シグナル(関口尚)
幽霊屋敷の噂というのは、どの地方のどんな場所にもあるものなのだろうか。7年ぶりに実家に戻った譲二は、昨日弟からその話を聞いてそんな風に思った。
父方の祖父の葬式のために、東京から戻ってきた。正直なところ、実家はあまり心地よい場所ではない。子供の頃の不愉快な記憶がまざまざと蘇ってきて、くつろげる場所ではない。だからこそ地元を捨てて東京へと向かったのだし、それから7年も実家に帰らないでいたのだ。こうして誰かが死んだりしない限り、これからも実家には寄り付かない生活が続くことだろう。
久々に会った両親は、やはり年を取ったなという印象だった。お互い何でもない風に会話を交わしはしたが、両親共が過去のことは水に流してまたうまいことやっていこう、というような目をしていたのがどうにも気に食わなかった。こんな風にしたのはあんたらが悪いんだろう、という思いが今でも強く残っていた。
そんな据わりの悪い時間の中で、唯一気が紛れるのが弟の剛志の存在だ。別に仲がよかったわけでも悪かったわけでもないのだが、こうして久々に実家に戻ってきて見た時に相手をしようという気になるのが弟しかいなかった。弟は地元の大学に通っているため、地元の噂話にはさすがに強い。自分がいなかった7年間に誰がどんなことをしたのか、何が変わったのか、変わらずに残っているものはなんなのか、そんな話をずっと弟としていたのだった。
その中で弟の口から出てきたのが、幽霊屋敷の話だった。譲二がこっちにいる頃にはなかったはずの噂だから、最近出来たのだろうと思う。弟に確認してみるとやはりそうで、ここ数年の間によく聞くようになった、ということだった。
これ特にどうということのない噂話であったら聞き流していたことだろう。しかし、弟の話を聞いている内にそうはいかないと思うようになった。
その家は、高校時代譲二が好きだった女の子が住んでいる家だったからだ。その子と特に付き合っていたということはなくただの片想いだったのだが、それでも高校時代のいい思い出として未だに譲二の心には深く刻まれている。その彼女の家がまさに幽霊屋敷と呼ばれているのである。
詳しく話を聞いてみるとこういうことのようだ。その家は両親と娘の三人家族だったが、ある時両親が何かの事情でいっぺんに亡くなった。娘はそれなりの年齢に達していたので親戚に預けられると言ったようなことはなく、その家に一人で住み続けることにしたらしい。
らしい、というのは、近所で誰もその娘の姿を見た者がいないからだ。昼も夜も一切外に出ない生活をしているらしい。実はもう誰も住んでいないのではないか、という話も時折出るのだが、家の電気が点いていたりシャワーの音が聞こえたりという話もあるので、きっと誰かが住んでいるのだろう、という意見も出る。結局はよくわからないのだが、あまりにも不気味なので周りはそこを幽霊屋敷と呼んでいる、とのことだった。
なんだ、それぐらいのことで幽霊屋敷だなんて騒いでいるのか、と思った。何かの事情で家から出られないだけかもしれないし、それにそもそも誰も住んでいないのかもしれない。電気やシャワーの件だって大した話ではない。そう言うと、いやそれだけじゃないんだと弟は言う。
何でもこの噂には続きがあって、幽霊屋敷では人が消えるのだという。幽霊屋敷の噂が出始めてから、大学生なんかが勝手に心霊スポットにして幽霊屋敷の中に入ったりしているようなのだけど、その誰もが行方不明になっているというのだ。馬鹿馬鹿しい。それこそただの噂だろうが。そんな人が簡単に消えてたまるか、と譲二は弟を詰るようにして言った。
そんなこともあって、今譲二は幽霊屋敷と呼ばれている、かつて好きだった女の子の家の前にいる。どのみち噂どおりのわけがないんだし、これにかこつけて旧友に会うというのも悪くないかなと思ったのだ。
とりあえず呼び鈴を鳴らしてみる。やっぱり誰も住んでないのかなと思い始めた頃、玄関のドアががちゃと音を立てて開いた。
玄関には一人の女性がいた。異常なくらい色が白く、また髪も長い。寝巻きのようなざっくりとした服を着ているが、それでもかなり痩せているのが分かる。あの頃の面影はほとんどなかったが、それでも目の前にいる女性が彼女なのだろう。
「譲二君?」
