条件が奇跡的に積み重ならないと、絶対に成立しないような、そういう綱渡り的な仮設だったからです。
そして、本書が物語的に面白くなるのは、僕はここからだと思っています。本書で、そんなことがホントにありえるのか?と思うような前代未聞の仮設が提示されてから、その仮設を検証するまでの過程。ここがもう、実にスリリングでした。貞三は、再三落胆する。やっぱりそうか。そんなに都合のいいように現実は動かないよな、と。しかしその度に、奇跡的な発見や、誰もが忘れていた盲点などに気づいて、その度毎に奇跡的に前進していく。そしてついに、誰もが不可能だ、ありえないと思った仮設が、あらゆる資料に基づいて「不可能ではない」というところまでたどり着くわけです。この臨場感は、見事だと思いました。
本書は、現代編と江戸編という二つのパートがあって、下巻の半分ぐらいはこの江戸編になっている。この江戸編では、島田荘司が打ち立てた仮設を元に、恐らく当時写楽の周りでこんなことが起こっていたのではないか、という想像の物語が描かれていくのだけど、これも臨場感があって見事でした。詳細については書けないけど、なるほどこんなことが実際に起こったかもしれないと信じてもいいくらい、リアルに感じられる物語が展開されていきます。特に、蔦屋重三郎の描かれ方が素晴らしくて、こんな人物がいたからこそ写楽は世の中に出てきたのだし、そして、その当時、写楽を世に出すことを一つの使命のように感じていた蔦屋重三郎の人物の大きさに打たれるわけです。本書が小説として優れている部分はその二点、仮設が登場してからそれが検証されるまでと、下巻で長々と描かれる江戸編の描写だと僕は思っています。
逆に、そうではない部分の物語は、正直、イマイチかなという感じはしました。冒頭、貞三の息子が死んでしまう部分の比重が全体の中で大きすぎるし、冒頭で登場した謎の紙切れについても、尻切れトンボのままでした。まあこれについては、島田荘司が解説で言い訳をしていて、あまりにも熱を入れすぎたのか、連載時に書いた原稿を相当数削らなくてはいけなくなったようで、そのためにストーリー上齟齬をきたしている部分もある、と書いています。正直、上巻を読んでいる時はそれなりには面白かったんですけど、下巻を読むと、上巻はなんだったんだ…と思わされるほど圧倒的な面白さで、惹き込まれました。
本書で提示された結論が、学界でどんな風に扱われているのか、それは知りません。突拍子もなさすぎる仮設なので無視されているかもしれないし、逆に島田荘司が提示した方向で研究が進んでいるかもしれない。どうかわかりませんけど、僕の中では「写楽問題」はこれで解決したと言ってもいいような気がしています。これは本当に、小説家だからこそ説得力のある形で提示できた仮説であって、そういう意味で「写楽問題」と島田荘司は、奇跡的な出会いだったのだろうな、という感じがします。
あとがきで島田荘司は、本書の連載を開始した時点で、この仮説の肝となる資料は発見されていなかった、と書いています。そこを見切り発車のままスタートしたというのは物凄いことで、結果的に発見できたにせよ、ホントに色んな奇跡がこの作品を生み出したのだろうなという感じがしました。
「写楽問題」が何か分かっていない人にも、本書では繰り返し「写楽問題」の不思議さについて語られるので大丈夫です。写楽は誰なのか、という、これまで誰も辿り着くことが出来なかった聖杯に、見事に行き着いているように感じられる、知的興奮に満ち溢れた作品だと思います。是非読んでみて下さい。
島田荘司「写楽 閉じた国の幻」
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