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うみべの女の子(浅野いにお)



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内容に入ろうと思います。
中学生の佐藤小梅は、どちらかと言えば地味系女子だけど、メンクイ。で、タイプの三崎先輩に強制フェラさせられて、なんだかモヤモヤして、気持ちの整理がつかなくて、だから磯辺とセックスした。
「じゃあ俺と付き合ってくれんの?」と聞く磯辺に、小梅は「ごめん…やっぱりあたし磯部のこと好きじゃないし」と返す小梅。
磯辺の両親は、なかなか家に帰ってこない。小梅は、時々磯辺の家にやってきては、ダラダラしたり、セックスをして帰ったりする。キスだけは嫌、なんて言い続けながら。磯辺も懲りずに、俺とは付き合ってくれないの?なんて言いながら。
見ているものが全然違う二人。立っている場所が全然違う二人。その二人が、何故か身体だけ先に繋がってしまう。身体を重ねながら二人は、言葉も重ねていく。二人の上には決して降り積もらない、どこに消えていくのかもわからない言葉を。
二人で、消えていくものをやり取りし合う。留まらないものを渡し合う。時間だけは、律儀に、二人の上に降り積もっていく…。
というような話です。
僕はやっぱり、浅野いにおは好きだなって思います。そんなに作品は読んだことはないんですけど、作品全体に漂う空気感みたいなものが、やっぱり好きなんだよなぁ。
本書は、一歩間違えればただの「男の妄想マンガ」だと思います。だって、磯部の視点からすれば、「好きで告白したことのある女の子から、突然セックスしようって言われる。しかも、継続的に、あんなことやこんなことまでしちゃう!」っていう、男からすればまあウハウハな設定なわけで、いいなー、磯辺ずるいなー、なんて思いながら読んでいましたよ。ええ、磯辺先輩、羨ましいっす!
けど、本書は、屈折した思いが様々に折り重なることで、ただの「男の妄想マンガ」ではない作品に仕上がっていると思う。
磯辺は、世界に対してどうしようもない憎悪を抱えている。それは、磯辺という個人の輪郭からはみ出すほど大きなものだ。でも、磯辺はそれを隠して生きている。なるべく、悟らせないように生きている。磯辺の内側には、とてもとても広大無辺な世界が広がっている。そこは、暗くて寂しくて憎しみに満ちていて、そんな世界の存在を常に意識しながら磯辺は、クソみたいな毎日をどうにか生きている。
磯辺にとって世界は、息苦しい場所だ。口元まで水がせり上がっているような、吸っても吸っても空気が足りないような、そういう場所だ。何が磯辺をそうさせたのか、それはじわりと描かれていくのだけど、でもやはり多くは語られない。
小梅の有り様は、男からすると謎めいている。何故小梅が、好きでもない磯辺に付きまとっているのか。恐らくそれは、小梅自身にも説明できない感情だったのかもしれない。女子ならみな小梅のように動くというわけでもないだろう。小梅は、たまたまそういうように動く女の子で、そこにたまたま磯辺がいた。
小梅は磯辺とは逆に、自分のいる世界のことが全然把握出来ていない。自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか、何を考えているのか。小梅はきっと、自分の身体が触れたものしか感じ取ることが出来ない。思考の触手を伸ばしたり、想像力の翼を広げたりすることが、きっと苦手だ。それは、頭が悪いということではないと思う。磯辺が考えすぎている部分もあるだろうし、女性はそもそもそういうのが苦手なのかもしれないし、14歳という年齢のこともあるだろう。
そういう中で、自分の手で、口で、身体全体で触れることになった「磯辺という身体」は、次第に小梅の世界を広く占めるようになって言ったのかもしれない。
「好き」っていう感覚ってなんだろうって、青臭い若者みたいなことを言ってみる。僕には案外、みんながその部分を深く考えないで生きているように見える。みんな、まるで自分はそれについてきちんと知っているというような体で、知っていることが当然であるかのような顔で生きていて、だから、そういう風に振る舞えない人間は、悩む。自分には、「好き」ってなんなのかわからない、って。
磯辺と小梅の関係性は、初めからその部分をすっ飛ばすことが出来た。磯辺は男らしい性欲によって、小梅は女らしい感情によって。二人は、「好き」を保留することで、前進した。そしてそれは、決して間違いではないのではないかと思う。
僕が一番好きなシーン。2巻の182ページから187ページ。小梅は、「好き」を保留しながら前進したからこそ、ここまで辿りつくことが出来た。「好きかどうか」から入っていたら、永遠にたどり着くことが出来なかった場所だっただろう。小梅にとってその経験は、新しい世界の広がりだったことだろう。誰が見ても、磯辺と小梅の関係は「正しくない」というだろう。でも、本当にそうか?間違っているのは、「好き」についてわかっているフリをしている人間の方ではないか?小梅が行き着いたその場所は、「正しいルート」を通らずにたどり着いてはいけない場所なのか?
僕は、磯辺と小梅の「嘘を通さない会話」が好きだ。
