「なみのおと」を観に行ってきました
本作はずっと観たいと思っていた。以前読んだ『ユリイカ 濱口竜介特集』に、本作について書かれていたからだ。
観たいと思っていた理由にはもちろん、「東日本大震災後を生きる人々の対話を捉えた作品である」という店への興味もある。しかしそれと同時に、先述した『ユリイカ』に書かれていた話も気になっていた。それは、「カメラがどこにあるか分からない」という点である。
そして実際に観て、本当にどこにカメラがあるのか分からなかった。実に不思議な映像である。
さて、この話の説明のためにまず、ドラマなどでよく見かけるシーンについて説明しよう。男女が喫茶店で向き合って会話をしている、みたいなシーンだ。男性・女性がそれぞれ正面からのワンショットで抜かれ、それらをつなぎ合わせることで「向かい合って喋っている」というシーンに見せている。
では、このシーンは実際にはどのように撮られているだろうか? 女性が喋っている時には、「本来であれば男性が座っているべき場所にカメラマンが座り、女性を正面から撮る」ことになり、男性が喋っている時にはその逆である。つまり、「この男女は実際には向き合っていない」ということになる。
まあこんなことは当たり前の話なのだが、しかし本作では、そんな当たり前が崩れている。本作では「向かい合って対話をしているはずの2人が、それぞれ正面からワンショットで抜かれる」のである(本作では、1人で喋る人も3人で喋るパターンもあるが、分かりやすいので2人の説明をする)。本来ならカメラマンがいなければならない場所に対話の相手がいるはずなので、普通なら撮れないはずのショットなのだ。
そして、ドラマやフィクション映画ではよく使われるこの手法は、やはり「観客がその場にいるかのような感覚」をもたらすだろう。対話している2人を共に画角に入れるショットでは、どうしても「観客は部外者」という感じがするだろう。しかし、本作で取り入れられている「対話者と正対しているはずの人物と、観客も正対できている」という手法によって、観客自身がこの対話の場にいるかのような感覚にさせられるだろうと思う。
さらにこの手法は、ドラマなどで馴染みがあるからだろう、「対話している者同士の関係性」をより色濃く映し出すように思う。「真っ直ぐ向かい合わせに正対する」というのは、特に親しい者同士であれば日常であまり経験することがないだろう。本作には「夫婦」や「姉妹」など関係の近い者が正対して対話する場面も出てくるのだが、「正対しているが故の微妙なぎこちなさ」や、「正対しているが故の真剣さ」などがより強く伝わってくる感じがあった。
さらに、ドラマなどでは馴染みがある手法ではあるが、ドキュメンタリーではまず見かけないので、そういう意味ではもの凄く「違和感」をもたらしもする。僕は最初から「カメラがどこにあるか分からない」という本作の特徴を知っていたからこそ、余計に、慣れるまではしばらく「メチャクチャ違和感のある映像だなぁ」と感じながら観ていた。しかし次第に、「このような撮り方をした意図」みたいなものが少しずつ分かってくるようになって、「凄いことやってるなぁ」という感覚になれたりもしたというわけだ。
そんなわけで、フィクションではお馴染みだが、ドキュメンタリーでは「不可能」だとさえ思っていた手法で「対話する者同士」を切り取っていく作品であり、その点にまずは驚かされてしまった。
さらに、恐らくだが本作は、「対話している者の会話を途中で切ったりせず、最初から最後まですべて収めている」ように感じられた。これは僕がそう感じただけなのでもしかしたら全然違うかもしれないが。
仮に僕のこの捉え方があっているとして、それもまた珍しいことのように思える。「編集」というルーツが使えるわけで、そういう中で「対話を頭から終わりまですべて使う」という決断はなかなか勇気がいることのように思える。本作は、147分の作品で、6組の対話が収録されている。冒頭10分ぐらい「紙芝居」が流れるので、それを除くと、1対話ざっくり23分ということになる。「23分間の会話」をすべてカットせずに使っているとしたら(そうではない可能性もあるが)、それはなかなかのものだろう。対話をしてくれる者たちにどんな指示をしたのか分からないが、結構難しいことのように思う。
