和菓子のアン(坂木司)
アカネちゃんがいなくなったという話は既にサークルのメンバーにも伝わっていたようで、志保はアカネちゃんと仲のよかった新入生からいろいろと聞かれた。アカネちゃんは豪快な性格だけれど案外面倒見がよくて、アカネちゃんを慕っている後輩は結構多い。志保には答えられることがほとんどなかったし、話しているうちに新入生の方がアカネちゃんのことを知っているのではないかと思うようなこともあったけれど、とにかく大丈夫だからと気休めにもならないことを言うしかなかった。
定期整備はそれなりに順調に進んだ。花壇は町中のいくつかに分散しているため、いくつか班を作るのだけれど、リーダーになれる上級生が少なくて、志保も二箇所掛け持ちでやらなくてはいけなくなった。二箇所の花壇を何回か往復させられたのはきつかったけれど、新入生も大体やり方を覚えていたし、地元の人も親切だったので、大きなトラブルもなく終えることが出来た。
「失踪シャベル 17-7」
内容に入ろうと思います。
本書は、デパ地下の和菓子店を舞台にした日常の謎系のミステリです。
主人公の梅本杏子は、高校を卒業したばかりの18歳。将来やりたいこともなく、なんとなく大学に行くのも違う気がして、特に何も考えないまま高校を卒業したのだけど、さすがにこのままではヤバイと思い一念発起。食べるのは大好き、でもちょっと太り気味だから可愛い制服のお店は無理、とかいろいろ考えている内に、和菓子屋っていいんじゃないかと決めた。
店長の椿さん、職人志望で販売のプロである立花さん、大学生アルバイトの桜井さんと共に働き始める。この三人が、見かけによらず超絶的な個性の持ち主で、杏子は圧倒されるも、楽しくアルバイトを始めることが出来た。
しかしそんな和菓子屋さんに、時々謎めいた事柄がやってくる。ちょっと変わった注文だったり、なんなんだろうと思わせるようなことだったり。杏子は、未熟な和菓子の知識を駆使して謎解きをしようと頑張るのだけど…。
というような話です。
本書は、坂木司のいつものスタイルのように、連作短編集で、普段僕は連作短編集だったらそれぞれの短編の内容を紹介するんですけど、本書はちょっと省略します。なんというか、これまでの坂木司の日常の謎系の短編より、一つ一つの話のメインとなる謎がくっきりとはしてないんですね。いくつかの謎が盛り込まれていたり、二つの短編にまたがって関わる話だったりと、短編毎に紹介するのがちょっと不自然な気がする作品なので、今回はちょっと省略させてください。
いやー、相変わらずいいですね、坂木司。ホント面白い作品を書く作家だなと思います。
本書は、坂木司の得意ジャンルと言っていいでしょうね。坂木司の連作短編集には、ある特殊な仕事(歯医者とかクリーニング屋など)を舞台にして、そこで起こるその職業だからこその日常の謎を描く、というスタイルの作品が多いんだけど、本書もまさにそんな感じの作品になっています。和菓子店を舞台にして、和菓子の世界だからこその謎がいろいろと出てきます。
どれも、本当に些細な話なんだけど、面白い謎なんですよね。しかもそれが、接客の合間からにじみ出るというのがいい。気づかなければそのまま流してしまいそうな些細なこと(これは僕も普段から接客をしている人間なんでそう思うんですけど、本当に何の気なしに接客をしていたら見過ごしてしまいそうな些細な事柄に注目するんです)に気づき、謎がなんなのかはっきりと分かる前に椿店長がその謎を解決しちゃう、みたいな話もあったりします。
いや、このパターンはなかなか凄いですね。椿店長は本当に些細な情報からその裏側を見抜くことが多くて、他のスタッフが???と思っている間に、とりあえず解決しちゃ。で、結局何が謎だったのか後からスタッフは知る、という感じ。面白いですね。
他にも和菓子というのは、ダジャレやイメージなんかで名前や形が決まっているようなことが多くて、そういう豆知識みたいなものも面白いし、しかもそれをうまいこと謎に組み込んでいるところなんかも素晴らしいですね。
