黒夜行

>>2010年07月28日

和菓子のアン(坂木司)

アカネちゃんがいなくなったという話は既にサークルのメンバーにも伝わっていたようで、志保はアカネちゃんと仲のよかった新入生からいろいろと聞かれた。アカネちゃんは豪快な性格だけれど案外面倒見がよくて、アカネちゃんを慕っている後輩は結構多い。志保には答えられることがほとんどなかったし、話しているうちに新入生の方がアカネちゃんのことを知っているのではないかと思うようなこともあったけれど、とにかく大丈夫だからと気休めにもならないことを言うしかなかった。
 定期整備はそれなりに順調に進んだ。花壇は町中のいくつかに分散しているため、いくつか班を作るのだけれど、リーダーになれる上級生が少なくて、志保も二箇所掛け持ちでやらなくてはいけなくなった。二箇所の花壇を何回か往復させられたのはきつかったけれど、新入生も大体やり方を覚えていたし、地元の人も親切だったので、大きなトラブルもなく終えることが出来た。

「失踪シャベル 17-7」

内容に入ろうと思います。
本書は、デパ地下の和菓子店を舞台にした日常の謎系のミステリです。
主人公の梅本杏子は、高校を卒業したばかりの18歳。将来やりたいこともなく、なんとなく大学に行くのも違う気がして、特に何も考えないまま高校を卒業したのだけど、さすがにこのままではヤバイと思い一念発起。食べるのは大好き、でもちょっと太り気味だから可愛い制服のお店は無理、とかいろいろ考えている内に、和菓子屋っていいんじゃないかと決めた。
店長の椿さん、職人志望で販売のプロである立花さん、大学生アルバイトの桜井さんと共に働き始める。この三人が、見かけによらず超絶的な個性の持ち主で、杏子は圧倒されるも、楽しくアルバイトを始めることが出来た。
しかしそんな和菓子屋さんに、時々謎めいた事柄がやってくる。ちょっと変わった注文だったり、なんなんだろうと思わせるようなことだったり。杏子は、未熟な和菓子の知識を駆使して謎解きをしようと頑張るのだけど…。
というような話です。
本書は、坂木司のいつものスタイルのように、連作短編集で、普段僕は連作短編集だったらそれぞれの短編の内容を紹介するんですけど、本書はちょっと省略します。なんというか、これまでの坂木司の日常の謎系の短編より、一つ一つの話のメインとなる謎がくっきりとはしてないんですね。いくつかの謎が盛り込まれていたり、二つの短編にまたがって関わる話だったりと、短編毎に紹介するのがちょっと不自然な気がする作品なので、今回はちょっと省略させてください。
いやー、相変わらずいいですね、坂木司。ホント面白い作品を書く作家だなと思います。
本書は、坂木司の得意ジャンルと言っていいでしょうね。坂木司の連作短編集には、ある特殊な仕事(歯医者とかクリーニング屋など)を舞台にして、そこで起こるその職業だからこその日常の謎を描く、というスタイルの作品が多いんだけど、本書もまさにそんな感じの作品になっています。和菓子店を舞台にして、和菓子の世界だからこその謎がいろいろと出てきます。
どれも、本当に些細な話なんだけど、面白い謎なんですよね。しかもそれが、接客の合間からにじみ出るというのがいい。気づかなければそのまま流してしまいそうな些細なこと(これは僕も普段から接客をしている人間なんでそう思うんですけど、本当に何の気なしに接客をしていたら見過ごしてしまいそうな些細な事柄に注目するんです)に気づき、謎がなんなのかはっきりと分かる前に椿店長がその謎を解決しちゃう、みたいな話もあったりします。
いや、このパターンはなかなか凄いですね。椿店長は本当に些細な情報からその裏側を見抜くことが多くて、他のスタッフが???と思っている間に、とりあえず解決しちゃ。で、結局何が謎だったのか後からスタッフは知る、という感じ。面白いですね。
他にも和菓子というのは、ダジャレやイメージなんかで名前や形が決まっているようなことが多くて、そういう豆知識みたいなものも面白いし、しかもそれをうまいこと謎に組み込んでいるところなんかも素晴らしいですね。
あと、これは坂木司の職業系のミステリはどれを読んでもそうだけど、ホントに仕事が楽しそうなんですね。坂木司は、食べ物を美味そうに描くことにも長けていますけど、職業を面白そうに描くことにも長けているなという気がします。和菓子屋とかも、和菓子の知識がないと大変だろうし、デパートの接客業なんかも大変なんだろうけど、それでもなんとなく面白そうな感じがしてしまうというのが凄いところだなと思いますね。
しかしまあ何より本書で一番面白いのは、それぞれのキャラクターでしょう。主人公の杏子も、自分がちょっと太っていることを自覚しつつそれなりに器用に生きているまあまあなかなか面白いキャラクターですけど、他の三人が強烈すぎてさすがに霞む。他の三人がどんなキャラなのかは是非読んで欲しいところだけど、桜井さんはともかく、椿店長と立花さんはちょっと変人だろう、あれは(笑)。
洋菓子が主流(というか、本書を読めば洋菓子そのものが主流というわけではないということが少し触れられているけど)のこの世の中にあって、和菓子もいいなぁ、と思わせてくれる、そんな作品だなと思いました。表紙も美味しそうで(この新刊が出た時、書店の担当者が小説だと思わず、実用書とかお菓子のコーナーに並べられた、なんてこともあったようです)、ほっこりするなぁ、という感じがします。軽くサラッと読める作品だけど、ちゃんとした作りの面白い作品です。是非読んでみてください。