また、これも僕の解釈が間違っているかもしれないが、本作での対話は基本的に「司会者的な人が存在しない形で、対話者のみで会話が展開される」形になっているのだと思う(1人で喋る人だけ、監督が質問をする形で話を促す場面もある)。日曜日の朝フジテレビで放送している「ボクらの時代」みたいな感じを想像してもらえればいいだろう。
ただこれも、もしかしたら僕の捉え間違いの可能性はある。2人以上の対話の場にも監督が同席している様子は映っている。だから、「実際には監督が話を促す場面もあるのだが、それは編集で切られている」のかもしれない。そうだとしたら、先程の「会話を最初から最後までそのまま使ってる」という捉え方も怪しいことになるが。
ちなみに本作では、観客に対して、「画面に映る対話者がどのような経緯から選ばれ、どういう人物なのか」みたいなことがナレーションで説明されることはない。あくまでも、対話者が語る内容のみによって彼ら自身の情報も伝えるという形になっている。だからよく分からない部分もあるのだが、それはそれでいい。むしろ、対話の中で少しずつ関係性や震災に対する考え方が分かってくる感じが良かったなと思う。
そんなわけで、「僕の解釈が正しければ」という但し書き付きではあるが、色んな意味で「対話を収めたドキュメンタリー映画」としては異例と感じられる手法を取っている、その斬新さも含めて非常に興味深く感じられた。
さて、ここからは気になったエピソードについて少し触れていこうと思うが、個人的に一番良いなと思ったのは、潜水士の夫と彼の仕事を支える妻の対話である。「夫が妻の話をちょいちょい遮る」という部分も含め(それだけ取り出すとあまり好きではないが)、「長年連れ添った夫婦(25年だそうだ)」だからこその雰囲気が凄く良かった。
恐らく「正対して会話をする」という状況に不自然さや気恥ずかしさを感じているのだろう、対話の中でお互いの呼び方がちょいちょい変わっていくのも面白い。あんまりちゃんとは覚えていないのだが、「お父さん」「あなた」「この人」みたいな感じで、その時語っている話の内容や、そこにどんな感情を付随させたいのかによって、お互いが無意識に呼称を変えている印象があって、2人がずっと「微妙な駆け引き」をしているみたいだった。しかしそれは「相手に勝とう」みたいな感覚ではなく、「阿吽の呼吸でお互いの存在を引き立てようとしている」みたいな印象で、凄く良い関係性だなと感じた。
しかし、そんな2人が語るエピソードは相当にハードだった。地震発生直後からの怒涛の展開を楽しそうに語るのだが、映像にしたら「パニックもの」みたいな状況なのである。「家の土台が折れたのが分かって、家にいたまま1kmぐらい流された」とか、「イカダで川を下ってたら、水面と橋の感覚がもの凄く狭くなってて、ぶつからないように祈りながら通り抜けた」など、なかなか凄まじい。しかしそんな話を、「ジャッキー・チェンみたいだったね~」みたいなテンションで話すのである。
もちろん、この夫婦は家族・親戚・従業員に震災で亡くなった者がいなかったようで、そういう背景もあって「笑い話的に話せる」みたいなこともあると思う。すべての人が震災の経験をこんな風には語れないだろうし、この夫婦にしたって、彼らの阿吽の呼吸あってのこのテンションなわけだ。その辺りのことは理解しつつ、それでも、「内容と語り口のギャップ」がとても印象的に感じられた。また、詳しくは触れないが、「入院する夫を置いて妻が戻ってしまった時の感情」や「震災を機に妻の実家のある町に引っ越さざるを得なくなったことの心境」など、色々と興味深い話をしていた。
さて、本作では最後に登場する姉妹の話も印象的だった。新地町に住んでいた2人は、今は車で10分ほどの南相馬で働いているらしいのだが、彼女たちは「東京組との差」みたいな話をしており、興味深かった。