向こうは譲二のことが分かったようだ。7年ぶりに会うのによく分かるなと思うが、確かに譲二は高校時代からさほど変化がない。その後彼女は小さく何かを呟いたようだったが聞こえなかった。「オイソウ」とかなんとか、そんな風なことを言ったようだったのだけど。
「久しぶり。ちょっと実家に戻る用があって、それでついでに」
何がついでなのか自分でも分からないが、彼女はそれに突っ込むようなことはしなかった。
「上がってく?」
彼女はそう言うと、譲二の返事を待つでもなく家の中に戻って行った。確かに彼女の姿を何かの形で見れば幽霊に見えなくないかもしれないと思いながら、彼女の後を追うようにして譲二も家に入り込んだ。
入ってすぐ左手がキッチンになっていて、そこから居間に続いている。勝手が分からずしばらく立ち止まっていたが、麦茶を入れ終えた彼女が居間に入ってという風に手招きしたので、さてどうしたものかと思いながら中に入る。ここまで来てみたものの、どうしようかなんてことは特に考えていなかったのだ。
小さなテーブルを挟んで向き合うようにして座ったのだけど、会話の切り出し方が分からない。譲二は、幽霊屋敷の噂が本当か確かめたかったのだけど、いきなりその話をするのもどうかと思う。かと言って、彼女と共通の話題があるわけでもない。彼女の方はと言えば、特に何か話そうというつもりもないように見える。
とりあえず麦茶に口をつけ、そうしてからおもむろに切り出す。
「幽霊屋敷の話を聞いたんだ」
「ああ、ウチのこと」
やはり知らないわけではないようだ。インターネットか何かでそういう噂を見かけたのだろうか。
「で、悪いなって思ったんだけど、ちょっと確認しに来ちゃった。でも、やっぱ噂は噂だな。全然幽霊屋敷じゃねーもんな」
「そうかしら。案外間違ってもいないと思うけど」
何が言いたいのかよくわからないし、微妙に会話もかみ合っていない気もする。あまり長居したくもないな、と思いながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「じゃあ、家から全然出てないってのはホントなの?それならさ、食事とかはどうしてるの?」
「そうね。食事はその噂のお陰でなんとかなってるって感じかな」
また意味の分からない返答をする。噂のお陰でご飯を食べられるってどういうことだろうか。
「それに、今日も夕飯の食材がもう手に入ったしね」
家に出るネズミでも捕まえて食べているというのだろうか。案外ありえないこともないかもしれない。誰もこの家には寄り付かないはずだから、ピザや食材の配達の人間も来ないだろう。だとすればなんとか自力で食料を調達するしかない。
そんな風に思っていると、突然体中にしびれを感じた。自分の体なのに自分の意思では動かせないような感じ。何だこれ。どう考えても、さっきの麦茶しか考えられない。
「どういうことあこえ。ないかくすいでおいえたんか」
口の筋肉も上手く動かせなくなっている。
「美味しそう」
彼女はポツリとそう呟く。そうか、玄関先で彼女が呟いたのもこれと同じ言葉だったのか、と思い至る。
「さてと、夕飯の支度でもしようかな」
幽霊屋敷で人が消えるという噂は本当だったのかと、ようやく思い至った。
一銃「幽霊屋敷」
そろそろ内容に入ろうと思います。
お金がないために大学を休学し、一旦実家に戻ってきた恵介。子供の頃から父親のせいでお金に苦労する生活だったのだが、それは未だに恵介を苦しめる。
とりあえず授業料などまとまった額のお金を稼がなくてはいけない。そんな時に見つけたのが映写技師の募集案内だった。
子供の頃から通っていた昔ながらの映画館で、時給千五百円という破格のバイトを募集していた。早速応募することにしたのだが、オーナーに不可思議な三つのルールを約束させられた。それは、3年前から映写室に閉じこもったままの映写技師・ルカに関してのものだった。
1、ルカの過去について質問してはいけない
2、ルカは月曜日になると神経質になるから、そっとしておくこと
3、ルカとの恋愛は禁止
これらすべての条件を理由もよくわからないまま了承した恵介は、早速働くことになった。
ルカはものすごく綺麗で、見惚れるほどだった。さらに、仕事は神業かと思うぐらい速い。どんどんルカに惹かれていく自分に気づくが、しかしオーナーとの三つの約束がある。もどかしい思いを抱えながら日々仕事をこなしていくのだが…。
というような話です。