「好き」を保留して身体を重ねるところまで一気に辿りついた二人は、そもそもの最初から、相手に見栄を張ったり、綺麗な言葉を積み重ねたりする必要がなかった。お互い、初めから罵り合いながら、初めから馬鹿にしながら、相手に真っ直ぐ届く鋭い言葉のやり取りをすることが出来た。
たぶんそれは、磯辺にとっては救いだったのではないかと思う。恐らくそれは、セックス以上に。
自分の言葉の届く相手。磯辺にとって、そんな相手はほとんどいないだろう。暗黒の世界と常に背中合わせで生きている磯辺には、想像力もなくヌルい世界で生きている者たちに言葉を届かせようとも思っていないだろう。だからこそ、小梅との会話は、ある種救いだったのではないか。ある種の救いになっていたからこそ、磯辺はあそこで、あれほど怒ったのではないか。お前が、そんな奴だとは思わなかった、と。
磯辺と小梅の関係性は、少しずつ変化していく。それは、散発的で、まとまりがない。物語的ではないように感じられる。はっきりとした輪郭を切り取らないまま、ぼんやりとしたまとまりを少しずつ動かしながら、じわじわと変化を生み出していく。輪郭をはっきり切り取った方が、物語的に盛り上がるように出来るだろう。しかし、そうすればそうするほど、リアルさが失われていく。僕らは知っている。僕らが生きている世界のどんなものだって、輪郭なんかはっきりしないんだと。進むべき方向性も、あり得べき未来も、全部、行き当たりばったりなのだと。だから、フィクションに、はっきりとした輪郭を求める。そうであって欲しいという願いを込めながら。そして同時に、はっきりとした輪郭を持たない本書のような作品に、リアルを感じるのだ。
浅野いにおの作品を読むと思うけど、やっぱり僕はセリフが少ないマンガって好きだ。映画でも同じ。絵や映像の力ってそこにあるなって、ずっと思っている。空気そのものを切り取って、言葉がなくても成立させてしまう。その強さが、僕は好きだ。
あとこれも、たぶん同じことをいつも書いていると思うんだけど、場面の切り取り方が好きだ。どんな視点からその場面を見るか、どこからどこまでを切り取るか、表情を出すか出さないか、どんなカットを挿入するか。そういう場面場面の構図が、好きだなぁって思う。そういう構図で打ち出すことで、余計伝わるものがあるように思う。
全体的に、とてもエロい。下手なエロ本なんかよりも、ずっとエロいかもしれない。でも、ただエロいだけじゃない。どうしようもなさが折り重なって、ねじれて、行き場を失って濁る。世界への憎悪と、無自覚の感情が、身体を重ねることで融け合って、それでも立っている場所も見ているものも全然バラバラで、別々の二人。若さ故の衝動や無知や絶望も積み重なっていく14歳という時間を切り取った作品。やっぱり浅野いにおの作品は好きだなって思います。是非読んでみてください。

浅野いにお「うみべの女の子」





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2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
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10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
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13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
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19位 奥泉光「黄色い水着の謎
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新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
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新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
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3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
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13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
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1位 千早茜「からまる
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9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)
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