「東京組」というのは、「新地町出身だが、東京に避難した人たち」のことを指している。そして彼女たちは、「東京組の人たちも新地町について色々考えてくれているのは分かるけど、でもやっぱり、地元に残っている人の意見をちゃんと聞いてほしいと思う」みたいに言っていたのだ。具体的にどんなやり取りをしているのか分からないが、町の運営に関することなのだろう。そして、「意見を出してくれるのはありがたいけど、結局やるのは地元にいる人間なんだから」と語る妹の意見には、「そうだよなぁ」と感じさせられた。そんなわけで姉妹は、とりあえず今のところは、新地町からあまり遠くない場所に住もうと考えているようである。
また、「海」に対する感覚も興味深かった。妹が、「岩手の方みたいに、デカい防波堤にはしてほしくない」みたいな話をする。海のすぐ傍で育った彼女たちは、「海を実感できる生活」が存在することに大きな価値を抱いているようだ。だから、「海の近くに住めなくなるのは仕方ないとしても、町のどこかからは海が見えたり、海が感じられたりしてほしい」みたいに言っていた。
この点に関しては、姉の方がより踏み込んだ発言をしていたのが印象的である。彼女は、「震災直後からこのことは考えていたけど、いつ話せばいいかよく分からなかった」と前置きをしながらも、「自然の中で人間が”勝手に”生きているんだから、それを人工物で区切るのは違う気がする」みたいに言っていた。彼女のこの意見には、「自然と共に生きるのなら、そのマイナスも受け入れるしかない」みたいな感覚がある。この姉妹も、親族に震災による死者がいなかったらしく、だから余計にこういう話はしにくそうだったが、姉は明確に、「海が近いなら津波は起こるし、それは受け入れた上で住むしかない」という感覚を持っているようである。妹は、姉が「東日本大震災後」による被害を割と楽観的に捉えていたという認識を持っていたそうなのだが、姉のこの感覚を聞いて「納得した」と口にしていた。
このような話は特に、姉も言っていたが「普通には表に出てこない」ように思う。少なくとも、このような姉の意見は「テレビのニュース」では絶対に取り上げられないし、逆に「ネット上では「誹謗中傷」が殺到するみたいな感じになりそうである。「酷い災害だったから、皆が同じような感覚を持っていなくちゃいけない」みたいな謎の風潮を感じるが、そんな必要はないはずだ。もちろん、時と場をある程度は選んだ上でではあるが、自分の心が赴くままに感じ、考えればいいと思う。そういう意味でも、この姉の意見は結構印象に残っている。
さて今度は「震災らしい意見」を取り上げよう。こちらも個人的には「なるほどなぁ」と感じさせられた。
税理士であり議員もしているという男性が1人で(というか監督と)話をするのだが、その中で妻のある決断のエピソードを取り上げていた。妻が働いていた建物は古かったため、震災直後の大きな揺れの直後は、皆すぐに建物から出て避難したそうだ。しかし、揺れが収まった後、妻は「間違いなく津波が来る」と考えたそうだ。そしてだとしたら、建物から出たこの場所はとても危ない。そこで彼女は、「津波被害を避けるために、再び建物に戻る」という決断をしたのである。結果として妻のこの決断は、多くの人を救うこととなった。
税理士の男性は、「あの時は、こういう決断を迫られる状況が山程あった」と語る。その決断如何で、命を落としたり助かったりしたのだ、と。確かに、彼の妻の場合、「津波が来る前にもう一度大きな揺れが来たら、建物が倒壊する可能性がある」という状況に置かれていたわけだ。そんな中で、「津波の危険の方が高い」と判断し、皆をもう1度建物内に避難させた。非常に難しい決断だと言えるだろう。潜水士の夫婦もそうだったら、「あそこで違う決断をしていたら……」みたいな状況に何度も遭遇している。そんな経験を多くの人がしているという点が、災害の凄まじさを伝えるように思う。
またこの税理士の男性は「津波てんでんこ」についても話していた。「津波てんでんこ」については東日本大震災後に割と取り上げられることが多かったので知っていたが、「地震が起こったら、他の家族のことは気にせず、まず自分を助けるために逃げる」という昔から伝わる教えである。実際、この「津波てんでんこ」を普段から実践していた鵜住居小学校と釜石東中学校では、生徒の被害はほとんどなく、「釜石の奇跡」とも呼ばれていた
税理士の男性は、「一度家族の縁を切る(家族で集まって逃げるのではなく、それぞれが勝手に逃げる)ことで、再び縁を繋ぐことが出来る」という印象的な言葉で「津波てんでんこ」を評価していた。そして、「この精神がもっと『当たり前のもの』になってほしい」とも話していた。
一方で、冒頭で登場した高齢の姉妹も「津波てんでんこ」について言及しており、確か妹の方だったと思うが、「家族を見捨てるような悲しさがある」と話していた。実際に知り合いが、「自分の母親が津波に呑み込まれる様子」を見ていたという。母親が「自分を置いて逃げろ」と言ったそうなのだが、そうは言ってもやはり、「見捨ててしまった」みたいな感覚になってしまいもするだろう。頭では理解できても、心がついていかないみたいな感じだろうか。
そんなわけで、観る人によって気になるポイントは違うんじゃないかと思う。対話者たちは、とても個人的な話をしているわけだが、その対象が「東日本大震災」であるが故に、否応なしに「真理」みたいな性質も帯びることになる。「経験した者にしか語れないこと」はやはり重いし、しかしそんな「重い」はずの話を実に軽妙に語ってくれる(ことが多い)ので、重苦しくなりすぎない。
僕は、東日本大震災後に何年か岩手県に住んでいたことがあるぐらいで、「東日本大震災」や「東北」に馴染みがあると言えるような感じではないが、それでも、「少しの間住んでいた」という事実は僕の中で、それらとの繋がりみたいなものを感じたりもする。「東日本大震災」は、僕が生きてきた中で言うと「地下鉄サリン事件」「阪神・淡路大震災」「9.11テロ」「コロナのパンデミック」ぐらいしか比較対象が存在しないと思えるぐらいの凄まじい出来事であり、多くの人にとって人生観や生きる意味みたいなものを塗り替えた出来事だったんじゃないかと思う。
だから僕は、機会があれば「東日本大震災」に関係するものに触れたいと思うし、本作は久々にそのような機会になったというわけだ。
「なみのおと」を観に行ってきました
観たいと思っていた理由にはもちろん、「東日本大震災後を生きる人々の対話を捉えた作品である」という店への興味もある。しかしそれと同時に、先述した『ユリイカ』に書かれていた話も気になっていた。それは、「カメラがどこにあるか分からない」という点である。
そして実際に観て、本当にどこにカメラがあるのか分からなかった。実に不思議な映像である。
さて、この話の説明のためにまず、ドラマなどでよく見かけるシーンについて説明しよう。男女が喫茶店で向き合って会話をしている、みたいなシーンだ。男性・女性がそれぞれ正面からのワンショットで抜かれ、それらをつなぎ合わせることで「向かい合って喋っている」というシーンに見せている。
では、このシーンは実際にはどのように撮られているだろうか? 女性が喋っている時には、「本来であれば男性が座っているべき場所にカメラマンが座り、女性を正面から撮る」ことになり、男性が喋っている時にはその逆である。つまり、「この男女は実際には向き合っていない」ということになる。
まあこんなことは当たり前の話なのだが、しかし本作では、そんな当たり前が崩れている。本作では「向かい合って対話をしているはずの2人が、それぞれ正面からワンショットで抜かれる」のである(本作では、1人で喋る人も3人で喋るパターンもあるが、分かりやすいので2人の説明をする)。本来ならカメラマンがいなければならない場所に対話の相手がいるはずなので、普通なら撮れないはずのショットなのだ。
そして、ドラマやフィクション映画ではよく使われるこの手法は、やはり「観客がその場にいるかのような感覚」をもたらすだろう。対話している2人を共に画角に入れるショットでは、どうしても「観客は部外者」という感じがするだろう。しかし、本作で取り入れられている「対話者と正対しているはずの人物と、観客も正対できている」という手法によって、観客自身がこの対話の場にいるかのような感覚にさせられるだろうと思う。
さらにこの手法は、ドラマなどで馴染みがあるからだろう、「対話している者同士の関係性」をより色濃く映し出すように思う。「真っ直ぐ向かい合わせに正対する」というのは、特に親しい者同士であれば日常であまり経験することがないだろう。本作には「夫婦」や「姉妹」など関係の近い者が正対して対話する場面も出てくるのだが、「正対しているが故の微妙なぎこちなさ」や、「正対しているが故の真剣さ」などがより強く伝わってくる感じがあった。
さらに、ドラマなどでは馴染みがある手法ではあるが、ドキュメンタリーではまず見かけないので、そういう意味ではもの凄く「違和感」をもたらしもする。僕は最初から「カメラがどこにあるか分からない」という本作の特徴を知っていたからこそ、余計に、慣れるまではしばらく「メチャクチャ違和感のある映像だなぁ」と感じながら観ていた。しかし次第に、「このような撮り方をした意図」みたいなものが少しずつ分かってくるようになって、「凄いことやってるなぁ」という感覚になれたりもしたというわけだ。
そんなわけで、フィクションではお馴染みだが、ドキュメンタリーでは「不可能」だとさえ思っていた手法で「対話する者同士」を切り取っていく作品であり、その点にまずは驚かされてしまった。
さらに、恐らくだが本作は、「対話している者の会話を途中で切ったりせず、最初から最後まですべて収めている」ように感じられた。これは僕がそう感じただけなのでもしかしたら全然違うかもしれないが。
仮に僕のこの捉え方があっているとして、それもまた珍しいことのように思える。「編集」というルーツが使えるわけで、そういう中で「対話を頭から終わりまですべて使う」という決断はなかなか勇気がいることのように思える。本作は、147分の作品で、6組の対話が収録されている。冒頭10分ぐらい「紙芝居」が流れるので、それを除くと、1対話ざっくり23分ということになる。「23分間の会話」をすべてカットせずに使っているとしたら(そうではない可能性もあるが)、それはなかなかのものだろう。対話をしてくれる者たちにどんな指示をしたのか分からないが、結構難しいことのように思う。
また、これも僕の解釈が間違っているかもしれないが、本作での対話は基本的に「司会者的な人が存在しない形で、対話者のみで会話が展開される」形になっているのだと思う(1人で喋る人だけ、監督が質問をする形で話を促す場面もある)。日曜日の朝フジテレビで放送している「ボクらの時代」みたいな感じを想像してもらえればいいだろう。
ただこれも、もしかしたら僕の捉え間違いの可能性はある。2人以上の対話の場にも監督が同席している様子は映っている。だから、「実際には監督が話を促す場面もあるのだが、それは編集で切られている」のかもしれない。そうだとしたら、先程の「会話を最初から最後までそのまま使ってる」という捉え方も怪しいことになるが。
ちなみに本作では、観客に対して、「画面に映る対話者がどのような経緯から選ばれ、どういう人物なのか」みたいなことがナレーションで説明されることはない。あくまでも、対話者が語る内容のみによって彼ら自身の情報も伝えるという形になっている。だからよく分からない部分もあるのだが、それはそれでいい。むしろ、対話の中で少しずつ関係性や震災に対する考え方が分かってくる感じが良かったなと思う。
そんなわけで、「僕の解釈が正しければ」という但し書き付きではあるが、色んな意味で「対話を収めたドキュメンタリー映画」としては異例と感じられる手法を取っている、その斬新さも含めて非常に興味深く感じられた。
さて、ここからは気になったエピソードについて少し触れていこうと思うが、個人的に一番良いなと思ったのは、潜水士の夫と彼の仕事を支える妻の対話である。「夫が妻の話をちょいちょい遮る」という部分も含め(それだけ取り出すとあまり好きではないが)、「長年連れ添った夫婦(25年だそうだ)」だからこその雰囲気が凄く良かった。
恐らく「正対して会話をする」という状況に不自然さや気恥ずかしさを感じているのだろう、対話の中でお互いの呼び方がちょいちょい変わっていくのも面白い。あんまりちゃんとは覚えていないのだが、「お父さん」「あなた」「この人」みたいな感じで、その時語っている話の内容や、そこにどんな感情を付随させたいのかによって、お互いが無意識に呼称を変えている印象があって、2人がずっと「微妙な駆け引き」をしているみたいだった。しかしそれは「相手に勝とう」みたいな感覚ではなく、「阿吽の呼吸でお互いの存在を引き立てようとしている」みたいな印象で、凄く良い関係性だなと感じた。
しかし、そんな2人が語るエピソードは相当にハードだった。地震発生直後からの怒涛の展開を楽しそうに語るのだが、映像にしたら「パニックもの」みたいな状況なのである。「家の土台が折れたのが分かって、家にいたまま1kmぐらい流された」とか、「イカダで川を下ってたら、水面と橋の感覚がもの凄く狭くなってて、ぶつからないように祈りながら通り抜けた」など、なかなか凄まじい。しかしそんな話を、「ジャッキー・チェンみたいだったね~」みたいなテンションで話すのである。
もちろん、この夫婦は家族・親戚・従業員に震災で亡くなった者がいなかったようで、そういう背景もあって「笑い話的に話せる」みたいなこともあると思う。すべての人が震災の経験をこんな風には語れないだろうし、この夫婦にしたって、彼らの阿吽の呼吸あってのこのテンションなわけだ。その辺りのことは理解しつつ、それでも、「内容と語り口のギャップ」がとても印象的に感じられた。また、詳しくは触れないが、「入院する夫を置いて妻が戻ってしまった時の感情」や「震災を機に妻の実家のある町に引っ越さざるを得なくなったことの心境」など、色々と興味深い話をしていた。
さて、本作では最後に登場する姉妹の話も印象的だった。新地町に住んでいた2人は、今は車で10分ほどの南相馬で働いているらしいのだが、彼女たちは「東京組との差」みたいな話をしており、興味深かった。
「東京組」というのは、「新地町出身だが、東京に避難した人たち」のことを指している。そして彼女たちは、「東京組の人たちも新地町について色々考えてくれているのは分かるけど、でもやっぱり、地元に残っている人の意見をちゃんと聞いてほしいと思う」みたいに言っていたのだ。具体的にどんなやり取りをしているのか分からないが、町の運営に関することなのだろう。そして、「意見を出してくれるのはありがたいけど、結局やるのは地元にいる人間なんだから」と語る妹の意見には、「そうだよなぁ」と感じさせられた。そんなわけで姉妹は、とりあえず今のところは、新地町からあまり遠くない場所に住もうと考えているようである。
また、「海」に対する感覚も興味深かった。妹が、「岩手の方みたいに、デカい防波堤にはしてほしくない」みたいな話をする。海のすぐ傍で育った彼女たちは、「海を実感できる生活」が存在することに大きな価値を抱いているようだ。だから、「海の近くに住めなくなるのは仕方ないとしても、町のどこかからは海が見えたり、海が感じられたりしてほしい」みたいに言っていた。
この点に関しては、姉の方がより踏み込んだ発言をしていたのが印象的である。彼女は、「震災直後からこのことは考えていたけど、いつ話せばいいかよく分からなかった」と前置きをしながらも、「自然の中で人間が”勝手に”生きているんだから、それを人工物で区切るのは違う気がする」みたいに言っていた。彼女のこの意見には、「自然と共に生きるのなら、そのマイナスも受け入れるしかない」みたいな感覚がある。この姉妹も、親族に震災による死者がいなかったらしく、だから余計にこういう話はしにくそうだったが、姉は明確に、「海が近いなら津波は起こるし、それは受け入れた上で住むしかない」という感覚を持っているようである。妹は、姉が「東日本大震災後」による被害を割と楽観的に捉えていたという認識を持っていたそうなのだが、姉のこの感覚を聞いて「納得した」と口にしていた。
このような話は特に、姉も言っていたが「普通には表に出てこない」ように思う。少なくとも、このような姉の意見は「テレビのニュース」では絶対に取り上げられないし、逆に「ネット上では「誹謗中傷」が殺到するみたいな感じになりそうである。「酷い災害だったから、皆が同じような感覚を持っていなくちゃいけない」みたいな謎の風潮を感じるが、そんな必要はないはずだ。もちろん、時と場をある程度は選んだ上でではあるが、自分の心が赴くままに感じ、考えればいいと思う。そういう意味でも、この姉の意見は結構印象に残っている。
さて今度は「震災らしい意見」を取り上げよう。こちらも個人的には「なるほどなぁ」と感じさせられた。
税理士であり議員もしているという男性が1人で(というか監督と)話をするのだが、その中で妻のある決断のエピソードを取り上げていた。妻が働いていた建物は古かったため、震災直後の大きな揺れの直後は、皆すぐに建物から出て避難したそうだ。しかし、揺れが収まった後、妻は「間違いなく津波が来る」と考えたそうだ。そしてだとしたら、建物から出たこの場所はとても危ない。そこで彼女は、「津波被害を避けるために、再び建物に戻る」という決断をしたのである。結果として妻のこの決断は、多くの人を救うこととなった。
税理士の男性は、「あの時は、こういう決断を迫られる状況が山程あった」と語る。その決断如何で、命を落としたり助かったりしたのだ、と。確かに、彼の妻の場合、「津波が来る前にもう一度大きな揺れが来たら、建物が倒壊する可能性がある」という状況に置かれていたわけだ。そんな中で、「津波の危険の方が高い」と判断し、皆をもう1度建物内に避難させた。非常に難しい決断だと言えるだろう。潜水士の夫婦もそうだったら、「あそこで違う決断をしていたら……」みたいな状況に何度も遭遇している。そんな経験を多くの人がしているという点が、災害の凄まじさを伝えるように思う。
またこの税理士の男性は「津波てんでんこ」についても話していた。「津波てんでんこ」については東日本大震災後に割と取り上げられることが多かったので知っていたが、「地震が起こったら、他の家族のことは気にせず、まず自分を助けるために逃げる」という昔から伝わる教えである。実際、この「津波てんでんこ」を普段から実践していた鵜住居小学校と釜石東中学校では、生徒の被害はほとんどなく、「釜石の奇跡」とも呼ばれていた
税理士の男性は、「一度家族の縁を切る(家族で集まって逃げるのではなく、それぞれが勝手に逃げる)ことで、再び縁を繋ぐことが出来る」という印象的な言葉で「津波てんでんこ」を評価していた。そして、「この精神がもっと『当たり前のもの』になってほしい」とも話していた。
一方で、冒頭で登場した高齢の姉妹も「津波てんでんこ」について言及しており、確か妹の方だったと思うが、「家族を見捨てるような悲しさがある」と話していた。実際に知り合いが、「自分の母親が津波に呑み込まれる様子」を見ていたという。母親が「自分を置いて逃げろ」と言ったそうなのだが、そうは言ってもやはり、「見捨ててしまった」みたいな感覚になってしまいもするだろう。頭では理解できても、心がついていかないみたいな感じだろうか。
そんなわけで、観る人によって気になるポイントは違うんじゃないかと思う。対話者たちは、とても個人的な話をしているわけだが、その対象が「東日本大震災」であるが故に、否応なしに「真理」みたいな性質も帯びることになる。「経験した者にしか語れないこと」はやはり重いし、しかしそんな「重い」はずの話を実に軽妙に語ってくれる(ことが多い)ので、重苦しくなりすぎない。
僕は、東日本大震災後に何年か岩手県に住んでいたことがあるぐらいで、「東日本大震災」や「東北」に馴染みがあると言えるような感じではないが、それでも、「少しの間住んでいた」という事実は僕の中で、それらとの繋がりみたいなものを感じたりもする。「東日本大震災」は、僕が生きてきた中で言うと「地下鉄サリン事件」「阪神・淡路大震災」「9.11テロ」「コロナのパンデミック」ぐらいしか比較対象が存在しないと思えるぐらいの凄まじい出来事であり、多くの人にとって人生観や生きる意味みたいなものを塗り替えた出来事だったんじゃないかと思う。
だから僕は、機会があれば「東日本大震災」に関係するものに触れたいと思うし、本作は久々にそのような機会になったというわけだ。
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