決して面白くないわけではないんですが、期待通りの作品ではなくてちょっとがっかりしました。
この作品、帯の文句を読む限り無茶苦茶面白そうなんです。映写室から三年間も出ないで生活している女性、そしてその女性に深く触れてはいけないと言い含められてバイトを始める男。この設定だけ見れば、なんかすごく面白い作品だと期待してもおかしくないと思うんです。
でも読んでみて、まあ決して悪くはないんだけど、どうも僕が期待していたほどの面白さではないな、と思いました。まあ僕の期待が高すぎただけなのかもしれませんが、なんか残念な感じでした。
なんというかですね、映写室に閉じこもっている理由がもっと面白かったらよかったのに、と思ったわけです。それに、恵介が約束させられることになる三つの事柄ももっと面白くからんでくれたらよかったのに、という感じです。正直、この二点についてはかなり平凡でなぁという感じがしました。じゃあどういうのを望んでいたんだ、といわれても答えられませんが、なんか違うんですよね。
ルカという女性はなかなか魅力的に描かれていていいなと思ったし、恵介も恵介の弟の春人もなかなかいいキャラクターで、ストーリーにはちょっと不満はあるけど、キャラクターには結構満足でした。恵介と春人が母親を思う気持ちだとか、恵介が持っている夢だとか、春人が何でする女の子と分かれちゃうのかっていうこととか、ルカの職人としての存在と少女としての存在の混じり具合だとか、そういう部分は読んでて面白かったです。恵介と春人の兄弟については、なんとなく「重力ピエロ」の兄弟を思い出しました。まあ「重力ピエロ」の兄弟の方がはるかにいいんですけどね。
たぶんこの作品、もっと別の作家が同じ設定で書いたらもう少し面白くなったような気がします。それがなんか残念ですね。キャラクターはかなり良かったんだから、もう少しストーリーの方をどうにか出来なかったかなぁ、と思います。面白くないわけではないですが、ちょっと僕の中では残念な作品でした。
でももしかしたら、今年どこかで話題になる一作かもしれないとも思いました。一応分かりやすい恋愛小説だし、幻冬舎って出版社はそういうのうまいからなぁ。「ダヴィンチ」とか「王様のブランチ」とかで紹介される可能性は、ないでもないかも。
関口尚「シグナル」
父方の祖父の葬式のために、東京から戻ってきた。正直なところ、実家はあまり心地よい場所ではない。子供の頃の不愉快な記憶がまざまざと蘇ってきて、くつろげる場所ではない。だからこそ地元を捨てて東京へと向かったのだし、それから7年も実家に帰らないでいたのだ。こうして誰かが死んだりしない限り、これからも実家には寄り付かない生活が続くことだろう。
久々に会った両親は、やはり年を取ったなという印象だった。お互い何でもない風に会話を交わしはしたが、両親共が過去のことは水に流してまたうまいことやっていこう、というような目をしていたのがどうにも気に食わなかった。こんな風にしたのはあんたらが悪いんだろう、という思いが今でも強く残っていた。
そんな据わりの悪い時間の中で、唯一気が紛れるのが弟の剛志の存在だ。別に仲がよかったわけでも悪かったわけでもないのだが、こうして久々に実家に戻ってきて見た時に相手をしようという気になるのが弟しかいなかった。弟は地元の大学に通っているため、地元の噂話にはさすがに強い。自分がいなかった7年間に誰がどんなことをしたのか、何が変わったのか、変わらずに残っているものはなんなのか、そんな話をずっと弟としていたのだった。
その中で弟の口から出てきたのが、幽霊屋敷の話だった。譲二がこっちにいる頃にはなかったはずの噂だから、最近出来たのだろうと思う。弟に確認してみるとやはりそうで、ここ数年の間によく聞くようになった、ということだった。
これ特にどうということのない噂話であったら聞き流していたことだろう。しかし、弟の話を聞いている内にそうはいかないと思うようになった。
その家は、高校時代譲二が好きだった女の子が住んでいる家だったからだ。その子と特に付き合っていたということはなくただの片想いだったのだが、それでも高校時代のいい思い出として未だに譲二の心には深く刻まれている。その彼女の家がまさに幽霊屋敷と呼ばれているのである。
詳しく話を聞いてみるとこういうことのようだ。その家は両親と娘の三人家族だったが、ある時両親が何かの事情でいっぺんに亡くなった。娘はそれなりの年齢に達していたので親戚に預けられると言ったようなことはなく、その家に一人で住み続けることにしたらしい。
らしい、というのは、近所で誰もその娘の姿を見た者がいないからだ。昼も夜も一切外に出ない生活をしているらしい。実はもう誰も住んでいないのではないか、という話も時折出るのだが、家の電気が点いていたりシャワーの音が聞こえたりという話もあるので、きっと誰かが住んでいるのだろう、という意見も出る。結局はよくわからないのだが、あまりにも不気味なので周りはそこを幽霊屋敷と呼んでいる、とのことだった。
なんだ、それぐらいのことで幽霊屋敷だなんて騒いでいるのか、と思った。何かの事情で家から出られないだけかもしれないし、それにそもそも誰も住んでいないのかもしれない。電気やシャワーの件だって大した話ではない。そう言うと、いやそれだけじゃないんだと弟は言う。
何でもこの噂には続きがあって、幽霊屋敷では人が消えるのだという。幽霊屋敷の噂が出始めてから、大学生なんかが勝手に心霊スポットにして幽霊屋敷の中に入ったりしているようなのだけど、その誰もが行方不明になっているというのだ。馬鹿馬鹿しい。それこそただの噂だろうが。そんな人が簡単に消えてたまるか、と譲二は弟を詰るようにして言った。
そんなこともあって、今譲二は幽霊屋敷と呼ばれている、かつて好きだった女の子の家の前にいる。どのみち噂どおりのわけがないんだし、これにかこつけて旧友に会うというのも悪くないかなと思ったのだ。
とりあえず呼び鈴を鳴らしてみる。やっぱり誰も住んでないのかなと思い始めた頃、玄関のドアががちゃと音を立てて開いた。
玄関には一人の女性がいた。異常なくらい色が白く、また髪も長い。寝巻きのようなざっくりとした服を着ているが、それでもかなり痩せているのが分かる。あの頃の面影はほとんどなかったが、それでも目の前にいる女性が彼女なのだろう。
「譲二君?」
向こうは譲二のことが分かったようだ。7年ぶりに会うのによく分かるなと思うが、確かに譲二は高校時代からさほど変化がない。その後彼女は小さく何かを呟いたようだったが聞こえなかった。「オイソウ」とかなんとか、そんな風なことを言ったようだったのだけど。
「久しぶり。ちょっと実家に戻る用があって、それでついでに」
何がついでなのか自分でも分からないが、彼女はそれに突っ込むようなことはしなかった。
「上がってく?」
彼女はそう言うと、譲二の返事を待つでもなく家の中に戻って行った。確かに彼女の姿を何かの形で見れば幽霊に見えなくないかもしれないと思いながら、彼女の後を追うようにして譲二も家に入り込んだ。
入ってすぐ左手がキッチンになっていて、そこから居間に続いている。勝手が分からずしばらく立ち止まっていたが、麦茶を入れ終えた彼女が居間に入ってという風に手招きしたので、さてどうしたものかと思いながら中に入る。ここまで来てみたものの、どうしようかなんてことは特に考えていなかったのだ。
小さなテーブルを挟んで向き合うようにして座ったのだけど、会話の切り出し方が分からない。譲二は、幽霊屋敷の噂が本当か確かめたかったのだけど、いきなりその話をするのもどうかと思う。かと言って、彼女と共通の話題があるわけでもない。彼女の方はと言えば、特に何か話そうというつもりもないように見える。
とりあえず麦茶に口をつけ、そうしてからおもむろに切り出す。
「幽霊屋敷の話を聞いたんだ」
「ああ、ウチのこと」
やはり知らないわけではないようだ。インターネットか何かでそういう噂を見かけたのだろうか。
「で、悪いなって思ったんだけど、ちょっと確認しに来ちゃった。でも、やっぱ噂は噂だな。全然幽霊屋敷じゃねーもんな」
「そうかしら。案外間違ってもいないと思うけど」
何が言いたいのかよくわからないし、微妙に会話もかみ合っていない気もする。あまり長居したくもないな、と思いながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「じゃあ、家から全然出てないってのはホントなの?それならさ、食事とかはどうしてるの?」
「そうね。食事はその噂のお陰でなんとかなってるって感じかな」
また意味の分からない返答をする。噂のお陰でご飯を食べられるってどういうことだろうか。
「それに、今日も夕飯の食材がもう手に入ったしね」
家に出るネズミでも捕まえて食べているというのだろうか。案外ありえないこともないかもしれない。誰もこの家には寄り付かないはずだから、ピザや食材の配達の人間も来ないだろう。だとすればなんとか自力で食料を調達するしかない。
そんな風に思っていると、突然体中にしびれを感じた。自分の体なのに自分の意思では動かせないような感じ。何だこれ。どう考えても、さっきの麦茶しか考えられない。
「どういうことあこえ。ないかくすいでおいえたんか」
口の筋肉も上手く動かせなくなっている。
「美味しそう」
彼女はポツリとそう呟く。そうか、玄関先で彼女が呟いたのもこれと同じ言葉だったのか、と思い至る。
「さてと、夕飯の支度でもしようかな」
幽霊屋敷で人が消えるという噂は本当だったのかと、ようやく思い至った。
一銃「幽霊屋敷」
そろそろ内容に入ろうと思います。
お金がないために大学を休学し、一旦実家に戻ってきた恵介。子供の頃から父親のせいでお金に苦労する生活だったのだが、それは未だに恵介を苦しめる。
とりあえず授業料などまとまった額のお金を稼がなくてはいけない。そんな時に見つけたのが映写技師の募集案内だった。
子供の頃から通っていた昔ながらの映画館で、時給千五百円という破格のバイトを募集していた。早速応募することにしたのだが、オーナーに不可思議な三つのルールを約束させられた。それは、3年前から映写室に閉じこもったままの映写技師・ルカに関してのものだった。
1、ルカの過去について質問してはいけない
2、ルカは月曜日になると神経質になるから、そっとしておくこと
3、ルカとの恋愛は禁止
これらすべての条件を理由もよくわからないまま了承した恵介は、早速働くことになった。
ルカはものすごく綺麗で、見惚れるほどだった。さらに、仕事は神業かと思うぐらい速い。どんどんルカに惹かれていく自分に気づくが、しかしオーナーとの三つの約束がある。もどかしい思いを抱えながら日々仕事をこなしていくのだが…。
というような話です。
決して面白くないわけではないんですが、期待通りの作品ではなくてちょっとがっかりしました。
この作品、帯の文句を読む限り無茶苦茶面白そうなんです。映写室から三年間も出ないで生活している女性、そしてその女性に深く触れてはいけないと言い含められてバイトを始める男。この設定だけ見れば、なんかすごく面白い作品だと期待してもおかしくないと思うんです。
でも読んでみて、まあ決して悪くはないんだけど、どうも僕が期待していたほどの面白さではないな、と思いました。まあ僕の期待が高すぎただけなのかもしれませんが、なんか残念な感じでした。
なんというかですね、映写室に閉じこもっている理由がもっと面白かったらよかったのに、と思ったわけです。それに、恵介が約束させられることになる三つの事柄ももっと面白くからんでくれたらよかったのに、という感じです。正直、この二点についてはかなり平凡でなぁという感じがしました。じゃあどういうのを望んでいたんだ、といわれても答えられませんが、なんか違うんですよね。
ルカという女性はなかなか魅力的に描かれていていいなと思ったし、恵介も恵介の弟の春人もなかなかいいキャラクターで、ストーリーにはちょっと不満はあるけど、キャラクターには結構満足でした。恵介と春人が母親を思う気持ちだとか、恵介が持っている夢だとか、春人が何でする女の子と分かれちゃうのかっていうこととか、ルカの職人としての存在と少女としての存在の混じり具合だとか、そういう部分は読んでて面白かったです。恵介と春人の兄弟については、なんとなく「重力ピエロ」の兄弟を思い出しました。まあ「重力ピエロ」の兄弟の方がはるかにいいんですけどね。
たぶんこの作品、もっと別の作家が同じ設定で書いたらもう少し面白くなったような気がします。それがなんか残念ですね。キャラクターはかなり良かったんだから、もう少しストーリーの方をどうにか出来なかったかなぁ、と思います。面白くないわけではないですが、ちょっと僕の中では残念な作品でした。
でももしかしたら、今年どこかで話題になる一作かもしれないとも思いました。一応分かりやすい恋愛小説だし、幻冬舎って出版社はそういうのうまいからなぁ。「ダヴィンチ」とか「王様のブランチ」とかで紹介される可能性は、ないでもないかも。
関口尚「シグナル」
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Comment
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こんばんわです。桜の開花宣言が出たとかなんとかっていう噂を聞きましたが、どうなんでしょうね。よく知らないですが。やっぱり春と言えば桜ですけど、花見とかここのところしてないなぁ、とか思ったりします。
関口さんは結構青春系の作品を書く人なんですよね。何となくそういうイメージでした。本作も、外側は何となくミステリ風なんですけど、でも最終的にはやっぱり恋愛とか青春とかそういう感じでした。
今回のショートショートは、まあ結構苦し紛れみたいなところはありますよね。あんまり思いつかなくて。まあ何とか無理矢理落ち着かせた、みたいなところがあります。
「赤々練恋」はなんか装丁がおどろおどろしい感じの奴じゃなかったでしたっけ?やっぱ内容もそんな感じなんですね。ノスタルジックさはあんまりないんでしょうか。
「ツバメ記念日」も読みたいところですね。「青い鳥」も読まないとですが。「なぎさの媚薬」シリーズも読みたいですし。「ロストオデッセイ」も控えてますしね。重松清はホントすごいなと思います。
「本からはじまる物語」はかなり豪華な感じですね。トーハンのPR誌ですか。そんなものがあるんですね。そうそうたるメンバーだし、やっぱり取次だからこそ出来る…とかきっと関係ないとは思いますけど。
ではでは。土日は珍しく予定があるので感想なんかは書けなそうです。
関口さんは結構青春系の作品を書く人なんですよね。何となくそういうイメージでした。本作も、外側は何となくミステリ風なんですけど、でも最終的にはやっぱり恋愛とか青春とかそういう感じでした。
今回のショートショートは、まあ結構苦し紛れみたいなところはありますよね。あんまり思いつかなくて。まあ何とか無理矢理落ち着かせた、みたいなところがあります。
「赤々練恋」はなんか装丁がおどろおどろしい感じの奴じゃなかったでしたっけ?やっぱ内容もそんな感じなんですね。ノスタルジックさはあんまりないんでしょうか。
「ツバメ記念日」も読みたいところですね。「青い鳥」も読まないとですが。「なぎさの媚薬」シリーズも読みたいですし。「ロストオデッセイ」も控えてますしね。重松清はホントすごいなと思います。
「本からはじまる物語」はかなり豪華な感じですね。トーハンのPR誌ですか。そんなものがあるんですね。そうそうたるメンバーだし、やっぱり取次だからこそ出来る…とかきっと関係ないとは思いますけど。
ではでは。土日は珍しく予定があるので感想なんかは書けなそうです。
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私は関口さんの『空をつかむまで』を読んだことがあります。坪田譲治文学賞でしたか。いかにも!という感じ(爽やか系です)の読み物でした。この『シグナル』もおもしろそうですね。謎の映写技師に興味を覚えました(笑)。
そう言えば、今回のショートショートも、オチが好かったですよ。人間を見たら食材と思え、ですね(笑)。
私は昨日、朱川さんの『赤々練恋』を読みましたが、この本の最初の話もギョッとするような終わり方でした。レトロなミステリどころではなく、完全なホラーです。これはちょっと…と思い、最初の2話で中断しています(泣)。
今日は、重松氏の新刊『ツバメ記念日 季節風*春』を読みました。産経新聞夕刊に連載された物だそうですが、歳時記と銘打っていますので、これから夏、秋、、冬と続くのでしょうね。余りシリアスなテーマではなく、淡い感じの短篇が全12話です。でも、読み応え充分でした。
それから『本からはじまる物語』という短編集も少しだけ読みました。本を巡る話を18人の作家が書いた物です。執筆陣も恩田陸、本多孝好、今江祥智、二階堂黎人、阿刀田高、いしいしんじ、柴崎友香、朱川湊人、篠田節子、山本一刀、大道珠貴、市川拓司、山崎洋子、有栖川有栖、梨木果歩、石田衣良、内海隆一郎、三崎亜紀と豪華顔ぶれです。おもしろい企画です。トーハンのPR誌に載った物らしいです。
では、この辺で。長々と自分の読書紹介をしてしまいましたが…