黒夜行

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「きみの色」を観に行ってきました

なるほど、『けいおん!』の人が監督なのか。ということさえ知らないまま観に行った。っていうか『けいおん!』も観てないし。

しかし、良い映画だったなぁ。「何が良かったのか」と聞かれるとなかなか上手く説明できないのだが。

ただ、公式HPのトップページに、「山田尚子監督の企画書より」と題された文章があり、これがとても良かったので、まずは全部引用したいと思う。

【思春期の鋭すぎる感受性というのはいつの時代も変わらずですが、
すこしずつ変化していると感じるのは「社会性」の捉え方かと思います。
すこし前は「空気を読む」「読まない」「読めない」みたいなことでしたが、
今はもっと細分化してレイヤーが増えていて、若い人ほどよく考えているな、と思うことが多いです。
「自分と他人(社会)」の距離のとり方が清潔であるためのマニュアルがたくさんあるような。
表層の「失礼のない態度」と内側の「個」とのバランスを無意識にコントロールして、
目配せしないといけない項目をものすごい集中力でやりくりしているのだと思います。
ふとその糸が切れたときどうなるのか。コップの水があふれるというやつです。
彼女たちの溢れる感情が、前向きなものとして昇華されてほしい。
「好きなものを好き」といえるつよさを描いていけたらと思っております。】

解像度が高い文章でいいなぁ、と思う。いや、別に僕は「若者に詳しい」つもりもなく、上から目線(のつもりはないけど)で評価できるような立場ではないのだが、でも、メチャクチャ分かるなぁと感じた。

ちょっと話がズレるかもしれないが、最近「マルハラ(文末に「。」を付けるハラスメント)」というのが言語化されるようになった。その是非はどうでもいいのだが、この話から分かることは、「若い人たちは、『文末の「。」1つ』からも様々なことを読み取ろうとする」ということだ。

もちろんそういう「繊細」と呼ばれるタイプの人はどの時代にもいたと思うが、今の若い人たちの特徴は、「それが当たり前になっている」ということだと思う。山田尚子の文章の中の「清潔」という単語が絶妙だと思うのだが、彼らは「自分はちゃんと『清潔』だろうか?」という観点から人間関係やコミュニケーションを捉えているはずで、それが若い世代全体のデフォルトになっているように僕には感じられる。

そう、もはや「空気を読む/読まない」みたいな解像度では若い世代のコミュニケーションを語ることは出来ず、言語化して捉えることが出来ないような非常に細やかな「気遣い(目配せしないといけない項目)」によって関係性が成り立っているというわけだ。

しかし、当然のことながら、そんな日常は大変だ。若い人たちは「人間関係」にもの凄くコストを支払っている。だから「『仲が良い人』が少ない」と悩んだりするし、「恋愛は無理」と感じたりするのだと思う。

そして本作の良いところは、そういう「若い世代がナチュラルに抱えている大変さ」が「大前提」のように描かれている点だろう。いや、正確には「描かれていない」と表現すべきだろうか。

登場人物たちは個々にそれぞれ、何かしら「悩み」や「葛藤」を抱えている。そしてそれらは、確かに物語の中核を成す。しかし同時に、彼女たちにとってその「悩み」や「葛藤」は「日常茶飯事」でもある。本作で描かれている「悩み」「葛藤」が特別というわけではなく、それらがなかったとしても、ベースとして常に何かに囚われたまま生きているのだ。背景に溶け込む重低音のように、しかし一度気づいてしまうと無視できないレベルの存在として、ずっとそこにあるのだ。

そのような雰囲気が、凄く良かったなと思う。

作中では、「音楽」を通じて、彼女たちの「問題」が解決したような感じになる。それは、物語的な要請としては必要な要素だし、そうなって然るべきだろう。しかし同時に、「問題が解決した」にも拘らず彼女たちは、結局同じような場所にいる。「進展した」みたいな感じが無いのだ。いや、無いことはないのだが、こういう「青春が描かれるアニメ映画」で想定されるほどの「進展」は描かれない。

それが、とても良かった。

「現実を忘れさせてくれるほど没頭させる物語」ももちろん良い。そういう物語が、束の間であっても、現実の辛さを吹き飛ばしてくれたりもするだろう。一方で、「現実って、結局しんどいものだよね」という物語に救われる人もいるはずだ。そういう作品が存在するという事実、そしてそういう作品が多くの人から評価されているという事実が、「自分のことを分かってくれる人が世の中にいるはず」という気持ちにさせてくれるからだ。

本作は、そんな物語であるように感じられた。

少し全然違う話をするが、僕は「頭の中にまったく映像が浮かばない人間」だ。例えば、「頭の中にリンゴを思い浮かべて下さい」と言われても出来ない。「映像で何かを記憶する」とか「映像で何かを思い出す」みたいなことの意味が分からないのだ。昔からずっと、それが普通だと思っていたのだが、「小説を読んでいる時に、登場人物や情景は何も映像で浮かばない」という話をしたことがきっかけで、自分が少数派なのだと理解した。

それに気づいたのが30歳ぐらいの頃だったと思うのだが、それ以降、機会がある度に自分のこのような性質を説明しても、共感してくれる人は誰もいなかった。やはり一般的には、「頭の中に映像が浮かぶ」というのが当たり前らしく、「リンゴを思い浮かべられない」という状況が理解できないようだ。

ただ、本当につい最近、「私も同じ」という人に出会った。同類に出会ったのは、自分がそれに気づいてから10年ぐらい掛かったことになる。まあ、同類に出会えなかったことで困ったことは特にないのだが、やはり、自分が抱えている感覚が伝わる人と話が出来ると、なんか救われた気分にもなるものだ。

何が言いたいかというと、本作も誰かにとって、そういう存在になり得るかもしれない、ということだ。

物語の舞台は、キリスト教系の全寮制の高校。ここに通う日暮トツ子は、学内でもほぼ存在が知られていないぐらい地味な学生だ。4人部屋で同室の3人といつも一緒にいて、後は独り聖堂でお祈りをしている。その際時々、シスターの日吉子さんが話しかけてくれる。「男女交際禁止」など厳しいルールのある高校だが、その中でも日吉子さんは、生徒と一緒になって「皆によって良き方向」を探ろうと懸命になってくれる。

トツ子には、ちょっと変わった性質があった。目で見える「色」とは別に、感じる「色」があるのだ。人を「色」で見る癖があると自覚しており、ただ、そういう話をすると気味悪がられるので、普段は隠している。

同じ学校に、作永きみという生徒がいる。トツ子とは違って皆から慕われており、聖歌隊のリーダーを務めたりしている。トツ子も、作永さんから感じる「色」に惹かれ、そのままドッジボールを顔面に食らったりしてしまった。

しかし、そんな作永さんを校内で見かけなくなった。勇気を出して色んな人に話を聞いてみると、「理由は分からないけど、退学したみたい」という話だった。突然の話にビックリするトツ子だったが、どうにもしようがない。

しかしその後、色々とあって、作永さんがアルバイトをしている古本屋で再会を果たすことが出来た。作永さんは、営業中の店内でギターを練習している。作永さんを探していたと悟られないように、弾けもしないピアノの教本を手に取って買おうとするのだが、その時、お客さんとして来ていた男子高校生が作永さんに話しかけてきた。ギターの練習をしているのが気になっていたという。

そこでトツ子は、楽器など弾いたこともないしバンドも組んでいないのだが、「私たちのバンドに入りませんか?」と男子高校生・影平ルイに声を掛けた。こうしてひょんなことから、3人でバンドの練習をするようになる。

高校を辞めたことを未だに祖母に言えないきみ。家業の病院を継がなければならないと理解しつつ、音楽活動にのめり込むルイ。そして、他の人の色は見えるのに自分の色だけは見えないトツ子。「音楽」を通じて偶然のように繋がった3人が、各々が抱える「悩み」「葛藤」と向き合いながら、「好きなこと」に邁進していく。

本作の良かった点は、「音楽」が非常に重要な要素として登場するにも拘らず、「音楽」はあくまでも「触媒」でしかないという点だろう。そしてそれでいて、最後「しろねこ堂」と名付けたバンドで演奏するシーンは、作品全体を絶妙にまとめている感じがある。ラストシーンまでは正直「音楽映画」とは言えないテイストなのだが、ラストシーンは「音楽映画」そのものであり、そしてそのような構成に無理が無いように感じられたところが凄いなと思う。

しかも、トツ子が作曲した「水金地火木土天アーメン」という曲は、トツ子が作った段階では「単に陽気なおちゃらけ曲」みたいな感じだったのが、最後のライブでは「皆がノレるダンスミュージック」みたいな感じになってて、凄く良かったなぁと思う。あの曲が、あんな風に変わるとは驚きである。

ストーリー的には本当にこれと言って起伏はなく、「悩み」や「葛藤」が激しく顕在化されるシーンも無ければ、状況が一変するような驚くべき出来事が起こるような展開も無い。ただ、この作品においては、それがとても良い。

というのも、本作は、「何かすること」によってではなく、「何もしないこと」によって物語が動いていく感じがあるからだ。

僕が言いたいこととは少しズレるのだが、作中に、「言いたくないことは聞かないよ」というセリフが出てくる。これは割と分かりやすく、「何かすること」ではなく「何もしないこと」が状況を作っていると言っていいだろう。作中には、そんな風に感じるシーンが随所にあった。

そしてこれも、「若い世代なりのリアル」という感じがする。冒頭で、若い世代のコミュニケーションが大変だという話を書いたが、彼らは「何かがあった」というだけではなく「何もなかった」ということにも意味を見出すはずだと思う。そして本作では、若い世代のそんな雰囲気も上手く捉えているように思う。

「何もしないこと」が状況を生み出していく場合、そこにはどことなく「より深い関係性」が感じられるように思う。「何かすること」の意図を推察することも難しいが、「何もしないこと」の場合、「しなかったという事実」に気づく必要があるわけで、よりコミュニケーションの難度が上がる。そしてだからこそ、そういう難しいコミュニケーションを成立させている関係性に対して、より深い「親密さ」みたいなものが感じ取れるのである。だから、物語の起伏が少なくても、作品として成立しているんじゃないかと感じた。

この辺りの描写はやっぱり、脚本の吉田玲子の手腕もあるんだろうなぁ。僕が彼女をちゃんと認識したのは『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』だけど、その後もあらゆる作品で彼女の名前を目にする。ホント凄いものだなと思う。

さて、キャラクター的にはとにかく作永きみがメチャクチャ良かった。造形も、声もとても素敵で、特に声が良かった。公式HPによると、主演の3人、トツ子、きみ、ルイ役は1600人に及ぶオーディションで選ばれたようで、3人とも声優ではなく役者である。3人ともとても良かったけど、やっぱり作永きみはメチャクチャ良かったなぁ。声を担当したのは髙石あかりという女優だそうだ。

あと、影平ルイが演奏するのはなんとテルミンで、楽器の演奏シーンをアニメ化するのはどれも難しいとは思うのだけど、テルミンはより難しかったんじゃないかなぁ。ただ、ギターなどとは違って演奏できる人が少ないから、間違ってても気づかれない、とは言えるかもしれない。でも、きっとちゃんと作ってるだろうな、とも思う。

というわけで、派手さはないけれど、とても良い映画だったと思います。

「きみの色」を観に行ってきました
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