あと、これは坂木司の職業系のミステリはどれを読んでもそうだけど、ホントに仕事が楽しそうなんですね。坂木司は、食べ物を美味そうに描くことにも長けていますけど、職業を面白そうに描くことにも長けているなという気がします。和菓子屋とかも、和菓子の知識がないと大変だろうし、デパートの接客業なんかも大変なんだろうけど、それでもなんとなく面白そうな感じがしてしまうというのが凄いところだなと思いますね。
しかしまあ何より本書で一番面白いのは、それぞれのキャラクターでしょう。主人公の杏子も、自分がちょっと太っていることを自覚しつつそれなりに器用に生きているまあまあなかなか面白いキャラクターですけど、他の三人が強烈すぎてさすがに霞む。他の三人がどんなキャラなのかは是非読んで欲しいところだけど、桜井さんはともかく、椿店長と立花さんはちょっと変人だろう、あれは(笑)。
洋菓子が主流(というか、本書を読めば洋菓子そのものが主流というわけではないということが少し触れられているけど)のこの世の中にあって、和菓子もいいなぁ、と思わせてくれる、そんな作品だなと思いました。表紙も美味しそうで(この新刊が出た時、書店の担当者が小説だと思わず、実用書とかお菓子のコーナーに並べられた、なんてこともあったようです)、ほっこりするなぁ、という感じがします。軽くサラッと読める作品だけど、ちゃんとした作りの面白い作品です。是非読んでみてください。
追記)正直この作品とはあんまり関係ないことを書くけど、amazonのレビューを見たら、一人「ケータイ小説レベル」っていう評価の人がいた。でも、僕はそれ違うと思うんですよ。たぶんそれは、坂木司のこの作品がどうこうということじゃなくて、この作品を読んだ人が、こういうジャンルの作品がそもそも向いてないっていうことじゃないかと思うんですよね。他の日常の謎系のミステリとか、あるいは他の坂木司の作品を読んでて、そういう作品が少なくとも嫌いではない、という前提の上でそういうことを書くならいいと思うんだけど、たぶんそうではないんだろうと思うのだ。それが残念。その辺りの区別はして欲しいなぁ、と思うのだけど、やっぱり難しいのかなぁ。
坂木司「和菓子のアン」
定期整備はそれなりに順調に進んだ。花壇は町中のいくつかに分散しているため、いくつか班を作るのだけれど、リーダーになれる上級生が少なくて、志保も二箇所掛け持ちでやらなくてはいけなくなった。二箇所の花壇を何回か往復させられたのはきつかったけれど、新入生も大体やり方を覚えていたし、地元の人も親切だったので、大きなトラブルもなく終えることが出来た。
「失踪シャベル 17-7」
内容に入ろうと思います。
本書は、デパ地下の和菓子店を舞台にした日常の謎系のミステリです。
主人公の梅本杏子は、高校を卒業したばかりの18歳。将来やりたいこともなく、なんとなく大学に行くのも違う気がして、特に何も考えないまま高校を卒業したのだけど、さすがにこのままではヤバイと思い一念発起。食べるのは大好き、でもちょっと太り気味だから可愛い制服のお店は無理、とかいろいろ考えている内に、和菓子屋っていいんじゃないかと決めた。
店長の椿さん、職人志望で販売のプロである立花さん、大学生アルバイトの桜井さんと共に働き始める。この三人が、見かけによらず超絶的な個性の持ち主で、杏子は圧倒されるも、楽しくアルバイトを始めることが出来た。
しかしそんな和菓子屋さんに、時々謎めいた事柄がやってくる。ちょっと変わった注文だったり、なんなんだろうと思わせるようなことだったり。杏子は、未熟な和菓子の知識を駆使して謎解きをしようと頑張るのだけど…。
というような話です。
本書は、坂木司のいつものスタイルのように、連作短編集で、普段僕は連作短編集だったらそれぞれの短編の内容を紹介するんですけど、本書はちょっと省略します。なんというか、これまでの坂木司の日常の謎系の短編より、一つ一つの話のメインとなる謎がくっきりとはしてないんですね。いくつかの謎が盛り込まれていたり、二つの短編にまたがって関わる話だったりと、短編毎に紹介するのがちょっと不自然な気がする作品なので、今回はちょっと省略させてください。
いやー、相変わらずいいですね、坂木司。ホント面白い作品を書く作家だなと思います。
本書は、坂木司の得意ジャンルと言っていいでしょうね。坂木司の連作短編集には、ある特殊な仕事(歯医者とかクリーニング屋など)を舞台にして、そこで起こるその職業だからこその日常の謎を描く、というスタイルの作品が多いんだけど、本書もまさにそんな感じの作品になっています。和菓子店を舞台にして、和菓子の世界だからこその謎がいろいろと出てきます。
どれも、本当に些細な話なんだけど、面白い謎なんですよね。しかもそれが、接客の合間からにじみ出るというのがいい。気づかなければそのまま流してしまいそうな些細なこと(これは僕も普段から接客をしている人間なんでそう思うんですけど、本当に何の気なしに接客をしていたら見過ごしてしまいそうな些細な事柄に注目するんです)に気づき、謎がなんなのかはっきりと分かる前に椿店長がその謎を解決しちゃう、みたいな話もあったりします。
いや、このパターンはなかなか凄いですね。椿店長は本当に些細な情報からその裏側を見抜くことが多くて、他のスタッフが???と思っている間に、とりあえず解決しちゃ。で、結局何が謎だったのか後からスタッフは知る、という感じ。面白いですね。
他にも和菓子というのは、ダジャレやイメージなんかで名前や形が決まっているようなことが多くて、そういう豆知識みたいなものも面白いし、しかもそれをうまいこと謎に組み込んでいるところなんかも素晴らしいですね。
あと、これは坂木司の職業系のミステリはどれを読んでもそうだけど、ホントに仕事が楽しそうなんですね。坂木司は、食べ物を美味そうに描くことにも長けていますけど、職業を面白そうに描くことにも長けているなという気がします。和菓子屋とかも、和菓子の知識がないと大変だろうし、デパートの接客業なんかも大変なんだろうけど、それでもなんとなく面白そうな感じがしてしまうというのが凄いところだなと思いますね。
しかしまあ何より本書で一番面白いのは、それぞれのキャラクターでしょう。主人公の杏子も、自分がちょっと太っていることを自覚しつつそれなりに器用に生きているまあまあなかなか面白いキャラクターですけど、他の三人が強烈すぎてさすがに霞む。他の三人がどんなキャラなのかは是非読んで欲しいところだけど、桜井さんはともかく、椿店長と立花さんはちょっと変人だろう、あれは(笑)。
洋菓子が主流(というか、本書を読めば洋菓子そのものが主流というわけではないということが少し触れられているけど)のこの世の中にあって、和菓子もいいなぁ、と思わせてくれる、そんな作品だなと思いました。表紙も美味しそうで(この新刊が出た時、書店の担当者が小説だと思わず、実用書とかお菓子のコーナーに並べられた、なんてこともあったようです)、ほっこりするなぁ、という感じがします。軽くサラッと読める作品だけど、ちゃんとした作りの面白い作品です。是非読んでみてください。
追記)正直この作品とはあんまり関係ないことを書くけど、amazonのレビューを見たら、一人「ケータイ小説レベル」っていう評価の人がいた。でも、僕はそれ違うと思うんですよ。たぶんそれは、坂木司のこの作品がどうこうということじゃなくて、この作品を読んだ人が、こういうジャンルの作品がそもそも向いてないっていうことじゃないかと思うんですよね。他の日常の謎系のミステリとか、あるいは他の坂木司の作品を読んでて、そういう作品が少なくとも嫌いではない、という前提の上でそういうことを書くならいいと思うんだけど、たぶんそうではないんだろうと思うのだ。それが残念。その辺りの区別はして欲しいなぁ、と思うのだけど、やっぱり難しいのかなぁ。
坂木司「和菓子のアン」