追記)正直この作品とはあんまり関係ないことを書くけど、amazonのレビューを見たら、一人「ケータイ小説レベル」っていう評価の人がいた。でも、僕はそれ違うと思うんですよ。たぶんそれは、坂木司のこの作品がどうこうということじゃなくて、この作品を読んだ人が、こういうジャンルの作品がそもそも向いてないっていうことじゃないかと思うんですよね。他の日常の謎系のミステリとか、あるいは他の坂木司の作品を読んでて、そういう作品が少なくとも嫌いではない、という前提の上でそういうことを書くならいいと思うんだけど、たぶんそうではないんだろうと思うのだ。それが残念。その辺りの区別はして欲しいなぁ、と思うのだけど、やっぱり難しいのかなぁ。

坂木司「和菓子のアン」





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2013年ベスト

2013年の個人的ベストです。

小説

1位 宮部みゆき「ソロモンの偽証
2位 雛倉さりえ「ジェリー・フィッシュ
3位 山下卓「ノーサイドじゃ終わらない
4位 野崎まど「know
5位 笹本稜平「遺産
6位 島田荘司「写楽 閉じた国の幻
7位 須賀しのぶ「北の舞姫 永遠の曠野 <芙蓉千里>シリーズ」
8位 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日
9位 松家仁之「火山のふもとで
10位 辻村深月「島はぼくらと
11位 彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない
12位 浅田次郎「一路
13位 森博嗣「喜嶋先生の静かな世界
14位 朝井リョウ「世界地図の下書き
15位 花村萬月「ウエストサイドソウル 西方之魂
16位 藤谷治「世界でいちばん美しい
17位 神林長平「言壺
18位 中脇初枝「わたしを見つけて
19位 奥泉光「黄色い水着の謎
20位 福澤徹三「東京難民


新書

1位 森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想
2位 青木薫「宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論」 3位 梅原大吾「勝ち続ける意志力
4位 平田オリザ「わかりあえないことから
5位 山田真哉+花輪陽子「手取り10万円台の俺でも安心するマネー話4つください
6位 小阪裕司「「心の時代」にモノを売る方法
7位 渡邉十絲子「今を生きるための現代詩
8位 更科功「化石の分子生物学
9位 坂口恭平「モバイルハウス 三万円で家をつくる
10位 山崎亮「コミュニティデザインの時代


小説・新書以外

1位 門田隆将「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日
2位 沢木耕太郎「キャパの十字架
3位 高野秀行「謎の独立国家ソマリランド
4位 綾瀬まる「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出
5位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 3巻 4巻 5巻
6位 二村ヒトシ「恋とセックスで幸せになる秘密
7位 芦田宏直「努力する人間になってはいけない 学校と仕事と社会の新人論
8位 チャールズ・C・マン「1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見
9位 マーカス・ラトレル「アフガン、たった一人の生還
10位 エイドリアン・べジャン+J・ペタ―・ゼイン「流れとかたち 万物のデザインを決める新たな物理法則
11位 内田樹「下流志向 学ばない子どもたち 働かない若者たち
12位 NHKクローズアップ現代取材班「助けてと言えない 孤立する三十代
13位 梅田望夫「羽生善治と現代 だれにも見えない未来をつくる
14位 湯谷昇羊「「いらっしゃいませ」と言えない国 中国で最も成功した外資・イトーヨーカ堂
15位 国分拓「ヤノマミ
16位 百田尚樹「「黄金のバンタム」を破った男
17位 山田ズーニー「半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力
18位 大崎善生「赦す人」 19位 橋爪大三郎+大澤真幸「ふしぎなキリスト教
20位 奥野修司「ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年


コミック

1位 古谷実「ヒミズ
2位 浅野いにお「世界の終わりと夜明け前
3位 浅野いにお「うみべの女の子
4位 久保ミツロウ「モテキ
5位 ニコ・ニコルソン「ナガサレール イエタテール

番外

感想は書いてないのですけど、実はこれがコミックのダントツ1位

水城せとな「チーズは窮鼠の夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」

2012年ベスト

2012年の個人的ベストです
小説

1位 横山秀夫「64
2位 百田尚樹「海賊とよばれた男
3位 朝井リョウ「少女は卒業しない
4位 千早茜「森の家
5位 窪美澄「晴天の迷いクジラ
6位 朝井リョウ「もういちど生まれる
7位 小田雅久仁「本にだって雄と雌があります
8位 池井戸潤「下町ロケット
9位 山本弘「詩羽のいる街
10位 須賀しのぶ「芙蓉千里
11位 中脇初枝「きみはいい子
12位 久坂部羊「神の手
13位 金原ひとみ「マザーズ
14位 森博嗣「実験的経験 EXPERIMENTAL EXPERIENCE
15位 宮下奈都「終わらない歌
16位 朝井リョウ「何者
17位 有川浩「空飛ぶ広報室
18位 池井戸潤「ルーズベルト・ゲーム
19位 原田マハ「楽園のカンヴァス
20位 相沢沙呼「ココロ・ファインダ

新書

1位 倉本圭造「21世紀の薩長同盟を結べ
2位 木暮太一「僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
3位 瀧本哲史「武器としての交渉思考
4位 坂口恭平「独立国家のつくりかた
5位 古賀史健「20歳の自分に受けさせたい文章講義
6位 新雅史「商店街はなぜ滅びるのか
7位 瀬名秀明「科学の栞 世界とつながる本棚
8位 イケダハヤト「年収150万円で僕らは自由に生きていく
9位 速水健朗「ラーメンと愛国
10位 倉山満「検証 財務省の近現代史

小説以外

1位 朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠」「プロメテウスの罠2
2位 森達也「A」「A3
3位 デヴィッド・フィッシャー「スエズ運河を消せ
4位 國分功一郎「暇と退屈の倫理学
5位 クリストファー・チャブリス+ダニエル・シモンズ「錯覚の科学
6位 卯月妙子「人間仮免中
7位 ジュディ・ダットン「理系の子
8位 笹原瑠似子「おもかげ復元師
9位 古市憲寿「絶望の国の幸福な若者たち
10位 ヨリス・ライエンダイク「こうして世界は誤解する
11位 石井光太「遺体
12位 佐野眞一「あんぽん 孫正義伝
13位 結城浩「数学ガール ガロア理論
14位 雨宮まみ「女子をこじらせて
15位 ミチオ・カク「2100年の科学ライフ
16位 鹿島圭介「警察庁長官を撃った男
17位 白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ
18位 高瀬毅「ナガサキ―消えたもう一つの「原爆ドーム」
19位 二村ヒトシ「すべてはモテるためである
20位 平川克美「株式会社という病

2011年ベスト

2011年の個人的ベストです
小説
1位 千早茜「からまる
2位 朝井リョウ「星やどりの声
3位 高野和明「ジェノサイド
4位 三浦しをん「舟を編む
5位 百田尚樹「錨を上げよ
6位 今村夏子「こちらあみ子
7位 辻村深月「オーダーメイド殺人クラブ
8位 笹本稜平「天空への回廊
9位 地下沢中也「預言者ピッピ1巻預言者ピッピ2巻」(コミック)
10位 原田マハ「キネマの神様
11位 有川浩「県庁おもてなし課
12位 西加奈子「円卓
13位 宮下奈都「太陽のパスタ 豆のスープ
14位 辻村深月「水底フェスタ
15位 山田深夜「ロンツーは終わらない
16位 小川洋子「人質の朗読会
17位 長澤樹「消失グラデーション
18位 飛鳥井千砂「アシンメトリー
19位 松崎有理「あがり
20位 大沼紀子「てのひらの父

新書
1位 「「科学的思考」のレッスン
2位 「武器としての決断思考
3位 「街場のメディア論
4位 「デフレの正体
5位 「明日のコミュニケーション
6位 「もうダマされないための「科学」講義
7位 「自分探しと楽しさについて
8位 「ゲーテの警告
9位 「メディア・バイアス
10位 「量子力学の哲学

小説以外
1位 「死のテレビ実験
2位 「ピンポンさん
3位 「数学ガール 乱択アルゴリズム
4位 「消された一家
5位 「マネーボール
6位 「バタス 刑務所の掟
7位 「ぐろぐろ
8位 「自閉症裁判
9位 「孤独と不安のレッスン
10位 「月3万円ビジネス
番外 「困ってるひと」(諸事情あって実は感想を書いてないのでランキングからは外したけど、素晴らしい作品)
  翻译: